このテキストデータには、各章の前に「***(半角のアスタリスク)」、章内の節の前に「+++(半角のプラス)」を記載しています。検索法、ジャンプ機能等でご活用ください。 盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会指導者のための手引書 社会福祉法人全国盲ろう者協会 編著 *** はじめに 社会福祉法人全国盲ろう者協会  「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修事業」は、平成25年4月より「障害者総合支援法」に定める都道府県(政令指定都市・中核市含む)の地域生活支援事業の必須事業となりました。これに先立ち、同年3月に厚生労働省から「盲ろう者向け通訳・介助員養成カリキュラム」(以下、「標準カリキュラム」と言う)が示されました。これを受けてその後、各都道府県が行う「盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会」は、順次、標準カリキュラムに則って実施されるようになり、講習時間も徐々に増加している状況にあります。一方で、講習時間が増加するに伴い、各地域で講師を担う人材の不足が大きな課題の一つとしてクローズ・アップされてきています。  このような状況に鑑み、当協会では、厚生労働省のご指導を踏まえて、平成27年度から各地域で実施される「盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会」において指導者(講師)として携わる方の養成研修を「盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会指導者養成研修会」という名称でスタートさせました。そしてさらに今回、日本郵便の年賀寄付金の助成を得て、各地域で実施される養成講習会の講師を担当される方のための「手引書」を作成しました。  本書は2部構成となっています。第1部「受講者向けテキスト編」では標準カリキュラムに則って、盲ろう者向け通訳・介助員として学んでおくべき事柄をまとめました。第2部「指導者向け手引書編」では、「目的」「内容」「ポイント」「指導例」を示すことで、講師を担当される方が講義・実習を組み立てる際の、一つの参考資料にしていただくことを念頭に置いてまとめています。  盲ろう者向け通訳・介助員養成に携わる指導者(講師)を対象とした、本書のような「手引書」作成の取り組みは、初めての試みであるといえるでしょう。本書の作成を検討する中で、「手引書の形にまとめるには、いまだ十分に議論が尽くされていないのではないか」「各地域で実施されている養成講習会の実態などを十分に反映できていないのではないか」といった議論がなされました。しかし、一方で指導者(講師)養成に関する「テキスト」あるいは、各地域で養成講習会を実施していくうえでの一定の指針を示すような「手引書」が必要とされていることも事実です。そのような意味から、本書は、今後養成講習会に携わる指導者(講師)の養成と、養成講習会を組み立てていくうえでの指針となりうる「手引書」的要素を検討していくためのいわば「第一歩」であり、また、これを使って指導者養成や養成講習会を組立てていくうえでの参考資料としていただくことを目的に作成することとしました。  特に、第2部「指導者向け手引書編」では、各地域で実施されている指導、実習の運用等が網羅されているとはいえませんし、本書で示した「指導例」などは、「必ずそうすべきもの」というものではありません。あくまでも、講義・実習を組み立てる際の参考例として記載したものです。 今後、当協会が実施する指導者養成研修を重ねていく中で、指導者(講師)養成のための「テキスト」として、かつ、各地域で実施される盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会の「手引書」として、成長させていきたいと考えています。  つきましては、本書を手に取っていただいた方々には、本書に足りない点や疑問に思われる点などを、積極的にご指摘いただければありがたいと考えています。各地域で養成講習会を実施していく中で、本書で記載した内容について、さまざまな観点からご意見などをお寄せいただき、それらのご意見を参考にさせていただきながら、本書を育てていきたいと考えています。  以上のように、本書をよりよいものとして育てていくことと、各地域で指導に当たる方々のノウハウの蓄積・研鑽が相まって、盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会の充実に繋がる一助になれば幸甚です。  本書の作成に当たっては、次の方々に多大なるご尽力をたまわりました。  福島智氏(東京大学先端科学技術研究センターバリアフリー分野教授、社会福祉法人全国盲ろう者協会理事)  平井裕子氏(NPO法人兵庫盲ろう者友の会事務局長)  三科聡子氏(盲ろう者向け通訳・介助員)  前田晃秀氏(東京都盲ろう者支援センターセンター長)  この場をお借りして、心より感謝の意を表します。 *** 「盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会指導者のための手引書」  目次 第1部 受講者向けテキスト編 第1章 盲ろう者概論 1. 盲ろう者とは 016 2. 盲ろう者の人数 017 3. 盲ろうの状態・程度 018 4. 盲ろうになるまでの経緯 019 5. 盲ろう者のコミュニケーション方法 020 6. 盲ろう者のニーズと通訳・介助 027 7. 盲ろう者の地域生活の状況 028 8. 日本の盲ろう福祉の流れ 030 第2章 視覚・聴覚障害の理解 1. 盲ろうとなる原因疾病 032 2. 見えにくさについて 034 3. 聞こえにくさについて 044 第3章 盲ろう者の日常生活とニーズ 1. ろうベースで比較的若いときに盲ろうとなった事例 056 2. 疾病のために、短時間で盲ろうになった事例 058 3. 盲ベースで中年期に盲ろうとなった事例 059 第4章 音声通訳の方法と技術 1. 音声とは 062 2. 聞こえやすい環境づくり 063 3. 音声によるコミュニケーション・通訳の方法 066 4. 音声によるコミュニケーション・通訳での留意点 068 第5章 筆記通訳の方法と技術 1. 筆記通訳とは 072 2. 筆記通訳の方法 073 3. パソコン通訳の方法 076 4. 事前の準備と打ち合わせ 080 5. 表記方法 082 第6章 手話通訳の方法と技術 1. 手話の種類 084 2. 盲ろう者と手話 085 3. 手話通訳とその技術 088 4. 手話通訳の実際 090 5. 盲ろう者に対する手話通訳の留意点 093 第7章 手書き文字通訳の方法と技術 1. 手書き文字とは 098 2. 手書き文字によるコミュニケーション方法 099 3. 手書き文字による通訳方法 105 第8章 指点字と点字通訳の方法と技術 1. 指点字 108 2. 機器を使った点字通訳 121 第9章 ローマ字式指文字通訳の方法と技術 1. ローマ字式指文字とは 128 2. ローマ字式指文字の表記方法 130 3. ローマ字式指文字を用いた通訳の留意点 133 第10章 通訳・介助員の心構えと倫理 1. シミュレーション〜当日の通訳・介助を想像する 139 2. 事前準備〜業務に必要な具体的準備を整える 140 3. 個別的対応〜一人ひとり盲ろう者は異なり、支援方法も違う 142 4. 受容的態度〜盲ろう者の言葉や態度を柔軟に受け止め、理解する 144 5. 自己決定の尊重〜思いや願いを盲ろう者自身の力で叶えられるようにする 146 6. 業務専念義務〜責任をもって業務に取り組む 148 7. 盲ろう者のプライバシーを守る(守秘義務) 149 8. 自己研鑽〜より良い通訳・介助を提供できるよう自分を磨く 151 第11章 盲ろう通訳技術の基本 1. 一対一のコミュニケーションにおける配慮 154 2. 通訳 156 3. 要約・省略・言い替え 163 4. 説明 166 5. 環境調整 167 6. 通訳技術の活用における留意点 169 第12章 盲ろう者の移動介助の基本 1. 移動介助の基本 172 2. 場面別移動介助方法 177 3. 触覚的コミュニケーション方法を使いながらの移動介助 197 第 13章 通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務 1. 通訳・介助員の業務 200 2. 通訳・介助員が必要とされる場面 201 3. 通訳・介助員の依頼から派遣および報告までの流れ 202 4. 通訳・介助業務の実際 205 第14章 先天性盲ろう児・者のコミュニケーションと支援 1. 先天性盲ろう児・者とは 212 2. 先天性盲ろう児・者の現状 212 3. 先天性盲ろう児・者の教育の歴史 214 4. 子どもの発達・成長におよぼす影響 216 5. コミュニケーションの方法 217 6. 通訳・介助の際の配慮 222 第15章 高齢盲ろう者の生活と支援 1. 高齢者の状況と特徴 226 2. 高齢期の盲ろう者の現状 227 3. 高齢盲ろう者への症状ごとの対応 229 第16章 他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援 1. 他の障害を併せ持つ盲ろう者の現状 236 2. 平衡障害や肢体不自由がある場合 239 3. より分かりやすさが求められる場合 244 4. 身体的ケアが必要な盲ろう者に対する配慮 246 第17章 盲ろう者福祉制度概論 1. 障害の定義と盲ろう者 248 2. 障害者総合支援法と障害者向け福祉サービス 250 3. 身体障害者手帳の交付によって受給資格が得られるサービス 253 4. 障害支援区分認定をうけることで受給できるサービス 259 5. 通訳・介助員派遣事業の状況 262 6. 盲ろう者関連団体 263 第2部 指導者向け手引書編 必修科目 第1章 盲ろう者概論 1. 目的 270 2. 内容 270 3. ポイント 271 4. 指導例 272 第2章 盲ろう疑似体験 1. 目的 274 2. 内容 274 3. ポイント 275 4. 指導例 276 第3章 視覚・聴覚障害の理解 1. 目的 281 2. 内容 281 3. ポイント 281 4. 指導例 283 第4章 盲ろう者の日常生活とニーズ 1. 目的 284 2. 内容 284 3. ポイント 4. 指導例 第5章 盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点 1. 目的 287 2. 内容 287 3. ポイント 291 4. 指導例 292 第6章 盲ろうコミュニケーション実習 1. 目的 298 2. 内容 298 3. 指導のポイント 298 4. 運営のポイント 304 5. 指導例 309 第7章 通訳・介助員の心構えと倫理 1. 目的 310 2. 内容 310 3. ポイント 311 4. 指導例 311 第8章 盲ろう通訳技術の基本 1. 目的 314 2. 内容 314 3. ポイント 315 4. 指導例 316 第9章 移動介助実習 I 1. 目的 317 2. 内容 317 3. ポイント 318 4. 指導例 320 第10章 通訳・介助実習 I 1. 目的 322 2. 内容 322 3. 指導のポイント 322 4. 運営のポイント 324 5. 指導例 327 第11章 通 訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務 1. 目的 328 2. 内容 328 3. ポイント 329 4. 指導例 329 選択科目 第12章 先天性盲ろう児・者のコミュニケーションと支援 1. 目的 331 2. 内容 331 3. ポイント 332 4. 指導例 333 第13章 高齢盲ろう者の生活と支援 1. 目的 334 2. 内容 334 3. ポイント 335 4. 指導例 335 第14章 他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援 1. 目的 336 2. 内容 336 3. ポイント 336 4. 指導例 337 第15章 盲ろう者福祉制度概論 1. 目的 338 2. 内容 338 3. ポイント 339 4. 指導例 339 第16章 盲ろう通訳技術の実際 1. 目的 341 2. 内容 341 3. ポイント 342 4. 指導例 343 第17章 通訳・介助員のあり方 1. 目的 347 2. 内容 347 3. ポイント 348 4. 指導例 350 第18章 盲ろう者の通訳技法と留意点 1. 目的 354 2. 内容 354 3. ポイント 357 4. 指導例 358 第19章 盲ろう通訳実習 1. 目的 364 2. 内容 364 3. 指導のポイント 364 4. 運営のポイント 372 5. 指導例 376 第20章 移動介助実習 II 1. 目的 377 2. 内容 377 3. ポイント 378 4. 指導例 380 第21章 通訳・介助実習 II 1. 目的 381 2. 内容 381 3. 指導のポイント 381 4. 運営のポイント 383 5. 指導例 387 厚生労働省の標準カリキュラム 388 標準カリキュラムと本書目次の対応表 393 参考文献 394 ---014---015 第1部 受講者向けテキスト編 ---016---017 *** 第1章 盲ろう者概論 +++ 1.盲ろう者とは  「盲ろう者」とは、一般に「目と耳の両方に障害を併せ持つ者」のことをいいます。  しかし日本においては、具体的にどのような状態にある人のことを指すのか、社会的にも法的にもまだその定義が確立しているとはいえません。身体障害の種類と等級を規定している現行の「身体障害者福祉法」では、「視覚障害」および「聴覚障害」はそれぞれ別個に規定されており、両方の障害をあわせた「盲ろう障害」に関する規定はありません。したがって、「盲ろう者」とは、法的にはなにも規定がなく、一般に「目と耳の両方に障害を併せ持つ者」を漠然と指しているだけです。このため視覚・聴覚ともにどの程度以上の障害を持つ人をいうのか、あるいはまた、目と耳に障害を有することによって、どのような社会的不利益をこうむっていれば「盲ろう」と定義されるのか、きわめてあいまいな状況にあります。  社会福祉法人全国盲ろう者協会(1991年3月設立)では、視覚と聴覚に何らかの障害を併せ持っていると認められれば、等級のいかんにかかわらず「盲ろう者」として扱っています。このうち、身体障害者手帳に視覚と聴覚の両方に障害認定があり、総合等級が2級以上の人を、「重度盲ろう者」と便宜的に規定しています。  1949年から始まる山梨県立盲唖学校(現在の山梨県立盲学校)での教育実践以来、わが国ではこの障害のことを「盲聾ろう」と慣習的に呼称してきた歴史があります。これを受け継いで生まれた「盲ろう」という表現は、全国盲ろう者協会の前身である「福島智君とともに歩む会」以来使われており、現在では国をはじめとする行政機関においても、「盲ろう」という用語が定着してきており、徐々に「盲ろう」という障害が認知されてきているともいえます。 +++ 2.盲ろう者の人数  2012年、全国盲ろう者協会では、厚生労働省の補助を受けて、「盲ろう者に関する実態調査」を実施しました。視覚と聴覚の両方の障害の身体障害者手帳を交付されている者(盲ろう者)の数を把握することを目的に、都道府県・政令指定都市・中核市に対し、調査を行ったものです。その結果、視覚と聴覚の両方の障害が身体障害者手帳に記載されている盲ろう者が、全国で約14,000人存在することが分かりました。  この結果を受けて、現在、日本における盲ろう者数は「14,000人」としています。しかしながら、これはあくまでも身体障害者手帳に視覚および聴覚の両方の障害が記載されている人の数です。このため、視覚障害の認定は受けているが、まだ聴覚障害の認定を受けていない人、もしくはその逆で、聴覚障害の認定は受けているが、視覚障害の認定を受けていない人も存在します。つまり障害認定には至っていないものの、視覚もしくは聴覚に何らかの障害を有している人の数は反映されていないことになります。  とはいえ、それまではっきりとした盲ろう者数の把握はできていない状態だったものが、この調査によって、ある一定の精度で盲ろう者の数が把握できたものといえます。 [図版:「盲ろう者の人数」 盲ろう者 1万4千人 平成24年度盲ろう者に関する実態調査(社会福祉法人全国盲ろう者協会)] ---018---019 +++ 3.盲ろうの状態・程度  一般に視覚および聴覚の障害の程度によって、次の4種に分類されています。 ・全盲ろう:まったく見えなくて、まったく聞こえない人 ・全盲難聴:まったく見えなくて、少し聞こえる人 ・弱視ろう:少し見えて、まったく聞こえない人 ・弱視難聴:少し見えて、少し聞こえる人  ここでは仮に「見える」とか「聞こえる」という表現を用いましたが、その「見え方」「聞こえ方」はさまざまですし、それぞれどのような程度や状態を「見える」とか「聞こえる」と呼ぶかは一概にはいえません。しかしながら、いくらか視力が残っていて視覚機能を活用できるかできないか、同様に、聴力がいくらか残っていて聴覚機能を活用できるかできないか、これらの違いによって、盲ろう者が抱えるさまざまな困難な状況は変わってきます。したがって、その障害の状態・程度によって支援のあり方も変わってきます。とりわけ、後述するコミュニケーション方法にも大きく関連します。このため、視覚・聴覚の活用が可能か否かという観点で、前述の4種に分類した捉え方をしています。 [図版:「盲ろう者の障害の状態・程度」 横2列(見えない・見えにくい)、縦2行(聞こえない・聞こえにくい)の表です。 全盲ろう:見えない・聞こえない 全盲難聴:見えない・聞こえにくい 弱視ろう:見えにくい・聞こえない 弱視難聴:見えにくい・聞こえにくい] +++ 4.盲ろうになるまでの経緯  障害の発症の順序などによって、次のような類別がなされます。 ・「盲ベース」の盲ろう者  視覚障害がベースにあって、のちに聴覚障害が発生した盲ろう者 ・「ろうベース」の盲ろう者  聴覚障害がベースにあって、のちに視覚障害が発生した盲ろう者 ・上記のいずれでもない盲ろう者  「健常」の状態から、視覚と聴覚に障害が発生した盲ろう者 ・先天性の盲ろう者  言語獲得以前の幼少期から、視覚と聴覚に障害が発生した盲ろう者  たとえば、ろうベースの盲ろう者であれば、ろう学校で教育を受け、母語としては手話を用い、コミュニケーション方法としても手話を用いる人が多くいます。また、盲ベースの盲ろう者であれば、盲学校で教育を受け、点字を用いてきたことから、指点字等の点字を基本としたコミュニケーション方法を用いる人が多くいます。もちろん、例外的なケースもありますが、障害の発症の順序によって、その人の成育歴・教育歴などが推測でき、コミュニケーション方法などの見当をつけることができます。障害の発症の順序による捉え方でも分類をするのはそのためです。 [図版:「盲ろう者の障害の状態・程度(障害の発症時期)」 縦に視覚障害の受障時期3行(先天的〜乳幼児期、〜成年期、〜老年期)横に聴覚障害の受障時期3列(先天的〜乳幼児期、〜成年期、〜老年期)の表です。以下は、視覚障害の受障時期、聴覚障害の受障時期の順です。 先天性盲ろう者(盲ろう児):先天的〜乳幼児期、先天的〜乳幼児期 ろうベース盲ろう:先天的〜乳幼児期、〜成年期と〜老年期 盲ベース盲ろう:〜成年期と〜老年期、先天的〜乳幼児期 後天性(成人期)盲ろう:〜成年期と〜老年期、〜成年期と〜老年期] ---020---021 +++ 5.盲ろう者のコミュニケーション方法  盲ろう者のコミュニケーション方法は、視覚及び聴覚の障害の程度や生育歴、他の障害との重複のしかたなどによって、さまざまなものがあります。 (1)手話  聴覚障害者が使っている手話を基本とし、ろうベースの盲ろう者が多く用いています。 @弱視手話  相手の手話を目で見て理解する方法です。盲ろう者の見え方(視力・視野)に応じて、距離、手話表現の大きさ・スピードなどに配慮が必要です。例えば、視野が狭い場合は、手話の動きを小さめにする必要があります。また、弱視の人は暗いところが苦手であったり、逆に明るいところではまぶしくて見えなかったりと、さまざまなタイプがありますので、その人に合わせた環境を選ぶ必要があります。 [図版:弱視手話を使ったコミュニケーションのイラスト] A触手話(しょくしゅわ)  片手または両手を使って、手話を使う相手の片手または両手に軽く触わりながら触読する方法です。 [図版:触手話を使ったコミュニケーションのイラスト] (2)指文字  片手または両手(日本では片手が基本)の手指の形や向き、動きなどにより文字を表す方法です。弱視の人は目で見て理解します。全盲の人は、盲ろう者の片方の手のひらに、つづった指文字の形状が分かるような当て方をしてもらうことで読み取ります。 @日本語式指文字  日本の手話で使われている指文字をそのまま使う方法です。 Aローマ字式指文字  アメリカ手話のアルファベットをローマ字式に綴る方法です。  日本の手話の指文字の場合、左右や上下の動きがあるため、特に先天性の盲ろう児の場合はローマ字式の方が理解しやすいといわれています。また、「ろうベース」の盲ろう者の中には、手話と一緒に日本の手話の指文字を使っている場合が多く見られます。 [図版:指文字を使ったコミュニケーションのイラスト] (3)指点字  両手の人差し指、中指、薬指の6本の指を点字タイプライターの6つのキーに見立てて、点字記号を打つ方法です。指点字は日本で発達した独特なコミュニケーション手段で、1文字1文字正確に言葉を伝えることができるという利点があります。人によって理解できる速さに差がありますので、まず相手が読み取れる速さをよく理解してから始める必要があります。 (4)ブリスタ  「ブリスタ」はドイツ製の点字タイプライターです。一般の点字タイプライターは1枚の紙(通常B5サイズ)に点字を打つのに対し、この「ブリスタ」は、幅13ミリの紙テープに点字が1列に打たれて出てきます。途中で頻繁に紙を替える必要がないことと、軽量で音が小さいという利点があります。打たれた点字が本人の指先に送られてくるまでの時間差があるのが難点ですが、点字の触読ができる盲ろう者に有効な方法です。 [図版:指点字を使ったコミュニケーションのイラスト] [図版:ブリスタを使ったコミュニケーションのイラスト] ---022---023 (5)手書き文字  相手の手のひらに指で直接文字を書く方法です。手話や指点字などの技術を身につけなくても、伝えることができるのが利点といえます。多くの盲ろう者が理解できますが、ひらがなを使う人、カタカナを使う人、漢字も含めてどんな文字でも大丈夫な人、読むのが速い人や遅い人などさまざまです。盲ろう者の対面から書いたり、書き順を間違えたり、くせ字を使ったりすると読み取りが困難になりますので、注意が必要です。 [図版:手書き文字を使ったコミュニケーションのイラスト] (6)筆記  弱視の人に有効な方法です。紙に文字を書いて筆談の形で行います。読みやすい文字の大きさ、太さなどは人によってさまざまなので、注意する必要があります。また、パソコンなどを使った方法もあります。この場合、パソコンの画面に文字を映し出して行います。画面の背景色、文字の大きさ・色を、盲ろう者が見やすいように設定できることが利点です。 [図版:筆記を使ったコミュニケーションのイラスト] ---024---025 (7)音声  難聴の人で、聴覚の活用が可能な人に多く用いられる方法です。難聴者の中には、人工内耳、補聴器を装用している人もいます。耳元で話せば分かる人のほか、盲ろう者が装用した人工内耳・補聴器と話者が持つマイクとを連動させることで聞き取れる人がいます。その人がもっとも聞きやすい大きさ・速さで、1語1語はっきりと発音するように心がけます。雑音の多い環境はあまり快適ではなく、できるだけ静かな場所を選ぶ必要があります。男性の低い声が聞き取りにくい、逆に女性の高い声が聞き取りにくいなど、聞こえ方は人によって異なります。 [図版:音声を使ったコミュニケーションのイラスト] (8)その他  先天性の盲ろう児・者にとって、言語獲得は非常に困難であるといえます。コミュニケーション方法の一種として、これからの活動を想起させるような実物、オブジェクトキューを触らせたり、身体の一部に触れたり、あるいは手話を簡素化した身振りサインなどを用いたりしてコミュニケーションを取ります。オブジェクトキュー、身振りサインは、その子(人)一人ひとりが生活の中で培っていくものであり、人の数だけ存在すると言っても過言ではありません。  このように、盲ろう者のコミュニケーション方法は多様です。以下の表は盲ろう者が活用しうる「触る」「見る」「聞く」という3つの感覚と、それぞれのコミュニケーション方法を整理したものです。 [図版:盲ろう者のコミュニケーションの方法のイラスト] ---026---027 [図版:「盲ろう者のコミュニケーションの方法(状態・程度別)」 ●全盲ろう(見えない・聞こえない) 視覚・聴覚の活用が困難→触覚を活用して対話(触手話・指点字・手書き文字など) ●弱視ろう(見えにくい・聞こえない) 聴覚の活用が困難→視覚を活用して対話(弱視手話・文字筆記など) ●盲難聴(見えない・聞こえにくい)弱視難聴(見えにくい・聞こえにくい) 聴覚の活用が可能→聴覚を活用して対話(音声など)] [図版:「盲ろう者のコミュニケーションの方法(経緯別)」 ●盲ベース盲ろう(視覚障害者→盲ろう者) 盲学校出身者が多い→点字を活用(指点字・ブリスタなど) ●ろうベース盲ろう(聴覚障害者→盲ろう者) ろうコミュニティにいる人が多い→手話を活用(触手話・弱視手話など) ●後天性盲ろう(健常者→盲ろう者) 普通校出身者が多い→普通文字を活用(手書き文字・墨字筆記など) ●先天性盲ろう(生まれつきの盲ろう者) 言語獲得が困難→実物や身振りを活用] +++ 6.盲ろう者のニーズと通訳・介助 (1)「盲ろう」という障害の特徴とその困難  盲ろう者は、見えない(見えにくい)のに併せて、聞こえない(聞こえにくい)という環境下で生きています。テレビにたとえるならば、見えない・見えにくい状態は、画面が映らない・映りが悪い状態です。同時に、聞こえない・聞こえにくい状態は、音が全く出ない、音が小さい・歪む等のことから聞きにくい状態といえます。  そのような状況で、盲ろう者が直面している困難や制約の代表的なものは次の三つです。 ・他者とのコミュニケーション        ・視覚的・聴覚的情報の入手         ・戸外での歩行や交通機関を用いての移動  このように盲ろう者の抱える困難は多様です。しかも実際は、これら三つが合わさった複雑な困難を盲ろう者は経験しています。したがって、盲ろう者は、「コミュニケーション」、「情報入手」、そして「移動」に関する複合的な困難を軽減するための支援を必要としています。 (2)通訳・介助員が基本的に目指すもの  こうした盲ろう者のニーズに応える支援を行う上で、通訳・介助員が基本的にめざすことは、「盲ろう者の自由」と「自己決定権」の保障の二つだと考えられます。つまり第一に、前述の三つの困難と関わって、「コミュニケーション」、「情報入手」、「移動」についての自由を保障することです。そして第二に、盲ろう者が自分の人生や日常生活でのさまざまな決定を、自分の責任と判断において行うことを支援することです。  この第二の「自己決定」を支援するためには、第一の「三つの自由」が確保されることが必要です。なぜなら、「コミュニケーション」がなければ、盲ろう者はそもそも生きる上での活力を失ってしまいかねません。ま ---028---029 た、「情報」が不足すれば、適切な判断も決定も下せません。また自由に外出や「移動」のできない生活では、積極的な社会参加や新たな出会いのチャンスも限られてしまいます。 +++ 7.盲ろう者の地域生活の状況  盲ろう者が生活していく上で必要不可欠なサービスとして、障害者総合支援法における地域生活支援事業の中で、都道府県(政令指定都市・中核市を含む)が実施する「盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業」が挙げられます。これは盲ろう者が抱えるコミュニケーション、情報入手、移動の困難を支援する通訳・介助員を、盲ろう者に派遣する事業です。2016年現在、盲ろう者は、全都道府県でこのサービスを利用することができますが、サービスが利用できる障害の条件、年齢、利用可能時間数の上限などは各自治体によって異なります。サービス利用時間を例に取ると、大阪府(ひと月あたり90時間)の例もありますが、多くの県ではひと月あたり20時間程度にとどまっています。  全国における盲ろう者数は前述の通り14,000人ですが、そのうちこの通訳・介助員の派遣を利用しているのは、全国でわずかに1,000人(7%)程度です(2016年1月現在)。そのようなことから個々の盲ろう者の生活実態は、明らかとはいえない状況にあります。  大多数の盲ろう者は自宅で生活していると推測されます。また、障害者・高齢者の入所施設で生活している人もいます。  在宅の盲ろう者で家族と同居していれば、家族からの支援も得られることが推測されます。しかし中には、家族とのコミュニケーションすらままならない状況で暮らしているケースもあります。また、一人暮らしの人もいます。そのような場合は、通訳・介助員の存在は特に大きいといえます。近所づきあい一つをとっても、コミュニケーションが取れないために地域から孤立してしまう可能性があります。日々の買い物、通院といった外出でも、通訳・介助員の存在は必要不可欠です。