盲ろう者の地域団体の創業支援事業レポート 手を取り合って創る、盲ろう者と私たちの社会  社会福祉法人 全国盲ろう者協会 本レポートは、龍谷大学ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターと共同で制作いたしました P2 盲ろう者の地域団体の創業支援事業レポートの刊行にあたって 「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」とは、盲ろう者の地域団体が盲ろう者を支援するための同行援護事業所を立ち上げると共に、その事業所を中心に、盲ろう者の地域生活を豊かにしていくための様々な活動を展開する事業です。  他方、2018年度からスタートした盲ろう者向け同行援護事業は、本来、視覚障害者の支援を目的として作られた同行援護事業を、盲ろう者の移動とコミュニケーションの支援に活用できるようにしたもので、盲ろう者自身が長い時間をかけて検討し、積極的に国に働きかけて作り上げてきた事業です。しかしながら、盲ろう者は人数も少なく、ひとり一人のニーズも複雑・多様であることから、この事業は全国的な普及が難しいという問題を抱えていました。  また一方、盲ろう者の地域生活を支える拠点である地域盲ろう者団体は、組織基盤、財政基盤が脆弱であり、新たな盲ろう者の掘り起こし活動なども十分進められず、役員も高齢化して、次第に活動が低調になってくるような状況も見受けられました。  このようなことから、盲ろう者の地域団体が同行援護事業所を開設して盲ろう者支援事業を進める中で、自らの組織基盤・財政基盤を強化できるよう、全国盲ろう者協会は休眠預金を活用した支援事業を行うこととしました。幸い、支援を行った5団体全てにおいて、同行援護事業所の開設をはじめとする大きな成果を上げることができました。これは、ひとえに本報告書にも書かれている各団体の盲ろう者や支援者の皆様のご努力の賜物です。  本報告書の刊行により、各団体の活動内容やその成果が広く世に知られ、後に続く団体や関係者の皆様の道標となることを切望いたします。 国立大学法人東京大学先端科学技術研究センター特任教授 福島 智 P3 目次 刊行にあたって 国立大学法人東京大学先端科学技術研究センター特任教授 福島 智    02 1.盲ろう者とは    04 2.「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」について    06 3.地域における盲ろう者を取り巻く課題    08  ・同行援護事業所における課題    08  ・当事者団体の組織マネジメントの課題    12  ・専門家コラム「既存システムを活用して“みんなの課題へ”」彩社会福祉士事務所/龍谷大学社会学部 坂本 彩     13 4.「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」が生み出したインパクト    14  ・専門家コラム「ピア団体組織から広域を担う組織へ」有限責任事業組合まちとしごと総合研究所 岡本 卓也     21 5.地域の福祉連携による盲ろう者支援を目指して    22  ・専門家コラム「ケイパビリティを広げる当事者-同行者の協働」龍谷大学社会学部准教授 砂脇 恵     26 P4 1.盲ろう者とは  盲ろう者とは、視覚と聴覚の両方に障害を持つ人のことを指し、全国に1万4,000人以上いるとされています。 日本では社会的にも法的にも「盲ろう者」の定義が確立していません。視覚障害、聴覚障害とは事なり、「盲ろう障害」に関する法規定はありません。  情報入手・コミュニケーション・移動など、日常の様々な場面で困難が生じるため支援を必要としますが、目と耳という主要な2つの感覚機能に障害を併せ持つため従来の視覚障害、聴覚障害といった単一障害に対する支援では対応できず、「盲ろう」という独自の障害への理解・支援が必要になります。なぜなら、視覚障害者に対する支援には聴覚を利用した支援が多く、聴覚障害者に対する支援には視覚を利用した支援が多いため、盲ろう者には、そのどちらも利用できないか、利用が難しいのです。  盲ろうにはその人の見え方・聞こえ方の程度に応じて大きく4つのタイプがあります。 全盲ろう:見えない・聞こえない 弱視ろう:見えづらい・聞こえない 全盲難聴:見えない・聞こえづらい 弱視難聴:見えづらい・聞こえづらい ――図表―― (例) 全盲ろうです。近隣であっても一人で外を歩くことは難しく、日中は間取りのわかる家の中で簡単な家事等をしたり点字の本を読んだり、外出支援を使って障害者福祉センターでのレクリエーションに参加したりしています。 弱視難聴です。補聴器を使い、耳元で話してもらえればなんとか人と話すことが出来ますし相手の顔もうっすら見えますが、相手方が話すうちに私が盲ろうであることを忘れ、会話がわからなくなることがあります。    また、この他に以下の条件によっても、コミュニケーション方法や過ごし方や慣れ親しんできた文化が変わります。 ―――― ■先天性か後天性か(生まれつきか、生後病気や事故により障害を抱えたか) 先天性・後天性 ■視覚障害と聴覚障害の発症時期にズレがある場合 先に視覚障害があり、後に聴覚障害を抱える→盲ベース(点字の利用率が高い) 先に聴覚障害があり、後に視覚障害を抱える→ろうベース(手話の利用率が高い) P5 ――写真7点―― 手書き文字:手のひらに文字を書いて伝える。人によっては背中など他の部位に書いて伝える 筆談:紙やタブレット、パソコンなどに 打ち込まれた文字を読む 指文字:日本語式とローマ字式があり、指で作った文字を見せたり触ったりして伝える 手話:手話の形を触って読み取る蝕手話や、その人の見える範囲で手話を表す弱視手話がある 点字・指点字:点字を触って読むほか、片手3本ずつ(人差し指~薬指)計6本の指を直接叩いて伝える指点字がある 音声:盲ろう者の耳元や補聴器に向けて話す。ゆっくり、はっきり話すなど、周囲の雑音に配慮が必要 点字情報端末:ブレイルセンスなどの点字情報端末を利用し、ニュースの閲覧、メールのやりとりを行う 盲ろう者の主なコミュニケーション手段には上記のようなものに加えて、オリジナルサイン、視覚的・触覚的シンボルや物などの非言語的な方法もあります。 ―――― 潜在的盲ろう者の存在  前述の1万4,000人以上、という数字は平成24年度に厚生労働省の障害者総合福祉推進事業として行われた「盲ろう者に関する実態調査」によるものです。ただし、本調査は「視覚と聴覚の両方の障害の身体障害者手帳を交付されている者」を対象として行われたものであり、その条件に当てはまらない“潜在的盲ろう者”の存在を含むと上記の数以上の対象者がいると推定されます。  “潜在的盲ろう者”とは、例えば、盲ろうの代表的な原因疾患の一つであるアッシャー症候群の方に多いのですが、幼い時から聴覚に障害があり、成人するまで聴覚障害者として生活してきた方が、加齢とともに視野障害などが進行し、「見えづらさ」を持つようになった場合などが挙げられます。この状態になれば、盲ろう者として適切な支援を受けることが必要になりますが、「まだ見える」というような本人の障害認識や周囲の認識不足などにより、支援につながっていない事例も多く見受けられます。 本冊子では「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」にて行った、上記のような潜在的盲ろう者の「掘り起こし」事業や、実際に支援に繋がった事例等を紹介します。 P6 2.「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」について ■なぜ「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」が必要なのか 「盲ろう」という障害はまだまだ社会的な認知が広がっていません。各地で盲ろう当事者が自立した生活を送るためには、特に移動とコミュニケーションの保障が不可欠であり、そのための支援が必要です。また、事業の運営にあたっては人的資源や団体運営・連携に関するノウハウ、活動資金、地域内での理解が大幅に不足しています。  現在盲ろう者支援の担い手として、各地に盲ろう者とその支援者の組織(盲ろう者友の会)が存在します。