弱視ろう、盲難聴の盲ろう者で単独での外出をしている人もいますが、大変な危険を伴っているのが現実です。  就労については、障害が重くなればなるほど、一般就労している人は少なくなるといえます。ろうベースの盲ろう者の場合は、見えていた頃は一般就労していたものの、視力の低下が進行して最終的には退職を余儀なくされたというケースが少なくありません。また、盲ベースの盲ろう者では、三療(鍼・灸・あんまマッサージ指圧)の免許を取得し、開業もしくは治療院で働いていたものの、聴力低下が進行し、患者とのコミュニケーションが取れなくなったということで離職するケースもあります。また盲ろう者の就労には、毎日の通勤が大きな問題となります。単独で通勤が難しくなってしまったために離職せざるを得ない、というケースもあります。  地域の福祉作業所に通う盲ろう者も少数ながらいます。しかし、その場合も他の障害者や職員とのコミュニケーションが大きな課題となります。全国的に見ると、横浜・大阪・神戸・徳島・広島・鹿児島などには、盲ろう者を対象とした、あるいは盲ろう者を積極的に受け入れている作業所もありますが、まだまだ一部の地域での取り組みに留まっている状況です。  2012年の調査結果によると、平日日中の過ごし方をたずねたところ、家庭内で過ごしている人が半数以上に上りました。  中でも注目しなければならないのは、盲ろう者が抱える三つの困難である「他者とのコミュニケーション」、「情報入手」、「外出(移動)」に関する結果です。これらについて、1ヶ月の間の頻度を全盲ろう者に尋ねたところ、1ヶ月のうち1・2日以下と答えた人が「他者との会話」については三分の一、「外出」については半数近く、さらに「情報入手」については半数以上の割合でいるという結果が得られました。このことから、全盲ろう者は「社会参加が極めて困難である」といえるでしょう。  このように、多くの盲ろう者が家や施設に閉じこもり、家族を含めて他者との会話もろくにない状態で、外出することも少なく、日々のニュースなども含めて情報が入ってこない状況におかれていると推測されます。  盲ろう者が生きていく上で、通訳・介助員の存在は不可欠です。しかしながら、前述のように利用時間数に制限があり、また、通勤・通学には利 ---030---031 用できないといった制約もあります。このため、就学就労をはじめとして、プライベートな時間に至るさまざまな場面での通訳・介助員派遣を可能とすること、またその利用時間数を大幅に増やすことが望まれています。 +++ 8.日本の盲ろう福祉の流れ  1949年、山梨県立盲.学校(現在の山梨県立盲学校)で盲ろう教育の実践が始められました。これがわが国における盲ろう重複障害者への取り組みの嚆矢(こうし)とされています。現在の盲ろう福祉につながる動きの始まりは、1981年筑波大学附属盲学校(現在の筑波大学附属視覚特別支援学校)の生徒であった福島智氏の大学進学を支援する会「福島智君とともに歩む会」の結成です。この会に続いて1984年には大阪に門川紳一郎氏の大学進学を支援する会「障害者の学習を支える会(門川君とともに歩む会)」が結成されました。  1988年には、東京で「福島智君とともに歩む会」及び「日本盲聾者を育てる会」(日本で初めて本格的な盲ろう児教育を始めた研究者グループと教師・親の団体)の関係者や、盲ろう者の家族、盲学校の先生などが集まって「新しい盲ろう者の会設立準備会」が作られました。そこでは「一.月1回交流会を行いながら、どのような組織を作れば良いか模索していく 二.将来的には全国組織とし、法人化して財政基盤を固める 三.通訳者の養成と派遣、機関誌の発行、点字電話等機器の開発、教育方法の開発、センターの建設などを目標に活動する」が決定されました。このような動きを受けて大阪でも「新しい盲ろう者の会関西準備会」が生まれ、両会の交流会には盲ろう者の参加数が月を追うごとに増えていきました。  このような活動を経て、1991年に「福島智君とともに歩む会」を母体として社会福祉法人全国盲ろう者協会が発足し、モデル事業の位置づけではありますが、通訳・介助者の養成および派遣事業が全国規模で開始されました。こうした動きがきっかけとなって、全国各都道府県に「盲ろう者友の会」などの地域団体の結成が進められ始めました。1996年4月からは、東京都において「盲ろう者向け通訳・介助者派遣事業」が、同年12月からは大阪市でも「盲ろう者ガイドコミュニケーター派遣事業」が開始されました。これらの動きを受けて、2000年からは国の補助による各都道府県および政令指定都市の「盲ろう者向け通訳・介助員派遣試行事業」が開始されました。さらに「障害者自立支援法」の施行に伴い、2006年10月より盲ろう者向けの通訳・介助員養成事業と派遣事業が、都道府県地域生活支援事業として位置づけられました。  これを受けて2009年4月からは、全都道府県の地域生活支援事業において、「盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業」が実施されることとなり、ついで2013年4月に施行された「障害者総合支援法」において、通訳・介助員派遣・養成事業が"地域生活支援事業の必須事業" として位置づけられました。  盲ろう関係組織としては、「社会福祉法人全国盲ろう者協会」のほか、2003年7月に学校教師・研究者・親たちの集まりである「全国盲ろう教育研究会」が設立され、同年8月に盲ろう児とその家族の会「ふうわ」、 2006年8月には盲ろう当事者たちの組織である「全国盲ろう者団体連絡協議会」が設立されています。また全国の「盲ろう者友の会」などの地域団体は、2015年12月現在、準備会なども含めて46都道府県に48団体あります。 ---032---033 *** 第2章 視覚・聴覚障害の理解  盲ろう者とは「目と耳の両方に障害を併せ持つ者」のことをいいます。視覚障害・聴覚障害それぞれの受障時期や盲ろうに至るまでの経緯、さらには視覚障害・聴覚障害の程度や状況は盲ろう者一人ひとり異なります。しかし、程度や状況の違いはあっても、視覚と聴覚という離れていても感じることのできる二つの感覚に障害を併せ持つ盲ろう者が抱える困難や直面している問題の全体像を理解することは、通訳・介助員として、一人ひとりの盲ろう者に対するよりよい支援に結びついていきます。  この章では、盲ろうとなる原因、視覚障害・聴覚障害全般への理解を深めることを目指します。 +++ 1.盲ろうとなる原因疾病  盲ろうとなる原因・経緯は、いくつかに分けることができます。 (1)原因疾病に関連性がないもの  視覚と聴覚に発生した障害が、それぞれ独立した別の原因による場合がこれにあたります。 例)  ・聴覚障がい者が糖尿病性網膜症などを発症したために、視機能が低下して盲ろう状態となった場合 ・視覚障がい害者が突発性難聴などを発症したために、聴覚機能が低下して盲ろう状態となった場合 (2)共通因子が認められるもの @後天性盲ろうの原因となる疾病  アッシャー (Usher)症候群、糖尿病、脳腫瘍など、その疾患またはその疾患による後遺症のために、視覚障害と聴覚障害を生じる疾患です。 アッシャー症候群  感音性難聴と網膜色素変性症を合併する常染色体劣性遺伝性疾患です。視覚障害と聴覚障害を合併する疾患の中では、約半数を占めています。  症状の程度にはばらつきが大きく、その特徴から三つのタイプに大別されています。 タイプ1:幼少期より高度難聴であり、内耳の平衡機能が損失しているために、めまい・ふらつきを自覚します。視覚症状は幼児期から生じます。 タイプ2:中等度の難聴を呈します。低音部よりも高音部に聞こえにくさがあります。めまい・ふらつきは伴わない場合が多く、視覚症状は幼少期から10歳代に暗点が生じ、視野狭窄が進行していきます。 タイプ3:幼少時には軽度の難聴が、徐々に進行します。視覚症状は10歳代後半に生じます。 A先天性盲ろうの原因となる疾病  先天性風疹症候群、CHARGE(チャージ)症候群、極小未熟児・超低出生体重児など、先天的な疾病、または周産期の異常により、生まれつき視覚障害と聴覚障害を生じる疾患です。 先天性風疹症候群  風疹に対する免疫のない妊婦が風疹ウイルスに感染することによって生じる胎児の病気です。風疹ウイルスが胎盤を介して胎児に感染することにより、胎児に先天性の障害を起こします。  発生頻度が高い疾患は、難聴、白内障、先天性心疾患です。その他、網 ---034---035 膜症、肝脾腫、血小板減少、糖尿病、発育遅滞、精神発達遅滞、小眼球などがあります。 CHARGE症候群  CHD7遺伝子の変異により発症する症候群です。発症頻度は出生児2,000人に一人程度の希少疾患です。 C :コロボーマ(Coloboma)   脳神経の異常(Cranial nerve problems)   H :先天性心疾患(Heart malformation) A :後鼻孔閉鎖(Atresia of choanae) R :成長・発達の遅れ(Retardation of growth and/or development)  G :外陰部低形成(Genitourinary nomalies) E :難聴・特徴的耳介(Ears anomalies)  上記の症状を表す英語の頭文字を組み合わせて、CHARGE症候群と命名されました。 +++ 2.見えにくさについて (1)視覚の特徴  視覚とは、遠方にあるものの存在を離れた場所から確認できる感覚です。  対象物が自発的に動かなくても、そのものから発される光(反射した光でも、発光体でも)が見る人の眼に一定量以上入れば、その対象物がどこにあるか(空間定位)、どんな形状をしているかなどを確認でき、対象に近づけばさらに細かな情報を得ることができます。  しかし、見え方や見ることそのものに問題がある場合には、環境の中にある情報を上手に抽出できない状態が生じます。 (2)目の構造 [図版:眼球の垂直断面図、水平断面図、眼底像のイラストと名称] 涙腺 :一定量の涙液を常に分泌しています。 虹彩:角膜を通して見える、「いわゆる瞳の色」の部分で、その中心には瞳孔があります。瞳孔を大きくする筋肉と小さくする筋肉の働きにより、目に入る光の量を明暗に応じて調整します。カメラの「絞り」にあたります。 角膜:透明な膜からできていて、光の入り口になります。 水晶体:カメラでいう「凸レンズ」の役割を果たしています。毛様体と連動していて、近くを見るときには毛様筋が収縮して厚くなります。遠くを見るときには逆に毛様筋が弛緩して薄くなり、こうした働きによって遠近にピントを合わせます。 睫毛:眼瞼の下にあり、刺激に敏感で異物が触れると眼瞼を閉じて、異物が目に入るのを防ぎます。 眼瞼:眼球を保護し、カメラの「シャッター」の役割を果たしています。 結膜:眼球の露出部分を保護し、眼球運動を容易にしています。 硝子体:眼球の大部分を構成しているゲル状の透明な物質で、光を通します。 毛様体:毛様体筋の緊張、弛緩により水晶体の厚さを変え、網膜に像を結ぶように遠近調節をします。 ---036---037 網膜:カメラの「フィルム」の役割をしています。二つの視細胞(錐体・かん体)で光、物の形、色を感じ、電気信号に変換して脳に送っています。 脈絡膜:毛様血管を通して眼球内に栄養補給をしています。また色素に富んで黒いために瞳孔以外からの余分な光が入らないように暗幕の役割をしています。 強膜:眼球を形成する外膜で、カメラの「ボディ」の役割をしています。 中心窩(ちゅうしんか):網膜の黄斑部の中心に位置しています。眼底網膜の中で最も明視できる部分で、見る活動において最も重要な領域です。 (3)視機能とは  視機能は、以下の要素から構成されています。 視力:どれだけ細かなものを見分けることができるかに関わる機能 直径7.5mm、太さ1.5mm、の円の一部が1.5mm幅で切れているランドルト環(かん)を5m離れた位置から見て正確に切れている方向がわかる能力を「視力1.0」としています。 視野:一定の範囲にあるものを見分けることができるかに関わる機能 目を動かさないで見ることのできる範囲を示し、上が60度,下が70度,外側が100度が一般的な視野とされています。 色覚:色を見分けることができる機能  両眼立体視:両眼で同時に対象物を見て、そのものの奥行きを判断する機能 [図版:ランドルト環とサイズ] 機能凝視(固視):特定の対象物をじっと見る機能 追視:対象物の動きに応じて視線を動かす機能 (4)主な目の病気  通訳・介助の際に、接する頻度が高い眼の疾患として、以下のものが挙げられます。 @屈折異常(遠視、近視、乱視)  眼球の形状や屈折率の異常により生じます。ピントが正しく合わないために、ぼんやりと見えます。眼鏡やコンタクトレンズなどによる屈折矯正が必要です。 A網膜色素変性症  遺伝によって起こります。視野が周辺部から見えにくくなり、中心部に向けて視野障害が進行していきます。明暗順応が鈍くなり、暗くなると見えにくい「夜盲」がおこります。さらに順応が鈍くなると、まぶしさや暗さをより強く感じ続けるようになります。視力の低下や、視野の狭窄へと進行していきます。 B糖尿病性網膜症  糖尿病による血管障害で網膜の血流が低下して起こります。ぼんやりと見えるようになります。視界の中に黒い蚊のような物体が不規則に飛び交うように見える飛蚊症(ひぶんしょう)や、暗くなると見えにくい夜盲が起こり、さらには視野が狭窄します。 C白内障(先天性白内障、加齢性白内障)  レンズの役割をしている水晶体が濁ることから生じます。チラチラとしたまぶしさを感じたり、かすんで見えたりするようになります。視力が低下し、重度になると水晶体を摘出する手術を受けます。この手術後の状態を無水晶体といい、焦点調整ができなくなります。 ---038---039 D緑内障  眼球は一定の眼内の圧力(眼圧)によって維持されています。その圧力を保つための房水が排出されず、眼圧が上がってしまいます。高くなった眼圧が視神経に影響を及ぼします。しかし「眼圧の正常値」は統計的に算出された数値であり、この範囲にあるからといって緑内障にならないとは言い切れません。眼圧が正常範囲にある「正常眼圧緑内障」も多数存在し,その正確な原因は不明です。視野の狭窄と視力低下が生じます。 E黄斑変性症  網膜中心部にある黄斑部に異常が生じることで起こります。見え方が均一ではなく、部分的な歪みが出現したり、中心部が見えにくくなる中心暗点が起こります。明るい場所でも暗く見えるようになります。 F未熟児網膜症  未熟児での出産などにより、未成熟な状態の網膜が酸素を求めて血管をのばし、その血管に引っ張られるようにして網膜を.離させてしまうことにより引き起こされます。視力の低下や視野の狭窄が生じます。 Gベーチェット病  原因は不明です。ぶどう膜炎を頻繁に起こし、口内炎、陰部潰瘍が主症状です。皮膚の紅斑、関節痛、消化器症状、発熱を伴います。網膜の出血や浮腫が現れ、網膜はく離を引き起こします。ほとんどの場合、両眼に生じます。眼痛、充血、まぶしさ、瞳孔不正がみられます。脈絡膜炎を起こすと発作的に視力が低下し、やがて失明に至ることもあります。 (5)見えにくさの理解と対処方法  ひと口に見えにくさといっても、人によってその内容はさまざまです。その違いを理解することにより、適切な対処が可能になります。 @焦点が合わずぼやけてしまうために小さなものや細部が見えにくい (原因)屈折異常など 対処方法: 適切な検査を受け、屈折矯正(眼鏡やコンタクトレンズの装用)を行います。小さなものや細部が見えにくいので、「見たいものを大きくして見えやすくする」という方法が挙げられます。筆記通訳の場合、小さい文字が見えにくいときは、見えやすいように文字を大きく書きます。筆記用具も鉛筆やボールペンではなくフェルトペンやマジックを使うと、より大きくはっきりとした文字を書くことができます。  遠くにあると見えにくいものは、近くで見ると見えやすくなります。筆記通訳の場合、盲ろう者自身が通訳・介助員から手渡された紙に顔を近づけたり、机の上に置かれた紙に近づいたりすることで、より見えやすくなります。しかし、電車の路線図や街中の掲示板にように近づいて見ることができない表示もあります。そのようなときには、単眼鏡などの補助具の使用が効果的です。新聞・書物などの印刷物を読むときには、拡大鏡や拡大読書器が使われます。見たいものを大きくするための補助具の倍率は、盲ろう者によって見えやすい倍率が異なります。 [図版:ぼやけのある人の見え方(風景写真、文章の図)] ---040---041 A視野の中心が見えにくいために、小さなものや細部が見えにくい (原因)黄班変性症・緑内障など 対処方法 : 視野の中心が見えにくい状態を中心暗点といいます。  視野内の見え方は均一ではなく、一般に視野の周辺の感度は低く、視野の中心はより細かいものを見る力があります。そのため、中心暗点があることで読書には困難がありますが、移動にはあまり支障がなく、したがって周囲からなかなか理解されない場合があります。  中心に見えにくい部分があっても、見たいものを大きくすると見えやすさは増します。細かいものは見えにくいので、筆記通訳でははっきりと濃い文字を適切な大きさで書くことが必要です。  色覚異常につながる場合もあるので、筆記通訳の際に注意喚起のために赤色を使っても、黒と赤の違いが分かりにくいといった場合もあります。このような場合は、コントラストの差が大きいなど、違いの分かりやすい色を使う必要があります。 [図版:風景写真と文章の図の中心に黒い丸があり、中心暗転の見え方] Bまぶしすぎるために見えにくい (原因)網膜色素変性症・白内障・錐体ジストロフィーなど 対処方法: 人間の目は暗いところでは何も見えませんが、光によって明るくなるとさまざまなものが見えてきます。ものを見るためには光が必要です。しかし、眼の疾患によってはよりまぶしさを感じ、そのためにものが見えにくい場合があります。見えやすくするためには、照度を低下することが必要です。これにはサングラスなどの遮光レンズを装着して、眼に入る光量を全体的に減少させる方法があります(明るさの程度は照度で表されます)。  照度は周囲の状況によって異なります。同じ室内でも、外光がさし込む窓際は照度が上がります。手話通訳や筆記通訳をする際に、窓の場所、照明器具の場所、壁などへの反射光などを考慮しながら、どこに座るのかを決める必要があります。  明るさの印象感覚は色によっても変わります。光を反射しやすいものは明るく見え、反射しにくいものは暗く見えます。このため同じ照度であっても、白と黒とでは明るさ感が異なります。パソコン通訳の際には、背景を黒色にして白い文字で表示(白黒反転)すると、光の反射を抑えてまぶしさが軽減し、より見えやすくなります。  筆記通訳でも白い紙ではなく、薄い緑色などの色がついた紙を用いている盲ろう者もいます。  手話通訳には手指の動きを見えやすくし、また光の反射を防ぐために、黒や紺系統の無地の衣服が適しています。 ---042---043 [図版:まぶしさのある人の見え方(風景写真、文章の図)] [図版:「色による明るさ感の違い」の表 色による反射率 白:70% 黄色:50% グレー:35% 緑色:30% 茶色:25% 赤:20% 青:20% 黒:4% 株式会社遠藤照明 「照明基礎講座」ウェブサイトより] C視野狭窄のために見えにくい (原因)網膜色素変性症、緑内障、網膜はく離など 対処方法:周辺から徐々に、あるいは不規則に見える範囲が欠けて狭くなる状態を、視野狭窄といいます。片目に視野狭窄が起こっても、正常な方の目が見えにくさを補い、また両目の視野狭窄でもお互いの見えにくさを助け合って見ているので、なかなか気がつかないことが多く見受けられます。このため視野狭窄を自覚するときには、その症状がかなり進んでいることになります。  視野狭窄は見える範囲が狭く限られているので、その範囲内に見たいものがおさまらなければなりません。筆記通訳での文字の大きさや手話通訳の手話表現の大きさを必要以上に大きくしてしまうと、その限られた視野からはみ出してしまい、逆にわかりにくくなってしまいます。  筆記通訳やパソコン通訳の場合、視野におさまる文字数が1文字、2文字では単に文字の羅列と感じられてしまい、単語など意味のある一つのまとまりとはとらえにくくなってしまいます。文章の理解を妨げないためにも、適切な文字の大きさ、文字間、行間への配慮が必要になります。  例えば、視野が10度というのは、見たいものまでの距離(視距離)が60cmで直径10cmの円の中が見えることになります。視距離が30cmでは直径5cm、視距離が15cmでは直径2.5cmの円の中を見ることができるということになります。このように、視野狭窄がある場合には、眼から見て欲しいものまでの距離と見える範囲との関係を考慮しなければなりません。少しでも遠くから、つまり少しでも広い範囲で見ることができるように、背景と見て欲しいものとのコントラストをはっきりとさせるなどの、見て欲しいものをより見えやすくする配慮も必要です。 [図版:視野狭窄のある人の見え方(風景写真、文章の図)] ---044---045 +++ 3.聞こえにくさについて (1)聴覚の特徴  聴覚とは遠方にあるものの存在を離れた場所から確認できる感覚です。どこから(音源定位)どんな音がしているのかを知ることができます。 (2)耳の構造 [図版:耳の構造のイラストと名称] @外耳  音は空気の振動です。耳介は音波を集める部分、外耳道は音波を中耳に伝える部分です。外耳道はラッパ管のように音を増幅させる役割があります。こうして伝わった音波は鼓膜を振動させ、この鼓膜の振動が中耳に伝わります。 A中耳  鼓膜には耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)がつながっており、鼓膜の奥には鼓室があります。音波が当たって鼓膜が振動すると、鼓膜に付着している耳小骨を経由して音波が内耳に伝わっていきます。耳小骨は鼓膜の振動を約3倍に増幅して内耳に伝えます。  中耳は空洞になっており、換気(空気の入れ替え)の役割を果たします。空気圧を適正に保ち、鼓膜の振動を助けます。太鼓の中の空気を吸い出し、皮がへこんだ状態では音が響かないという状況と同じです。また中耳内にある中耳粘膜には、粘液を分泌したり再び吸収したりを繰り返す、排泄機能があります。この機能が適切に働かないと中耳腔が水浸しになってしまいます。こちらは水で満たされた太鼓がうまく響かないのに似た状況です。 B内耳  聞こえを担当する蝸牛(かぎゅう)と、平衡感覚をつかさどる前庭とからできています。  蝸牛とはカタツムリのことでその形に由来しています。蝸牛にはリンパ液が入っていて、耳小骨の振動でリンパ液が揺れ、その揺れを感覚細胞(有毛細胞)がとらえて電気信号に変えて蝸牛神経に伝えます。有毛細胞は蝸牛の内側に並んでおり、その場所によって担当する周波数(音の高さ)が異なります。電気信号は、蝸牛神経を通って大脳に伝えられ、その信号を大脳皮質の聴覚をつかさどる部位が認知・処理したときに「音が聞こえた」と認識され、それが何の音なのかが識別されます。  内耳は聞こえだけではなく、身体のバランスもつかさどっており、直線方向の動き、重力、遠心力を関知する部位と、回転運動を認知する三半規管とがあります。  外耳・中耳は音を振動としてとらえ、それを伝える働きをしますので、伝音系と呼ばれます。また内耳には振動を電気信号に変換する働きがあり、それを神経・脳へと伝えて音として認識するので、感音系と呼ばれます。 (3)聞こえを知る―聴力検査 @自覚的聴力検査法 純音聴力検査  一般的に行なわれている検査です。  オージオメーターという機器を使用して高さや強さの異なる音の聞こえを調べ、検査結果をオージオグラムというグラフに表します。 ---046---047 ※音は大きさ (db)と高さ(Hz)で構成されています。 気導聴力検査(空気の振動が鼓膜を通して伝わる聞こえを調べる検査)と骨導聴力検査(音の振動を内耳に伝える聞こえを調べる検査)とがあります。 [図版:オージオグラムの例] 語音聴力検査  言葉を聞き取る能力を測定する検査です。20個の文字から構成される言葉を、音量を変えながら聞き取りを調べます。 A他覚的聴力検査法 聴性脳幹反応検査(ABR)  睡眠時に音の刺激を与えたときの脳波の変化を調べます。 ティンパノグラム  インピーダンス・オージオメーターという機器を使用して、鼓膜に空気の圧力をかけて音の伝わり方を調べます。 [図版:WHOの国際障害分類による平均聴力レベルによる難聴の分類 軽度難聴 26db〜 40db 中等度難聴 41db〜55db 準高度難聴 56db〜70db 高度難聴 71db〜90db 高高度難聴 91db〜 ((イラスト数値読み取り)) 聴力レベル(dB) 0〜10:風に揺れる葉の音 20〜30:ひそひそ話 60〜70:通常の会話 90〜100:地下鉄の音 130〜 :ジェット機の騒音] (4)主な耳の病気  通訳・介助の際に、接する頻度が高い耳の病気として、以下のものが挙げられます。 @急性中耳炎  乳幼児の代表的な急性感染症で、肺炎球菌やインフルエンザ菌などへの感染によって鼓膜の内側の空間である中耳に炎症が起き、発症します。耳痛や耳だれ、発熱、耳閉感が現れます。 ---048---049 A慢性中耳炎  急性中耳炎がひどくなると、鼓膜に穴があいて中にある膿を出し(自然排膿)、炎症を治そうとする働きがあります。この穴は自然に閉じますが、中耳炎を繰り返したり、治り方が不十分だと、この穴が閉じなくなり慢性中耳炎になります。耳漏や耳鳴りがおこり、難聴になります。 B真珠腫性中耳炎  正常な鼓膜は太鼓のようにぴんと張った膜ですが、鼓膜の一部が奥に入り込んでいくのが真珠腫性中耳炎です。中耳の炎症が長引くと、乳突洞や上鼓室へ炎症が及び、さらに中耳の換気状態が悪くなると、真珠腫性中耳炎が発症します。鼻すすり癖がある人に発症しやすいといわれています。耳漏やめまい、耳鳴りや難聴になります。顔面神経麻痺が生じます。放置すると髄膜炎や脳腫瘍を起こす場合もあります。 C内耳炎  中耳の炎症を起こす病気が原因で起こります。主に中耳腔の炎症が、中耳と内耳を隔てている2つの窓(正円窓と卵円窓)を通して内耳に及びます。激しい回転性めまい、吐き気、嘔吐、耳鳴りが起こり、難聴になります。 D耳硬化症  遺伝的要因によって起こります。耳小骨のなかで最も深部にあり、内耳に振動を伝えているアブミ骨が動きにくくなります。両側耳進行性の低音部により聞こえにくさがある伝音性難聴がみられ、進行すると感音性難聴や混合性難聴になる場合もあります。 Eメニエール病  内耳を満たしている内リンパ液が過剰になるために、リンパ水腫の状態になります。回転性めまい、吐き気、嘔吐、冷や汗さらに動悸がみられ、難聴になります。 F外傷性難聴  耳の近くで大きな爆発音を聞いたり、長期間にわたり一定以上の騒音にさらされることで鼓膜や内耳、感覚細胞が傷つけらるために起こります。また、頭部の損傷が内耳にまでおよんだ場合などの外的要因も挙げられます。耳の痛み、耳鳴り、耳の閉塞感が挙げられます。 G突発性難聴  内耳の蝸牛が何らかの原因により障害を受けたために突然に生じる難聴をさします。通常、片耳に発生することが多いのですが、まれに両耳に同時に発生することもあります。また、耳鳴り、めまいが難聴の発生と前後して生じることがあります。なお、めまいには吐き気や嘔吐が伴うことがあります。 H老人性難聴  加齢に伴い、内耳蝸牛の感覚細胞が障害を受けたり、内耳から脳へと音を伝える神経経路や中枢神経系に障害が現れたり、内耳蝸牛の血管の障害が起こったり、内耳内での音の伝達が悪くなったりして起こります。聴力の低下は高音域から発生し、徐々に会話音域、低音域へと広がっていきます。両側性で左右にあまり差がないのが特徴です。ただ単に音が聞こえにくくなるだけでなく、音は聞こえるが何を言っているかが分からないという状態がみられます(言葉の聞き取り能力の低下)。 (5)聞こえにくさの理解と対処方法 @難聴の種類  音が脳に達するまでの間に、何らかの原因によりその流れに問題が生じた場合に難聴が生じます。 ・伝音性難聴 (原因)中耳炎、耳硬化症など  鼓膜や耳小骨などの伝音系の障害です。伝音性難聴は音を大きくすれば聞き取りやすくなるので、補聴器の使用により聞こえの改善が期待できます。 ---050---051 ・感音性難聴 (原因)加齢、メニエール病、突発性、騒音性など  聞こえにくさには個人差があります。内耳から脳に至るまでに何らかの障害があることで生じます。 ・混合性難聴  伝音性難聴と感音性難聴の両方の症状が複合的に現れます。 [図版:聴覚障害者の聞こえの可視化のイラスト] A感音性難聴の聞こえにくさの特徴 マスキング効果  日常生活の中で、エアコンをつけている間には気にならなかったのにエアコンを切った途端、時計の秒針の音や冷蔵庫のモーター音が気になって眠れなかったという経験をしたことがあるかもしれません。このように、ある音が別の音によって妨害されて聞き取りにくくなる現象をマスキング(masking)と呼びます。つまり、エアコンの音が時計の秒針や冷蔵庫のモーター音をマスクしているのです。一般的に高い音のほうが低い音よりもマスキングされやすいという特徴があります。また、時間的に後から鳴った音が先に鳴った音をマスキングしてしまうという現象も起こったりします。これは、周波数などによって聴覚神経内での伝達速度や処理過程に違いがあるために起こるといわれています。  生活音だけではなく、会話でも同じことがいえます。通常は2つ以上の音を聞いても、ある程度それらの音を聞き分けることができます。しかし、一方の音が大きくなると他方の音は聞きづらくなったり、聞き取れなくなったりします。このようにして、ある音を聞こうとするときに別の音の存在によって聞き取りが妨げられるマスキング現象が生じます。これは、感音性難聴の聞き違いにもつながります。同じ音量で話をしているつもりでも、子音と母音の違いによって、また子音の種類によっても音量は異なります。  