これらの活動をより拡大・拡充していくための多角的な支援として、「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」が実施されました。 ――図表―― 【盲ろう者のより暮らしやすい社会へ】 (学習機会の創出、横の繋がりを広げる、対象者の掘り起こし、活動拠点の整備、同行援護事業所開設、経営マネジメント、従業者の確保・養成) ↓ (孤立解消、生活の質の向上、自立と社会参加、就労の場づくり) ―――― ■各団体の目指すべきすがた、活動の詳細  「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」は2021年11月~2025年3月の約3年半を事業期間とし、全国盲ろう者協会が資金分配団体となり、5つの地域団体を実行団体として選定し活動しました。 ■当初計画においては、実行団体共通の取り組みとして以下の4つの活動を設定しました 1.同行援護事業所の開設 盲ろう者向け同行援護事業は、イニシャル・コストや専門人材の確保が困難なことに加えて、ユーザー数が限定されることなどから、なかなか普及が進みません。本事業では休眠預金を活用して3年という一定の時間とお金をかけながら盲ろう者向け同行援護事業所の開設・設営および、支援人材の育成を行いました。 2. 掘り起こし活動 盲ろう者は全国に1万4,000人程度いるとされていますが、現在、盲ろう者友の会とつながっている人々はごく一部です。これは「盲ろう」という障害自体や当事者団体の活動の認知度の低さにも起因しており、地域の中で盲ろうという重複障害を持つ人が存在すること、また障害を認識していてもつながる先がわからない人たちに対してアプローチできるよう、各地において掘り起こし活動を実施しました。 3.コミュニケーション学習機会の確保 盲ろう者のコミュニケーションは、一部既存の視覚障害者や聴覚障害者向けの手法を用いることも可能ですが、基本的には固有のコミュニケーション方法(触手話、指点字、弱視手話等)が利用されます。本事業では同行援護従業者など専門的な人材育成、また当事者・支援者双方への研修機会の勉強会・研修会を実施しました。 4. 活動拠点の整備、活性化 盲ろう者の地域団体は定期的な交流会や各種行事の開催、行政機関等への要望、会報の発行をするなど地域活動の拠点となっています。ただ、これまで任意団体であったことや、特定の事務所を持たないことで、常設の窓口がなかったり、地域の関係団体との繋がりなどが不足している傾向にありました。法人化し、事務所を設置することで、日常的に盲ろうに関わる人が集まり、研修やサークル活動もできるような場所を作りました。 P7 ■実行団体の取組み ――図表―― 資金分配団体(全国盲ろう者協会)による支援 ●非資金的支援 ・NPO法人、同行援護事業所の立ち上げに関する書類作成支援、助言 ・オンライン、対面での月次 面談にて、事業運営の助言 ・障害福祉制度や同行援護事業の運営に関する情報提供 ・役所や行政と、福祉制度や盲ろう者の啓発に関する要望、折衝 ・集合研修など実行団体同士の連携機会の創出 ●資金的支援 活動 ・同行援護事業所を各地域で開設、運営する ・地域で孤立している盲ろう当事者を掘り起こす ・研修や交流会を実施しコミュニケーション学習や他者との交流機会を確保する ・団体の法人化や事務所の開設等、活動拠点を整備し、活動の活性化をはかる 短期的に目指すすがた ・地域の盲ろう者への必要な外出支援、交流会等の提供をし、当事者が社会参加するための機会がつくられる ・孤立していた盲ろう者やその支援者が地域社会との繋がりを回復し、適切な支援等に繋がる ・盲ろう者支援者のコミュニケーション能力が向上し、当事者同士や支援者との交流が活性化する ・他の団体との横の繋がりづくりや行政等との連携が進む。また定期的に集まる場所ができることで団体内の関係性も深まる ●中長期的に目指すすがた 活動の活性化、各機関との連携が強化され、地域で「盲ろう」という障害自体の 認知度向上に加えて、より広く情報が寄せられ、社会から孤立している適切なサービスや支援につながっていない盲ろう者に対して支援を行うことで、当事者の社会参加が促進され、社会的孤立の解消・生活の質が向上する。 ―――― P8 3.地域における盲ろう者を取り巻く課題  盲ろう者は、「移動」「他者とのコミュニケーション」「情報入手」の3点で特に困難を抱えていると言われています。ここでは主に「移動」と本事業において各地に整備された「盲ろう者向け同行援護事業」の2点に焦点を当て、地域の中で盲ろう者が暮らしていく上での課題点をまとめます。 ▼同行援護事業所における課題 ■盲ろう者向け同行援護事業と通訳・介助員派遣事業について 盲ろう者が利用可能な移動支援には、主に「盲ろう者向け同行支援事業」と「盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業」の2つがあり、それぞれ以下の違いがあります。 ――図表―― 盲ろう者向けの同行援護事業(A)と盲ろう者向け通訳・介助員(B)の違いを記載します 制度的位置付け: A.障害者総合支援法に基づく自立支援給付→原則全国で運用が一律 B.制度的位置付け:地域生活支援事業→自治体によって、利用時間の上限や利用可能年齢等運用が異なる 実施主体: A.地方自治体(市町村) B.都道府県、政令指定都市および中核市 利用対象者: A,視力障害、視野障害、夜盲のいずれかがあり、かつ移動障害があること  ※聴覚障害が身体障害者手帳に記載されていれば盲ろう者加算がつく B.利用可能な障害等級や年齢、利用時間の上限等、自治体により運用が異なる サービス内容: A.視覚的情報の支援、移動の援護、排泄・食事等の介護  ※居宅での利用は不可  ※意思疎通支援も実質的に加わっている B.通院や行政手続き、買い物やレクリエーションに係るコミュニケーションと移動の支援 ※生活補助には原則利用不可 国庫負担: A.原則、国が1/2負担 B.国が1/2以内で補助 利用時間: A.個別の利用者ごとに必要な時間数が付与される B.自治体の予算枠により利用時間が限定されている 盲ろう者向け通訳・介助員、同行援護従業者になるには: A.盲ろう者向け通訳・介助員であって、同行援護従業者養成研修(一般課程)修了 ※2018年3月末までに通訳・介助員である者については、当分の間同行援護従業者養成研修を修了したとみなす B.国が定めた標準カリキュラムにより、各地方自治体が実施する  「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修」を修了 ―――― P9 ――図表―― 「障害者総合支援法における福祉サービス」の内容を表す図 【市町村】 自立支援給付 第6条 ★原則として国が1/2負担 介護給付(第28条第1項) ・居宅介護 ・同行援護 ・療養介護 ・短期入所 ・重度障害者等包括支援 ・施設入所支援 ・重度訪問介護 ・行動援護 ・生活介護 訓練等給付(第28条第2項) ・自立訓練(機能訓練・生活訓練) ・就労移行支援 ・就労継続支援(A 型・B 型) ・共同生活援助 相談支援(第5条第16項) ・地域移行支援 ・地域定着支援 ・サービス利用支援 ・継続サービス利用支援 自立支援医療(第5条第22項) ・更生医療 ・育成医療 ・精神通院医療 補装具(第5条第23項) 地域生活支援事業(第77条第1項) ★国が1/2 以内で補助 ・相談支援 ・移動支援 ・福祉ホーム ・意思疎通支援 ・地域活動支援センター ・日常生活用具 など 【都道府県】 ・広域支援・人材育成 など(第78条) →(地域生活支援事業を)支援 出典:全国盲ろう者協会「盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会指導者のための手引き書」 ―――― 課題① 盲ろう者向け同行援護事業所の不足  盲ろう者向け同行援護事業は、元々視覚障害者の移動支援である「同行援護事業」の報酬改定によって 2018年 4月より「盲ろう者加算」が新設されて始まりました。その利用者数は盲ろう者加算新設前の2012年から新設後2019年までの間、月平均にして17,738人から25,985人と約1.4倍に増加しています。