後続する母音が先行する子音をマスクしたり、音量の少ない子音が音量の多い母音にマスクされることで母音しかわからない場合や、まったく違った子音に聞こえるという状況が生じます。 カクテルパーティー効果の喪失  複数人のパーティーや雑踏の中でも、よく知っている人の声、意識している人の声はよく聞くことができます。このように、周囲の騒音がかなりの程度であっても注意をひく人の話し声なら聞き取れる現象をカクテルパーティー効果(cocktail party effect)と言います。  たとえば、そのような状況を録音して後で聞き返してみると、ざわめき ---052---053 と騒音ばかりで、誰が何を話しているのか分からなくなってしまいます。実際に健聴者の耳も録音したテープと同じように、周囲の人々の声やざわめき全てを空気の振動として受け入れているはずです。それにも関わらず、聞きたい音だけを選び取って聞くことができるのは、「耳からの情報を脳が処理する際に特定の音源のみを選別処理する能力」によるものと考えられています。つまり、聞きたい音だけを選び取っていることになります。  しかし、特に補聴器を装用している場合には、このようなカクテルパーティ効果は存在せず、ただうるさいだけということが生じます。 リクルートメント現象(補充現象)、ラウドネス(音の大きさの感覚)の異常  小さな音は聞こえないにも関わらず、一定以上を超えて音を大きくすると音が割れたり、響いたり、異常にうるさく感じてしまう現象です。さらに、音声の聞き取りの精度、明瞭度が低下するので会話にも支障を生じてしまいます。音声通訳の際に聞こえにくいのならば大きな声で話せばいいと思うかもしれませんが、決して大きな声だから聞こえやすいというわけではないということです。このリクルートメント現象の強さはどの音に対しても一定ではありません。例えば、子どもの叫び声、高音の機械音、高音の金属音、スクーターの排気音などの高音および破裂音、圧迫感のある音に対してより顕著に現れます。 B聞こえにくさによる聞き違いの例 ・子音に後続する母音の構造が同じ場合 例) 「うち、泊まっていきません?」 → 「プチトマトいりません?」  「タバコ」≒「タマゴ」≒「ナマコ」 ・音声はまったく同じ構造だが抑揚が違う場合 例) 「今夜は飲みません」(語尾が下がる)→ 今夜はやめます(拒否) 「今夜は飲みません?」(語尾が上がる) → 今夜いかがですか(誘い) ※この相違が区別できなくなります C聞こえやすさにつながる配慮 確認の配慮  音が聞こえるということの意味は「聞こえるか」「聞こえないか」の二者択一ではありません。どのように聞こえにくいのかを判断するために、確認を怠らないようにします。 周囲の環境に関する配慮  よく室内で音が反響していると感じるときがあります。それは「室内に反射素材が多く、音が反射して、音が混在している」という状況にあることをさしています。音は秒速340mで進んでいます。例えば、10m角の部屋の窓際の音源から音を発生させた場合、音は音源とは向かい側にある壁面に反射して音源と壁面との間を1秒間に17往復することになります。それにより、反射した音が時間差で混在してしまいます。すると時間差のある複数の音を同時に耳で聞くことになり、うるさく感じられるのです。室内では壁、床あるいは天井からでも音が反射されるので、音源(人、スピーカー、楽器など)から直接届く音(直接音)だけではなく、反射音も併せて聞いていることになります。 ・ノイズの排除  聞きたい音・声以外に音があると、それらの音は聞こえにくさを助長するノイズ(騒音)となってしまいます。机や壁をたたく音、紙がこすれる音、BGM、クーラーなどの送風音など、ノイズとなる音があれば減らすようにします。 ・明るさの確保  聴覚以外からの情報入手を保障するために、明るさを確保して見えやすさを大切にします。 ・位置や方向の配慮  音源の位置や方向を明らかにする必要があります。聞きやすい位置・方向から話しかけるようにします。マイクを用いる場合、スピーカーが音源となるので、スピーカーの位置にも配慮します。 ---054---055 ・補助機器使用の可否確認  FM補聴器、ループなど補聴システムを活用できる場合、事前に設備や設置の確認をします。 [図版:「環境音と聞こえにくさ」 ((イラスト数値読み取り)) 聴力レベル(dBHL):よく聞こえる←「健聴(-10〜25)」「軽度(25〜50)」「中等度(50〜70)」「高度(70〜95)」「重度(95〜 )」→聞こえにくい 周波数(Hz):低い音(125)〜高い音(8000) 鳥のさえずり:1000〜2000Hz・-10〜25dBHL 人の話し声:250〜8000Hz・20〜60dBHL 犬の鳴き声:125〜500Hz・60〜70dBHL 電話の音:1000〜2000Hz・60〜70dBHL バイクの走行音:2000〜8000Hz・70〜80dBHL トラックの走行音:125〜250Hz・90〜100dBHL ジェット機の飛ぶ音:8000Hz前後・110〜120dBHL] 難聴の程度と年代別聞き取りの度合い(個人差があります) 30〜34歳:125〜8000Hz・0〜10dBHL 「健聴」 35〜39歳:125〜8000Hz・0〜10dBHL 「健聴」 40〜44歳:125〜8000Hz・0〜10dBHL 「健聴」 45〜49歳:125〜8000Hz・0〜20dBHL 「健聴」 50〜54歳:125〜8000Hz・0〜20dBHL 「健聴」 55〜59歳:125〜8000Hz・0〜25dBHL 「健聴〜軽度」     60〜64歳:125〜8000Hz・0〜40dBHL 「健聴〜軽度」 65〜69歳:125〜8000Hz・10〜45dBHL 「健聴〜軽度」   70〜74歳:125〜8000Hz・15〜55dBHL 「健聴〜中等度」 75〜79歳:125〜8000Hz・25〜70dBHL 「健聴〜中等度」 話者の配慮 ・相手の状態把握  盲ろう者が「話を聞く」準備ができていない状況で突然に話し出されたり、話の途中から聞き始めるような状況では、話の内容が想像できずにわかりにくさが生じてしまいます。また、何かをしながら同時に聞くことに難しさを感じる場合には、聞き手が話を聞くことに集中できるような配慮が必要です。 ・適切なアナウンスメント  声の大きさ、高さ、速さに留意しましょう。「ゆっくり」「はっきり」「区切って」話すようにします。 ・複数人での発声の回避  複数の話者が同時に話すと、聞きにくさを生じやすくなります。話者が単独になるように話をする順番を明確にし、複数の声が重ならないようにします。 ・表現の工夫  話し上手になる必要があります。何を伝えたいのか、分かりやすい表現方法を心がけることが大切です。相手が聞き取りにくい場合には、何度も同じことを反復するのではなく、言い方や用いる言葉を変更する配慮も必要です。曖昧な表現には補足説明を行うようにします。 例) 「私は…カメのカ、トモダチのト、ウマのウのカトウです 7時(しちじ)→ななじ いいです→かまいません、賛成します、遠慮します、 必要ありません、やめてください など ---056---057 *** 第3章 盲ろう者の日常生活とニーズ  盲ろう者に対する通訳・介助員は、盲ろう者の社会参加、生活を豊かにするための情報保障・他者とのコミュニケーション保障・移動介助を担います。ここでは、一人ひとりの盲ろう者の生の言葉に耳を傾け、盲ろう者が直面している生きにくさ、暮らしにくさや障壁を理解し、盲ろう障害に関するイメージをより具体的な理解へと深めていきます。  大切なことは一人ひとりの盲ろう者本人が置かれている状況についての理解と、盲ろう者が主体的に他者や社会に関わるために適切で必要な支援のあり方を考え行動することです。  ここでは、それぞれ異なる立場の盲ろう者の話を事例として挙げます。それぞれの盲ろう者の置かれている状況、適切で必要な支援のあり方を考えてください。 +++ 1.ろうベースで比較的若いときに盲ろうとなった事例  Aさん 30歳代 女性  私の名前はAといいます。私は生まれたときから耳が聞こえませんでした。幼稚部からろう学校に入り、高等部では陸上部で楽しい学校生活を送っていました。クラブ活動で帰宅が遅くなると、段差や道端の看板や止まっている自転車などに気がつかず、ぶつかることが多くなりました。ちょっと怖いなと思ったので、いつも仲の良い友だちと一緒に下校するようにしていました。友だちとは手話で話をしていましたが、そんなに困ることはありませんでした。  卒業後は地元の機械工場に就職しました。その工場には多くの聴覚障害者が働いていたので、とても働きやすい職場でした。仕事を始めてから新しい友だちも増えて、休みには旅行に行ったり、楽しい思い出がたくさんあります。  就職をして何年かたってから、目の調子が悪かったので眼科に行きました。そこで、網膜色素変性症といわれました。「治りません」といわれて悲しくなりました。その頃は、部品の検査を担当していたのですが、仕事で失敗をしたり、時間がたくさんかかるようになってしまいました。会社に他の部署に変わりたいとお願いをしましたが、難しいといわれ、仕事を辞めました。とても悲しかったです。  会社に勤めていたときには、地域のろう協の青年部で活動もしていました。でも、仕事を辞める頃には普通の手話が見えにくくなっていたので、会議に参加しても内容がわからなくて。でも、隣の人に「何?」と何回も聞くのが悪いと思って、ろう協にも行かないことが多くなってしまいました。  一人で知らない場所に行くこともちょっと怖くなったりしたので、会社の友だちともあまり遊びに行かなくなって、家にいたときにろう学校の友だちが心配をして遊びに来てくれました。久しぶりに手話でおしゃべりしました。楽しかったです。でも、読み取れない手話があったりして、何回も聞き返してしまいました。その友だちに盲ろう友の会のことを聞きました。ろう学校の先輩が盲ろう者の通訳をしていると聞きました。それで、友だちと先輩に会いに行って、いろいろ聞きました。「触手話って知っている?」と言って、先輩が手話を触らせてくれました。初めは緊張したけれど、ゆっくりなら分かりました。  いまは、弱視手話と触手話で通訳を受けています。暗いところや何人もの人がいるときには、触手話で通訳をしてもらっています。触手話で分からないときには、手のひらにひらがなを書いてもらいます。一人で買い物に行っても、買いたいものが見つからずにあきらめることもあるのですが、通訳・介助員と一緒にいろいろなことを伝えてもらいながらお買い物をするのが大好きです。 ---058---059 +++ 2.疾病のために、短期間で盲ろうになった事例  Bさん 40歳代 女性  私はBといいます。生まれは○○です。幼い頃からずっと病気とは縁遠い生活を送っていました。高校では毎日部活に明け暮れ、大学でも勉強とバイトの日々でした。あっという間の大学生活を終えて、希望の会社に就職し、仕事の楽しさを感じ始めた頃に、結婚をしました。結婚後に主人が転職をしたのを機に、ここ△△に転居してきました。  転居、出産と忙しい日々を過ごしていた頃に、体調がすぐれず、複数の病院を受診しました。はっきりとした原因が分からず、疲労とか、ストレスとか、いろいろなことを言われて不安な日々でした。でも、家事や育児に追われ、目の前のことで精一杯でした。転居して間もなく、相談できる友人も近くにいなかったので、とても不安な毎日でした。  原因は脳腫瘍でした。腫瘍は良性でしたが、腫瘍が聴神経を圧迫していたため、耳の聞こえも悪くなり始めていました。腫瘍を切除する手術を受けることになりました。開頭をしてから腫瘍が予想以上に大きく固かったので、手術が予定よりも長くかかったようです。  手術は成功をしましたが、後遺症で視野が狭くなりました。また、身体のバランスが悪いので、一人で歩くことが難しくなってしまいました。入院中も家のことや家族のことが心配でつらかったのですが、退院して、帰宅をしてから、どうやって生活をしていったらいいのか、悩みました。入院中からケースワーカーさんにいろいろ相談にのってもらいました。ヘルパーさんをお願いしたり、室内に手すりをつけることができました。そして、盲ろう者向けの通訳・介助員派遣制度やコーディネーターさん、友の会の方も紹介してもらいました。  私は自分の声で話をすることができます。耳元でゆっくり、はっきりと話をしてもらえば、分かるときもありますし、周りが騒がしかったり疲れていると、何をしゃべっているのかが分からなくなってしまうときもあります。紙やペンがないときには、手のひらに文字を書いてもらっています。ずっと長い時間、手のひらの同じ場所に文字を書いていると、手がしびれるように痛く感じるときもあるので、そのときにはもう片方の手に変えてもらったり、私の手をとって私の人差し指をペンに見立てて、机の上やもう片方の手のひらに文字を書いてもらったりしています。いろいろな方法があることを通訳・介助員の方に教えてもらって、気持ちが楽になりました。コミュニケーションの練習というよりも、楽しくお話をしているようでした。  私は自分の声で話をしますので、言いたいことは言えます。でも、相手や家族が私の言っていることをちゃんと聞いているのか、相手が私に何を言っているのかが分からなくなると、悲しい気持ちになります。いらいらして家族にあたってしまうこともあります。でも、小学生になった子どもが通訳・介助員や友の会のみなさんの真似をして、私の手のひらに学校で覚えたひらがなや漢字を書いてくれたときには、とても嬉しかったのを覚えています。  私は主婦なので、家の中ではやらなければならないことがたくさんあります。時間はかかりますが、生活便利グッズを紹介してもらって、自分でできることは工夫しながら一人でやっています。もちろん、料理もします。黒いまな板や、黒いしゃもじなどを使うと、見やすくなります。時計が使えなくて困っていましたが、振動式の時計があることを知り、子どもの下校時間や約束の時間を知ることができるようになりました。  子どもの学校とのやりとりや保護者参観日などは、通訳・介助員が協力してくれます。子どもの様子などを知ることができて親として嬉しいです。 +++ 3.盲ベースで中年期に盲ろうとなった事例  Cさん 50歳代 男性  幼い頃から強度の弱視でしたので、文字を見ることが難しく、盲学校では点字で勉強をしていました。盲学校の理療科に進学し、卒業後にはマッサージ師として治療院で働き始めました。自宅から治療院までは一人で通 ---060---061 勤していました。白杖はいつも持っていましたが、慣れた道ならば、一人で歩くことに全く不便を感じたことはありませんでした。結婚をして、家庭を築きました。決して裕福ではありませんでしたが、平凡ながら幸せな日々だったと思います。  ところが、数年前、仕事中に怪我をしたため、痛み止めの薬を飲みました。服薬後から、聞こえが悪くなりました。いま思うと、怪我をする前から高い音などは聞きにくかったかもしれません。音が歪んだように聞こえ、突然大きな音が耳に入ると、耳に痛みさえ感じるようになりました。  怪我が治った後も、治療院で働いています。治療院では施術前に点字で書かれたカルテをよく読んで準備をしますが、患者さんが話している言葉が時々分からないときもあります。慣れている患者さんは大きな声で言い直してくれたり、痛いところに手を持っていって教えてくれる人もいます。施術には今までの経験もあるし、自信もありますが、患者さんとお話ができないことが無性にさびしくなることがあり、治療者として焦りを感じるときもあります。  家族との会話は特に困っていません。もともと、あまり家ではしゃべらない方だったからかもしれません。私よりも家族のほうが、困っているかもしれませんね。家にいるときには点字を読む時間が長くなりました。ラジオやテレビはついていますが、聞いて楽しむことは難しくなっています。点字の本や点字の新聞や、なんでも読んでいます。点字図書館から本が届くとほっとします。今は、点字のパソコンやピンディスプレイなどを使っている視覚障害者も多くいると聞きますが、なかなか機械の使い方を覚えるのが難しくて、重い腰をあげられずにいます。  マッサージは体力を使います。これから年をとっていきますので、将来のことを考えて、針・灸の資格も取りたいと考え、いくつかの盲学校などに相談に行きましたが、耳が聞こえないことを理由になかなか受け入れてもらえません。「耳が聞こえないのに、どうやって勉強をするのか?」と言われると、私も返す言葉がありません。教科書を読むだけでは、三療の勉強はできません。実習や臨床の授業もあります。「どうやって…」と聞かれても、私は良い方法が思い浮かばず、困っていました。  そんなときに、盲ろう者向け通訳・介助員の派遣制度を知りました。私のように見えなくて、聞こえない人が他にもいることを知りました。通訳ということを知りました。  まだ、私自身が通訳を受ける経験がまだ浅く、分からないこともたくさんあります。いつも聞こえないわけではなく、聞こえるときもあります。でも、聞き取れなくて、家族がどうして笑っているのかが分からないときもあります。これからどうしようかと悩んでいるところです。ぜひ、一緒に考えていっていただけたら、心強いです。 ---062---063 *** 第4章 音声通訳の方法と技術 +++ 1.音声とは  音声によるコミュニケーション・通訳とは、聴力が残っている盲ろう者に対して、その人が聞こえやすいように話し言葉でコミュニケーション・通訳する方法です。長年音声でコミュニケーションをとることに慣れ親しんできた人が難聴になった場合、残された聴力を活用することで、音声でコミュニケーションを取ったり、通訳を受けたりすることができます。  盲ろう者の障害の程度の四分類の中では、全盲難聴者や弱視難聴者に多く用いられています。盲ろう者全体の中では、弱視難聴の高齢者が多いと思われます。これらの盲ろう者の中には、補聴器(※1)や人工内耳(※2)を利用している人もいます。しかし、これらの機器を活用しても、目の見える単一の聴覚障害者とは異なり、視覚障害を伴う盲ろう者の場合、視覚的情報による助けがないために、実生活での効果には制約・限界がある場合も少なくありません。 ※1 補聴器:補聴器は、難聴者の聞き取りを補助する補装具で、マイクロホン、アンプ、レシーバーから構成されます。単に音を増幅する単純な音処理ではなく、巨大な音を制限したり、必要に応じて不要な雑音をカットするなどの機能を備えています。耳穴型、耳かけ型、ポケット型といった種類があります。聴力に合わせた調整が必要で、伝音性の難聴の人に効果的です。  音を増幅しますが、自分の聞きたい音を聞き分けられるようになるわけではありません。また補聴器を初めて使う人は慣れるまでに時間がかかります。補聴器を使う場合は、耳鼻科医に耳の状態や聞こえ方を診てもらう必要があります。 ※2 人工内耳:内耳の蝸牛に電極を埋め込んで、有毛細胞の代わりをさせるものです。補聴器の効果が得られない感音性難聴に適用されます。  ただし、聞こえはよくなっても、相当期間のリハビリをしなければ、聞き分けられるようにはなりません。またその効果には個人差があります。  音声通訳は「人が話していることをそのままオウム返しのように、音声で通訳するだけでよい」と軽く考えられがちです。しかし通訳・介助員が、話者の話の内容やその場の周りの様子を把握せず、話者の話したことをそのまま音声で伝えているだけでは、通訳したことにはなりません。  1対1の会話ならなんとか音声でコミュニケーションが取れる盲ろう者でも、複数の人の会話への参加は非常に困難です。視覚情報が得られない、あるいは得にくい盲ろう者の場合、誰の発言かを伝えるなど、補足説明や状況説明を行うことで、盲ろう者が主体的に会話に参加できるようになります。さらに、盲ろう者の聞こえの状態は、その時その場の状態(人の多いところや緊張する場面など)や、盲ろう者の健康状態(疲れていたり風邪を引いていたりすると聞こえが悪くなるなど)によって変わってしまいます。したがって、音声通訳の内容が理解されているかどうかを、盲ろう者の表情を見たり尋ねたりすることで、確認しながら、聞こえの状態に合わせて通訳するように心がける必要があります。  「聞こえている」ことと「理解できている」こととは違います。複数の人の会話のとき、盲ろう者は断片的に聞き取れてはいても、話の流れがつかめないことが多くあります。盲ろう者がその場にいる人との会話に参加できているかどうかを常に気にすることが大切です。 +++ 2.聞こえやすい環境づくり  音声によるコミュニケーション・通訳をするにあたって、盲ろう者が聞き取りやすい環境を整えることが大切です。具体的には次のことが挙げられます。 ---064---065 (1)静かさ  人の声でさわがしいところでは、特に補聴器を装用している場合、カクテルパーティ効果の喪失により聞き取りにくくなります。また、コンクリートで囲まれた階段の踊り場など、声が反響するような場所も聞き取りにくくなります。 (2)明るさ  まだ視力が残っている盲ろう者の場合は、相手のくちびるの動きや表情、手話などを見ながら聞くと、より効果的です。ただし、まぶしくないように配慮する必要があります。 (3)リラックスできる雰囲気  緊張すると聞きづらくなります。精神的にリラックスできるように、単に通訳するだけでなく、何気ない世間話をするなど、おしゃべりを入れると、盲ろう者はリラックスできます。初めて会う盲ろう者に対しては、まずは、お互いに自己紹介をするところから始めます。 (4)補聴システムの工夫と活用  補聴器を装用している盲ろう者には、次の補聴システムを活用すると、さらに聞こえの環境が改善されます。 @磁気誘導ループ  マイクを通した音声が電流となってコードを流れ、そこから発生する磁気を補聴器が拾って聞きます。 [図版:磁気誘導ループ補聴システムのイラスト] A赤外線補聴システム  マイクを通した音が赤外線として発信され、それを受信できる機器を着用して聞きます。ヘッドホンを直接耳に当てる方法、補聴器で聞く方法があります。 BFM補聴システム  FM電波で音声を送信するFMマイク(送信機)と、マイクの音を受信する受信機がついた補聴器がセットになったものです。話者がFMマイクを持って話します。 Cデジタル補聴システム  上記のFM電波の代わりに、デジタル無線方式Roger(ロジャー)や、ブルートゥース規格で補聴器とつながるタイプのものです。 [図版:FM補聴器を装着した受信者に向けて、話者がFMマイクをもって話している場面の写真] ---066---067 +++ 3.音声によるコミュニケーション・通訳の方法 (1)盲ろう者が話者の声を直接聞く方法  通訳を介さず、その場で話している人の声を直接聞きたい、もしくはそうした方がよりよい場合があります。 @方法  以下のような方法があります。 ・相手が一人か少人数の場合、盲ろう者の耳元に直接話します。 ・話者が会場に設置してあるマイクを使っている場合、盲ろう者がスピーカーの近くに座って聞くことがあります。この場合、スピーカーから流れる音が割れて聞きづらいこともあります。そのような場合には、スピーカーと盲ろう者との位置関係、距離などを調整することで改善される場合もあります。 ・盲ろう者が使っているポケット型補聴器のイヤホンコードを長めにして、話者がマイクに向かって話す場合もあります。 ・磁気誘導ループ、赤外線、FM、デジタル補聴器などの補聴システムを活用すると、テレビやラジオをイヤホンで聞くように、周りの音にじゃまされずに話者の声がより明瞭に聞こえます。 A特徴 長所  盲ろう者にとっては話者の声を直接聞くことができるので、話者に対する印象が濃くなります。 短所  盲ろう者には話者の話は伝わりますが、周りの人の反応やその場の様子がわかりません。したがって、通訳・介助員は常に盲ろう者のそばについていて、必要に応じて補足説明や状況説明をする必要があります。それをどのような方法で行うのか、事前に盲ろう者と打ち合わせが必要です。 (2)音声通訳を介して伝える方法  通訳・介助員が、盲ろう者に話者の話や周りの様子などを話し言葉で通訳します。 @方法  以下のような方法があります。 ・直接耳元で話します。 ・ポケット型補聴器のマイクに口元を近づけて話します。 ・耳につけている耳穴型・耳かけ型補聴器のマイクに口元を近づけて話します。 ・FM・デジタル補聴システムのマイクを持って話します。この方法だと少し離れても音声を伝えられます。 A特徴 長所  同じ通訳・介助員が話すので、盲ろう者にとっては聞き取るのに安定感があります。また、補足説明や状況説明を伝えることができます。話者の特徴(男女の区別、年齢層、服装など)や、表情・反応をタイムリーに通訳することができます。 短所  話者についての印象が薄くなります。 ---068---069 +++ 4.音声によるコミュニケーション・通訳での留意点 (1)事前の確認 ・盲ろう者の聞こえの状況を把握します。どちらの耳が聞こえやすいのか、どの程度の声の大きさ、高低、スピードで話すと聞き取りやすいのかなどを、事前に確認する必要があります。 ・通訳を始める前に、盲ろう者の周りにいる人の名前と位置を伝えておきます。また通訳・介助員が盲ろう者のそばから別のところに移動した場合は、前後左右のどちらにいるか必ずその都度伝えるようにします。 (2)基本的事項 ・通訳するときは、話者の名前を先に言ってから、話者が話したとおりに(楽しそうなのか、暗そうなのか、怒っているのか、悲しんでいるのかなど雰囲気やニュアンスが伝わるように)直接話法で通訳します。 例) ○「中村 / おはよう」 ○「田中 / 昨日はすごい雨でしたね」 ×「中村さんが『おはよう』と言っています」 ×「田中さんが『昨日はすごい雨でしたね』と言っています」 ・少しゆっくりめに、はっきりとした声で話します。あまりゆっくり過ぎたり、がなるような大声で話すことは避けます。語尾ははっきりと発音するよう心がけます。 ・単語や分節といった、言葉のまとまりごとに区切りながら話すようにします。 ・話を理解できているかどうか、盲ろう者の表情などを常に確認するようにします。 ・「聞こえないなら、聞こえないって、はっきり言って!」「今の話を聞いてなかったの?」といったプレッシャーを与えないようにします。 (3)状況説明  周りの様子や人の反応などの状況説明を適宜入れるようにします。ただし、話者の話なのか状況説明なのかを区別しやすいような工夫が必要です。 例) 「今、田中さんが部屋に入ってきました」 「山田さんが、疲れた顔をしています」 「雨が降り出しました」 (4)聞き取れない場合の工夫  感音性難聴の場合、マスキング効果によって聞き取りにくい言葉があります。たとえば「アイス」と「ライス」のような単語がこれにあたります。そのような場合、一文字ずつ伝えていくことが効果的です。 例) 「アイス」 → 「朝日のア、いろはのイ、スズメのス」 (5)環境調整  相手との話がかみ合わなかったり、通じていないと判断したら、そこで中断し、盲ろう者に「今の話は○○と言っています」「あなたに聞いています」「話が分かりにくいようでしたら、もう一度説明してもらうように求めてはいかがですか」などと伝えて調整します。  話者の声が小さかったり速すぎたりして聞き取れない場合は、その場で中断して「もっと大きな声で話してください」「もっとゆっくり話してください」「もう一度言ってください」と要望を伝えます。ただし、このことはできるだけ盲ろう者から話してもらうようにします。また一般の講演会や会議で、話のスピードが速くて通訳が追いついていけない場合や、ゆっくり話をしてもらう状況でないときは、要約して通訳します。この場合、話が途中で切れてしまうなど尻切れトンボにならないように、完結したまとまりのある文章で通訳するように心がける必要があります。  一般の講演会や会議などに他の参加者と一緒に参加する場合、あらかじ ---070---071 め主催者や周囲の参加者に音声通訳をしていることを説明し、了解を取る必要があります。この場合、できるだけ盲ろう者自身から説明してもらうことが大切です。  他の音とだぶらないように気をつけることも重要です。周りが騒がしいときは、耳元やマイクを両手で覆い隠すようにして話します。話者がすぐそばにいて、通訳・介助員の声とだぶるときは、話者が直接盲ろう者に話してもらうようにします。会議のときは、同時に複数の人が話をすることがないように、あらかじめルールを守るよう申し合わせておく必要があります。  電話通訳のときは、まず盲ろう者から相手に、音声通訳を受けていることを伝えてもらうようにします。通訳・介助員は相手の話を音声で盲ろう者に伝えます。盲ろう者が話すときは、自分の声で話します。 (6)通訳交代のタイミング  複数の通訳・介助員が音声通訳を交替するときは、話の内容が一区切りしたときに行うようにします。 (7)音声通訳ならではの困難  相手が聞こえる人の場合、相手にも音声通訳の内容が聞こえます。特に行政や業者など利害関係のある人がいるところでは、相手に不都合なことや不愉快な思いをさせるような補足説明や状況説明をしづらいことがあります。この場合、できるだけひるまず、相手の言い方や雰囲気を正しく盲ろう者に伝えるようにします。どうしてもその場で通訳することが難しい場合は、後ですぐに盲ろう者に伝える必要があります。  盲ろう者本人が音声通訳の必要性を必ずしも自覚しているとは限りません。特に進行性難聴や老人性難聴などによる難聴の場合、自分の聞こえの障害を受け入れるのに時間がかかります。例えば、人の話が理解できていないのに分かったふりをしたり、つくり笑いをすることがあります。音は聞こえるのだけど、人の話が何を意味しているのか分からないのは、自分が聞こうとする努力が足りないからだと思い込んでしまう人もいます。  これらの状況を改善するには、自己を肯定できるように、根気よく支えていくことが大切です。 ---072---073 *** 第5章 筆記通訳の方法と技術 +++ 1.筆記通訳とは  「筆記通訳」には、筆記具を用いる方法(以下、筆記通訳)とパソコンを用いる方法(以下、パソコン通訳)があります。筆記通訳やパソコン通訳は、盲ろう者に対して、発言内容・状況説明などを「文字・絵や図を提示する」ことにより、コミュニケーション・通訳を行う方法の一つです。特にパソコン通訳は、パソコンが普及したことに加え、その認知度も上がってきています。それを必要とする弱視ろうの盲ろう者が増えていることとも相まって、徐々にそのニーズが高まっています。   筆記通訳・パソコン通訳は、文字を利用できる視力・視野がある盲ろう者が利用します。特に「手話よりも日本語の方が理解しやすい盲ろう者(おもに難聴、あるいは中途失聴の盲ろう者)」「固有名詞や専門用語などについて、日本語での表現を確認したい盲ろう者」に好まれる方法です。また、手話・音声通訳をおもに使う盲ろう者の中でも、長時間の会議・講演会など、腕・眼や耳が疲れそうな場合などに利用する人もいます。   筆記通訳・パソコン通訳では「内容が残るので、後から読み返すことができる」という利点があります。一方で「歩行中の会話が困難である」という欠点があります。また筆記通訳の場合「文字に加え、絵や図形も使える」といった長所が挙げられます。一方で「通訳スピードが遅い」「内容が要約される率が高くなる」「紙とペンを使うので、荷物がかさばり経費もかかる」といった短所が挙げられます。またパソコン通訳の場合には、「盲ろう者のニーズに合わせて画面表示を設定できる」「通訳スピードが早く、情報量が多くなる」といった長所が挙げられます。一方で「文章を速く読むことのできない見え方の盲ろう者には不向きである」「機材の金銭的な負担と運搬に労力を要する」「セッティングや後片づけに時間と労力がかかる」といった短所が挙げられます。 +++ 2.筆記通訳の方法 (1)方法  筆記通訳では、その盲ろう者にあった太さの筆記具(サインペンやフェルトペンなど)、適度な大きさの用紙を使います(B5または A4が一般的です)。  筆記通訳は、高度な技術と慎重さとを必要とします。通訳・介助員が文字を書く速度が遅いと、それだけ盲ろう者に十分な情報が伝わらなくなります。通訳・介助員は、まずは速く書く技術を身につけなければなりません。  しかしながら、一般に速く書こうとすればするほど、文字の大きさや太さが維持できなくなる傾向があります。速く書くことと、事前の打ち合わせで決めた文字の大きさ・太さなどを一定に維持することとの両立が求められます。焦りのあまり、文字の形が崩れたり続け字になったりすることも、読みづらい原因となるので注意が必要です。  原則的には漢字もひらがなも同じ大きさ・太さで書き、一枚書き上げたら、それを盲ろう者にすばやく渡してすぐに次の紙に書き始めます。ただし、中には「ひとつながりの単語が行をまたがることのないように書いて欲しい」「一人の発言が終わったら次の話者の発言は次の紙に書いて欲しい」などと望む人もいます。 (2)工夫 @略語・略号の例 ---074---075  状況に応じて、略語・略号を作って使うことも有用です。ただし、盲ろう者ときちんと打ち合わせた上で使用します。たとえば、次のようなものを使っている例もあります。  通訳   → つ  通訳・介助 → つ・介  盲ろう  → も・ろ [#注:つ、介、も、ろの下に下線あり]  「終わり」「以上」のマーク → △ 〈全国標準略号〉 難聴 :(ナ)  健聴 :(ケ)  聴覚:(チ)  障害:(シ)  ろうあ:(ろ) 要約筆記 :(ヨ)  手話:(手)  補聴器:ホ 福祉 :フ  FAX : F [#注:( )は、○の中に文字] 〈全国標準略語〉 中途失聴 → 中失 磁気誘導ループ → ループ コミュニケーション → コミ ボランティア → ボラ 出典: 厚生労働省カリキュラム準拠要約筆記者養成テキスト上(2013年)第5講話しことばの基礎知識 59ページより Aカードの使用  頻繁に使われそうな言葉は別紙に書いて準備しておき、その言葉が出たときに適宜差し出すようにすると、スピードアップに繋がります。  ただしカードのサイズや文字の大きさは、盲ろう者の希望に合わせて作成する必要があります。A5やB5の紙に大きな文字で書いた方が読みやすい場合、比較的小さいカードに小さめの文字で書いた方が読みやすい場合など、人それぞれです。  なお、( )は、頻繁にありそうな状況説明としての文例です 例) ありがとうございました。 よろしくお願いいたします。 ご質問はありませんか。 お手をお挙げください。 もう少しゆっくりお願いします。 (通訳待ち中) (拍手) (笑い) など B紙のサイズ  速く書くだけではなく、書いたものを盲ろう者にスムーズに読んでもらうということも重要な要素となります。  A4の用紙いっぱいに書いて渡すと、読むのに時間がかかってしまい、話の進行とのタイムラグが生じる場合もあります。このようなとき、紙のサイズをB5にして、頻繁に手渡すことでタイムラグを防ぐという工夫をしている人もいます。  また、話者が変わるタイミングや、明らかに話の内容が変わるタイミングがあれば、たとえ紙に余白があっても渡すという方法も効果的です。 C交替の方法  一般的には15分ぐらいの時間で通訳を交替することが多いですが、「話者が代わったら交替する」などの工夫がスピードアップにつながります。話者が変わった時点で「次の通訳・介助員」がすかさず別の紙に次の話者の発言を書いていくということです。このような通訳・介助員の連携も重要なポイントです。 ---076---077 (2)修正の仕方 例) 行って → 行った ×・・・行ってた[#注:「て」を斜線で消す] ○・・・行っ●た 上記は、「て」を「た」に訂正したい場合です。  視力に問題のない人なら、誤った文字に1本の線を引くだけでも充分です。しかし、盲ろう者には、誤字が「読まなければならない文字」のように見えてしまうことがあるため、なるべく黒く塗りつぶすようにします。 +++ 3.パソコン通訳の方法  通訳・介助員が、パソコンを用いて発言内容や状況説明などを入力し、その画面を盲ろう者に読んでもらう方法です。大きく分けると次の二つがあります。 (1)全体向けパソコン要約筆記  講演会や大会などで会場全体に向けた聴覚障害者用のパソコン要約筆記が用意されている場合、そのデータを盲ろう者の目の前のパソコンに表示させることができます(事前に主催者側、もしくはパソコン要約筆記グループに確認が必要です)。  その際には、要約筆記側のパソコンと盲ろう者側のパソコンとをネットワーク接続できる機材(LANハブ、LANケーブルなど)が必要です。また盲ろう者側のパソコンには、要約筆記側のパソコンで利用している通訳用のソフトウエアに対応したソフトウエアをインストールしておく必要があります。現在利用されているパソコン通訳用のソフトウエアには『IPtalk』『Tack』など数種類ありますので、事前に確認しておく必要があります。また、電源確保のために、2口以上の延長コードもあわせて用意しておくとよいでしょう。  ネットワーク接続をすばやく適切に行うためには、IPアドレスおよびサブネットマスクの再設定、ファイアウォールの設定変更などが必要となる場合があり、パソコンやLAN構築に関するある程度の知識が要求されます。  全体向けのパソコン要約筆記は、筆記通訳に比べて単位時間当たりの情報量が非常に多くなります。したがって盲ろう者の視機能の状態によっては、読む速度が追いつかず、この方法が適さないこともあります。またパソコン要約筆記は、出力されるまでに数秒〜十数秒のタイムラグを生じます。このことは、質問や発言のタイミングがずれてしまうなど、結果的に盲ろう者がその場の流れに参加できなくなる危険をはらんでいます。さらに、全体向けの情報であることから、盲ろう者個人に必要とされる補足説明・状況説明が不十分になってしまうおそれがあります。  全体向けのパソコン要約筆記を利用する場合には、盲ろう者の隣にいる通訳・介助員がこうした状況を理解し、盲ろう者を適切にサポートすることが必要になります。状況に応じて、他のコミュニケーション方法を利用して「割り込み」の補足説明・状況説明をするなどして、盲ろう者が適切にその場の状況を理解し、情報が共有できるように努めなければなりません。 [図版:全体パソコン要約筆記の説明図] ---078---079 (2)個別のパソコン通訳  全体向けパソコン要約筆記が用意されていない、または何らかの事情で全体向けパソコン要約筆記を利用できない場合、他の盲ろう者向け通訳と同様に、その盲ろう者に対して個別にパソコン通訳を行います。  このような個別のパソコン通訳の場合は、盲ろう者個人の読む速度や日本語力に合わせた通訳が可能であり、補足説明や状況説明も適宜入力することができるので、よりきめ細やかな通訳ができます。  具体的には以下のような環境で行われることが多く見受けられます。 @2台以上のパソコンを使う方法  十分なスペースがあり、重い機材を持ち運ぶことが可能であれば、通訳・介助員用のパソコン1台(通訳・介助員が二人いる場合には2台)と盲ろう者が読むための表示用パソコン1台とをネットワーク接続し、通訳します。 [図版:2台のパソコンを使って1対1のパソコン通訳を行っている場面の写真] Aパソコン1台のみを使う方法  上記の方法は人数や機材が多くなるため、通訳する場所や地域の派遣体制の状況を考えると実現できないことも多くあります。もっとシンプルなものとして、以下の方法があります。  1台のパソコンに対して外付けのキーボードを接続し、盲ろう者の前にパソコンを置きます。通訳・介助員は外付けのキーボードで入力しながら、盲ろう者の見るパソコンを覗き込むように画面を確認していく方法です。通訳・介助員が2人いる場合でも、キーボードを渡し合うことで通訳交代が可能です。 [図版:1台のパソコンを使って1対1のパソコン通訳を行っている場面の写真] (3)トレーニングと準備  パソコン通訳を行う場合には、次のようなトレーニング、準備が必要になります。 @速く正確なタイピング  まずは入力の速さと正確さが要求されます。さまざまな種類のタイピング練習用ソフトウエアが市販されていますので、それらを活用して、練習を重ねるのがよいでしょう。インターネット上にはフリーウエア(無料で利用できるソフトウエア)も多数あります。 A単語登録辞書の有効活用  パソコンの場合、日本語入力サービスを提供するアプリケーションには、ユーザがよく使う単語を登録することで少ない文字数で単語を入力できるような「ユーザ辞書登録」の機能があります。頻出語については事前に単語登録をすることで、より速い入力が可能となります。詳しくはパソコンのヘルプや、ウェブ上の解説サイトなどを参照してください。 ---080---081 B漢字変換の傾向理解  前述のAにも関連しますが、自分のパソコンの漢字変換の傾向(癖)を理解しておくと便利です。特に漢字変換において入力した単語が一回で変換できるかどうか、変換候補リストに同音異義語がどういった順番でリストアップされてくるのかといった癖を理解し、通訳の際、瞬間的に予測できるようになると、タイピングの速度と正確さは確実に向上します。 +++ 4.事前の準備と打ち合わせ (1)場所の確保  特に筆記通訳・パソコン通訳の場合、まず、「場所を確保する」ことが重要です。十分なスペースのある机を確保し、盲ろう者がもっとも楽な状態で通訳を受けられるようにする必要があります。  筆記通訳の場合は、通訳をする場所の明るさに注意する必要があります。暗すぎる場所は当然読みにくくなりますし、まぶしさを強く感じる盲ろう者の場合、晴れた日の窓際などは逆に明るすぎて読みにくくなることがあります。  パソコン通訳の場合は、画面への反射光に対する注意に加え、電源やLANケーブルの届く範囲であることなども、通訳場所を決める重要な要素になります。 (2)文字サイズや太さ、行間などの確認  盲ろう者の視機能の状態、体調、通訳する場所の環境などによって、もっとも読みやすい文字のサイズ・太さは変わります。通訳を始める前に、もっとも見やすい文字の書き方(紙の大きさ、タテ・ヨコ書き、色などを含めて)を確認したり、パソコンの設定を変更したりする必要があります。  パソコン通訳の場合、黒などの背景色に白・黄色などの文字で表示されることを好む盲ろう者が多いようです。白などの背景は、まぶしさを感じたり、長時間の読み取りの際に目に負担がかかることがあります。フォントは線の太さが一定であるゴシック系を選ぶことが基本ですが、あまりにも太いゴシックフォントの場合、逆にまぶしさを感じたり、線と線が重なってしまって読みづらくなる場合もあります。  また、行間や文字間への配慮も必要です。間隔が狭すぎると文字と文字とがつながって見えてしまい、見えにくくなったり、行をたどりにくくなったりします。逆に行間・文字間を広くとりすぎると、一枚の紙・画面に入る文字数が減り、文章全体が把握しにくくなります。  パソコン通訳の場合は、スクロール速度の調整も合わせて行います。速すぎると読めないおそれがありますし、遅すぎると周囲の状況についていけなくなります。 (3)要約の有無  要約を極力避けて通訳してほしいのか、それともポイントを分かりやすく要約してほしいのかも、盲ろう者の要望をあらかじめ確認しておきます。しかしながら、筆記通訳の場合には「要約をしない」というつもりで臨んでも、おのずと筆記速度と筆記で伝えられる情報量には限界があるため、その時の状況に応じて要約の必要性の有無や要約の程度などを適宜判断することが大切です。 (4)通訳・介助員同士の役割分担など  筆記通訳・パソコン通訳いずれの場合でも、交代するタイミングをあらかじめ決めておくことが必要です(時間を決めて交代するのか、話者が変わるタイミングで交代するのかなど)。  パソコン通訳の場合、通訳・介助員が複数いて、かつ入力用パソコンが複数台ある場合には、一人が入力に徹し、別の一人が、誤字・脱字などを修正した上で、盲ろう者のパソコンに表示することもできます。これらの諸条件を考慮し、通訳開始前に盲ろう者と入念に確認し合う必要があります。 ---082---083 +++ 5.表記方法 (1)話者表記  筆記通訳・パソコン通訳の場合、話者表記にはスラッシュ(/)を用います。 例) 山田/皆さんこんにちは。 全員/こんにちは! (2)補足説明・状況説明  丸カッコ( )が使われることが多いようです。 例) 山田/今のは冗談ですよ、もちろん(笑)。 全員/(しーん、全然受けなかったみたい) (3)絵・図・表・数式など  パソコン通訳では使えない方法ですが、筆記通訳の場合、必要に応じて図・表・絵などを用いることは、補足説明・状況説明などの際にとても有効です。たとえば会議での席順など、図解すると理解が容易になります(下の図参照)。 [図版:席順のイラスト]  さらに、漫画のようにふきだしを活用することで、雰囲気が分かりやすくなります(下の図参照)。 [図版:ふきだしを活用するイラスト]  話者の言葉を聞いて、書いて伝えたり、あるいはパソコンを使った入力により伝えるといった通訳は、一般には「要約筆記」と呼ばれています。「要約筆記」は歴史的に、手話を使わない聴覚障害者(難聴者、中途失聴者など)のコミュニケーション方法として独自の発展を遂げ、今日に至っています。この章で参照した「全国統一略語・略号」なども、この「要約筆記」の成果に拠っています。  この章では、盲ろう者への情報伝達、コミュニケーション支援という観点から、文字による通訳行為を捉えなおしました。したがって、これまで主として難聴者・中途失聴者のために行われてきた「要約筆記」とは、考え方や実際の手法において相違するところがあります。このため、この章では、「要約筆記」という用語を使わず「筆記通訳(手書きの場合)」・「パソコン通訳(パソコンを利用する場合)」と呼んでいます。  障害者に対する支援として、両者には共通点や相違点が存在すると考えられ、その整理はこれからの課題です。 ---084---085 *** 第6章 手話通訳の方法と技術  手話は、片手または両手の手指や腕を使う手指動作だけでなく、表情の変化、視線の動きや位置、首や身体の傾きや向きなどの非手指動作が、文法要素となる、聴覚障害者の言語です。  仮名などの表音文字一文字一文字に対応したものではなく、一つの単語・概念などを単独または複数の動きで表します。 +++ 1.手話の種類 (1)日本手話  日本語とは異なる独自の文法や表現を持つ言語です。先天性の聴覚障害者の多くが使用しています。 (2)日本語対応手話  日本語の語順に従って、手話単語を当てはめて表現します。日本語を母語とする者が、日本語の視覚的伝達手段として使用しています。 ※1 聴覚障害者と健聴者が会話する場合や、難聴者、中途失聴者は、日本手話と日本語対応手話の中間的な手話表現を使用する場合があります。 ※2 手話は、日本手話、アメリカ手話、フランス手話など国によって異なります。 ※3 手話表現には、伝統や文化、習慣などにその由来が起因しているものが多数あります。日本国内での地域による方言もあります。 +++ 2.盲ろう者と手話  生まれつき、または幼少期から聴覚障害があり、後から視覚障害を併せ持つことで盲ろう状態となった「ろうベース」の盲ろう者の多くが、主たるコミュニケーション方法として手話を用いています。このようにして盲ろうに至るのは網膜色素変性症による視覚障害を伴うアッシャー症候群による場合が多いのですが、糖尿病や加齢等による視力低下も見受けられます。  手話を読み取る方法は、盲ろう者の残存視力や視野の状態によって異なります。 (1)弱視手話 @離れた場所からの読み取り  視野が狭くなっているものの中心視力はよいという場合には、少し離れた場所から「限られた視野に収まる手話」を読み取ります。 A近い場所からの読み取り  視野はあまり狭くないものの視力が低いという場合には、ごく近い場所から「輪郭のぼやけた」手話を読み取ります。目で手話を読み取りながら、片方の手で触ることによって手話の読み取りを補う場合もあります。 [図版:「見えにくさと手話」ぼやけ・まぶしさ・視野狭窄・中心暗点の写真] [図版:弱視手話で会話をするイラスト] ---086---087 (2)触手話  視力の低下により手指の動きが見えない場合、相手が示す手話に直接触ることで読み取ります。盲ろう者は、片手または両手で手話を触って読み取ります。 [図版:触手話を使ったコミュニケーションのイラスト]  明るい日中の室内では弱視手話を、暗くて見えにくい場所では触手話を用いるといったように、周囲の状況または体調などで読み取る方法を切り替えている盲ろう者も多くいます。また、網膜色素変性症のような進行性の眼疾患の場合、「見る」弱視手話から「触る」触手話へと移行するケースも少なくありません。  通常、「見る」言葉である手話を「触る」ことに、大きな抵抗を感じる盲ろう者は少なくありません。盲ろう者にとって「触る」ことの大切さを盲ろう者自身が納得し理解するためには、一般に多くの時間が必要です。 この「触る文化」に慣れるためには、手話で語り合える仲間や通訳・介助員の存在が大きいといえます。 (3)指文字  片手の手指の形や向きにより五十音を表します。一つ一つの指文字が、それぞれの仮名(音)に対応しています。  基本的には聴覚障害者が指文字を用いている方法と同じです。聞き慣れない言葉や固有名詞、強調して伝えたい言葉などを表すときに使っている盲ろう者もいます。また、指文字を多用することを望む盲ろう者、指文字 ---088---089 の読み取りが得意ではなく、指文字よりも手書き文字を好む盲ろう者など、一人ひとりさまざまです。  弱視手話、触手話のどちらでも使われます。弱視手話では盲ろう者の視野を意識しながら、一音ずつはっきりと表現します。触手話でも触読のしやすさを考慮しながら、一音ずつはっきりと表現するように心がけます。 +++ 3.手話通訳とその技術  手話通訳技術とは、手話、または日本語をもう一方の言語に変換して伝える技術です。言語の変換能力には、話者が発するメッセージの理解力、言語の表現力、翻訳力が含まれます。手話と日本語、それぞれの文脈を聴覚障害者、盲ろう者、健聴者にあわせて変換することが求められます。 (1)聞き取り通訳  話者の音声を聴覚障害者や盲ろう者に手話で表します。聴覚障害者や盲ろう者に分かりやすい手話表現が必要で、状況に応じては要約や補足なども求められます。 (2)読み取り通訳  音声を伴わない聴覚障害者や盲ろう者の手話や口形を読み取って音声で表します。話し手である聴覚障害者や盲ろう者本人に合った表現やその時、その場に応じた言葉使いが求められます。聴覚障害者や盲ろう者の不明瞭な発声を聞きとって音声にする「復唱」も含まれます。 (3)聴覚障害者への手話通訳と盲ろう者への手話通訳の違い @状況説明の重要性  聴覚障害と盲ろうとの大きな違いは、活用できる視覚情報の有無です。聴覚障害者への手話通訳の場合には、話者が「何を」話しているのかを伝えますが、盲ろう者の場合にはまずは話者が「誰なのか」を明らかにする必要があります。話者を明らかにしてから、その話者が「何を」話しているのかを伝えることができます。また、話者の表情や身体の動きなど、手話表現以外の情報を状況説明として伝えることが大切です。  盲ろう者には視覚的な情報を意図的に伝える必要性があります。話者の様子だけではなく、周囲の状況などを伝えなければ、盲ろう者本人が自己決定をしたり、判断をすることができなくなってしまうからです。 A連続性・継続性  視覚による確認が難しい残存視力の盲ろう者にとって、常に盲ろう者の身体の一部に通訳・介助員が持続的・継続的に触れていることにより、盲ろう者は自分の傍らに誰かがいることを実感することができ、不安を払拭することができます。手話による会話でも同様のことがいえるでしょう。つまり、触手話での会話や通訳をする際に、通訳・介助員が発信したいときだけ盲ろう者の手を取るのではなく、常に盲ろう者の手に触れ続けることで、盲ろう者は安心感を持つことができます。盲ろう者が音声で発信するのではなく、手話で発信する場合には、盲ろう者の発言中には、通訳・介助員の手を離すことになるでしょう。そのような場合には、盲ろう者の発信の妨げにならないように、腕や肩、その他の身体の部位に触れながら、盲ろう者が分かる方法で相づちを打ちましょう。  また、弱視手話の場合でも、盲ろう者の見えやすい位置、盲ろう者の視野に常に収まるような継続性・持続性が大切です。通訳・介助員が発信したいときだけ、盲ろう者の視野に入り、発信が終わるたびに通訳・介助員が位置を変えてしまっては、盲ろう者が通訳・介助員を探すことに大きなエネルギーを費やしてしまいます。盲ろう者が手話表現以外の視覚的な情報を得るために、顔を動かしたり、視線をずらしたとしても、また元の位置にもどれば通訳・介助員の見やすい手話通訳を受けることができるという安心感が大切です。 ---090---091 +++ 4.手話通訳の実際 (1)弱視手話 @基本姿勢  盲ろう者の最も見やすい状態を考慮して、位置や距離を決めます。見え方は照明や日光などの明るさやまぶしさ、暗さにも大きく左右されますので、盲ろう者と十分に確認することが必要です。 A手話表現 手指の動き  手話を表現されたときに読み取りやすい範囲や位置は、盲ろう者によって異なります。視野狭窄のある場合には、その限られた視野の中に収まるように手話を表現することが必要になります。視野の範囲に左右、上下、前後の枠を定め、その範囲よりも動作を大きくしないようにします。  たとえば、腕の動きを狭くして、胸の高さで肩幅よりも小さな枠の中で表します。手指はゆっくりと動かし、その形をはっきりと表すように意識します。 表現の工夫  手話では手指の位置や方向、動きによって動作や状況の変化などを表現します。話者の身体の前の空間に、あたかも動きのある絵を描き出すように手話を表現しています。しかし、限られた範囲内に収めなければならない弱視手話では、手指が盲ろう者の視野からはみ出てしまっては意味がありません。また、話者の表情を明確に読み取ることが難しい場合もあります。このため手指や腕の動きに強弱をつけるなど、手に表情をつけるようにします。 B身だしなみ、エチケット  通訳・介助員の手や指の動きがはっきりと見えるような洋服の色や柄を選ぶようにします。胸の辺りに派手な柄や大きなボタンがある装飾は避け、黒や紺色系統の無地を選ぶのが無難といわれています。  大きな指輪や色鮮やかなマニキュアも手指の動きを見えにくくする場合がありますので、避けるようにします。 (2)触手話 @基本姿勢  盲ろう者と通訳・介助員のお互いが楽に肘を曲げることができる距離で向かい合い、胸の高さで手が触れ合うようにします。椅子に腰かける場合には足の置き方にも留意し、無理のない姿勢を取ります。また盲ろう者のみ、または盲ろう者と通訳・介助員の双方が机に肘をのせる場合もあります。いずれも、肩や腕、手や指に力を入れすぎないようにします。  触手話を読み取る際は、片手だけで読み取る場合、常に両手で読み取る場合、さらには通常は片手で読み取るが状況によっては両手で読み取る場合などがあります。通訳・介助員の片手、または両手の手の甲を覆うように、盲ろう者が片手または両手をのせます。  片手で読み取る盲ろう者に対しても、両手で表す手話表現であれば、手話は通常と同様に両手で表現するのが自然です。 A手話表現 手指の動き  通訳・介助員は、左右は肩幅内、上下は胸から首元くらいの範囲内で、ゆっくり、はっきり、小さな動きで表現をします。盲ろう者が片手で読み取る場合には、手話を表す範囲はもっと狭く、肩幅の半分くらいになります。通訳・介助員の腕を動かす範囲が大きいと、手をのせている盲ろう者の側も大きく動くことになります。そのことにより疲労度も増し、また不意な大きな動きは読み取りを妨げることにもつながります。 ---092---093 表現の工夫  通訳・介助員の身体の一部、特に胸や顔に触れる手話表現は、通訳・介助員の身体から少し浮かせて表すなどの工夫が必要です。 例) 「大丈夫」「分かる」「分からない」「難しい」「おいしい」など   通訳・介助員の手指を盲ろう者の顔や腕、胸といった身体の一部に触れながら伝えることは、盲ろう者本人が望まない限り避けるのが無難です。 例) 「大丈夫」「待つ」「分かる」「分からない」など  複数の意味をもつ手話表現や、手指の形や動きの区別がつきにくい手話表現などは、誤読を避けるために表現方法に工夫が必要です。  手話表現がまったく同じでも意味の異なる例を以下に挙げます。 例) 指文字の「し」:表現通り 数字の「7」 :「数字」の表現してから、「し(=7)」を示す 「今」 :表現通り 「ここ」 :「場所」の表現してから、「今(=ここ)(=今日)」を示す 「今日」 :「一日」の表現してから、「今(=ここ)(=今日)」を示す    触手話はより限られた空間内に手話を表現しなければなりません。触って分かりやすいことも大切ですが、情報を正確に伝えるためには手話表現の一つ一つの位置関係を意識して表すことが重要です。 Bみだしなみ、エチケット  通訳・介助員の手指の動きを盲ろう者は触り続けます。爪は短く切り、お互いが怪我をしないように配慮します。手指や口腔は清潔に保ち、香りの強い化粧品や香水は避けます。 +++ 5.盲ろう者に対する手話通訳の留意点 (1)話者の明確化  話者の名前の後に「男」「女」を表す手話を示す、または通訳・介助員の親指と人差し指で盲ろう者の親指(男)、小指(女)を軽くつまむようにして伝えます。話者が初対面の場合や、同姓の場合にはより話者の個人を特定できるように、年齢や特徴なども併せて伝えるようにします。  話者を明らかにした後には、「その人が話している」ということを伝えなければなりません。「話す」「言う」という手話で表したり、名前の後に間(ポーズ)を空けるなど、表現方法は盲ろう者と確認しておきます。 (2)話者の発言か状況説明かの明確化  通訳内容が話者の発言なのか、通訳・介助員が必要と判断をして伝えている状況説明や要約なのかを明確にすることは、誤解を防ぐために大切なことです。話者や話題が変わるときや、状況説明などを伝えるときには、「さておき」「ところで」などの手話をあえてはさむなどして、盲ろう者の読み取りを容易にする工夫もできます。また、「手話を表す手の位置を下げる」「手話を小さく表す」などの工夫もありますので、事前に盲ろう者と確認しておきます。 (3)サインの活用  相づちや笑いなどを伝える際にはサインが有効です。しかし、このサインには統一された方法がありませんので、盲ろう者との事前の確認・了解がなによりも大切です。 例) 相づち  →グーにした片手首を上下に動かす →「そうそう」「同じ」の手話を何回も反復する →盲ろう者の腕や手の甲を軽く何回か叩く など ---094---095  手話は言語だと記しました。それは決して「話し言葉」だけではありません。視覚障害の進行により、文字や映像、写真などを見ることができず、さらには点字の触読が難しいろうベースの盲ろう者にとって、手話は大切な情報源となります。手話通訳によって本を読んだり、テレビを楽しんでいる盲ろう者は少なくありません。  手話の学習を進める機会は増えています。地域の手話サークル、講習会に参加して手話技術の研鑽を積んだり、テレビや書籍を利用して学ぶこともできます。盲ろう者や聴覚障害者関係の集まりに参加し、生きた言葉である手話の実践を積み重ねていきましょう。 [図版:五十音式指文字一覧表(相手から見た形)] ---096---097 [図版:五十音式指文字一覧表(相手から見た形)] [図版:数字の手話一覧表(相手から見た形)] ---098---099 *** 第7章 手書き文字通訳の方法と技術 +++ 1.手書き文字とは  手書き文字とは、盲ろう者の手のひらに、指で直接文字を書く方法です(盲ろう者の両手がふさがっている時など、盲ろう者の背中などに大きく指で文字を書いて伝えることもあります)。  手書き文字をおもなコミュニケーション手段として使っている人は、中途で盲ろうになった人が多いといえます。