(令和2年度厚生労働省「障害者福祉サービス等報酬改訂の検討」より)また1人あたりの費用月額も増加傾向で、今後さらなる需要が見込まれます。  一方で、事業所数の推移は緩やかに増加傾向にありますが、事業所が一定数あるからといって盲ろう者に適したサービスが受けられるとは限りません。本事業実地調査の中では以下の事例のような「盲ろう」ならではの困りごとや、通訳・介助中に必要な配慮に関するの事例がありました。 ――図表―― (事例1) これまでも他の事業所で同行援護の利用経験はありましたが、友の会の同行援護を利用し盲ろう者と日頃から接しておられる従業者と、いつものスーパーに買い物に行ったところ、スーパーの開店前にアナウンスが流れていることを初めて知りました。 (事例2) 私は弱視難聴です。耳の方はまだ補聴器等を通じてなんとか会話を聞き取ることが出来ますが、移動中の会話等は聞き取れないことが多いです。同行援護を利用中、道の段差など「見えにくさ」に対しては配慮があるが、音声が利用できることでだんだん従業者の「聞こえにくさ」への配慮が薄れ普通に話してこられるので困りました。 ―――― P10 課題② 市町村ごとに制度の運用が異なる  同行援護事業は自立支援事業の一環として実施されているため、運用は全国一律の制度であるはずですが、行政担当者の理解不足等により、盲ろう者の実態に合っていない運用がなされている場合もあります。 たとえば以下のような事例があります。 ――図表―― 利用条件: A市.視覚・聴覚両方の手帳の等級が◯級以上 B市.視覚・聴覚両方の手帳を持っていること 時間上限: A市.利用者別に決定 B市.一律20時間まで ――――  また、障害の特性や状況に応じてその支援度合いを示す、障害者総合支援法における「障害者支援区分」の認定についても、自治体や認定調査をする人によって、盲ろうという障害の特性が理解されていないために、判断にばらつきがあります。利用者の区分は事業所収入にも影響するので、適切な認定と、それに係り被認定者側が、調査時に現状をうまく伝える工夫が必要です。―――― 課題③ 移動距離や地域の人口差による課題について  盲ろう者友の会事務所や同行援護事業所は、主に利便性の関係から中心市街地近郊にあり、移動や交通の面で主に以下のような課題が生じます。 1.郊外に居住する利用者と従業者のマッチングの難しさ 利用希望者が中心市街地から離れたところに居住する場合、近隣に対応可能な従業者や事業所がなく、同行援護の利用希望があっても人が派遣できない。 2. 移動時間の増加による、 利用者と従業者の負担増 郊外に居住する当事者が同行援護を利用する場合、従業者が利用者と合流するまで、合流から利用者の希望する移動先(買い物や病院など町へ出る場合が多い)までが長距離移動となることもあり、所用時間や費用面で従業者・利用者双方に負担がかかる場合がある。 3. 公共交通手段の不足 利用可能な公共交通が十分で無い地方では、従業者がやむを得ず自家用車で移動をする場合があるが、運転中は同行援護の利用時間に算定できず、報酬が得られない。事業所によってはガソリン代等の補填もあるが、事業所自体の財政基盤が脆弱であることも多く、限界がある。 ――図表―― ★主な従業者派遣の流れ 従業者が利用者との合流場所まで移動(公共交通またはやむを得ず自家用車等を利用)→利用者と合流;この時点から報酬に係る時間数の計算開始(合流時点から従業者の報酬発生 )→同行援護時間中の交通費は従業者分も含めて利用者が負担していることが多い ―――― P11 事例:宮崎県をモデルに ※ケースはあくまで仮定です 宮崎県盲ろう者友の会は県域をサポートする団体です。 「友の会事務所」が宮崎市内に設置されている場合、各地域での同行援護はどのような運用になるでしょうか。 Case1. えびの市に利用希望者がいる場合 えびの市内までは公共交通で移動が可能だが、利用者が市外在住の場合はバス移動となる中で現実的な移動手段は車となる。(バスもあるが本数、バス停が少ない)現状、宮崎市内もしくは近隣市の従業者を手配している。 【移動にかかる時間と経費】  車の場合の所要時間 1時間30分  ガソリン代 720円 Case2.高千穂町に利用希望者がいる場合 高千穂町は公共交通や高速道路のいずれを利用するにしても延岡を経由する必要がある。 宮崎市内からの派遣は難しく、近隣市で稼動可能な従業者を確保する必要がある。 また高千穂居住の当事者が友の会行事に参加する場合は高速道路を利用すると高速代が発生し、下道の場合はより時間がかかるので、市内宿泊費も合わせると費用負担がかなり大きくなる。 【移動にかかる時間と経費】  車の場合の所要時間 2時間30分  ガソリン代 1,062円+高速道路代 2,480円 課題④ 通訳手段の多様性と利用者・従業者マッチングの難しさについて  盲ろう者のコミュニケーション手段は多様であるため、様々なコミュニケーション方法を有する人材の育成が必要です。  現場での利用者・従業者のマッチングに際しては、通訳手段に加え、平日対応の可否や利用者との相性などを考慮したコーディネートが必要となり、登録している従業者に必ずしも均等に活躍の場を割り振れるとは限りません。 ■通訳習熟度と当事者との関係性づくり  従業者によっては経験や 実践頻度による通訳技術の習熟度の差があることに加え、実際の当事者とのコミュニケーションには技術力+当事者との関係性づくりが重要となります。 ――図表―― (例) 従業者:利用者が、私の知らない手話表現を使ったり、スピードが早く、読み取れなかった。交流会などで会話を重ねてい くうちに、少しずつ分かるようになった。 当事者:従業者の中には道中黙ったまま、時間が来ると挨拶をして終わる人がいます。 通訳が拙くても、会話を楽しみにもしているので歩み寄って欲しい。ちょっとだけ寄り道したい等も言いづらいです。 コーディネーター:なるべく様々な従業者に現場に出てもらうよう工夫している。ただ余暇活動等は経験が浅い人も当事者了解の上で出てもらえるが、病院等大事な場面では一定決まった人にお願いすることになる。 ―――― P12 ▼団体としての課題 課題① 当事者・支援者の高齢化と担い手(マンパワー)不足  各地域の友の会では近年、当事者・支援者やその家族の高齢化が進んでいます。今回の創業支援事業の実行団体として参加した5団体を平均してみても当事者平均63歳、支援者(事務局含む)平均64歳となっており、高齢化とそれによる担い手不足が危惧されます。 ――図表―― (例) 当事者:透析など病院への定期的な通院が始まり、中々友の会の活動に顔を出せなくなった。 当事者:記憶力の衰えにより、手話や指点字で話していても内容が覚えられなくなってきた。 支援者:体力や足腰の衰えから、活動場所までの移動や当事者の介助が難しくなってきた。 支援者:家族の介護が必要になり活動への参加が難しくなった。 ―――― 課題② 団体のガバナンスと外部連携  本事業では同行援護事業所開設のため、任意団体であった各地の友の会がNPO法人格を取得しました。それに伴って各種規定の整備、行政への届出等の書類業務、人材の雇用、法人会計処理の必要性が生じ、いわゆる「組織運営」が求められることとなりました。  また活動面でも、これまでの当事者や団体内部への対応だけでなく、より広く、地域全体を見渡し、協力を得ながら中で団体を運営していくことが求められます。  ただし、団体が同行援護事業所も運営しながら団体のガバナンスを整備していくことはマンパワー、ノウハウの面で課題が多くあります。 課題③ 組織の運営にかかるマネジメントについて  今回の事業では、上記のような組織ガバナンスの整備に加え、NPO法人としての組織マネジメントが必要となりますが、多忙な業務やボランティアスタッフも多い中でどのように役割分担をしていくのかが重要な検討事項です。 ――図表―― (例) 公的書類や雇用に係る事務処理等書類が沢山で戸惑いました。事務局は同行援護の従業者として出ないといけない場面も多く、時間の捻出に苦慮しています。 当事者団体ということで盲ろう当事者の理事もおり、情報保証を丁寧に、けれども実務はスピード感を持ってというバランスがとても難しいです。 