病気や事故などで急に視力と聴力を失ったとき、筆談可能な視力が残っていなければ、何とかコミュニケーションを取ろうとして手のひらに文字を書いてみようということになります。しかしながら、中途で盲ろう者になった人が手書き文字を速く読み取れるようになるには、長い時間がかかります。また、なかなか読み取れないために、会話に消極的になってしまうことがあります。通訳・介助員は、速く通訳をすることが高い技術だと思いがちですが、時間をかけて正確に伝えることも盲ろう者への通訳には大切です。中途で盲ろうになった人たちが会話を楽しみ、人生を楽しむことができるよう、盲ろう者の苦しさに共感しながら通訳活動を行うことが重要です。  また、他のコミュニケーション方法を利用している盲ろう者でも、一時的な代替手段として手書き文字を使う人も多くいます。たとえば手がふさがっていて指点字や手話を使うことができない場合や、移動中に簡単なやり取りを行うために手書き文字を使う場合などがこれにあたります。そうした意味では、手書き文字は比較的多くの盲ろう者に通じるコミュニケーション方法だと言えるでしょう。 +++ 2.手書き文字によるコミュニケーション方法 (1)方法  次の三つの方法があります。 @盲ろう者の手のひらに、書き手の指で書く  通常、左手で盲ろう者の手を軽く持ち、右手の人差し指で、盲ろう者の手のひらに直接書きます。 [図版:盲ろう者の手のひらに書き手の指で書く写真] A盲ろう者の手のひらに、盲ろう者の指で書く  盲ろう者の右手の人差し指を持ち、盲ろう者の左の手のひらに書きます。 [図版:盲ろう者の手のひらに盲ろう者の指で書く写真] ---100---101 B机や壁に、盲ろう者の指で書く  盲ろう者の右手の人差し指を持ち、机や壁などに書きます。 [図版:机や壁に盲ろう者の指で書く写真]  盲ろう者の手のひらに、書き手の人差し指で直接書く方法が、書字速度は速いといえます。一方、盲ろう者側の認識率(分かりやすさ)は、盲ろう者の指を持って書く方法が高いといえます。A、Bの方法は、おもに盲ろうになったばかりの人が使う方法です。いずれにせよ、盲ろう者の理解度を確認しながら、三つの方法を使い分けていくことが重要です。 (2)書き方  爪が当たらないよう、指の腹で盲ろう者の手のひらの中央に書くようにします。また、盲ろう者の読みやすい文字の大きさ・力加減で書くよう心がけます。 (3)文字の種類  手書き文字を用いる盲ろう者が、読み取り可能な文字の種類としては、次の三つのパターンがあります。  カタカナ   :オヒルニ カレーヲ タベマセンカ  ひらがな   :おひるに かれーを たべませんか  漢字かな混じり:お昼に カレーを 食べませんか  盲ろう者によって、これら三つのパターンのうち、どの文字種が読み取りやすいのかは、人それぞれです。数字・アルファベットも含めて読み取り可能かどうか、会話・通訳を始める前に確認が必要です。 (4)留意点 @文字・手のひらの向き  どの方向から書くのかによって、盲ろう者の読む方向が変わります。一般的には、書き手と盲ろう者が横並びの状態で書いていくのが読みやすいといえます。中には、横から書かれても、対面から書かれても読み取り可能な人もいます。 [図版:横並びで文字を書く写真、横から文字を書く写真、対面で文字を書く写真] ---102---103 A書き順  仮名・漢字の書き順は、昔の墨を使った筆で字が書きやすいようにできたといわれています。正確な筆順こそが、盲ろう者にとっては読みやすさの条件であるといえます。  カタカナの場合、似たような字が多いため読み取りにくいので、はっきりと文字を綴ります。書き順を間違えると読み間違うことがあるので注意が必要です。  読み間違いやすいカタカナ  ・「ア」と「ヤ」と「カ」  ・「マ」と「ス」と「ヌ」  ・「ソ」と「メ」と「ン」  ・「ク」と「ワ」  ・「ハ」と「ヘ」  ・「コ」と「ユ」  例外として、盲ろう者によっては、カタカナの「コ」や「ロ」を続けて書くことを好む人もいます。  @→A      @→A   コ↓   ⇒   コ↓  B→        ←B (正確な書き順)   (続け書きの書き順)  @A→B     @A→B  ↓ ロ↓  ⇒  ↓ ロ↓  C→         ←C (正確な書き順)   (続け書きの書き順) [図版:ひらがな書き順表] [図版:カタカナ書き順表] Bサイン  会話・通訳する場合、うなずきや笑い、「イエス」「ノー」などについてはお互いにサインを決めておくと、コミュニケーションがスムーズになります。 例) はい (Yes): ○ いいえ(No ): × うなずき :うなずくタイミングで軽くポン・ポンと叩く 笑い :ポンポンポンと速く叩く 聞き返し(なに?) :? 「……」(分からない):? ---104---105 Cスピード  盲ろう者の読み取りのスピードに合せて書くようにします。読み取りに慣れていない盲ろう者の場合、文節ごとに「間」を取ると読み取りやすくなります。 例) 今日は□とても□良い□お天気ですね (□の部分で、間を取る、あるいは、盲ろう者の手の上に、書き手の手をポンと置く) D声を出しながら文字を書く  周りに人がいる場合、書き手が声を出しながら手書き文字を書くことにより、盲ろう者と通訳・介助員との間でどんな話がなされているのか、あるいはどこまで伝わっているのかなどを、周囲の人々と共有することができます。伝えている内容を周囲と共有することは、コミュニケーションの広がりにつながっていきます。ただし、日常生活の現実の場面では、時には無言で伝えた方が望ましい場面・内容もありますので、適宜判断する必要があります。 E周囲の情報  盲ろう者が主体的に判断ができるように、1対1の会話以外の視覚情報、聴覚情報など、すなわち周りの様子も伝えるようにします。 例)むすこさんが入ってきました 本だなでさがしものをしています←視覚情報 例)いまチャイムがなっています 12じになったようです←聴覚情報 F情報入手手段としての手書き文字  手書き文字は、他のコミュニケーション方法と比べると、比較的伝達速度は遅いといえます。1分間の伝達可能文字数は、100字程度です。 [図版:「伝達可能文字数(1分間)の表 手書き文字:100シラブル 指文字:250シラブル 指点字:350シラブル] G長所と短所  導入が容易(すぐに習得できる)、汎用性がある(一般的に誰でも使える)といった長所があります。  一方で、伝達速度が遅い(周囲とのタイムラグが発生する)、入手できる情報が相対的に足りない(伝えることのできる情報が限られる)といった短所があります。また、ろうベースや先天性の盲ろう者、先天盲の盲ろう者には十分に通じない場合があります。ろうベースの人は文章力に制約があったり、手書き文字で漢字を読むのが難しく、仮名だけにすると意味が分からなくなるという理由などが考えられます。また、人によっては仮名文字自体になじみが薄いということもあります。 +++ 3.手書き文字による通訳方法 (1)話者を伝える  まずは、話者の名前を必ず最初に書きます。それを忘れると誰の発言内容なのか分からなくなって混乱します。  話者の名前の次に / を書く、または「 」をつける、名前を○で囲む、あるいは名前を書いた後に盲ろう者の手のひらの上に通訳・介助員の手のひらを置くなどして、話者の名前を明確に示すことが重要です。いずれの方法を使うのかは、あらかじめ盲ろう者と確認が必要です。 [図版:「話者の山下の表し方のいろいろ」 山下/ 「山下」 山下(○で囲む)] ---106---107 (2)直接話法  話者の名前を書いたら、その後はできるだけ忠実に直接話法で発言内容を書きます。 例) 山下/ こんにちは 今日は とても 暑いですね (3)補足説明  発言内容だけでなく、できる限り補足説明も書きます。 例) 山下/ こんにちは 今日は とても 暑いですね(にっこり笑いながら) (4)環境調整(スピード・コントロール)  前述のように、手書き文字での伝達速度は比較的ゆっくりとしたものです。手書き文字だけに限りませんが、話者の発言を通訳している中で発言についていけない場合、または、今どの辺りまで伝えられているかを、話者や周囲の人に共有していたい場合は、通訳・介助員が声を出しながら書いていくようにします。話者の発言スピードをもう少しゆっくりにしてもらう、もしくは、次の話者の話し始めを待ってもらうなど、盲ろう者がその場の話し合いに参加できるよう環境を調整することも大切です。 ---108---109 *** 第8章 指点字と点字通訳の方法と技術  本章では、「点字」のしくみを利用した「指点字通訳」と「機器を使った点字通訳」について紹介します。 +++ 1.指点字 (1)盲ろう者と点字・指点字  墨字(点字に対して、普通に印刷された文字)を使用できない盲ろう者にとって、点字は自力で読み書きできる唯一の文字といえます。録音図書を利用したり、音声でパソコンを操作したりできる視覚障害者とは異なり、盲ろう者の場合は、たとえコミュニケーション手段に手話や指文字などを用いている人の場合でも、読書やパソコンの操作、電子メールのやりとりなどは、点字を使う以外に方法がありません。しかし逆にいえば、もともと墨字使用者であったろう者や健常者が盲ろうになった場合でも、点字を習得することによって読書の喜びを味わったり、手紙のやりとりや電子メールの交換を通して友人と交流を深めたりすることもできます。また、点字は、自分の持ち物に名前や印を付けて区別しやすくするなど、日常生活を豊かにする手段として役立てることもできます。このように点字は、視覚障害者や盲ろう者の学習や生活のあらゆる場面で必要不可欠なものなのです。  その点字を盲ろう者のために、話し言葉として応用したのが指点字です。指点字は、1981年、盲ろうとなった福島智氏の母・令子氏によって考案されたものです。親子喧嘩の最中に、令子氏がとっさに思いついて、智氏の指に「さとしわかるか」と打ったことが始まりです。この指点字では、点字で表すことのできるほぼすべての表現を、そのまま表すことができます。つまり、一般の日本語表記はもちろん、英語などの外国語、数字や各種記号類など、書き言葉として点字が持っている性質を指点字にも応用することができるのです。 (2)点字のしくみ  点字は、1825年フランスの視覚障害者ルイ・ブライユによって作られ、日本では1890年石川倉次が考えた日本語点字が正式に採用されました。そのしくみは、六つの点の組み合わせから成り立っています。縦3点、横2点に並んだ六つの点を一マスと呼び、点を打つことと打たないこととの組み合わせによって、さまざまな文字が作られていきます。ここでは凸面から見た位置関係で点の配列を説明します。左上を1の点、左中を2の点、左下を3の点と呼びます。同じように右上を4の点、右中を5の点、右下を6の点と呼びます。実際に視覚障害者や盲ろう者が点字を読むときには、凸面を左から右にむかって横に読むことになります。なお、手書きの筆記用具や一部の点字タイプライターで点字を打つ場合には、右から左に向かって横に書きますが、凸面から見た点字とは左右逆転の配列になります。 @五十音  母音である「あ・い・う・え・お」は、1の点・2の点・4の点の三つの点の組み合わせから成り立っています。子音は、それに3の点・5の点・6の点を加えることによって表すことができます。つまり、ローマ字の母音と子音を組み合わせるのと同じ要領です。母音さえ覚えてしまえば、後はカ行は6の点を加え、サ行は5の点と6の点を加えればよい、というように考えていけるのです。ただし例外として、ワ行はア行の形を下に下げて表し、ヤ行はワ行の形に4の点を加えたものとなっています。 ---110---111 A濁音・半濁音  濁音は清音の前に5の点を前置して、二マスで1文字を表します。同じように、半濁音も清音の前に6の点を前置して、二マスで1文字を表します。 B拗音  拗音は、4の点を前置して主となる子音と母音を組み合わせた清音を書いて二マスで表します。 C促音・長音・撥音  つまる音(促音「ッ」)は2の点、のびる音(長音「ー」)は2の点と5の点、はねる音(撥音「ン」)は3の点と5の点と6の点で表します。 D数字・アルファベット  数字は、数符(3の点、4の点、5の点、6の点)を前置して表します。同様に、アルファベットは外字符(5の点、6の点)を前置して表します。 E助詞の「は」「へ」「を」  通常、墨字では「私は」「どこへ」というような助詞は「は」「へ」と書きますが、読み方としては「わ」「え」と発音します。このような助詞の「は」「へ」については、点字では発音の通り「わ」「え」と表記します。「〜を」の助詞の「を」は、そのまま表記します。 [図版:凸面から見た点字の配列〔読む側〕] [図版:凹面から見た点字の配列〔書く側〕] [図版:点字一覧表(凸面)(五十音・半濁音) ] ---112---113 [図版:点字一覧表(凸面)(拗音・特殊音・符号)] ---114---115 [図版:点字一覧表(凸面)(数字・アルファベット)] (3)指点字の打ち方  盲ろう者の両手に自分の両手を重ねます(ただし、後述のパーキンスブレーラー型の対面式では、両手の指のみを重ねる感じになります)。そして盲ろう者の両手の人差し指から薬指までの第1関節(爪のすぐ根元の関節)あたりを点字タイプライターの六つのキーに見立てて軽く叩くように打っていきます。  タイプライターには、左手の人差し指を1の点と考えて凸面から見た配列で書くパーキンスブレーラー型と、右手の薬指を1の点と考えて凹面から見た配列で書くライトブレーラー型とがあります。さらに盲ろう者の隣に座って同じ向きで打つ横並び式と、盲ろう者と向かい合って打つ対面式とがあります。つまり点字の配列と向きの組み合わせによって4通りのスタイルがあるわけです。  いずれにしても、話を始める前にどの配列と向きで行うのかを、盲ろう者と通訳・介助員との間で了解を取り合っておくことが大切です。その方法として、指点字を始める前に、1の点、2の点、3の点、4の点、5の点、 6の点というように順番にタッチして、指点字の配列を順番に示すようにします。それによって、指点字を読み取る盲ろう者は、相手がどの配列の指点字で話を始めようとしているのかが分かります。 ---116---117 [図版:ライトブレーラー型対面式。通訳・介助員と盲ろう者の体勢。通訳・介助員と盲ろう者の指の番号配置図] [図版:ライトブレーラー型横並び式。通訳・介助員と盲ろう者の体勢。通訳・介助員と盲ろう者の指の番号配置図] [図版:パーキンスブレーラー型横並び式。通訳・介助員と盲ろう者の体勢。通訳・介助員と盲ろう者の指の番号配置図] [図版:パーキンスブレーラー型対面式。通訳・介助員と盲ろう者の体勢。通訳・介助員と盲ろう者の指の番号配置図]  指点字を利用する盲ろう者の中では、パーキンスブレーラー型の指点字を用いている人が多いといわれています。 [図版:指点字一覧表(パーキンスブレーラー型) ] ---118---119 (4)指点字によるコミュニケーション  指の配列と向きを確認したら、初めに自分の名前を名乗ります。これは初対面のときだけではなく、どんなに親しい間柄になっても、盲ろう者と話すときには必ず行う必要があります。相手の顔が見えず、相手の声を聞くことができない盲ろう者にとっては、名前を確認することが別人と間違えることを防ぐ手立てとなります。  その後は点字の決まりにしたがって、相手が読み取りやすいスピードで話を進めます。書き言葉としての点字は言葉と言葉との区切り目を表すために意味の切れ目でマスをあけますが、指点字では特別にマスをあけたりはしません。 例)  やまだです こんにちは ひさしぶりですね おげんきでしたか ? 3じに なったら ひとりで かえらなければ ならないので ごめんなさい!  このように、本来なら句点を打つところは自然な間(ま) (ポーズ)に任せます。また、疑問符や感嘆符をつけて自分の気持ちを強調することもできます。また、あまり聞き慣れない言葉や珍しい固有名詞などを正確に伝えたいような場合などは、軽く間をおいたりします。  数字などは点字の規則に従って書きます。一言ずつ丁寧に表現していくと、「ですます体」や「である体」の違い、強調したい箇所の違いなど、その人の人柄まで伝わるようになります。両手を重ねたり、触れあったりすることで、手そのものの動きから読み取れる表情が感じられます。自分の意見を言いたいときには無意識に強く打ったり、おそるおそる話すような場合には、指点字もゆっくりと弱々しくなり、それがまた指点字の良さでもあるので、自然に任せるようにします。 (5)指点字による通訳  第三者の言葉を伝える通訳は、演劇の脚本のように、話者の名前を書いた後に話し言葉をそのまま伝えるのが大原則です。 ---120---121 @話者の明確化  話者の名前の後に、鍵カッコの“「”、あるいはつなぎ符(点字ではどちらも3の点と6の点)を打ってから、その人の発言内容を直接話法で打っていきます。 例) やまだ「こんにちは  また通訳のスピードアップのために、限られた人数の会議などでは、名前をその頭文字で代用します(事前に盲ろう者との確認が必要です)。 例 (やまださんを「や」、たかはしさんを「た」とした場合) や「てんきが よくて きもちが いいね た「ほんと かぜが さわやかだね A補足説明・状況説明の表し方  第三者との会話を通訳している中で、補足説明・状況説明が必要なときは、以下の例のように( )もしくは点訳者挿入符を使って打ちます。 例)  やまだ「どちらからいらっしゃいましたか?(かわかみさんにきいています) かわかみ「とうきょうからです やまだ「どちらからいらっしゃいましたか?(あなたにきいています) B訂正方法  手を払うように動かすことで、訂正の意を表します。その後に、間違えた単語のはじめの文字から打ち直します。 +++ 2.機器を使った点字通訳 (1)機器を使った通訳方法  この項では、機器を使った点字での通訳について紹介します。ドイツ製の速記用の点字タイプライター(通称ブリスタ)を使っての通訳方法と、点字ディスプレイを使った通訳方法です。  点字通訳は、主として盲ベースの盲ろう者が多く用いている方法です。  指点字の読み取りにはかなりの熟練を要します。これに対し、もともと点字使用者である盲ろう者にとって、機器を使うという方法は手軽に採用できる通訳手段といえます。また、指点字の長時間の読み取りにはかなりの疲れも伴います。そこで代替手段として機器を用いている盲ろう者も多く見られます。また、ろうベースの盲ろう者でも、手話を長時間用いるには無理がある場合などに、この点字通訳を用いるケースがあります。 (2)ブリスタ  ブリスタ(Blista)は、日本では点字速記用のタイプライターの名称として広く用いられています。ただ、もともとは、西ドイツ(当時)の「盲人学生研究協会」とよばれる組織のドイツ語の名称 Blinden-StudienAnstalt(ブリンデン-シュトゥディエン-アンシュタルト)の頭文字をとったもので、組織名でもあります。  福島智氏が大学進学を果たし、講義等の通訳手段として使い出したことが、日本での普及の大きな原動力となりました。点字のタイプライターにはいくつか種類がありますが、その中でも小型・軽量でタイピングの音が大変静かであるという特徴があります。このため、講演・会議などで使用したとしてもあまり周囲の迷惑にならず、通訳に用いられるようになりました。 @ブリスタの使い方  ブリスタは、少し大きめの弁当箱くらいの(幅210×奥行130×高さ70mm)の大きさの機械です。この前面のふたを開けると、点字を打つこ ---122---123 とができる6個のキーがあり、その真ん中にはスペースキーが折りたたまれた状態で収納されています。写真のようにこのスペースキーを手前に降ろすと、点字が打てる状態になります。 [図版:ブリスタの全景の写真] [図版:点字が打てる状態の写真]  点字を打つ方法は、指点字の項で紹介してあるパーキンスブレーラー型のキー配列となります。中央のスペースキーを中心に、内側から左に向かって1の点・2の点・3の点が、それぞれ左手の人差し指・中指・薬指が対応します。また内側から右に、4の点・5の点・6の点、それぞれ右手の人差し指・中指・薬指が対応します。  下の写真のように、本体の右側半分は上向きに開くことができ、その中には紙テープが入ります。ブリスタは紙テープに点字を打ち出し、裏面から左側にこのテープが送り出されるしくみになっています。通訳・介助員の左側に盲ろう者は座り、このテープを読んでいくことになるわけです。 [図版:右側半分が開き、紙テープを入れることができる状態の写真] [図版:通訳・介助員の左側に盲ろう者が座り、テープを読んでいる場面の写真]  スペースキーを支える腕の途中にはツマミがあります。これはスペース キーを押したときの、スペースの幅(長さ)を調整するものです。これに より、1ストロークでテープをどれだけの幅(長さ)送り出すかを調節する ことができます。 A通訳の方法  ほとんどのことは前項の「指点字」で触れたことと同様です。ここでは、点字通訳の場合、特に注意すべき点について述べます。 分かち書き  点字は表音文字のため、続けて書くと、大変読みにくい文になってしまいます。そのため、点字通訳の場合、“ある程度”「分かち書き」の規則に従って打っていく必要があります。  たとえば、「スモモも桃も桃のうち」が「すもももももももものうち」と続けて書いてあると、読むほうは何が何やら分からなくなります。この場合「すももも ももも ももの うち」のようにスペースを入れながら書いてあると読みやすくなる、というわけです。ただし、分かち書きを完璧にマスターしようとすると、ややハードルの高いものとなってしまいます。そこで次のような目安で、ある程度のスペースを入れながら、点字を打つようにするとよいでしょう。 例) 「点字の勉強をしようと思っているんだけど、なかなか時間がなくて困っています」 →「てんじの(ね) べんきょうを(ね) しようと(ね) おもって(ね) いるんだけど(ね) なかなか(ね) じかんが(ね) なくて(ね) こまって(ね) います」  というように間投助詞の「ね」を入れていく、つまりそこではスペースを入れるということです。言い換えると、原則として文節ごとにスペースを入れていくことになります。ただし複合語の場合には、それが二つ以上の自立した語に分割して意味の通る語であるならば、そこでもスペースを入れることになります。 ---124---125 例) 「社会福祉法人全国盲ろう者協会」 →「しゃかい ふくし ほうじん ぜんこく もうろうしゃ きょうかい」  分かち書きの規則、またその例外部分を説明しだすとキリがありません。おおむね上記のことを目安に、適宜スペースを入れていくようにします。 テープ交換の必要性  長時間にわたる講演や会議などで通訳していると、必ず紙テープの交換が必要になります。円滑な通訳をするには、テープ交換の熟練も必要となります。とはいえ、瞬時に交換できるというものではありません。テープがうまく入らない場合もあります。  この対策として、可能な場合はブリスタを2台準備しておき、テープ交換が必要になった場合にすばやくもう1台のものと交換するという方法も多く見受けられます。機器を交換して、もう一人の通訳・介助員が次に備えて新しいテープをセットしておくことができるというわけです。  また2台準備することができない場合は、もし状況が許せば、テープ交換をする旨を話者に伝えて待ってもらうことも考えられます。これも状況が許さない場合は、「テープ交換をしながら、その間に記録できなかった発言内容を記憶しておく」ということも、通訳・介助員の重要な役割となります。 テープの巻き取り  ブリスタの場合は、点字用紙と違って紙テープを送り出していきます。このため長時間通訳を続けていると、どんどんテープが散乱して大変なことになります。そこで付属品のテープ巻き取り器を使って、読み終えたテープを巻き取っていきます。こうするとすっきりと整理できます。中には、このテープを持ち帰って後で読み返すという人もいます。  この巻き取り器の操作は、盲ろう者自身が行う(読みながら巻き取る)場合もありますが、それが難しい場合は、巻き取りを行う補助者を配置することもあります。  なお、ブリスタおよび紙テープは、社会福祉法人日本点字図書館用具事業課で購入することができます。また、社会福祉法人全国盲ろう者協会では、必要と認められる盲ろう者および通訳・介助員にブリスタの貸し出しサービスも行っています。 (3)点字ディスプレイ  ケージーエス株式会社から発売されている「ブレイルメモスマート」(2016年現在。旧機種「ブレイルメモシリーズ」を含む)という点字ディスプレイを2台用いると、先述した「ブリスタ通訳」と同じことができます。 [図版:ブレイルメモスマートの写真]  写真のように、このブレイルメモスマートの点字ディスプレイには、点字を入力できるキーが装備されています。点字文書作成機能をはじめ、電卓・スケジュール管理など、さまざまな機能があります。その中の一つの機能として「チャット」が用意されています。  これらの点字ディスプレイが 2台あれば、それらをブルートゥースかUSBケーブルで接続することにより、双方でチャットができます。このチャット機能を用いて、1台を通訳・介助員の入力用として使用し、もう1台を盲ろう者の読み専用として使用すると、前述のブリスタ通訳と同じことができるわけです。  利点としては、ブリスタ通訳の場合は、紙テープが消費されて、ごみとして残りますが、この点字ディスプレイを用いた通訳ではテープも残らず、またその内容をデータとして保存することができます。 ---126---127  この他、このブレイルメモスマート1台とパソコンを接続することにより、パソコンとブレイルメモスマート間でチャットできる機能が提供されています。このためパソコンの側で通訳・介助員が入力する形で、盲ろう者への通訳を行うこともできます。ただしこのチャットシステムでは、パソコン側は漢字は使用できず、かな入力に限られます。 ---128---129 *** 第9章 ローマ字式指文字通訳の方法と技術 +++ 1.ローマ字式指文字とは  ローマ字式指文字とは、アルファベットの指文字(片手の5本の指と手の向きの違いで各文字が定義されているもの)をローマ字表記(日本訓令式)に基づいて表すコミュニケーション方法です。アルファベットを表す指文字は国によって違いがありますが、ローマ字式指文字ではアメリカの指文字を用いています。  盲ろう者のコミュニケーション方法としてローマ字式指文字が用いられている背景には、盲ろう児教育との深いつながりがあります。日本で初めての先天性盲ろう児に対する教育が1949年から山梨県立盲唖学校(現・山梨県立盲学校)で行われました。そのときに、盲ろう児の書き言葉として点字が、話し言葉としてローマ字式指文字が採用されました。ローマ字式指文字を学ぶためのいくつもの学習を経て、そしてさらに、獲得したローマ字式指文字によって多くの学習が進められていきました。  このような経緯から、ローマ字式指文字は先天性盲ろう児・者、中でも盲学校に在籍していた盲ろう者に用いられています。ローマ字式指文字を主たるコミュニケーション方法としている盲ろう者の多くは、話をする(発信)方法、話をきく(受信)方法の両方の方法として用いています。そのために、通訳・介助員は、盲ろう者が発信をするローマ字式指文字を読み取る必要もあります。  盲ろう者のコミュニケーションの方法としてのローマ字式指文字の利点には、以下のようなものがあります。 ・表記に用いる指文字の少なさ  日本語式指文字は約50種類の形が異なる指文字によって構成されています。これに対してローマ字式指文字は、AからZまでの26種類のアルファベットの中で日本語表記には用いない指文字(C、J、Q、V、Xなど)を除いた20種類前後の指文字を単独、または組み合わせて一つの音(おん) を表現しています。  表記に必要な指文字の種類が少ないことは、盲ろう者にとって指文字の判別をより容易にすることにつながると考えられます。 ・手の動きの少なさ  日本語式指文字を表記する際に、清音は静止した状態でそれぞれの音を表します。しかし、濁音(左から右への動き)、半濁音(下から上への動き)、拗音・促音(向こう側から手前に引き寄せる前後の動き)、長音(上から下への動き)など、空中での動きが伴います。  これに対して、ローマ字式指文字は空中での動きがありませんので、受信する盲ろう者の固定された手のひらにすべての音を伝えることができます。  空中での動きがないことは、盲ろう者の触覚による読み取りをより容易にすると考えられます。 ・点字との関連性の高さ  点字とローマ字式指文字は、ともに子音と母音との組み合わせから構成される表音文字です。点字は縦3点、横2点からなる1マスの中の6点の組み合わせによって構成されます。点字の母音を表す点(1の点)(ア)、(1、2の点)(イ)、(1、4の点)(ウ)、(1、2、4の点)(エ)、(2、4の点)(オ)と、子音を表す点との組み合わせによって表記されます。例えば、か行を表す場合には、か行を表す子音は(6の点)(K)ですので、「か」を表す場合には、(6の点)+(1の点)=(1、6の点)(カ KA)となります。ローマ字式指文字も同様に、子音を表す指文字と母音を表す指文字を続けて示すことで一つの音を表します。  話し言葉であるローマ字式指文字と書き言葉である点字に関連性が高いことは、盲ろう児の学習をより促す力になったと考えられます。 ---130---131 +++ 2.ローマ字式指文字の表記方法 (1)清音、濁音、半濁音の表記  母音単独、または子音と母音を組み合わせて表します。 ア イ ウ エ オ ⇒ A I U E O サ シ ス セ ソ ⇒ SA SI SU SE SO タ チ ツ テ ト ⇒ TA TI TU TE TO ハ ヒ フ ヘ ホ ⇒ HA HI HU HE HO ザ ジ ズ ゼ ゾ ⇒ ZA ZI ZU ZE ZO パ ピ プ ペ ポ ⇒ PA PI PU PE PO  ローマ字表記は日本訓令式とヘボン式がありますが、ローマ字式指文字では日本訓令式を用いています。そのため、ヘボン式表記の シ(SHI)、チ(CHI)、フ(FU)等は使いません。 (2)拗音の表記  子音と母音の間にYを組み合わせて表します。 キャ キュ キョ ⇒ KYA KYU KYO チャ チュ チョ ⇒ TYA TYU TYO (3)促音の表記  子音を二つ続けて表します。 例) コップ   ⇒ KOPPU キャッシュ ⇒ KYASSYU (4)長音  母音を二つ続けて表します。点字表記で長音を表す際には長音符を用いる場合があります。ローマ字式指文字で表記する場合も、点字表記で長音符を用いる場合には点字表記にならいます。 例) コーヒー  ⇒ KOOHII ふうせん  ⇒ フーセン  ⇒ HUUSENI ぎょうざ  ⇒ ギョーザ  ⇒ GYOOZA おとうさん ⇒ オトーサン ⇒ OTOOSAN (5)助詞  点字表記では助詞の「〜は」「〜へ」を「〜ワ」「〜エ」と表記します。ローマ字式指文字も点字表記にならいます。 例) わたしは がっこうへ いきます →ワタシワ ガッコーエ イキマス  →WATASIWA GAKKOOE IKIMASU (6)数字 [図版:数符をあらわす指文字Lのイラスト]  点字では数字を表す際に、数符(2、4、5、6の点)を使います。この数符が、アルファベット指文字の Lに形が似ていることから、Lを数符とし、点字表記に習って表記します。 1 →(数符)(1の点)→ L + A(ア) 2 →(数符)(1、2の点)→ L + I(イ) 3 →(数符)(1、4の点)→ L + U(ウ) 4 →(数符)(1、4、5の点)→ L + RU(ル) ---132---133 5 →(数符)(1、5の点)→ L + RA(ラ) 6 →(数符)(1、2、4の点)→ L + E(エ) 7 →(数符)(1、2、4、5の点)→ L + RE(レ) 8 →(数符)(1、2、5の点)→ L + RI(リ) 9 →(数符)(2、4の点)→ L + O(オ) 0 →(数符)(2、4、5の点)→ L + RO(ロ) 10 →(数符)(1の点)(2、4、5の点)→ L + A(ア)+ RO(ロ) (7)アルファベット [図版:外字符を表す指文字のイラスト]  点字でアルファベットや英単語を表記する場合には、外字符(4、6の点)を前置します。ローマ字式指文字では、人差し指と中指の指先を上下の位置に、受信者の手のひらに軽くあてることで外字符を示します。 例) JR → 外字符 +JR DVD → 外字符 +DVD  (8)特殊音 [図版:特殊音を表す指文字Fのイラスト]  外来語などを表す際に、Fなど用いて表します。 例) ソファー → SOFAA ファックス → FAKKUSU (9)記号の活用  [図版:つなぎ符を表す指文字のイラスト]  点字を用いる通訳の際に話者を明らかにしたり、点字表記で数字と数詞との誤読を避けるために用いるつなぎ符(5、6の点)を、受信者の手のひらを人差し指で軽く2回叩くことで表します。 例) 山田 :こんにちは → ヤマダ(5、6の点)コンニチワ 100円 → 100 (5、6の点)エン  また、疑問や問いかけであることをより明確にするために、“?”に該当する記号として、「X」を用いる場合もあります。手のひらに「?」を手書きする場合もあります。 [図版:?を表す指文字Xのイラスト] +++ 3.ローマ字式指文字を用いた通訳の留意点 (1)ローマ字式指文字によるコミュニケーション  ローマ字式指文字は単独、あるいは複数の異なる指文字を組み合わせて表記される表音文字です。たとえば「バナナ(BANANA)」を伝えようとした場合に、「バは子音がBで…母音がAと…」と一つの音を分離した(一つの音を表すときに子音と母音の間にブランクが入ってしまう)表記をすると、受け手に混乱を与えてしまいます。「バナナ(BANANA)」を伝える場合には、「バ (BA)」+「ナ(NA)」+「ナ(NA)」のように一音をひと ---134---135 つのまとまりとして表すように心がけます。  盲ろう者の見え方に応じて、ローマ字式指文字を見て読み取る場合と触って読み取る場合があります。見て読み取る場合には、盲ろう者の見えやすい位置や速度などを配慮しましょう。触って読み取る場合には、盲ろう者の軽く開いた片手の手のひらにローマ字式指文字をあてます。ローマ字式指文字を表すとき、その速度や指の力などの変化によって、伝えたい内容を強調したり、感情をこめることもできます。盲ろう者からのローマ字式指文字を触って読み取ることが難しい場合、通訳・介助員の目の前で表してもらう方法もあります。盲ろう者との会話には意図的な相づちが大きな意味を持っています。  ローマ字式指文字も同様です。盲ろう者からのローマ字式指文字を見て読み取る場合、読み取ったローマ字式指文字と同じ指文字を盲ろう者のもう片方の手のひらに伝え、通訳・介助員が正しく読み取れていることを盲ろう者自身が確認しながらコミュニケーションを進めていくことも大切です。 (2)ローマ字式指文字を用いての通訳の実際  話者を明確にするために、点字表記にならって、点字通訳と同様につなぎ符(5、6の点)を使います。 例) ヤマダ(5、6の点)コンニチワ。 タナカ(5、6の点)キョーワ サムイネ。  基本的には直接話法を用いますが、通訳を受けることに慣れていない盲ろう者の場合には、間接話法を用いる場合もあります。  例) ヤマダサンガ コンニチワト アイサツヲ シテイマスヨ。  ローマ字式指文字を使っている盲ろう者の中には、通訳を受けることに慣れていない人もいます。そうした人であっても、発言内容だけではなく、視覚的な情報や発言以外の聴覚的な情報などを知らせる必要があります。直接触れていない他者や、周囲の様子などを知り、それらへの関心を抱くことができれば、盲ろう者自身がより通訳の必要性をより実感できるようになります。また、多くの言葉や表現方法を知ることで、さらに豊かなコミュニケーションへとつながっていくことも期待できます。  一例ですが、ローマ字式指文字でおしゃべりを楽しむ機会が増えたAさん。何かを食べた後、それまでは必ず「オイシイ」と言っていましたが、ある人が「ウマイ」と伝えてからは、嬉しそうに「ウマイ」と言うようになりました。また「ワタシ」だけではなく、自分のことを「オレ」と称する場面も増えました。他者との会話を通して、同じ意味を持つ異なる表現方法を知り、さらに実際に使って楽しんでいるようでした。  盲ろう者によってはローマ字式指文字の発信方法、受信方法が異なる場合があります。個々の盲ろう者の方法を確認し、それに合わせることが重要です。  ローマ字式指文字を主たるコミュニケーション方法として用いている盲ろう者の数は決して多くはありません。しかし、その一人ひとりにとってはかけがえのない大切な「ことば」なのです。 ---136---137 [図版:ローマ字式指文字表(受信者に向けて) ] [図版:盲ろう者が開いた片方の手のひらにローマ字式指文字を出す時の指文字のあて方の例] ---138---139 *** 第10章 通訳・介助員の心構えと倫理  本章では、「通訳・介助員の心構え」と「通訳・介助員の職業倫理」を取り上げます。  「通訳・介助員の心構え」とは通訳・介助業務にあたるうえでの心の準備のことです。  一方、「通訳・介助員の職業倫理」とは、盲ろう者を支援する専門職として、また、業務に対する対価(報酬)を受け取る立場として、最低限守らなければいけない規範のことです。多くの地域の通訳・介助員派遣事業においても、要綱や規則という形でルールとして明文化されています。  心構えと職業倫理をしっかり心に留めて通訳・介助業務にあたることで、盲ろう者との信頼関係が構築されやすくなり、質の高い通訳・介助を行うことが可能になります。 [図版:「5つの心構えと3つの職業倫理」 法律 職業倫理:業務専念義務、守秘義務、自己研鑽 心構え:シミュレーション、事前準備、個別的対応、受容的態度、自己決定の尊重] +++ 1.シミュレーション〜当日の通訳・介助を想像する  通訳・介助依頼を引き受けることが決定した段階で、盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業の派遣事務所(以下、派遣事務所)を通じ、業務の具体的内容が文書や口頭で示されます。  内容としては、以下のようなことが挙げられます。 ・盲ろう者の個人属性(氏名、性別、年齢など) ・コミュニケーション方法 ・待ち合わせ(業務開始)時間・場所 ・解散(業務終了)時間・場所 ・通訳・介助の内容         など  これらの情報をよく確認したうえで、通訳・介助にあたって「どのような点に気をつける必要があるか」「何を準備しておくべきか」などを頭に思い描きます(シミュレーション)。シミュレーションをすることにより、心に余裕が生まれ、適切な対応を取りやすくなり、ミスを未然に防ぐこともできるようになります。具体的には次のようなことについて、事前にシミュレーションをするとよいでしょう。 (1)コミュニケーション(会話)  通訳・介助業務は、盲ろう者とのコミュニケーションなしには始まりません。「どのようなコミュニケーション方法を用い、どのような点に気をつける必要があるのか」「待ち合わせ場所で会うときに、どのように声をかけるか」「盲ろう者の話をどのように聞くか」などを考えておきます。 ---140---141 (2)通訳  通訳は、他者の発言をそれぞれのコミュニケーション方法に応じて盲ろう者に伝える一方、必要に応じて盲ろう者の発信を他者に分かる方法で伝える行為でもあります。会議や講演会はもちろん、通院や買い物などあらゆる場面で、通訳の機会が発生します。依頼された通訳・介助業務の内容から、どのような内容の話題が出るのか、どのような言葉が使われるのかについて想像してみます。また通訳に関する資料を事前に入手できるときには、必ず目を通し、内容の理解を深めるように努めます。 (3)移動介助  盲ろう者の移動介助方法は、人によってさまざまです。障害の状態・程度やコミュニケーション方法、年齢層などによって、基本姿勢やサインも変わってきます。また移動場面についても、平地や狭所、階段などの基本場面もあれば、電車やエスカレーターの乗降を含む応用的な場面もあります。業務中の移動場面を想像しながら、どのように移動介助をすればよいかを想像してみます。 [図版:「シミュレーション例」 【触手話】 爪は短く、ヤスリがけ ハンドタオル アルコール消毒剤 天花粉 ハンドクリーム 【神保太郎さん】 日本手話 小さい手話を希望 趣味は旅行 階段のときは手すりを 希望 【会議】 会議での服装 事前資料 想定される発言 筆記用具 時計 飲み物 防寒用の羽織もの 目薬、眼鏡ふき 【1日の流れ】 有楽町駅までの行き方 神保町までの行き方 呼び鈴を押す 会えなかったら友の会へ 昼食は外食 会場までの行き方 解散場所] +++ 2.事前準備〜業務に必要な具体的準備を整える  当日の1日の流れや業務についてシミュレーションをしたうえで、準備を整えます。通訳・介助員は物理的に盲ろう者との距離が近く、身体的に接触する場面もあります。それを踏まえ、以下の点に気を配るようにします。 [図版:身だしなみに関して注意を促すイラスト] (1)服装  ハイヒールや脱げやすいサンダル、タイトスカートなどは安定した歩行を妨げるため避けます。また、袖口の広い服は不必要に袖が盲ろう者の身体に触れるため避けます。冠婚葬祭や担当の盲ろう者が注目されるような会議や講演会などでは、その場にふさわしい服を着用することも大切です。 (2)装飾品  アクセサリーは通訳・介助をするうえで差し支えのない範囲に抑えます。特に過度な飾りが施された指輪やブレスレットなど、手首から先につける装飾品は、盲ろう者の手に当たったり、まぶしさを感じさせることにもなりかねないので、控えるようにします。 (3)手指  通訳・介助をする前に手を洗い、清潔に保つようにします。また、盲ろう者に爪があたらないよう、短く整えておきます。 (4)荷物  通訳・介助をする手がふさがってしまうようなバッグは避け、リュックサックやショルダーバッグなどを使うようにします。 ---142---143 (5)持ち物  会議のときなどは、出席者の名前を書きとめる筆記用具があると便利です。雨が予想されるときは、傘やレインコートなども準備します。 (6)におい  香水などの香りの強いものは控えるようにします。また通訳・介助前にうがいをするなどして、口の中を清潔に保ち、口臭を感じさせないようにします。 盲ろう者の声 ・「通訳・介助員の爪が伸びていて、それが手のひらにあたって痛くって困った」(40代男性/全盲ろう/触手話) ・「通訳・介助員が肩掛けの大きなバッグに荷物を詰め込んで持ってきた。歩いている途中で、何度もバックが肩からずり落ちてきて、そのたびに立ち止まって直していた」(50代女性/全盲難聴/音声) +++ 3.個別的対応〜一人ひとり盲ろう者は異なり、支援方法も違う  盲ろう者と一口にいっても、それぞれの生活背景や価値観、見え方、聞こえ方はさまざまです。盲ろう者一人ひとり状況が違うということは、通訳・介助員としての関わり方も一人ひとり異なるということになります。 事例  通訳・介助員の鈴木さんは、全盲難聴の盲ろう者である田中さんの通訳・介助に入ることになりました。田中さんに会うのは初めてだった鈴木さんは、派遣事務所から送られてきた確認書をもとにシミュレーションをしました。そして、「盲ろう者だから、移動介助のときにサインが必要なんだよね。階段の上り下りをするときは、田中さんの手にタイミングよくタッチするように気をつけよう」と考え、当日の通訳・介助業務に臨みました。  しかし業務終了後、田中さんから派遣事務所に次のようなクレームがありました。「鈴木さん、階段をのぼるときに、何も言わずに自分の手をポンとたたくんですよ。『上ります』とか『下ります』とか声をかけてくれれば分かるのに…」  鈴木さんは他の盲ろう者の使っていた「階段の上り下りでは手をタッチする」という移動介助方法を、そのまま田中さんにもあてはめました。その結果、田中さんは「自分が望んでいない方法で介助された」という不満を持ちました。  田中さんも盲ろう者の一人ですが、難聴であり、まだ声を聞き取ることができます。盲ろう者の障害の状態は多様であり、それぞれの状態により、支援の方法は異なります。鈴木さんがシミュレーションをする際に、そのことにも思いが行き届いていたら、最初に、「移動介助のときに、何かサインはありますか?」と、田中さんにとって望ましい介助方法を確認できていたかもしれません。  一人ひとりの盲ろう者との関わりの中で、それぞれに合った通訳・介助方法を盲ろう者とともに作っていく姿勢が大事だといえます。 [図版:個別的対応のイラスト 階段 Aさんの希望→声かけ Bさんの希望→手をタッチ Cさんの希望→手すりを触る] 盲ろう者の声 ・「全盲とロービジョンなど盲ろう者によって介助の仕方が異なる。自分の見え方、聞こえ方の状態に合わせて対応してほしい」(60代女性 /弱視難聴/音声) ---144---145 ・「年をとって感覚や動きも鈍くなっているので、ゆっくり通訳・介助をしてほしい」(70代女性/全盲ろう/触手話) ・「移動中、花屋や雑貨屋などの女性が好みそうな情報を伝えてくれる。それはそれでいいけれども、ラーメン屋や定食屋などの情報をもっと伝えてほしい」(30代男性/全盲難聴/音声) +++ 4.受容的態度〜盲ろう者の言葉や態度を柔軟に受け止め、理解する  盲ろう者が通訳・介助員に不信感や不安感を持ったままでは、良い支援を提供するのは困難です。より良い通訳・介助支援を提供するうえで、盲ろう者と信頼関係を構築することは不可欠です。  では信頼関係を作っていくにはどうしたらいいのでしょうか。それには盲ろう者の話をよく聞き、ありのままに受け止め、その気持ちに関心を向けることが鍵になります。 事例 盲ろう者  「病院に行くように勧められているんですが、忙しくて病院に行く暇がなくて」 通訳・介助員「なんで早く病院に行かないんですか!」 盲ろう者  「…家族のこともあって。重い病気で仕事を休むことになると、家族を養えなくなるんじゃないかと」 通訳・介助員「家族のことを心配するなら、なおさら早く行かなきゃいけませんよね!」  この事例の通訳・介助員は、自分の価値観で思ったことをそのまま言葉にしています。通訳・介助員としては、盲ろう者のためを思って言っているのかもしれません。しかしこの盲ろう者は、言葉では表現できない葛藤を抱えているのかもしれません。そのような相手の立場や背景を分かろうとする気持ちを持つことが、まず大事なことです。  たとえば以下のように「相手の言っていることをそのままの言葉で返す」(言葉の繰り返し)や「相手の言っていることの背景にある感情を返す」(感情の反映)といった対応をすることで、盲ろう者は「自分の話をちゃんと聞いて、分かってくれようとしているんだ」という印象を抱くことができます。 事例 盲ろう者  「病院に行くように勧められているんですが、忙しくて病院に行く暇がなくて」 通訳・介助員「そうなんですかー。忙しくて病院に行けないんですね」(←言葉の繰り返し) 盲ろう者  「ええ…家族のこともあって」 通訳・介助員「うんうん、家族のこともあるんですね」(←言葉の繰り返し) 盲ろう者  「もしものことを考えると、つい足が遠のいて…」 通訳・介助員「そうですか…。不安になって、病院にいきたくなくなるんですね」(←感情の反映)  通訳・介助員は、盲ろう者の保護者でも指導者でもありません。安易に良い悪いについての評価をしたり批判をしたりするのではなく、よく話を聞いて「相手をあるがままに受け入れ、理解しよう」とする姿勢を保つようにします。 盲ろう者の声 ・「盲ろう者はストレスもあり、通訳・介助員にぶつけることもあると思う。通訳・介助員は愚痴や文句を言われても、説教するのではなく、盲ろう者の気持ちが落ち着くように話を聞いて対応してもらえたらいいと思う」( 40代女性 /弱視ろう /触手話) ・「『ここはこういう風にした方がいいですよ』とアドバイスしても、『私はちゃんとやっています』とすぐ反論して、話を聞いてくれない通訳・介助員には、あまりお願いしたくない」( 40代男性 /全盲ろう /指点字) ---146---147 +++ 5.自己決定の尊重〜思いや願いを盲ろう者自身の力で叶えられるようにする  「どこに行くか」「何を食べるか」「誰と過ごすか」など、人は当たり前のように、幾多の場面で自らの思いや願いを、自らの力で実現する機会を得ます。しかし情報を得たり、他者に意思を伝えたり、行きたいところに独力で移動したりすることが難しい盲ろう者は、そのような当たり前の機会が極めて限られています。その結果、かつて持っていた生きがいや自信、活力をなくしていってしまうことがよく見られます。  このような状況を変えていくために欠かすことができないのが、通訳・介助員の存在です。通訳・介助員の支援があることで、盲ろう者はさまざまな情報を得、自ら判断し、思いや願いを自らの力で実現する機会が持てます。その経験は、盲ろう者が生きがいや自信、活力を取り戻すことにつながっていきます。  一方で、通訳・介助員の関わり方によっては、盲ろう者が主体的に考え、判断する機会が奪われてしまいます。 事例 補聴器店店員「補聴器は耳穴型と耳かけ型とポケット型があります」 通訳・介助員「どれが一番聞こえるの?」 店員    「お客様にもよりますが、耳かけ型とポケット型は重度な方にも対応できますね」 通訳・介助員「お値段がお安いのは?」 店員    「ポケット型が安くて、2万円台からありますね」 通訳・介助員「へえ、そうなんですか。…〇〇さん(盲ろう者)、よく聞こえる補聴器が2万円ぐらいで買えるそうですよ。これにしたらいかがですか」 盲ろう者  「そうですかー。…じゃあ、予算内だから、それにします」  この事例では、補聴器店の店員の発言を盲ろう者に伝えず、通訳・介助員自身が会話を進めて情報を取捨選択しています。他にもたくさんの選択肢があったはずなのに、その情報は盲ろう者に伝わっていません。これでは、通訳・介助員が主体性を発揮し、決定をしているに等しいといえます。   盲ろう者が自己決定をするためには、思いや願いを叶えるまでの細かなプロセスに自分自身が参加できなければなりません。通訳・介助員は一つひとつの他者の発言や情報を盲ろう者に伝えつつ、「あくまで決定の主体は盲ろう者」という態度で判断を待つ姿勢が必要になります。  そのような姿勢を保つことによって、盲ろう者は成功も失敗も自らの責任により経験できます。それこそが、生きがいや自信、活力を取り戻す糧となっていくのです。 [図版:「自己決定の尊重の場面」 通訳・介助員:店員/補聴器は耳穴型と耳かけ型とポケット型があります。 盲ろう者:どうしようかな?] 盲ろう者の声 ・『次回の交流会はいつ?』と通訳・介助員に聞いたら、『来月の2日です。その日、私、空いてます』と言われた。「頼んでいないのに、次回もその人に通訳・介助を頼まざるを得ないかたちに持っていかれた」(60代男性 /弱視難聴 /音声) ・「情報を伝えてもらえずに、勝手に介入することや、状況を見守らないのは悪いと思う。盲ろう者に判断を任せるようにしてほしいと思う」(30代女性 /弱視ろう /弱視手話) ・「通訳・介助員が話に口出ししたり、買い物を勧めたりするのはおかしい。盲ろう者のペースに合わせて待つ余裕が持てるといい」(50代女性 /全盲ろう /触手話) ---148---149 +++ 6.業務専念義務〜責任をもって業務に取り組む  通訳・介助員の業務は、「盲ろう者に理解と熱意を持って、通訳・介助技術を駆使して盲ろう者の支援にあたる」ことです。  通訳・介助を引き受けると、その時点から、引き受けた業務に関する責任が生じます。したがって、以下のような行為があってはなりません。 (1)業務の放棄  連絡をせずに無断で欠勤することは厳禁です。無断欠勤は一般にも無責任な行為ですが、盲ろう者にとっては、いつまでも状況が確認できないまま通訳・介助員が来るのを待たされることにもなります。また人によっては、通訳・介助員の派遣が日々の生活(買い物や通院など)に直結していることもあり、その後の生活に大きな影響を与えます。 (2)業務の怠慢  通訳・介助業務中は私的な行為は避け、盲ろう者の支援に集中するようにします。「私的な買い物をする」「携帯電話で私的なメールのやり取りをする」「自分が担当している盲ろう者を忘れて、他者(盲ろう者、通訳・介助員など)との会話に夢中になる」ということは、本来担っている業務を怠っている行為にあたります。 [図版:「「業務の怠慢」により孤立する盲ろう者」のイラスト] (3)利益の誘導  通訳・介助員が私的な欲求のもと、物的・精神的利益を得ることを目的に盲ろう者に偏った情報を伝えてはいけません。たとえば、通訳・介助員自身が支持している政党への投票や信仰している宗教への勧誘、また販売することで自身に利益が得られるような商品の購入を促すような行為は禁物です。 盲ろう者の声 ・「通訳・介助員が約束した時間に遅れてくると連絡も取れないので、本当に不安になる。時間を守って欲しい」(50代女性 /全盲ろう /触手話) ・「通訳・介助員同士でおしゃべりをしていて、その間、放置されてしまう。関係をぎくしゃくさせたくないので黙っているが、仲間はずれにされたようなみじめな気持ちになる」(40代男性 /弱視ろう /筆記) ・「動物園に行ったときに、通訳・介助員が自分から離れて、動物の写真を撮っていた。『自分も楽しみたい』という気持ちは分かるけれども…」(30代女性 /全盲難聴 /音声) +++ 7.盲ろう者のプライバシーを守る(守秘義務)  通訳・介助員は業務中に盲ろう者の個人情報に接する機会が頻繁にあります。業務にあたって得られた情報は決して漏らさないようにし、盲ろう者のプライバシーが守られるように行動します。  守秘義務を侵す例として、以下のようなものが挙げられます。 ・「この前、盲ろうのAさんとデパートに行った」 ・「盲ろうのBさんから、『個人的に食事に行こう』と誘われた」 ・「盲ろうのCさんの聞こえが落ちて、会話がなかなか通じなくなった」 ・「この前、事務所から盲ろうのDさんが参加する講演会の通訳を依頼された」 ---150---151  このように、通訳・介助員が盲ろう者の個人情報を漏らしてしまう背景には、次のような事情があることが考えられます。 (1)解決策の模索  通訳・介助業務にあたる中では「自分のやり方でいいのだろうか?」「もっといい関わり方がないだろうか?」と支援のあり方に迷うことがあります。その際に、その内容を具体的に第三者(通訳・介助員や他の盲ろう者など)に話してしまうと、守秘義務に抵触する行為とみなされる可能性があります。 (2)不平・不満  盲ろう者の言動が自分の意に沿わないときに、「○○さんのあの態度はおかしい」「自分は正しいことをしているのに○○さんに理解してもらえない」といった不平・不満を感じることがあります。「『あなたは悪くない』と言ってほしい」という気持ちで、つい第三者に話してしまうと、守秘義務に抵触する行為とみなされる可能性があります。 (3)自慢話  福祉的支援に関わる人の中には、他者を支援することによって自分を肯定し、自信を取り戻すことができるという人も少なくありません。そのような背景を持っていると、他人を助けられるような自分であること、それだけの能力が自分にあることを誇らしく思い、他者からの承認を求めたくなることもあります。その結果、第三者に「○○さんが自分のことを頼ってくる」といったようなエピソードを得意気に話してしまうと、守秘義務に抵触する行為とみなされる可能性があります。  人間である以上、不安や不満を感じたり、自分を認めてほしい気持ちが生じるのは当然のことです。ただ、その時々の感情のまま、他者に盲ろう者のプライバシーを明かしてしまっては、盲ろう者は安心して通訳・介助員派遣を利用することができなくなってしまいます。  自分の感情の動きを注意深く見つめ、一時的な感情で第三者に話すことは慎まねばなりません。具体的な問題があったり、関わり方に悩むようなことがあれば、派遣事務所に相談するようにします。 盲ろう者の声 ・「個人情報なので、誰の介助をしたなど話すのは問題だと思う」( 60代女性 /弱視難聴/音声・筆談) ・「同じ団体に属している人同士で、なりゆきで『あの人はここへ行った』など言われるのはいやだなと」( 60代男性 /弱視難聴 /音声) ・「通訳・介助員が他の盲ろう者の愚痴や悩みを話してくる。気持ちは分かるけど、私のことも他の誰かに話しているんじゃないかしら」( 50代女性 /全盲難聴 /音声) +++ 8.自己研鑽〜より良い通訳・介助を提供できるよう自分を磨く  通訳・介助員は、常に、通訳・介助員としての資質の向上に努めていく必要があります。  通訳・介助員としての知識、技術が未熟であると、さまざまな問題を抱えきれずに混乱してしまいます。その結果、盲ろう者のニーズに合わない自己流の通訳・介助を提供したり、守秘義務に該当する状況を第三者に明かして、安易に解決策を見つけようという考えに至りやすくなります。  また、通訳・介助業務の現場は、ほとんどが1名態勢の業務です。先輩の通訳・介助員からの助言・指導も受けにくく、また盲ろう者も、まさにその障害ゆえに通訳・介助員の不適切な言動をすべて確認できるわけではありません。そのため、通訳・介助業務の度に自分自身で振り返りを行い、それを今後に活かしていく必要があります。  たとえば「盲ろう者に会話の内容や状況が伝わっていたか?」「盲ろう者が安心して、安全に移動できていたか?」「盲ろう者の自己決定を尊重できていたか?」「責任をもって業務に取り組めたか?」などを自分自身 ---152---153 に問いかけていくことで、課題を見つけていきます。そして次回の通訳・介助ではどのように改善するかを検討したうえで、業務に臨んでいきます。このように「実践」「振り返り」「改善案の検討」を繰り返していくことで、少しずつ通訳・介助員としての資質を向上させることができます。  このほかにも、「全国盲ろう者協会や各地域における現任研修を受講する」「盲ろう者が集まる交流会に参加し、さまざまな盲ろう者と対話をしたり、他の通訳・介助員の実践場面を観察する」といったことも、通訳・介助員としての能力を高める機会となるでしょう。 [図版:振り返りの継続と資質の向上] 盲ろう者の声 ・「講習会が終わって、いきなり通訳・介助というのは難しいと思う。まず、『いっぱい話したい、伝えたい、一緒に歩んでいきたい』という気持ちを持って、盲ろう者との交流をしてもらえれば。そのなかで、いろんなことをぼちぼち覚えていただくことも大切ですね」(40代男性/全盲ろう/触手話) ---154---155 *** 第11章 盲ろう通訳技術の基本  盲ろう者とコミュニケーションを図るためには、さまざまなコミュニケーション方法があります。盲ろう者の数だけコミュニケーション方法があるといっても過言ではありません。通訳・介助員はそれらのコミュニケーション方法を適切に用いて、盲ろう者に他者の発言や周囲の状況など、無限に存在する情報から適切な情報を伝える通訳行為などによって、情報保障に寄与することが求められます。  盲ろう者がより分かりやすく、正しく情報を得ることができるように、通訳・介助員に必要な技術・配慮点などを考える必要があります。 +++ 1.一対一のコミュニケーションにおける配慮 (1)コミュニケーションの重要性  盲ろう者と通訳・介助員がお互いを知ることから人間関係・信頼関係の構築が始まります。実際に、その盲ろう者が用いているコミュニケーション方法で話をする中で、盲ろう者の受信の速さや理解力、興味関心事、盲ろう者自身の発信・受信の特徴など、通訳する上で配慮しなければならないことを知ることもできます。  盲ろう者は一度に一人としか話ができないため閉鎖的なコミュニケーションに閉じ込められがちですが、通訳・介助員の介在によって複数の人たちとの会話や会議への参加も可能になり、こうして周囲の状況の把握が可能になることで、開かれたコミュニケーションが実現していきます。