当事者団体から地域の団体へ変化する中で、地域内でどこに何を聞けば良いか、どこでどのようなサポートが受けられるか、ということを日々の活動の中で少しずつ開拓する必要がありました。 ―――― 課題④ 団体の運営資金の確保について  一般的にNPO法人の主な収入は事業収入、寄付収入、補助金収入等があり、近年では目的に応じてクラウドファンディングをする団体も少なくありません。今回の実行団体の寄付収入割合は全体の6パーセント以下で、事業資金のほとんどを会費と同行援護の事業収入から捻出している状況ですが、団体運営に十分な収益があるとは言い難い状況です。友の会として、事業所として事業を継続するにはそれを支える安定した財源が必要です。 ――図表―― (例) 同行援護事業は安定した黒字とは言い難い状況です。収入を得るためには利用者を増やすことが第一ですが、そのためには従業者の確保や当事者の掘り起こし活動を限られたマンパワーの中で実施する必要があります。 当事者団体という性質上、当事者と支援者・家族という構図になりがちで、より広く寄付をつのる、賛助会員を増やすなど社会への共感を呼びかけるにはどうしたら良いかが悩みです。 ―――― P13 Column 既存システムを活用して“みんなの課題へ” 彩社会福祉士事務所 / 龍谷大学社会学部 坂本 彩  私は、30年ほど障害福祉の事業にかかわって仕事をしてきていますが、主に知的障害のある方の支援に携わってきました。3年前に初めてこの同行援護事業のお話を聞いたときに感じたことは、「人数が少ないということはこういうことになるのか」ということでした。知的障害のある人は、109万4千人ほどおられると言われています。盲ろう者の方は、約1万4千人程度と推計されています。知的障害のある人も、身体障害者(436万人)、精神障害者(614万8千人)と比べると少ないのですが、それでも人口の1%ほどの人数がいるということは、いってい程度のまとまりをもって活動し、ソーシャルアクションをし、その声が制度施策に反映されやすいものだったのだと感じました。(数字は令和6年版障害者白書より)  2006年の障害者自立支援法の施行、その後の障害者総合支援法の流れの中で、さまざまな障害福祉サービスができ、障害福祉事業所もかなり増えました。(それまで非営利団体に限られていた障害福祉事業の運営が営利目的でもできることになった問題はあるのですが、ここでは割愛します。)同行援護の福祉サービスも障害者総合支援法に位置づいているものです。そして、それらの障害福祉事業が、地域で暮らす障害のある方にとってより使いやすく、生活を豊かにしていけるように、各地域には「障害者自立支援協議会」が設置されました。「ひとりの障害者の悩みを地域全体の課題としてみんなで考える」ためのシステムが作られたのです。しかし、その障害者自立支援協議会で「盲ろう者の困りごと」がどうも取り上げられていないのではないか。相談支援専門員が盲ろう者の方とうまくつながれていないのではないか。何か所かヒアリングに行かせていただいた団体でも、「自立支援協議会…?はて?」「相談支援専門員さんは、たまに来る人です。」という声を聴き、う~んと唸りました。そして、団体の方々に「自立支援協議会を活用したほうがいいです」「既存のシステムの流れの中に入り込んだほうが声が届きやすくなります」というお話をさせていただきながら、「地域によっては自立支援協議会が機能していないところもあるし、相談支援専門員は急激に増えて質の良くない支援をする人も出てきているので、お勧めしていいものだろうか…」と悩んだりもしました。  人数が少ないということで、その声が届きにくいことは課題ではあります。しかし、既存のシステムの中に位置づけることで「みんなの課題として考えよう」と、大きな連帯の中に存在することができます。最初に述べたように、知的障害者は3障害の中では人数は一番少ないのですが、福祉サービスとしては知的障害のある人を対象とする施設がかなり多い。それは、声を上げ、連帯し、大きな渦を作ってきたからだと思います。この同行援護事業のひろがりをきっかけに、連帯して課題解決に取り組んでいけたらいいなと思います。  最後に、私が長年かかわりがある滋賀県大津市の障害者自立支援協議会のスローガンは「あるサービスは調整する、ないサービスは作る」です。皆さんと一緒に、どんな障害のある人も安心して暮らせる地域を作りたいと思います。 P14 4.「盲ろう者の地域団体の創業支援事業」が生み出したインパクト  本事業は、実行団体が、それぞれの地域特性に合わせた活動を通じて、盲ろう者の社会参加と生活の質の向上を目指すものです。その結果、各地でさまざまなインパクトが生まれおり、実行団体、資金分配団体、そして大学の活動によって生まれたインパクトを、具体的な事例やデータとともに明らかにしていきます。 1.実行団体の活動によって生まれたインパクト  各地の実行団体は、本事業を通じて、同行援護事業所の開設・運営、掘り起こし活動、そして活動拠点の整備・活性化といった、多岐にわたる取り組みを展開しました。その結果、盲ろう者本人、家族、そして地域社会に、以下のような変化が生まれています。 ①同行援護事業所の開設・運営  本事業の主要な活動の一つである同行援護事業所の開設・運営は、各地の盲ろう者の生活に、大きな変化をもたらしました。  これまで、盲ろう者向けの同行援護サービスは、一部の地域を除きほとんど提供されていませんでした。  しかし、本事業を通じて、5つの地域の盲ろう者団体が同行援護事業所を開設し、サービスの提供を開始したことにより、盲ろう者は、安心して外出できるようになっただけでなく、社会参加、そして自立に向けた一歩を踏み出すことができるようになりました。  また、各団体は同行援護だけでなく、相談支援、通訳・介助員の派遣、コミュニケーション支援など、盲ろう者のニーズに合わせた、さまざまなサービスを提供しており、これにより盲ろう者の生活の質が、総合的に向上しています。 3年間の同行援護事業の総利用時間:24,576時間+ 3年間の同行援護事業の総利用件数:9,190件+ ――図表―― 支援対象者数および従業者の推移(2022~2024) 〈札幌〉 利用者数:2022年度:11名/2023年度:12名/2024年度:13名 従業者数:2022年度:17名/2023年度:19名/2024年度:20名 〈千葉〉 利用者数:2022年度:9名/2023年度:16名/2024年度:18名 従業者数:2022年度:51名/2023年度:61名/2024年度:74名 P15 〈静岡〉 利用者数:2022年度:6名/2023年度:6名/2024年度:10名 従業者数:2022年度:6名/2023年度:19名/2024年度:21名 〈香川〉 利用者数:2022年度:7名/2023年度:10名/2024年度:13名 従業者数:2022年度:6名/2023年度:19名/2024年度:21名 〈宮崎〉 利用者数:2022年度:0名/2023年度:5名/2024年度:13名 従業者数 2022年度:0名/2023年度:3名/2024年度:7名 ―――― 同行援護の利用者が順調に増えている一方で、いくつかの団体では、それを支える従業者の確保が追いついていない場合があります。性別では全国的に、男性の従業者が不足している傾向にあり、ジムやプール等、同性の介助が必要な場面で特に男性の盲ろう者への支援に支障が出ています。また、従業者の高齢化も進んでおり、若い世代の育成が急務となっています。 ――図表―― (例) 当事者:施設によっては、更衣室以外は介助者が同性でなくても良いと言ってくれます。一人でロッカーを触る、着替えるということも大事な情報を得るひとつの手立てです。 支援者:利用開始時は“同性でないと入場できない”と思っていましたが、回数を重ねるうちに逆に更衣室以外は同性でも良い、とわかった施設もあります。ただ、支援の際に通訳のための筆記用具が持ち込めない等の制約を受ける場合があります。 ―――― ■当事者の生活の変化 同行援護をはじめとする、さまざまなサービスの提供は、盲ろう者の生活に各地で以下のような変化をもたらしています。 社会参加:同行援護を利用することで、買い物、友人との交流、趣味の活動など、さまざまな社会参加の機会が増えた。 自立:同行援護を利用することで、当事者が家族や入居施設職員の介助なくできることが増え、より自立した生活を送ることができるようになった。 ――図表―― 当事者:野球が大好きだが、これまでは弱まった視力でテレビで見るだけだった。同行援護の利用を開始して初めて遠方のホームグラウンドまで旅行ができた。 当事者:同行援護を使って友の会や地域の勉強会、サークルに参加しています。特に体操など体の動きを伴うものは、これまで動きを詳しく教えてくれる人がおらず困っていましたが、従業者がいることで細かくポーズを伝えてくれます。 ―――― P16 ■家族の負担の軽減 負担軽減:同行援護を利用することで、買い物・外出の際の家族の介護負担が軽減された。 安心感の向上(レスパイト):盲ろう者が安心して外出できるようになったことで、家族も安心して自分の時間を過ごせるようになった。 生活の質の向上:家族が、盲ろう者支援に関する相談や、情報提供を受けることができるようになり、生活の質が向上した。 ■地域社会における連携の促進 理解の促進:各地の団体が、啓発活動や情報発信に力を入れたことで、行政や地域住民の盲ろう者に対する理解が深まっている。 協力体制の構築:地域の福祉施設や入居施設が協力を依頼したり、盲ろう者向けのサービスを改善したりするようになった。 受け入れ体制の整備:地域の施設や公共交通機関が、盲ろう者に配慮した設備やサービスを導入するようになった。 ■地域社会における連携の促進  本事業を通じて障がい区分認定の認定状況にも、変化が見られました。課題で少し触れたように、実情としてこれまで視覚・聴覚両方に障害を抱える重複障害者として“盲ろう”の特性が福祉の現場で十分に考慮されず、障がい区分にも十分に反映されていませんでした。しかし本事業を通じて、友の会や当事者と相談支援専門員・行政担当者とのコミュ二ケーションが増え、障がい区分の認定調査時にも当事者の現状への理解が促進されることで、各地でより適切な支援が受けられるようになってきています。 エピソード 同行援護の利用時間は個別支給で、利用状況や自治体により異なります。ある盲ろう者は、長年、限られた支給時間のなかで移動支援サービスを利用していましたが、盲ろう者友の会としての活動が増えたことで1ヶ月あたり90時間を超える支給決定をうけることができました。これにより、より自由に、遠方へも外出が可能となりました。また、利用する中で、「自身を支えてくれる従業者も育成しなければ」という意識が芽生え、事業所からのコーディネートも可能な限り柔軟に受け入れることで、自身を取り巻く関係者も増え、コミュニケーションの幅も広がりました。今では従業者の人柄の違いも楽しみです、と語っておられました。 P17 ②掘り起こし活動  各地の団体は、同行援護事業所の開設・運営だけでなく、盲ろう者の掘り起こし活動にも力を入れています。本事業の開始に伴い、各地の盲ろう者団体の会員数は、全体的に増加傾向にありますが、これは同行援護をはじめとする、さまざまなサービスや機会の提供が、盲ろう者にとって、大きな魅力となっていることを示しています。  各団体は、地域を訪問し、盲ろう者やその家族との面談を行ったり、盲ろう者に関する情報を提供したりしています。また、盲ろう者同士が気軽に交流できる場として、「盲ろうカフェ」などを開催しています。 交流会の開催総数 256回+ 学習会・研修会の開催総数 478回+ エピソード 千葉盲ろう者友の会は、本事業を通じて、同行援護事業所を開設しました。専従の職員を配置し、サービス の質を向上させることで、利用者は着実に増加しています。また、地域のイベントにも積極的に参加し、盲ろう者に関する啓発活動行うことで、事業所の運営とあわせて地域住民の理解を深めています。さらに、行政との連携を強化し、盲ろう者支援に関する情報交換や意見交換を定期的に行っています。 ――図表―― 友の会:この3年間で、特に市町村訪問に力を入れてやってきました。 県内全ての市町村を回ることができ、パンフレットの配布や直接の説明等で盲ろうに関しての一定の認織を広めることが出来たと思います。 友の会:地域にお住まいの方も自由に参加できる盲ろうカフェを実施し、新聞等にも取り上げられるようになりました。議員さんが 顔を見せていただいたり、地域の方からの盲ろうに関する相談ごとも増えました。 ―――― エピソード 北海道など、広大な範囲に盲ろう者が点在している地域の場合、札幌からの距離や移動時間が長く頻繁に訪問することは難しいことから、地域で当事者を取り巻く支援者群の形成が特に重要となってきます。 札幌盲ろう者福祉協会は、北海道・札幌盲ろう者支援センターを設置し道内各地を訪問して、盲ろう者やその家族との面談を行うとともに、地域の関係機関との連携を図っています。また、札幌盲ろう者福祉協会は、道内各地で盲ろう者に関する講演会や研修会を開催し、啓発活動も行っています。これらの活動は、他の地域にとって盲ろうへの理解を促進するとともに、地域団体の連携を促しています。 P18 ③ コミュニケーション学習会や交流会を通じた、交流機会の創出  本事業では、同行援護の提供だけでなく、盲ろう者同士や地域住民との交流機会の創出も重視されました。各地の実行団体は、コミュニケーション学習会や交流会を積極的に開催し、盲ろう者の社会参加を促進しています。 コミュニケーション学習会  指点字、触手話、弱視手話など、盲ろう者の特性に応じた様々なコミュニケーション方法を学ぶことができる。これにより、盲ろう者同士だけでなく、家族や支援者、地域住民も、 盲ろう者とのコミュニケーションの壁を乗り越えることができるようになった。 交流会  盲ろう者が日頃の悩みや情報を共有したり、親睦を深めたりする場となっている。 また、地域住民や他の障害者団体との交流会も開催され、相互理解を深める機会となっている。これらの交流会は、盲ろう者の孤立感を解消し、社会とのつながりを強化する上で、大きな役割を果たしている。 これらの取り組みは、盲ろう者の外出機会ともなり、地域社会の中でより積極的に活動するための基盤を築くための一歩となっています。また、通訳・介助や同行援護の研修を受講した通訳者との交流機会とすることで、従業者の獲得につなげている地域の事例も見られました。 ――写真1点―― 交流会の様子 ―――― ④活動拠点の整備、活性化 本事業を通じて、各地の盲ろう者団体の活動拠点の整備・活性化が進んでいます。 ――写真2点―― NPO法人設立記念式典の様子 指点字での交流 ―――― P19 2.資金分配団体の活動によって生まれたインパクト 資金分配団体である全国盲ろう者協会は、本事業を通じて、実行団体に対する支援、行政への働きかけ、そして 実行団体間の連携促進といった、多岐にわたる活動を展開しました。 ■実行団体に対する支援 ▼NPO法人、同行援護事業所の立ち上げに関する書類作成支援、助言 実行団体がNPO法人格を取得し、同行援護事業所を立ち上げるための、書類作成支援や助言を行った。これにより、各団体は、スムーズに事業を開始することができた。 ▼オンライン、対面での月次面談にて、事業運営の助言 実行団体との定期的な面談を通じて、事業運営に関する助言を行った。 これにより、各団体は、課題を克服し、より効果的に事業を推進することができた。 ▼障害福祉制度や同行援護事業の運営に関する情報提供 実行団体に対し、障害福祉制度や同行援護事業の運営に関する最新の情報を提供した。これにより、各団体は、制度改正などに適切に対応することができた。 ▼同行援護事業所が立ち上がって運営が継続された これらの支援の結果、各地の実行団体は、同行援護事業所を立ち上げ、安定した運営にむけて活動を継続することができている。 ■行政への働きかけ  役所や行政と、福祉制度や盲ろう者の啓発に関する要望、折衝:行政に対し、福祉制度の改善や、盲ろう者に関する啓発活動の推進などを要望した。また、行政との協議の場を設け、意見交換を行った。  利用時間上限の拡張、福祉器具の助成、入居施設利用者の同行利用、行政担当者の理解促進:これらの働きかけの結果、一部の自治体では、同行援護の利用時間の上限が拡張されたり、盲ろう者向けの福祉器具の助成が開始されたりするなど、具体的な成果 が生まれている。また、行政担当者の盲ろう者に対する理解が深まり、支援体制の改善につながっている。 ■実行団体間の連携促進  集合研修など実行団体同士の連携機会の創出:学校法人龍谷大学と協力して実行団体が一堂に会する集合研修などを開催し、情報交換や意見交換の機会を設けた。これまでは交流の機会が全国盲ろう者大会だけだったが、事業相談等ができるようになった。これにより、実行団体間の連携が強化され、互いのノウハウを共有したり、課題解決に向けた協力体制が構築された。 ――写真2点―― 意見交換をしている様子 模造紙に目標を記入した写真 ―――― P20 3.外部評価者の伴走によって取り組んだこと 本事業において、外部評価者として龍谷大学ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンターが参画し、専門的な知識や技術の提供を通じて、実行団体や資金分配団体の活動を支援しました。 ▼ロジックモデルおよびビジョンの作成支援 実行団体や資金分配団体とともに、事業のビジョンを作成した。 これにより、各団体は、目指すべき方向性を明確にし、より効果的に活動を推進することができた。 ▼組織基盤の強化 実行団体の組織運営に関する助言や、研修会の開催などを通じて、組織基盤の強化を支援した。 これにより、各団体は、より安定した運営体制を構築することができた。 ▼当事者ヒアリングによる課題と成果の言語化 盲ろう者やその家族に対するヒアリング調査を実施し、事業の課題と成果を言語化した。  これにより、各団体は、事業の改善点を見つけ、より効果的な支援につなげることができた。 ▼専門家派遣、評価委員会の開催による、福祉・非営利団体運営ノウハウの助言 福祉や非営利団体運営に関する専門家を派遣したり、評価委員会を開催したりすることで、実行団体や資金分配団体に対し、専門的な助言を行った。 これにより、各団体は、より高度な知識や技術を習得し、事業の質を向上させることができた。 ▼評価ノウハウの提供 実行団体や資金分配団体に対し、事業の評価方法に関する指導を行った。 これにより、各団体は、自らの活動を客観的に評価し、改善につなげることができた。 4.まとめ 本事業は、実行団体、資金分配団体、そして大学が連携し、それぞれの役割を果たすことで、大きなインパクトを生み出しました。各地の実行団体は、同行援護事業所の開設・運営、掘り起こし活動、そして活動拠点の整備・活性化を通じて、盲ろう者の社会参加と生活の質の向上に貢献しました。また資金分配団体は、実行団体に対する支援行政への働きかけ、そして実行団体間の連携促進を通じて、事業全体の推進に貢献しました。さらに、大学は、 専門的な知識や技術を提供することで、実行団体や資金分配団体の活動を支援しました。  本事業を通じて得られた成果は、今後の盲ろう者支援の発展に大きく寄与するものでありますが、課題も残されています。今後は、本事業の成果とノウハウを共有し、課題をひとつひとう克服することで、より多くの盲ろう者が、地域社会の一員として、共に生きていくことができる社会の実現を目指していきます。 P21 Column ピア団体組織から広域を担う組織へ 有限責任事業組合まちとしごと総合研究所 岡本 卓也 <はじめに…>  盲ろう者を支援する地域団体が非営利法人として広域的な活動を展開するにあたって、この移行については組織の発展にとって大きな転換点であり、運営方法やメンバー・支援者の意識改革、事業の方向性を見直す重要なタイミングだったことと思います。 本コラムでは、そんな挑戦に取り組む皆さまへの敬意を込めて、ピア組織から非営利法人かつ広域を担う団体への移行期における組織運営のポイントや意識改革、事業展開の考え方について考察しました。少しでも皆さまの活動が実り多いものとなるよう、ささやかながらお役に立てれば幸いです。 (1)ミッションとビジョンの再定義  多くの団体でまず、当初理念を続けていきたい方と、もっと組織を拡大していかねばという方の対立が起こったのではないでしょうか。ここで大切になってくることが「地域の盲ろう者の支援者」から「広域の盲ろう者のためのプラットフォーム」へと視点を広げるという点です。 メンバー・支援者ともに「この方を支援するために団体に所属したのに …」という不安をどう解消させていくかが重要で、そのために、県域に存在するNPO支援センターなどの専門家などからのアドバイスや研修などに積極的に参加するなど、外部資源を有効活用することにより、ミッション・ビジョンの再定義と浸透を行なっていくことで、しなやかな組織体制へとつなげていくことが大切だと考えます。メンバー同士の相互理解やつながりを育むようなコンテンツも積極的に行う必要もあります。 (2)ガバナンス体制の整備  法人化に伴い、財務や意思決定に関する透明性が求められます。ピア組織から広域を担う法人へと進めていくにあたって、この点も大きな障壁となります。財務の知識や経験があるメンバーがいれば頼れますが、一部のメンバーに仕事が集中してしまい、その方が離脱してしまうと途端に立ちいかなくなってしまう危険性があります。そうならないために組織の基盤を整え、しっかりと監査制度や理事会などのガバナンス体制を整えていくことで組織の信頼性を高めることが重要です。県域で存在するNPO支援センターなどが実施しているセミナーなどで学び、知見をメンバー同士で共有していくことでより良い組織基盤の構築につながっていくと考えます。 (3)メンバーや支援者の意識改革  ピア組織の段階は「みんなで支え合う」という意識でしたが、法人化すると役割や責任が明確化され、個々人に専門性や効率性が求められる場面が増えてきます。盲ろう者への直接支援に加え、行政や企業との交渉や資金調達といった新しいタスクが発生することもあるかと思います。支援者やメンバーには、「ボランティア精神」だけでなく、プロフェッショナルとしてのスキルや意識が必要となります。そのため、研修の充実や外部の専門家との連携が一層重要になります。福祉分野だけとの連携ではなく、多様な分野の団体や行政機関・企業などとのつながりも求められます。当事者だけをみていればいいのではなく、どう社会全体を見通してつながりを構築し、有機的に連携を生み出していくことができる体制を普段から構築していくと効果的だと考えます。  一方で全てを「効率化」に偏らせると、ピア組織としての温かさが失われてしまうリスクもあります。運営側は、メンバー同士の相互理解やつながりを育むようなコンテンツも積極的に行う必要があります。 (4)収益事業とピア活動との住み分けと連動  今回、同行援護事業により安定的に収益事業を行なっていく形を主流として、従来のボランタリーベースの事業と同行援護事業を並行していくわけですが、ここでもピア組織から法人への発展による障壁が存在していたように感じます。  ボランタリーベースの事業と同行援護事業の担当を切り分けたことで双方の意思疎通が体制上難しくなってしまうケースが見受けられました。 理想で言えば、双方が連動し合いながらお互いの情報共有を密に行い 高め合いながら進めていくことが望ましいですが、同行援護事業の方は 事業所加算など正確な事務作業が求められるため、専門のスタッフを新たに雇用するところが多かったということもあり、既存のピア組織とし ての活動に対する蓄積が少ないことによる意識のズレが生じやすくなります。ピア組織の活動であればある程度融通をきかせるなど臨機応変に対応していくこともあると思いますが、より正確性が求められる収益事業を活性化させていくためには、しっかりと規約等に則った運営が求められます。 これらの点を解決していくために、やはり組織としてメンバー同士の研修や意思疎通の機会の創出などの仕組みを有した組織基盤を構築することが求められると考えます。 <終わりに…> 盲ろう者の地域団体が非営利法人かつ広域を担う団体として広域活動を担うことは、組織としての成長と新たな社会課題への取組みの可能性を切り開く機会と言えます。これまで築いてきたピア組織としての取組みを核としながら、変化を受け入れつつ、メンバー全体で議論を重ね一歩ずつ進むことで、より多くの盲ろう者を支える持続可能な未来を創り出すことができるようになるのではないかと感じています。 P22 5.地域の福祉連携による盲ろう者支援を目指して 視点①盲ろう者向け同行援護事業所として ――図表―― 私の家族が積極的に利用することで、この場所のためになるのなら ―――― ■持続可能な運営を目指して  地域に同行援護事業所はいくつかあったとしても、「盲ろう者」を受け入れ可能な事業所はまだまだ不足しています。盲ろう者の移動の自由を保障するために事業を持続可能なものにしていくには、特に次の点が重要です。 ・利用者(盲ろう当事者)の増加による事業所収入の増加 ・利用者を支える従業者の増加 ・利用者を支える従業者の育成  これまで、盲ろう者に対する支援制度は、障害等級や利用時間などに厳しい制約がありました。そのため外出の機会も少なくなり、社会とのつながりも断たれがちな中、盲ろう者向けの同行援護事業は新たな支援の選択肢として機能し始めています。盲ろう者が地域の中で移動し、必要な情報にアクセスし、生活の選択肢を広げていくことが可能になりつつあります。あるとき、事業所の職員が 「このままではこの場所が無くなってしまうかもしれない」と本音を漏らした場面がありました。しかし、盲ろう者の利用が少しずつ広がると、事業所には利用実績に応じた収入が生まれ、運営にも一定の 安定がもたらされました。  盲ろう者が同行援護事業を利用し、社会的な生活を営む上で充分な支援を受けられ、生き生きとした生活を送れること、その積み重ねが結果として事業所の基盤を支え、安定した支援提供へとつながっていくという、好循環が生まれています。事業所は、盲ろう者に対して適切な支援を提供する責任を担っています。一方で、支援の現場では、盲ろう者自身の経験や反応が、支援の工夫や配慮のあり方を導く場面が少なくありません。盲ろう者は、単なるサービスの受け手にとどまらず、支援者を育て、支援の質を高めていく存在でもあるのです。そうした相互作用を通じて、盲ろう者と事業所がともに地域の支援環境を形成していく関係が育まれていきます。事業所の運営には、制度や経営の知識とあわせて、こうした日々の現場から生まれる関係性を活かす視点が不可欠です。「盲ろう者友の会」など当事者団体としての経験と蓄積を踏まえた取り組みの中にこそ、持続可能な事業所運営のヒントが見えてくるのではないでしょうか。 ■運営ノウハウ等、団体間の情報共有と連携について  盲ろう者向け同行援護事業所の開設にあたって、特にこれまで任意団体として活動してきた団体からすると、運営や人の雇用、それらに係る行政手続きなど初めて見る・知ることばかりです。  そういった団体共通の困りごとや運営のテクニック、盲ろう者を対象とすることならではの工夫等を既存の団体や、これから盲ろう者向け同行援護事業所を開設する団体向けに共有し、お互いに支え合う機会や方法の創出が求められます。  加えて、日頃のちょっとした情報共有が気軽にできる友の会間の関係性を作ることも必要です。 P23 〈共通の困りごとの例〉 ・利用者が適切な区分認定を受けられていない。(もっと区分が高いのでは?) ・地域の福祉資源はどういった時に活用したら良いか ・新しい利用者を掘りおこすには、どうしたらよいか?  上記のような、地域の事業所内の小さな疑問・気づきが、他の団体の手元の課題を解決するヒントになります。また、連絡を取り合うことで団体内では相談しにくいことも、同じ立場で相談できる相手が見つかるかもしれません。  こうした連携は各地域単位ではなかなか難しいので、一定の広域エリア、または全国を網羅する団体が中心となって進められることが望ましいと考えます。 視点②当事者団体(ピア組織)・NPO法人として ――図表―― 健常のスタッフが行ってもダメなんです、盲ろう者同士だから自身の障害を受け入れ、サポートに繋がることができる場合もあるんです。 ―――― ■当事者の掘り起こし活動と、“障害を受け容れる”ということ  本事業では実行団体が積極的に遠方までも出向き、友の会や、適切な支援に繋がっていない盲ろう者の掘り起こし活動をしてきました。結果、「事業の創出したインパクト」のページにも見られるようにこの3年間で着実に友の会の輪は広がっています。“盲ろう”という障害はこれまで見てきたように、とても複雑な障害です。先天的に盲ろうという障害であった人、先に耳が聞こえなくなって目も見えづらくなったきた人、目が元々見えなくて耳が聞こえづらくなってきた人、その障害の度合いと過程は人それぞれ違い、特に中途失聴・失明で盲ろうとなった場合は「その状態・変化を受け容れる」(障害受容)ということがとても難しいものです。また人は年を重ねると自然に聴覚や視覚の機能が衰えます。その程度が日常生活に支障を来たすものであれば、盲ろう者としてのサポートが必要となることもあるかもしれません。しかし、本人にとっては「元々耳は聞こえなかったから仕方がないけど、年をとって目も悪くなってきてね」ということで、自分は「聴覚障害者」であって「盲ろう者」という認織になりづらい傾向にあります。  本事業でヒアリングを行った際、「盲ろう者に会う時は、必ず盲ろう当事者と一緒に行きます」という団体がありました。理由を尋ねると、初めて会う当事者のところに訪問した際、健常のスタッフがどれほど制度利用の説明をしても「いい、いい、私は盲ろうではないから」と仰っていたそうです。しかし、その際に同行していた盲ろう当事者が「私は盲ろう者でね、こういう状況で・・」と自身のこれまでの生活や経験をお話すると、「私と同じ人がいるんだということがわかった」と少しずつ使える制度や移動支援のお話しを聞いてくださったそうです。  年に1度、全国から盲ろう者・関係者が一同に会する「全国盲ろう者大会」の参加者から「自分と同じ状況の人が全国にいるんだ」「友達になってメールや手紙を送りあっている」といった声が聞かれる事からもわかるように、盲ろう者同士が出会い、自らの状況を認識する機会は限られています。  盲ろうというまだまだ社会的認知度が低い障害を持つ当事者の中で「自分と同じ障害を持つ人」と出会うことで、少しずつ障害を受け入れられるきっかけを得る際、盲ろう当事者や、盲ろうをよく理解する支援者が集う、当事者団体の果たす役割はとても重要であり、大きな価値の一つと言えます。 P24 ――図表―― 当事者のサポートを私たちも楽しみながら、今一番の癒しなんです。 ―――― ■支援者との繋がりづくり~「楽しい」の共有~  支援者同士や地域との繋がりづくりも進んでいます。当初、小さなアパートの一室から始まったある友の会は、本事業の助成金を得て、会員が集まれる広い事務所を借りることができました。毎月の勉強会や交流会が、決まった場所でできるようになり「困ったらここ」という集まれる空間ができました。部屋にはイベントで作成した人形が飾ってあったり、盲ろう者が楽しめるよう工夫が詰め込まれた遊び道具があり、「遊びを考えるのも楽しいんですよ」と支援者が紹介してくれます。印象的だったのは、発語が無く、簡単なハンドサイン等を使ってコミュニケーションをとられる当事者のサポートについて、従業者が「大変ですが楽しいです、私の今一番の癒しなんです」と答えられたことでした。  友の会会員の支援者は、当事者家族や手話関係者、点字関係者、他の福祉団体・機関関係者と様々です。日々の活動も全てが楽しいことだけ、とは言えない中、盲ろう者や活動のことを話される支援者は笑顔で、時に笑い声を上げながらお話をされます。  また一部ではそういった「楽しい」をもっと発信したい!他の会員にも広く知って欲しいとおっしゃる方もおられました。盲ろう者とのコミュニケーションには手話や点字等が必要な場面も沢山あり、熟練の従業者になるには何年もの時間を要したりと、どうしてもその大変さの方に目がいくことも多くあります。しかし、今後より支援者・関係者の輪を広げていくためには、先のお話のような「難しいこともあるけど、楽しいよ」という気持ちを団体内やこれから関わっていく人々に伝え、共有していくことが大事ではないでしょうか。 ■団体外の繋がりづくり~支援者探し~  友の会は、パンフレットを持って日々自治体や社会福祉協議会へ訪問したり(県内全ての市町村を回られたところも!)、福祉祭りへの参加、地域の方が盲ろう者と交流できる“盲ろうカフェ”を開催したりと、当事者と一般の方が出会う機会づくりをしています。ある団体では福祉祭りでボランティアをしてくれた高校生が、別のイベントにも参加し、積極的に来場者に「盲ろう」の説明をしたそうです。また盲ろう者が入院した際、通訳者がいないと「伝えられない」、という気づきから地域の福祉大学に働きかけた団体もあります。福祉への意識が強い医療・福祉現場でも「盲ろう」への配慮に気付ける人は少ないのではないでしょうか。それは、他の福祉サービス等においても同様で、特に担当者の異動が頻繁な行政機関には何度も足を運び、盲ろうへの理解を促す必要があります。  各地の友の会が地道に「盲ろう」への理解を広めていった結果、他の障害者団体とのコラボ企画や交流会、行政の運用改善に繋がっています。福祉イベントをきっかけに盲ろうについて知った議員が、イベント後も熱心に話を聞きに来られて議会での質問に繋がったケースや、盲ろう者の講演会を聞いた方が「私は大病を患ったが、元気をもらった」と後日、通訳・介助員として現場で活躍されるようになったケースもあります。地域の1人1人が「盲ろう」について知り、支援の輪が広がることで人々の日常的な「盲ろう」への気づきが社会へ普及していきます。  また、まちづくりを担う他の団体等との横の繋がりも大切です。活動領域は異なっていても「NPO法人」であることで直面する課題には、風通しの良い組織づくりや物事が決まる会議の進め方、効率の良い事務の方法など、ある程度共通したものがあります。そういったなかで、相談できる“非営利活動法人の職員”という同じ立場の人と繋がっておくことや、地域の中間支援団体をうまく活用しながら 当事者団体・NPO法人としての成長を目指すことも大切です。 視点③ 地域福祉の主体として  本2年目の後半から、各地で相談支援専門員や他の障害者団体(聴覚、視覚、失語症など)等、他の福祉分野の地域団体との連携が見られ始めました。実行団体が、各地域にある協議会等で講演し、個々の事業所や相談支援専門員、民生委員・児童委員に時には粘り強く支援協力を要請する事で、地域の中でも「盲ろう者に対する支援をもっと考えていかないといけないですね」という声が上がり、少しずつ支援の意識が芽吹き始めています。  その効果は単に盲ろう者の生活の質が向上するだけにとどまりません。盲ろうが様々な地域福祉の主体から認織されること、各主体で支援が議論されること、その中で実行団体が地域福祉を担う主体として認織されることは、前述の盲ろう者の掘り起こしや他団体との協力だけでなく、地域の福祉政策への参画等、これまでの“任意の当事者団体では難しかったことにも”手が届くかもしれません。  こうした未来の実現には、実行団体もまた「地域」の団体としての視点を持つことが必要です。地域が「盲ろう」という障害を受容するためには「盲ろう者の団体」が育つだけでなく、多様な主体の相互扶助の中で、地域全体の福祉が育まれていくことが理想的です。その一員として同行援護事業所、盲ろう者の当事者団体、NPO法人として何ができるかを団体の中で、そして地域の中で考えていくことが、共に支え合う社会の実現につながるのではないでしょうか。 ――図表―― 創業支援事業によって、ピア組織→地域の団体へ 【これまで】(ピア組織) 当事者団体:当事者、当事者家族、支援者 【これから】(地域の団体) 当事者団体:当事者、当事者家族、支援者、盲ろう者になる可能性がある人、地域向け交流会参加者 ・交流会 ・掘り起こし ・相談事業 収益事業:当事者、同行援護従業者、通訳介助員、養成講座受講者 ・同行援護 ・通訳介助 ・委託事業 地域の福祉主体に参画・連携 ・各種障害者団体 ・各種市民団体 ・中間支援組織 ・行政 ・相談支援事業所 ・社会福祉協議会 ・民生委員 ―――― P26 Column ケイパビリティを拡げる当事者-同行者の協働 龍谷大学社会学部 砂脇 恵  盲ろうの当事者が望む暮らしをいかに実現するか。同行援護事業は、盲ろう者が〈行きたい〉場所で〈やりたい〉ことをするための手立てであり、同行者とその道程を手探りするやりとりを楽しむ事業でもあります。ここでは、ケイパビリティの観点から友の会の実践の意義を考えていきます。 (1)選択肢は生の多様性に応じて用意されなければならない  ケイパビリティは、アマルティア・センが提唱した概念です。簡単にいうと、ある人の望む生活のために「本人が自由に選択できる幅」のことを指します。個人の属性(障害、年齢、ジェンダーなど)、所有する財やサービス、社会的環境(生活環境や制度、差別や慣習など)はひとりひとり異なることから、望む生活を達成するためにはその手立ても多様でなければなりません。  「盲ろう」で括られる障害でもその特性はさまざまであり、コミュニケーション手段、その人の暮らしぶりや障害に対する思いも十人十色です。それぞれに固有な暮らしや望みを手探りし、実現のための選択肢をつくることができる。当事者団体のポテンシャルはそこにあるのだと私は考えます。 (2)「できるわけない」から「やりたい」へ  盲ろう者のケイパビリティを拡げていくためには、まずもってその人の望みを理解することが必要です。当事者・事業者ヒアリングを通して、いくつかの友の会では当事者から「やりたい」の声があがらないという課題を抱えていることがわかりました。公 的制度の乏しさから「お金がない」と言われ、やりたいことがあっても遠慮したり、身近な人から「自分でできるの?」と言われてきたために、「できるわけない」という意識が当事者に内面化されていたのだと思われます。何かを「やりたい」と思えるためには、「やれるかどうかわからないけれども、やったらできた」という経験が当事者、事業者双方に必要です。友の会では、試行錯誤のなかでそうした経験の場をつくりだす取り組みをされていました。 (3)「やってみる」の協働  ある友の会でのエピソードです。季節行事、交流会や勉強会への誘いをずっと固辞していた当事者が、同行援護事業開始をきっかけに外出にトライすることになりました。2回、3回と外出を重ね、同行者とわかり合えるようになるにつれて、「あそこまで 行ってみたい!」と希望を出されるようになったそうです。盲ろう者の手と同行者の手を交えるなかで、その人のニーズが生まれるのですね。  他方で、ある盲ろうの男性は、「手話が上手というのは技術ではない、その盲ろう者に合っているかを考えて関われる人だ」と語られました。さらに、「通訳介助や同行援護の人をこちらが育てる。盲ろう者がどんなことで困っているか、どんなことをしたい のかは盲ろう者でないとわからない。だから経験をさせてあげよう」とも仰りました。ここで当事者は〈経験の専門家〉として立ち現れます。最も重要なことは、どのような支援が必要であるかの定義権が盲ろう者本人にあるということで、「当事者=支援される人」、「支援者=専門家」という枠組みを脱構築する視座が提示されたことです。このことは私にとって大きな発見でした。  支援者は当事者が「やりたい」と言える機会と環境を整え、経験の専門家たる盲ろう者は、自らの希望を支援者に教え、「やってみる」の経験を共にする。このような協働的実践を通じて、盲ろう者のケイパビリティは拡がっていくのではないでしょうか。 <おわりに>  2000年代以降、社会福祉事業に「ケアマネジメント」が導入されました。これは給付に先立ってニーズを量的に測定し、サービス総量の枠内で効率的に配分する方法です。人間の暮らしは言うまでもなく、制度の枠に収まるようできてはいません。公的制度の定型的なサービスが盲ろう者1人1人にあったケイパビリティとして機能していくためには、当事者の思いや願いを制度に反映させていく働きかけが必要です。盲ろうの当事者団体が事業に関わる意義はここにあります。  3年にわたる創業支援事業において、友の会のみなさんは行政や関係団体と連携の輪を広げ、盲ろう者支援を充実すべく努力を重ねてこられました。次年度からのさらなる発展を祈念しております。 盲ろう者の地域団体の創業支援事業レポート 発行日 2025年3月 発行元 社会福祉法人全国盲ろう者協会 〒162-0042 東京都新宿区早稲田町67番地 早稲田クローバービル3階 TEL 03-5287-1140 FAX 03-5287-1141 Eメール info@jdba.or.jp https://www.jdba.or.jp/ 協力 龍谷大学ユヌスソーシャルビジネスリサーチセンター 許可なく、譲渡、開示、無断コピー、出版物への転載等は禁止いたします。 このレポートは休眠預金を活用して企画・作成しました。