その開かれたコミュニケーションへの第一歩は、やはり一対一のコミュニケーションを充実させることから始まります。 @初対面のとき  初めて盲ろう者と話をするときには、必ず自己紹介をします。盲ろう者にとっては、あなたの外見や声色、仕草などの第一印象を抱く情報を得ることが難しいのです。自分の名前、性別、障害、年齢、住所または特徴的なことなど、あなたが“何者”なのかを、盲ろう者が分かりやすい方法で明確に伝えます。 A接触の大切さ  話し始めたら、盲ろう者の手や腕にいつも触れているようにします。特に全盲ろう者の場合、自分の傍らにあなたが“いる”ことを実感し続けることができ、安心感が得られます。  弱視の盲ろう者に対しても、自分の傍らにあなたが“いる”ことを実感し続けられるように、盲ろう者が記憶している位置から不意に動いたり、視野から突然消えてしまったりしないように注意します。また、弱視の盲ろう者への注意喚起のために、盲ろう者の手や腕に触れたあとに、すぐに盲ろう者があなたを見つけることができるように心がけます。 B話の中断・中座  盲ろう者との会話中にその場を離れなければならない場合には、これで会話が終了するのか、一時的な中断なのかをはっきりと伝える必要があります。一時的に離れる場合には「お手洗いに行ってきます。すぐに戻ってきますね」など、その理由と戻ってくるまでのだいたいの予想時間を伝えることで、盲ろう者が以後の予測をすることができます。 C会話の終了  会話を終了するときは、その旨を必ず盲ろう者に伝えます。そして、別の人に話し相手を交代したり、その盲ろう者の通訳・介助員に引き継いだりして、自分が離れた後の盲ろう者が置かれる状況に配慮します。突然、「では、さようなら」と告げ、盲ろう者一人をその場に放置して離れるようなことがあってはなりません。 ---156---157 (2)フィードバックの重要性  私たちが他者との会話を楽しむときや会議などを聴講しているときには、うなづいたり、表情が変わったり、拍手をしたりといった身体の動きやあいづちがつきものです。自分の話を聞いている相手の行動や反応を知ることで、話し手は相手の共感度を推測して安心感を抱きます。相手の理解度を推測して、ゆっくりと言い直すなどの配慮をすることもできます。このように相手の行動や反応を知ることで自らの行動を修正し、より適切なコミュニケーションをつくりあげていくしくみを「フィードバック」といいます。このフィードバックをお互いに行いながら、コミュニケーションはスムーズに進んでいきます。  こうしたフィードバックを、盲ろう者が分かりやすく、受けやすい方法で伝える必要があります。無意識に行われているフィードバックは、無意識のままでは盲ろう者には伝わりません。盲ろう者の目の前でうなづいても、「そう、そう」とつぶやいても、盲ろう者には伝わりません。「うん、うん」といった同意やうなづきを、意識的に盲ろう者の身体の一部を軽く叩くことで伝えたり、手をぎゅっと握ったりすることによって、盲ろう者との豊かなコミュニケーションは作られていきます。  「笑い」も同様です。自分の発言や行動に対しての相手の反応は気になるものです。たとえば「そうだね」という納得・共感を示すうなづきに留まらない、より好意的な「笑い」を、盲ろう者の身体の一部に軽く速く指先でタッピングするなど、その表現方法はさまざまです。 +++ 2.通訳 (1)言葉の伝達  通訳とは、話者の発言を盲ろう者に伝えたり、盲ろう者の発言を相手に伝えたりすることで、盲ろう者と他者とのコミュニケーションを保障する技術です。すなわち「盲ろう者と他者をつなぐ」役割を担っています。 @話者の明確化  盲ろう者に対して「話されている内容」のみを伝えるだけでは理解しにくい状況もよくあります。たとえば誰が話をしているのか、誰が誰に話をしているのか、といった話者を明確にしなければ、その会話を理解することができません。正しい理解がなければ、たとえその発言が盲ろう者に向けられたものであっても、盲ろう者は安心してその会話に加わることができませんし、誤解を生じてしまう可能性もあります。  また、その発言が誰に向けられて発せられているのかを明確にすることで、盲ろう者は適切な行動を取ることができます。 例)  話者が明確になっていない場合 通訳「こんにちは。こんにちは。今日は晴れてよかったね。そうね。あらぁ、久しぶり!!」 盲ろう者の心の声:(誰と誰が話をしているのだろう…?)(私も挨拶したいけど…分からないし…) 話者を明確にした場合 田中「こんにちは」 山田「こんにちは。今日は晴れてよかったね」 佐藤「あらぁ、久しぶり!」 盲ろう者「佐藤さん、お久しぶり。体調はいかがですか?」 ※話者の名前が分かる場合にはその名前を明らかにしますが、話者の名前が分からない場合には「男性60歳」「赤いコートの女性」など、話者の違いをはっきりさせる方法もあります。 A直接話法  会話は生き生きとした言葉から成り立っています。言葉の強弱、速さ、強さ、選んだ言葉などから多くのことが伝わってきます。 例)  間接話法 通訳「山田さんと佐藤さんが明日遊びに行こうと言っています」 盲ろう者の心の声:(そう言われても…。何て返事をしようかな) ---158---159 直接話法 山田「明日、ひま? 佐藤さんと3人で遊びに行かない?」 佐藤「ねえ、行こうよ。おいしいお店を見つけたのよ」 盲ろう者「明日は午後からなら大丈夫。行きたいわ。」(うれしい!) B語尾・ニュアンスの表現  通常の会話では、使用している単語や語尾の違いによって話者の人柄、意図、感情などが伝わってきます。直接話法で伝えることによって、その会話内容だけではなく、多くの情報を盲ろう者に伝えることができます。 例)  「一緒にいきませんか?」 の誘いに対して 「わぁ、一緒に行きたいです。」 「一緒に行きたいのですが…。でも…」 「一緒に行ってもいいですか?」 「ご一緒してもいいですか?」 「はい。一緒に行きましょう」 「もしも…良かったら…一緒に行けたらいいなと思って…本当にいいですか?」 C発言終了の伝達  会話は言葉のキャッチボールです。相手の言葉をしっかりと受け止めてから、自分の言葉を発します。そのタイミングを的確に伝えることでスムーズに話が進んでいきます。  また、発言の最後で意味が真逆になってしまうことも、日本語の特徴として配慮すべき点です。 例) 「思うところがありまして、私は明日の交流会に行きま…す」⇒ 出席する 「思うところがありまして、私は明日の交流会に行きま…せん」⇒ 欠席する  盲ろう者が話者の発言内容を正しく理解するためにも、話者の発言の終わりを明確にする必要があります。筆記通訳の場合には話者の話が完結したことを示すマーク(例えば、△マーク)などを活用している場合もあります。指点字通訳では、発言が完結したことを示すために、あえて「。」を打つこともあります。手話通訳では、あえて「発言終わり」と伝えることで盲ろう者の発言のタイミングを保障することもできます。 D発言の支援  コミュニケーションは双方向の営みです。盲ろう通訳とは決して盲ろう者への一方的な通訳ではありません。盲ろう者が会話に参加し、盲ろう者自身の意見や考えなどを発信することも当然行われます。その際に、例えば盲ろう者が手話を用いている場合には、その手話を読み取り、音声言語に変えて聞き手に伝えることも通訳の一部です。また、発声が困難だったり、不明瞭であったり、周囲の状況のために盲ろう者の発言が聞き手に届かなかったりする場合には、通訳・介助員が盲ろう者の発言をそのまま反復復唱して聞き手に伝えることも、大切な通訳の一つです。 (2)状況説明  状況説明とは、話者の言語的表現以外の表情や動作、周囲の状況など、視覚的・聴覚的な情報を伝える技術であり「通訳やコミュニケーションの質を高める」「対人関係を豊かにする」「盲ろう者と社会をつなぐ」といった役割を担います。 @非言語的情報の伝達  会話は言葉だけでは成立しません。一例として話者の声の大きさ、口調、表情、視線、動作などが挙げられます。 例) 司会「何か意見はありませんか?(状況説明:司会が山田さんを見つめている) (状況説明:無言。山田さん、考え中。他の人は意見なし) 例) 鈴木「おいしい」(状況説明:苦笑い) A人に関する情報  人に関する情報は対人関係に関わる重要な要素です。 ---160---161 人の属性  その人の年齢、性別、障害、職業、体格、特徴などが挙げられます。 人の動き  以下は、盲ろう者の佐藤さんが会議に参加している状況を想定した例です。 例)  司会「何かご意見はありますか?」(状況説明:会場を見回しながら問いかけています) 佐藤の心の声:(私が特に意見を求められているわけではないのね…)    司会「何かご意見はありますか?」(状況説明:山田さんに問いかけています) 佐藤の心の声:(私に個人的に意見を求めているわけではないのね…) 司会「何かご意見はありますか?」(状況説明:佐藤さんを見ながら問いかけています) 佐藤「…はい。私は田中さんの意見に賛成です」 ※会議など、盲ろう者に意見を求める場合が多い状況では、事前に通訳方法・表現方法を確認しておくことも大切です。 例)鈴木「これからご飯を食べに行きませんか?」(状況説明:鈴木さんは今日初めて交流会に参加した男の人。他の参加者は皆部屋を出て行って、この部屋には私たちしかいません) 例)(状況説明:講師が部屋に入ってきた) 人の位置  相手がどこにいるのか、立っているのか座っているのかを知ることで、盲ろう者はその相手に身体や顔を向けることができます。一対一の会話の際には、お互いの顔が見えるように向かい合うことが人間関係を保つためにも必要です。会議などの複数人が集まる場合には、誰がどこに座っているのかを明確にします。 例)  山田「こんにちは」(状況説明:山田さんは向かいの椅子に座っています) 田中「こんにちは」(状況説明:田中さんは右隣に立っています。身長が180cmくらいの背の高い方です) 例) (状況説明:今日の会議参加者は、あなたの左から時計周りで佐藤さん、加藤さん、斉藤さん、近藤さんの4人です) B環境情報の伝達 室内、店内の様子  たとえば、会議の通訳を想定します。会議室に入ったときに目に入った様子をよく観察し、盲ろう者に伝えます。その会議室の部屋の大きさ、机の配置、座る向き、窓の位置、さらに特徴的なこと(壁に飾られた絵画など)といったことを伝えます。また、その場でその盲ろう者が期待されている役割(一参加者として会議に参加するのか、講師として講義を担当するのかなど)によって、伝える内容は適宜判断します。  レストランなどの飲食店では、客の多さ、客層、店内の広さ、店の雰囲気、店員の様子など、視覚的な情報を伝えます。BGMなどが流れていたり、騒がしいような場合の聴覚的な情報も伝えます。 街中や交通機関での様子  通訳・介助員として盲ろう者の移動介助をする際、移動介助の最大の目標は盲ろう者が安全安心に目的地まで行けるように支援することです。しかし単に移動するだけでなく、移動中の周囲の状況などを知ることによって、盲ろう者は外出の楽しみを増すことができます。周囲の状況には、季節を感じるもの、人々の服装・様子、新しい店、閉店した店、建設中の建物、話題の商品ポスターといった視覚的な情報や、「電車が近付いてくる音がする」「赤ちゃんが泣いている」「クリスマスソングが流れている」といった聴覚的な情報など、多くの情報が含まれています。 買い物や飲食の場合、商品やメニューの紹介  多数ある商品やメニューの内容を紹介するときに、盲ろう者に分かりや ---162---163 すく伝える方法はいくつもあります。単に商品やメニューを羅列するのではなく、あるルールに則って分類しながら伝えるのが効率的です。 ・種類別に伝える方法  レストランで「定食」「パスタ」「カレー」「丼もの」のようにおおまかないくつかの種類に分け、その項目名を伝えてから、それぞれの項目内の具体的なメニューを伝えていきます。盲ろう者が項目名を知った時点で「今日はパスタが食べたいから、パスタだけ通訳してください」と知りたい情報を絞ることもできます。 ・値段別に伝える方法  内容が似ている商品やメニューの場合、値段別に伝えることも選択のしやすさにつながります。たとえば回転寿司で「100円」「200円」「400円」…とおおまかな金額の違いを伝えてから、それぞれの金額のお皿の具体的なお寿司を伝えていきます。 ・サイズや分量別に伝える方法  同じお菓子であっても個別包装になっているのか、大袋に入っているのかも、選ぶ際のポイントになるでしょう。 ・期間限定や割引などを優先的に伝える方法  買い物では、期間限定や割引商品は大切な情報になります。レストランのメニューも同様です。通常のものよりも品質が良かったり、その時にしか手に入らなかったりする場合もあります。そのような「いつもと違うもの」が存在するときには、「いつも」のものよりも優先して伝えることも、一つの配慮です。 +++ 3.要約・省略・言い替え  これらは盲ろう者の読み取りのペース、疲労度、理解度などを考慮しながら、より分かりやすく伝える技術です。  長時間にわたる会議や講演などでは疲労も深まり、盲ろう者の集中力も落ちがちです。また、話者の話すスピードが速く通訳が追いつかないなどの場合も含め、このようなときは通訳すべき内容の質を落とさないように配慮しながら伝えます。  「要約」とは、話の内容を大筋の意味を変えずにより簡潔な表現で伝えることです。「省略」とは、その場の共有のために比較的重要度の低い情報を省くことを指します。そして「言い替え」とは、音声言語で使われる冗長な言い回しなどを、より分かりやすい表現方法に替えて伝えることを指します。  しかし、コミュニケーションにおいて、本来要約・省略・言い替えをしても構わない情報は何一つないはずです。通訳・介助員はこうした基本的認識を持つことが大切です。  たとえば、語尾「〜ですよね」を語尾「〜だ」に替えることは、一見、言い替えても大意は変わらないように考えられがちです。しかしこの言い替えによって、「話者が丁寧にしゃべっているのか、断定口調でしゃべっているのか」といった話者の性格・態度の情報が失われます。また、「断定的意見なのか、提案なのか、あるいはまったく自信がないのか」といった、話者がその発言に際して示している態度に関する情報も失われる危険性があります。  私たちが無意識に使うこんな語尾一つにさえ、重要な情報が含まれています。コミュニケーションというのは、そうした情報を無意識に、または意識的に受け取り合うことによって成立しています。したがって、要約・省略・言い替えは、盲ろう者の誤解や混乱を招く危険性、さらには他者とのコミュニケーションの成立を妨げる危険性を持っていることに注意しなければなりません。最悪の場合、盲ろう者と他者との人間関係を壊してし ---164---165 まい、盲ろう者の社会参加を阻害する遠因ともなりかねません。  しかしその反面で、単位時間あたりに盲ろう者に伝わる情報量は、一般の人と比べて決定的に少ないという厳しい現実があります。たとえば第7章で記したように、「手書き文字」の通訳では.単位時間あたりに伝えられる文字数は、せいぜい1分間に仮名文字で100字程度です。これは熟練した通訳・介助員が、やはり熟練した盲ろう者に伝える場合であって、実際にはもっとゆっくりになるケースもあります。これは通常の会話の三分の一から五分の一程度の速度(情報量)だと思われます。  またこのことは盲ろう者が用いている他のコミュニケーション手段についても、程度の差はあれど当てはまることであり、どのようなコミュニケーション手段を用いても、盲ろう者が一般の会話の速度に完全についていけるということはほとんどありません。  このように考えると、意図的ではなく速度に追いつけないということも含め、盲ろう者の通訳においては「要約・省略・言い換えをまったくしない」ということはあり得ないともいえます。  したがって、盲ろう者への通訳においては、「できる限り元の発言をそのまま伝える」という原則と、「必要に応じて適切な要約・省略・言い換えを行う」という実践的な対応との間で、いかにバランスを取りながら通訳をするかが、最も大切なポイントだといえるでしょう。  要約・省略・言い替えの際には、以下の点に配慮します。 ・極力要約は避ける  話者にできるだけゆっくり話してもらい、要約・省略が最小限になるよう配慮します。盲ろう者の社会参加にとって、「盲ろう者に自分の話を伝えるためにはゆっくり話す必要がある」という原則を、より多くの人に理解してもらうことが不可欠です。そのためには、盲ろう者と相談のうえ「もう少しゆっくりお願いします」「すみません、聞き取れなかったので、もう一度お願いできますか」など、通訳・介助員が周囲へ声をかけていく勇気もしばしば必要になります。 ・盲ろう者自身に関することは要約しない  たとえば役所や福祉事務所での手続きや、病院の診療などの場面では、要約・省略することには、特に大きなリスクが伴います。また、会議や雑談などの場で、その盲ろう者自身の話が話題に上がったときなどは、微妙なニュアンスも含めて盲ろう者に伝えられるように注意する必要があります。 ・「誰が」「いつ」「どこで」「何を」という部分は省かない  「誰が」「いつ」「どこで」「どうして」「何を」「どのように」といった要素がはっきりするように、簡潔な表現で伝えるようにします。原則的には、5W1H の部分は 残すべきです。特に「誰が」の部分を省略すると、前後関係がつかめなくなることが多くなります。 ・「文」としての体裁は保つようにする  たとえば「山田 /明日は朝11時にみなさん学校に集合してくださいね」というような発言を「山田/明日11時学校」のように単語だけの羅列にする要約は適当ではありません。筆記通訳・音声通訳では助詞(「が」「に」「から」など)は省略せず、最低限、「山田 /明日、11時に学校に集まってね。」のように、文としての体裁は保たせるべきです。 ・前後の文脈の関係をはっきりさせる  「けれども」「だから」「つまり」「結局」などといった接続語は、要約された文を前後の文脈から復元して理解するのに有効な手がかりとなります。 例) 高橋 / 一生懸命努力はしてみたんですけれど、結局、実現までにはいたりませんでした。 →×高橋 /努力しました。実現しませんでした。 →△高橋 /努力してみましたけど、だめでした。 ---166---167 ・できるだけ言葉から受ける印象が変わらないように言い替える  話者の特徴的な言い回しや口癖、方言などは、その人物のイメージを作るのに役立ちます。言い替えなければならない場合でも、極力その印象が変わらないように工夫します。 +++ 4.説明  盲ろう者がより正しく、分かりやすく情報を得るために、状況を判断しながら、説明を行う技術です。 (1)補足説明  固有名詞や盲ろう者が知らないと思われる言葉、曖昧さがある発言などを通訳する場合に、盲ろう者の誤解を防ぎ、より明確な通訳をするために補足的に説明を加える技術です。会議や講演会など、盲ろう者が話者への聞き返すことが難しい場面で行うことが多くなります。 例)  講師「ソウゾウリョク(補足説明:作るの意味)が大切です」 講師「ソウゾウリョク(補足説明:考える、イマジネーションの意味)が大切です」 講師「これは、いいです(補足説明:必要ないと言う意味)ということですね。」 (2)事前説明  会議の内容把握や状況判断などを盲ろう者がより行いやすくなるような情報を、実際の通訳現場に臨む前に伝えておく技術です。  盲ろう者は、今までの経験や記憶をもとに、自分の行動を組み立てています。その“いつも”と違う状況が生じていると通訳・介助員が分かった場合、その場に直面する前に説明しておくことで、盲ろう者自身の混乱を防ぐことができます。 例)通訳「センターの改修工事が先週から始まっているので、入り口が変更になっています。階段を上って2階から入るように掲示がしてありました」 例)通訳「道路工事のために、ここに来るまでも渋滞していました。いつもの道を使っていると時間に間に合わないかもしれません」 (3)事後説明  通訳をするためには、「盲ろう者の片手や両手が空いていること」「紙や筆記用具がすぐに使えるような状態にあること」など、盲ろう者が通訳を受けられる態勢になっている必要があります。また、盲ろう者によって異なりますが、通訳をするための多くの時間も必要です。事後説明とは、何らかの理由でそのような態勢が整わなかったり、十分な時間が確保できずにその場で伝えられなかった・伝えきれなかった情報を、後で補足する技術です。 例)通訳「さっき伝える時間がありませんでしたが、部屋を出るときに斉藤さんがあなたに何かお話ししたそうでしたよ」 例)通訳「講師の木村氏は50歳くらいの男性で、背が高くてまじめそうでした」 +++ 5.環境調整  環境調整とは、盲ろう者の理解が追いつかなかったり、話者の発言の速度が速すぎたりするなどの場合に、通訳の速度を落としたり、話者に対してゆっくりと話すように声かけをしたりすることで、盲ろう者のペースに合わせたコミュニケーション環境を調整する技術です。 (1)状況理解の重要性  盲ろう者に対して適切なコミュニケーション環境を整備するためには、まず盲ろう者のそのときの状況を理解することが大切です。盲ろう者の体調や周囲の状況(長時間の会議、緊張を強いられるような場面など)によっても、盲ろう者の受信速度や理解力は左右されます。 ---168---169 @理解度の把握  盲ろう者が通訳されている内容を理解できているかどうかを、常に把握するように心がけることが大切です。盲ろう者によっては、「分かりましたか?」の問いかけに、たとえ分かっていなくても「分かりません」とはなかなか言いづらいと感じる盲ろう者もいます。その盲ろう者に発言が求められているときに適切な反応があるかに注意するなど、盲ろう者が通訳されている言葉をきちんと読み取り、内容を理解できているかどうか、常に把握するように心がけるようにします。 A疲労度の把握  盲ろう者の表情やうなづき、身体の向きなどに注目し、盲ろう者のペースに合わせた通訳を行うようにします。通訳を受ける時間が長くなると疲労が増します。疲労が増すと集中力が欠けてきます。疲労度は個人差がありますが、盲ろう者の受信速度の変化や読み取りの精度の変化を注意深く見て、そのときの盲ろう者のペースに合わせた通訳を行うよう心がけます。 (2)周囲への理解要請  会話や会議の場で盲ろう者が正しく無理なく通訳を受けられるように、通訳・介助員として周囲へ理解を求めることも大切な役割です。実際にその瞬間に何が通訳されているのかは周囲には分かりません。周囲に理解を求めることは、話者・盲ろう者の双方が理解を深めることにつながります。 @話者への注意喚起  すべての話者が通訳に理解があるとはいえません。通訳・介助員の介在により、たとえどんな早口でしゃべっても、自分の発言が問題なく伝わっていると思い込んでいる場合も少なくないでしょう。そのような場合、話者への注意喚起が必要です。  話者の話すスピードが速すぎて追いつかない場合には、「もう少しゆっくりと話してください」、話者の発言が聞き取れなかった場合には「もう一度お願いします」など、遠慮なく声を出すようにします。 A話者発言の復唱  その時に通訳をしている内容は周囲には分かりません。『…ライネンドノ トモノカイノ コウリュウカイデハ…』など、実際に通訳している内容を通訳・介助員が声を出すことで、通訳速度やずれなどを相手の話者や会議の他の参加者にも知ってもらうことができます。ただし同時に、場の雰囲気を壊さないような配慮も求められるのはいうまでもありません。 B盲ろう者への注意喚起  盲ろう者が話し手となっている場合、周囲の聞き手の状況が十分に分からないことがあります。盲ろう者の話すスピードが速すぎたり、盲ろう者の手話が速すぎて読み取りが追いついていなかったりする場合には、盲ろう者に「もう少しゆっくりお願いします」「もう一度お願いします」など、タイミングを計って伝えます。「○○までは分かりましたが、△△から聞き逃してしまったので、△△からもう一度お願いします」など、具体的に伝えることで、途中で止められてしまった盲ろう者が話の整理をしやすくなることもあります。(自分は言いたいことを話せた、相手に分かってもらえていた)と満足していたのに、実は伝わっていなかった…ということは、周囲の状況をつかみきれない盲ろう者にとってはとてもさびしいことです。「盲ろう者が話しているから…、邪魔をしたくない…」と躊躇することなく、聞き手が十分に理解していない状況にあると判断されたときには、盲ろう者にその旨を伝えて修正してもらうようにします。 +++ 6.通訳技術の活用における留意点  盲ろう者に対する通訳の基本は、盲ろう者が必要としていること、知りたいことを分かりやすく伝えることです。そして、その際に重要なことは技術的な側面の前に、盲ろう者が抱える複雑な困難を理解し、置かれた状態を推し量る想像力、共感する感受性を通訳・介助員自身が育てることです。それがなければ、どんなに優れた技術があっても、豊かな支援にはつ ---170---171 ながっていきません。 (1)優先順位の判断  優先順位の判断とは、通訳・介助員がその時々に、まず何を、盲ろう者に伝えるべきかを判断する技術です。多くの情報の中から漫然と伝えるのではなく、いくつかの判断基準から情報の優位性を見極めなければなりません。優先順位の高い情報の例としては以下のようなものが挙げられます。 ・災害や交通機関のトラブル等の緊急性の高い情報 ・伝えないことで盲ろう者本人や周囲の人々が迷惑を被る情報 ・盲ろう者本人に直接関わる情報 ・盲ろう者が関心を抱いている情報 ・変化や変更された情報 (2)ニーズの把握  その盲ろう者がどのような趣味を持っており、どのようなことに関心があるのかという「個別なニーズ」を、日々のコミュニケーションの中で知っておく必要があります。 (3)簡潔・的確な表現  「客観的に通訳することが大切」とは、しばしば言われることです。しかし、純粋に「客観的な通訳」などというものは存在しないともいえます。盲ろう者に対する通訳は、言葉を機械的に置き替える作業ではなく、無限に存在する周囲の視覚的・聴覚的情報の中から「優先度を決めて」「必要な情報を選択し」「切り取ったその情報をその盲ろう者が理解できる(しやすい)コミュニケーション方法と内容に変換し」「その時々にすばやく伝える」という行為です。その意味で、通訳・介助員の理解力・判断力・言語力・表現力などの能力や技量に負うところが極めて大きく、通訳・介助員にはその自覚とたゆまぬ学習とが求められます。 (4)残存視力・聴力、触覚の活用  弱視・難聴の盲ろう者に対しては、言葉による説明にこだわらず、「見る」「聞く」ことを活用するようにします。さらに、実物に触ることができる機会には、直接「触る」ことを大切にするようにします。実際に体験することで盲ろう者自身が強く実感することが多々あるはずです。 (5)客観的事実と通訳・介助員の視点との違いの明確化  客観的事実を客観的に伝えること、そしてより分かりやすく伝えることのためには、さまざまな技術が必要です。しかしそれらの違いを明確に区別することなく伝えると、盲ろう者はそれが客観的な事実なのか、通訳・介助員の視点なのかが分からず、適切な判断ができなくなる危険性があります。そのことによって生じ得る混乱を防ぐために、また誤解や曲解、さらには他者との信頼関係を損なうようなことを避けるためにも、その違いは明確に区別して意図的に伝えるよう心がけなければなりません。  「盲ろう者に“何を”伝えたらいいのでしょうか?」という問いをよく耳にします。私達は数多くの情報に囲まれています。盲ろう者に対して“伝えなければならない情報”があり、それさえ伝えれば十分だというわけではありません。そもそも、盲ろう者に対して“伝えなくてもかまわない情報 ”“伝える必要がない情報”などは存在しないのです。しかし私たちを取り囲む多くの情報の全てを盲ろう者に通訳することは不可能です。このため、“不可能であることを理解する”ことこそ、通訳・介助員として大切な姿勢だと考えられます。それらの情報の中から何を伝えるのか、そのためにはどのような技術や配慮が求められるのか。通訳・介助員には、その完成度や表現力を磨き続ける姿勢が求められています。 ---172---173 *** 第12章 盲ろう者の移動介助の基本  盲ろう者の移動介助方法は多種多様です。  盲ろう者は情報入手に困難があり、周囲の環境を独力で把握することが難しい状況に置かれています。街の喧騒も車の往来もはっきりと分からず、風圧や振動、においなどからごくわずかしか環境情報を把握することができません。また介助者がいたとしても、視覚に加えて聴覚にも障害があるため、それらの環境情報をスムーズに受け取ることは困難です。さらに、盲ろうになるまでの経緯や盲ろうになってからの期間、通訳・介助員派遣事業の利用期間・回数、白杖の操作技術などのさまざまな背景もその盲ろう者に適した移動介助の方法に影響を与えます。  そのため、特定の盲ろう者が利用する介助方法が他のすべての盲ろう者にとっても良い方法であるとは限りません。移動介助をするにあたっては、「安心して移動できる方法は盲ろう者一人ひとり違う」という「多様性」と「個別性」を念頭に置いておく必要があります。  本章では、多種多様な盲ろう者の移動介助方法すべてを紹介することができません。そのため、ここでは盲ろう者の移動介助方法の中でも、比較的よく使われている方法を中心に解説します。 +++ 1.移動介助の基本 (1)基本姿勢  通訳・介助員が盲ろう者の半歩前に立ち、盲ろう者が後ろから通訳・介助員につかまるのが基本姿勢です。盲ろう者と通訳・介助員の身長差がない場合は、通訳・介助員の腕(肘の少し上)をつかみます。身長差がある場合は、通訳・介助員の肩や手首をつかむなど、盲ろう者の負担にならない姿勢をとります。そして、通訳・介助員は盲ろう者を誘導する側の腕をまっすぐに伸ばして脇を軽く締めます。 [図版:腕をつかむ方法のイラスト] [図版:肩に手を置く方法のイラスト]  盲ろう者は利き手で白杖を持ち、通訳・介助員はその逆側(非利き手側)に立つのが一般的です。ただ「利き手側の聞こえが良い」といった理由などにより、原則とは異なる位置関係を希望する人もいます。  また、コミュニケーション方法や移動介助を受ける技術の習熟の程度によって、基本姿勢以外の方法を使うことも少なくありません。高齢者や外出経験の少ない人、下肢に障害のある人の場合は、腕を組む・手をつなぐといった姿勢の方が安心できる場合もあります。その盲ろう者にとって移動しやすい方法を確認して、対応します。 (2)移動介助の流れ @移動の予告  原則として歩行は基本姿勢のまま行います。歩き始めの際は、「では、行きましょう」と声がけする、手や肩に触れて合図をするといった方法で予告し、盲ろう者の歩く体勢が整っていることを確認します。 ---174---175 A移動の初期段階での確認  歩き始めたら、歩く速さに注意を払います。また盲ろう者にとって歩きやすいルートを選ぶよう常に心がけ、足元に危険がないか確認し、二人分の横幅があるか気をつけて移動します。羞明(まぶしさ)のある盲ろう者は、歩きながら表情を見て、日陰の道を選ぶなど工夫するようにします。 B危険地帯・障害物  狭い道で盲ろう者が車道側になった際、通訳・介助員が危険と判断したり、盲ろう者本人が位置の交代を希望するときは、通訳・介助員が車道側になるように位置を交代することもあります。  通り道に自転車や街路樹、水たまりなどの障害物があった場合、その状況を伝えて避けるようにします。 [図版:障害物を伝える場面のイラスト] C停止・方向転換  停止する必要があるときは、事前に止まることを声かけや合図で伝えられると、より安心できます。「赤信号なので、止まります」、「混雑しているので、止まります」など、歩きながら、あるいは停止した直後にその理由を伝えます。  方向転換するときは、盲ろう者を軸に回るようにして、盲ろう者を振り回さないようにします。通訳・介助員は盲ろう者の外側をコンパクトに回り、方向転換してもらいます。 [図版:方向転換の仕方のイラスト] D移動時の情報提供  「道順を覚えたい」、「周辺の店の情報を得たい」と移動中の情報提供を希望する盲ろう者もいます。そのようなときには、道の目印になるものや周囲の様子を伝えるように心がけます。移動しながらのコミュニケーションが難しい盲ろう者の場合は、情報を伝えるために一旦、立ち止まらなければなりません。このため本人のニーズを踏まえ、どの情報を伝えるべきかを考える必要があります。また、信号待ちやエレベーター待ちなどのタイミングを見計らって事後説明をする、というのも一つの方法です。 E雨天時  雨天や悪天候のときは、盲ろう者に状況を早めに伝えて備えるようにします。盲ろう者が現在の天候や今後の天気予報を把握していない場合があるため、待ち合わせ場所で会ったときに、「今日は午後から雨が降るそうですね」などと情報提供することも大切です。  傘は、盲ろう者と通訳・介助員が2人で1本を使うことが一般的です。どちらが用意しても良く、より直径が大きい傘を選ぶことが多く見受けられます。視覚障害者ガイドヘルプ用の幅の広い傘も市販されています。  雨の中を歩くときは、「傘を持っている側の通訳・介助員の肘や肩に盲ろう者がつかまる」「盲ろう者と通訳・介助員が一緒に一つの傘を持つ」「それぞれが傘をさす」「盲ろう者が傘をさす」などの方法があります。盲ろう者の意向や周囲の状況を踏まえ、柔軟に対応するようにします。  傘をさして移動すると、傘の骨の先が目に入る危険性があったり、手がふさがって通訳を受けにくくなったりするため、レインコートを使用するよう通訳・介助員に希望する盲ろう者もいます。本人の希望に合わせられるように準備しておくようにします。 ---176---177 [図版:傘をさしながらの移動介助の方法(傘を持っている側の通訳・介助員の肘や肩に盲ろう者がつかまる)のイラスト] (3)やってはいけない動作  以下の動作は、盲ろう者を危険にさらし、不安感を増大させるため、絶対にやってはいけません。 ・腕や服を引っ張って移動させようとする ・白杖をつかんで動かす ・背中を後ろから押して移動させようとする ・両手を持って引く ・空間(触れられるものがそばにない場所)に放置する    腕や服を引っ張る、白杖をつかんで動かす、背中を押す、両手を持って引くという行為は、意思を尊重されず強制的に移動させられているように盲ろう者は感じます。  それだけでなく、たとえば杖を他人に持たれると、杖から得ていた路面の状態などの触覚的情報が失われてしまいます。  その結果、周囲の状況の把握という点でも妨害になります。また、盲ろう者から離れる際に、柱や壁に触れさせることなく手がかりのない場所に放置するという行為は、どこに危険があるか分からない場所に置きざりにされたように盲ろう者は感じます。いずれも盲ろう者に不安を感じさせ、また、通訳・介助員への信頼が損なわれることにつながります。 +++ 2.場面別移動介助方法 (1)椅子への着席  盲ろう者は椅子の種類(折りたたみ椅子・ベンチ・ソファなど)や形(背もたれのある椅子・背もたれのない椅子・テーブル付きの椅子など)、向きを知ることで座りやすくなります。通訳・介助員が椅子やテーブルなどの特徴を伝えることによって、盲ろう者は自分で座ることができます。 1.椅子の特徴を伝え、盲ろう者に座るかどうか確認をします。 2.隣に人がいるなど、周囲の状況を伝えます。 3.盲ろう者の手を椅子に導き、椅子の特徴がわかる点(座面、背もたれ、肘掛け、テーブルなど等)を触ってもらいます。 4.盲ろう者が椅子に座るのを見守ります。隣に人が座っている場合は、その様子を伝えて注意を促します。 [図版:着席の移動介助方法のイラスト] ---178---179 [図版:着席の移動介助方法(テーブルがある場合)のイラスト] 注意点 ・盲ろう者の手を椅子の特徴がわかる場所に導く ・盲ろう者が椅子に座る際、椅子の座面から体がずれないよう見守る ・キャスター付きの椅子の場合、椅子が動いたり、回転しないように、通訳・介助員は椅子を支える (2)狭い場所の通過  2人並んで歩けない狭い場所では、盲ろう者に状況を伝え、壁や障害物に盲ろう者をぶつけないように姿勢を変えます。「手を後ろにまわす」「手を通訳・介助員の肩に導く」「横になって歩く」「手を障害物に導く」といった方法があります。大事なことは、通訳・介助員も盲ろう者も障害物にぶつからないように進むことです。前方の安全を確認しながら、盲ろう者と障害物の位置関係を目視で確認するようにします。 1.直前で一度止まり、狭い場所であることを伝えます。 2.「手を後ろにまわす」「手を通訳・介助員の肩に導く」など狭い場所を通過する姿勢をとります。 3.盲ろう者と障害物の間隔を確認しつつ、速度を落とし通過します。 4.通過したら、基本姿勢に戻ります。 [図版:狭いところの移動介助の方法のイラスト] (3)ドアの通過  ドアを通過するときは、幅が広い自動ドアであれば、ドアが開いたことを確認して基本姿勢のまま進みます。  引き戸・開き戸の場合は、通訳・介助員が開閉して、ドアを押さえながら進みます。盲ろう者に協力してもらえるときは、ドアを押さえてもらったり、閉めてもらったりすることもあります。ドアノブの位置や扉の重さから安全でないと思われるときは、盲ろう者に壁際で待っていてもらい、通訳・介助員が一人でドアを固定してから進む場合もあります。 1.直前で一度止まり、ドアであることを伝えます。 2.縦列になり、通訳・介助員がドアを開けて、ドアを手や足で押さえます。 3.盲ろう者の体がドアや壁にぶつからないように、盲ろう者の足元、動きを目で確認しながら通過します。 [図版:ドアを通過するときの移動介助方法のイラスト] ---180---181 注意点 ・風などでドアが閉まることも想定して、安全に配慮する ・盲ろう者がドアの蝶つがい部分に手を挟まないようにする ・盲ろう者がドアレールや段差につまずかないようにする (4)段差の昇降・通過  道路と歩道の間にある段差や道路の起伏がある場所では、盲ろう者がつまずいてしまう危険性があります。段差に遭遇したら、上下や高さを盲ろう者に伝え、盲ろう者の足元を見ながら通過します。高さを説明する際、何cmという言い方では想像しにくい場合があります。「すねの半分くらい」など具体的な言い方にしたり、手話表現を工夫してみます。そして段差に対して垂直に向き合ったうえで、通訳・介助員が半歩先に進むことで、肘や肩の動きから、歩幅や足を上げる高さを盲ろう者は認識することができます。  ただし、マットや絨毯など危険性が低い起伏であれば、起伏を踏みつけるように小股で進むことで歩行速度がゆっくりになり、盲ろう者に注意を促すことができます。盲ろう者の様子を見たり、直接、相談するなどして、どの程度の段差まで知らせればよいかを検討・確認するとよいでしょう。 (5)階段の昇降  階段を利用する際、白杖を利用している盲ろう者は、白杖で段の始まりや段差を確かめます。基本姿勢のまま通訳・介助員と昇降する人や、1人で手すりにつかまって昇降する人など、盲ろう者によってその方法は異なります。上り・下り、手すりの有無、踊り場の存在、混雑状況などを伝えるようにします。  不規則な階段やらせん階段などは、不規則な階段であること、階段の奥行き、カーブの向きなどについて説明し、盲ろう者の足元を見ながら、そのペースに合わせて昇降します。  階段の始まり・終わりなどで「盲ろう者の手に軽く触れる」といった移動中の合図を決めている人も多いので、スムーズな移動のために先に聞いておくことが必要です。 介助しながら昇降する場合 1.盲ろう者に階段(上り・下り)があること、階段の様子、大まかな段数を伝えます。 2.段差や階段に対して、垂直に近づき、一度立ち止まって声をかけます。 3.通訳・介助員は、盲ろう者側の逆の足から踏み出します。 4.盲ろう者の1段先を進み、盲ろう者が段に足をのせたのを確認してから、盲ろう者のペースに合わせて上ります。 5.階段上でも基本姿勢は変えず、盲ろう者の足先を見ながら、盲ろう者が足を動かすタイミングを合わせます。 6.階段の終わりで立ち止まり、盲ろう者の片足が地面についたら、終わりを伝えます。階段のへりのぎりぎりで止まると、盲ろう者の邪魔になってしまうので、一歩前に出て立ち止まり、盲ろう者が立つスペースを確保します。 ※踊り場でも一度立ち止まって、階段の終わりと次の階段の始まりを伝えます。 ---182---183 [図版:階段の移動介助方法のイラスト] <手すりを使用して盲ろう者自身で昇降する場合> 1.盲ろう者に階段(上り・下り)があること、階段の様子を伝えます。 2.段差や階段に対して垂直に近づき、一度立ち止まって声をかけます。 3.盲ろう者の手を、階段の手すりに導きます。 4.危ないときはすぐに盲ろう者の手を取れるよう、盲ろう者の安全を見守ります。 5.昇降が終わったら、終わりを伝えて基本姿勢に戻ります。 [図版:手すりを使用する階段の移動介助方法のイラスト] 注意点 ・通訳・介助員が上半身を回して話しかけながら移動すると、前方への注意がおろそかになり、通行人や障害物への衝突の危険性が高まる ・階段の途中で立ち止まったり、移動のペースを変えると、盲ろう者がバランスを崩したり、背後の通行人に押されてしまうことがある ・駅など混雑している階段では、盲ろう者に状況を伝えて、安全な場所で待機し、様子を見たうえで移動する ・盲ろう者自身で昇降する場合は、周囲の人とぶつからないように進行方向に注意する (6)エスカレーターの乗降  エスカレーターは動いている機械への乗降のため、特に注意が必要です。方法としては、「盲ろう者が先に乗り、通訳・介助員がエスカレーターの途中で盲ろう者の前に行き、盲ろう者よりも先に降りる」「通訳・介助員が先に乗り先に降りる」「基本姿勢のまま並んで乗り、並んで降りる」といったものがあります。盲ろう者の希望に合わせて対応します。 盲ろう者が先に乗る場合 1.盲ろう者にエスカレーターの存在と種類(上下、幅など)を伝え、使用するかどうかを確認します。 2.通訳・介助員は、エスカレーター乗り口のステップに対して垂直に近付き、一度立ち止まります。 3.盲ろう者の手をベルトに導き、盲ろう者の後方に移動します。 4.盲ろう者は、足先でステップの動きを確認して乗ります。通訳・介助員は、後ろから盲ろう者の足元を見て、見守ります。 5.盲ろう者の両足がステップに乗り、体が安定したことを確認したら、通訳・介助員もステップに乗ります。 6.盲ろう者の体が安定していることを確認した後、盲ろう者を追い越して、盲ろう者の前のステップに立ちます。 7.通訳・介助員は先にエスカレーターから降り、ベルトの終わり付近で待機します。 ---184---185 8.盲ろう者がステップから降りて前進してきたら、ベルトを持っていた盲ろう者の手を導き、基本姿勢に戻ります。  通訳・介助員の移動が分かるように、音声が聞き取れる盲ろう者の場合は一声かけてから移動します。音声が聞き取れない盲ろう者の場合は、盲ろう者の前に位置取って、前から手に触れるなどで移動を伝えると安心感を与えることができます。 通訳・介助員が先に乗る場合 1.盲ろう者にエスカレーターの存在と種類(上下、幅など)を伝え、使用するかどうかを確認します。 2.通訳・介助員は、エスカレーター乗り口のステップに対して、垂直に近づき、一度立ち止まります。 3.通訳・介助員は盲ろう者の前に立ち、後ろ手で盲ろう者の手をベルトに導きます。 4.通訳・介助員がステップに乗ります。 5.盲ろう者は、足先でステップの動きを確認して乗ります。 6.通訳・介助員は先に降り、ベルトの終わり付近で待機します。 7.盲ろう者がステップから降りて前進してきたら、ベルトを持っていた盲ろう者の手を導き、基本姿勢に戻ります。 [図版:エスカレーターの移動介助方法(盲ろう者が先に乗る)のイラスト] [図版:エスカレーターの移動介助方法(通訳・介助員が先に乗る)のイラスト] 注意点 ・盲ろう者がエスカレーターの上下を勘違いしていると、ステップに乗り移る際に転倒につながるため、必ず上下を伝える ・盲ろう者がベルトにぶつからないようにする ・盲ろう者を後ろから押したり腕や手を引っ張ったりしないようにする ・ステップに靴や荷物が巻き込まれないようにする (7)エレベーターの乗降  エレベーターには、片側に開くもの、両側に開くもの、また、乗ったドアから降りるもの、異なるドアから降りるものなど、さまざまな形があります。 1.盲ろう者にエレベーターの存在を伝え、使用するかどうかを確認します。 2.エレベーターのボタンを押し、ドアを塞がないように片側で待機します。 3.エレベーターが到着し、他の利用者が降りたら、「開くボタン」を押すか、ドアのセーフティシュー(※)を押さえておきます。 ※エレベーター外側・内側の扉の間に、セーフティシューという接触を感知する安全装置が付いているので、そこを押し込むようにします。 4.盲ろう者の足元を見ながらエレベーターに乗ります。 ---186---187 5.エレベーター内に入り、階数ボタンを押します。 6.盲ろう者を軸にして、ゆっくりとドアに向かって方向転換します。乗った方向と異なるドアから降りるタイプの場合は、そのまま直進してドア前で待機します。 7.目的の階に到着してドアが開いたら、通訳・介助員は空いた手でセーフティシューを押し込みます。 8.足元を見ながら降ります。 注意点 ・乗降する利用者とぶつからないようにする ・閉まりかけた扉に挟まらないようにする ・床とエレベーターの隙間に白杖や靴などが挟まらないようにする ・エレベーターを待っている間に、エレベーターの現在の階数や周囲の混雑状況などを知らせる ・エレベーターに乗っている最中、現在の階数を知らせる [図版:エレベーターを降りるときの移動介助のイラスト] (8)トイレの利用  初めての場所では、トイレを探すことや誘導に手間取ることがあるので、トイレに行くときはお互いに早めに知らせることを確認しておきます。使いたいトイレの種類(洋式・和式・多機能)をあらかじめ確認しておくと安心です。  普段使い慣れていない場所でのトイレ使用の場合には、詳しい説明が必要となることが多いので、どの程度の説明が必要かを確認します。  異性介助の場合、盲ろう者が外出に慣れている場合は、本人に確認の上、近くにいる同性の利用者にトイレ内の誘導を依頼して出口で待つようにしましょう。また、トイレの入り口から、個室や小便器、洗面所などの大まかな配置を確認したうえで、盲ろう者にその情報を伝え、盲ろう者が一人でトイレに向かうこともあります。 個室使用の場合 1.通訳・介助員はトイレが清潔か、トイレットペーパーが十分あるかを目で確認し、トイレの様式や便器の向き(ドアから見た向き)を説明します。 2.個室内に入り、室内の様子を伝えます。洋式トイレの場合は、便座の位置を確認してもらいます。和式トイレの場合は、便器のへりを足先などで確認してもらいます。 3.トイレットペーパー、水洗レバー(センサー)、便座クリーナー、荷物置き場、汚物入れなどの位置と使用方法を説明し、触っても問題ないものは手を導いて確認してもらいます。 4.ドアの閉め方、鍵の位置や使用方法を説明します。 5.盲ろう者が理解できたら、通訳・介助員は待機場所を伝えます。 6.盲ろう者が出てきたことが確認できる場所で待機し、盲ろう者が出てきたら基本姿勢に戻って、洗面所に誘導します。 [図版:個室トイレ(洋式)を説明する場面のイラスト] ---188---189 男性用小便器使用の場合 1.盲ろう者が小便器の正面になるよう近づき、直前で止まります。 2.盲ろう者の手をパイプや側面に導き、高さや幅を確認してもらいます。 3.水洗ボタンやセンサーの位置や使い方を伝え、手を導きます。 4.盲ろう者が理解できたら、通訳・介助員は待機場所を伝えます。 5.盲ろう者が用を済ませたら、近づいて基本姿勢に戻り、洗面所に誘導します。 [図版:男性用小便器を説明する場面のイラスト] 洗面所の使用 1.洗面所に備えられている備品(石けん・エアータオル・ペーパータオルなど)を伝え、使用する場合には位置と使用方法を盲ろう者に伝えます。 2.盲ろう者の手を蛇口に導き、使い方を説明します。センサー自動式の場合は、その旨を説明します。 3.盲ろう者が手を洗い終えたら、基本姿勢に戻ってトイレを出ます。 注意点 ・近くで待機してほしくない盲ろう者もいるため、待機場所を確認する ・通訳・介助員も用を足す場合は、盲ろう者にその旨を伝え、出口などで待ち合わせる  ・宿泊施設を使用する際には、夜間に1人でもトイレを利用できるように、客室内の配置とともにトイレの位置や様式、備品などを伝える (9)電車の乗降  電車で移動するためには、おもに「切符購入」「自動改札機の通過」「ホームの移動」「電車乗降の介助」が必要となります。 @切符の購入  鉄道会社によって、障害者割引・介助者割引の有無、割引率の違い、端数の切り捨て・切り上げなどの違いがあります。JRや私鉄各線の乗車料金は、身体障害者手帳を持っている場合は、手帳の種類により本人・介助者ともに半額になる場合があります。割引切符の買い方は、鉄道会社によって異なりますので、確認しておくようにします。 1.盲ろう者に切符売り場の近くに来たことを伝え、切符購入方法(券売機で購入する、電子マネーを使用する、窓口で購入するなど)を確認します。 2.券売機で購入する場合、券売機に向かいます。 ※券売機付近が混雑している場合は、状況を伝えて、安全な近くの柱や壁に盲ろう者の手を導き、一旦離れることを伝えます。 3.盲ろう者が自分で券売機を操作する場合は、画面の様子を伝えながら介助します。通訳・介助員が操作する場合は、行き先と金額を確認し、盲ろう者にその情報を伝えながら購入します。 4.盲ろう者に切符を購入したことを伝え、釣り銭を返します。釣り銭を手渡しながら、金額を確認します。 5.盲ろう者が切符を持つか、通訳・介助員が2人分の切符を預かるかを確認します。 A改札の通過  改札には、有人改札と自動改札があります。都市部では自動改札機がほとんどの駅に設置されている一方、全国的には有人改札のみの駅が多い状況です。  有人改札では、駅員が旅客に合わせた対応をすることが期待できますが、自動改札は盲ろう者と通訳・介助員が機械に合わせた対応をする必要 ---190---191 があります。しかしながら、自動改札は、切符を投入口に入れれば、2人が改札機を通り抜けるまでゲートは開いているため、安全を優先して移動して問題ありません。ただし、時間をかけすぎてしまうと切符が改札機の中に戻ってしまうので、注意が必要です。 有人改札 1.改札に近づいたことを伝え、切符を用意します。 2.狭いところを通過する体勢になり、通訳・介助員が先に改札口に入って駅員に切符を渡します。盲ろう者が切符を持っている場合、通訳・介助員と盲ろう者それぞれが切符を駅員に渡します。 3.検札後の切符を駅員から受け取ります。盲ろう者が自分で切符を持つ場合は、盲ろう者に2枚目の切符を受け取ってもらいます。 4.盲ろう者の足元を見ながら、改札を通過します。 自動改札 1.自動改札機に近づいたことを伝え、切符を用意します。 2.狭いところを通過する体勢になり、通訳・介助員が先に改札口に入って1枚ずつ切符を挿入します。盲ろう者が切符を持っている場合、通訳・介助員が切符を1枚挿入してから、切符を持っている盲ろう者の手を切符挿入口に導きます。 3.ゆっくり前進し、切符取り出し口で切符を受け取ります。盲ろう者が自分で切符を持つ場合、盲ろう者に2枚目の切符を受け取ってもらいます。 4.盲ろう者の足元を見ながら、自動改札を通過し、基本姿勢に戻ります。 [図版:自動改札での移動介助方法のイラスト] Bホームの移動  ホームには両側が線路の「島式」と、片側が線路で一方は壁の「相対式」があります。ホームに出たら「左右とも線路です」「右が線路で左は壁です」などと伝えます。また、ホームは階段の壁や裏側、柱などぶつかりやすい構造物が多いため、移動の際に注意が必要です。混雑時には人と衝突して線路に転落する危険があるので、状況に応じて狭いところを通過する姿勢を取ります。移動の際には、盲ろう者が線路側にならないように気を配ります。  また通過列車の大きな音や風圧に盲ろう者が驚いてしまうことがあります。このため通過する電車の情報も伝える必要があります。 [図版:ホームの移動(盲ろう者を線路側にせずに移動)のイラスト] ---192---193 C電車乗降  電車乗降の際には、ホームと電車の隙間に盲ろう者の足が挟まるなどの事故が起こりやすくなります。発車間際の電車に駆け込むことは、介助中は特に避けなければいけません。 乗車前 1.次に来る電車の行き先・時間を盲ろう者に伝えて電車を待ちます。 2.電車接近のアナウンスが聞こえたら、盲ろう者に電車が到着することを伝えます。電車が入線してきたら、車内の様子(混雑状況、降りる人がいるかなど)を伝えます。 3.電車が停止したら、ドア脇に垂直に近づき、乗客が降りるのを待ちます。 乗車時 1.乗車できる状態になったら、ドアに対して垂直に立ち、一度止まります。ホームと電車のドアの隙間が広いときや、段差が大きいときは伝えます。白杖や足先で幅や高さを確認する盲ろう者もいます。 2.盲ろう者の手を車体またはドア横の手すりに導きます。 3.通訳・介助員は盲ろう者側ではない外側の足から踏み出し、ホームと車体の間をまたいで待ちます。盲ろう者の足の動きをよく見ます。 4.盲ろう者の片足が着地したら、通訳・介助員は車内に乗り込みます。 [図版:電車下車の移動介助方法のイラスト] 乗車中 1.盲ろう者が着席を希望する場合、空席があれば座席に誘導します。座席まで移動する際は、着席する前に電車が発進する可能性があるので、通訳・介助員は手すりやつり革につかまって移動します。座席を使用しない場合は、盲ろう者の手をつり革や手すりに導きます。 2.乗車中は、通過した駅の名前や街の様子、中吊り広告の情報などを伝えます。 3.目的地に近づいたら、盲ろう者に伝えて降りる準備をします。停車時間が短い場合は、安全に注意しながら、早めにドアの前に移動しておきます。 降車時 1.ドアが開き、降車できる状態になったら、ドアに対して垂直に立ち、一度止まります。ホームと電車のドアの隙間が広いときや、段差が大きいときは伝えます。白杖や足先で幅や高さを確認する盲ろう者もいます。 2.盲ろう者の手をドア横の手すりに導きます。 3.通訳・介助員は盲ろう者側ではない外側の足から踏み出し、ホームと車体の間をまたいで待ちます。盲ろう者の足の動きをよく見ます。 4.盲ろう者の片足が着地したら、通訳・介助員はホームに降ります。 5.降車したら、立ち止まらずにホームの安全なところ(黄色い線の内側)まで進みます。 [図版:電車下車の移動介助方法のイラスト] ---194---195 注意点 ・ホームの柱や段差に注意する ・電車乗降の際に、ホームと電車の隙間に足が落ちないように、盲ろう者の足元をよく見る ・ドアの戸袋に手を引き込まれないようにする ・車内で立っているときは、走行時に転倒しないように、手すりやつり革に手を導く (10)バスの乗降  バス会社や地域によって、段差の数、乗車位置・降車位置、料金体系、料金支払いのタイミングなどが異なるので事前確認が必要です。  バスに乗車する前に、バスの行き先・下車するバス停・車内で着席するか・誰が料金を支払うか・料金を支払う方法などについて、盲ろう者に確認しておきます。割引を利用する場合は、バスを待っている間に、無料バス利用券や身体障害者手帳を用意してもらいます。 乗車前 1.バス停で、バスが来たことを伝えます。バスの行き先や種類について、改めて確認します。 2.バスの入り口に向かい、歩道のへりに近づいて止まります。 3.歩道のへりに立っていることを伝え、盲ろう者と車道に降ります。 ※歩道とバスの間に降りるスペースがない場合は、車道をまたいで直接バスに乗車します。 乗車時 1.バスのステップに垂直に近づき、盲ろう者の手を車体または手すりに導きます。 2.盲ろう者の足元を確認しながら、通訳・介助員は盲ろう者の逆側の足から踏み出し、先にステップを昇ります。 3.料金先払いの場合、盲ろう者の安全を確保してから支払いをします。 ※障害者割引を使用する場合、運転手に「障害者割引、介助者割引でお願いします」と声をかけ、割引設定してもらってから支払いをします。 ※立って通訳することが難しい場合、運転手の了承を得てから、盲ろう者が着席した後に支払いをするようにします。 乗車中 1.盲ろう者が着席を希望する場合、空席があれば座席に誘導します。座席まで移動する際は、着席する前にバスが発進する可能性があるので、通訳・介助員は手すりやつり革につかまって移動します。座席に座る際は、肘掛けや前の座席の背もたれなど、椅子の特徴がわかる部分に手を導きます。座席を使用しない場合は、転倒しないように、盲ろう者の手をつり革や手すりに導きます。 2.乗車中は、通過したバス停の名前や街の様子などを伝えます。目的地に近づいたら、盲ろう者に伝えて下車の準備をします。 3.バスが停車してから、盲ろう者を出口に誘導します。料金後払いの場合は、ここで支払いを済ませます。 降車時 1.盲ろう者に降車ドアであることを伝え、ステップに垂直に近づいて止まります。 2.盲ろう者の手を手すりに導き、盲ろう者の足元を確認しながら、通訳・介助員が先にステップを降ります。 3.盲ろう者の両足が車道に降りたことを確認し、歩道の縁石を昇ります。 ※バスと歩道の間に降りるスペースがない場合は、車道をまたいで直接歩道に降ります。 注意点 ・盲ろう者が歩道の縁石や段差でつまづかないようにする ・一般の階段よりも段差が大きいため注意し、ステップの昇降でつまづかないよう、盲ろう者の足元に注意する ---196---197 [図版:バス乗車・降車の移動介助方法のイラスト] (11)タクシーの乗降  タクシーでは、原則として通訳・介助員は盲ろう者の後から乗車し、降りる際には先に降車して、盲ろう者の安全を確保します。希望のタクシー会社や運転手への行き先の伝え方(盲ろう者本人が伝えるか、通訳・介助員が伝えるか)を乗車前に確認しておきます。 1.盲ろう者にタクシーの種類を伝え、乗車するか確認します。 2.タクシーのドアが開いたら、歩道の段差に注意しながらドアに近づきます。 3.盲ろう者の手を開いたドア/ドア上部に導きます。 4.通訳・介助員はドアが閉まらないように手で支え、必要に応じてドアの枠の上部に手を添え、盲ろう者の頭部がぶつからないようにします。 5.盲ろう者が着席したら、通訳・介助員も乗車します。安全のため、シートベルトをします。移動中の車内では、盲ろう者に道順や街の様子など状況説明をします。 6.到着して支払いが済んだら、通訳・介助員は先にタクシーから降ります。 7.通訳・介助員はドアが閉まらないよう手で支えます。必要に応じてドアの枠の上部に手を添え、盲ろう者の頭部がぶつからないようにします。 8.降りる際も歩道の段差に注意し、盲ろう者がタクシーから降りたら、基本姿勢に戻ります。 [図版:タクシー乗車・降車の移動介助方法のイラスト] 注意点 ・歩道の縁石や段差でつまづかないようにする ・ドアに手を挟まないようにする ・乗降時に、ドアの枠の上部に盲ろう者が頭をぶつけないようにする ・ドアの自動開閉で、服や荷物を挟まれないようにする +++ 3.触覚的コミュニケーション方法を使いながらの移動介助  触手話・指点字・手書き文字などの触覚的コミュニケーション方法を使う盲ろう者の中には、通訳・介助員から情報を得ながら歩くことができるような移動介助方法を使っている人もいます。また、環境情報を知らせる触覚的なサインを作り、それを移動しながら使っている人もいます。  このような方法を使う背景には、視覚に加え、聴覚にも障害があるゆえに、一般的な移動介助方法ではコミュニケーションが遮断され、安心して移動することができないという、盲ろう者の切実なニーズがあるといえるでしょう。 (1)触手話を使いながらの移動介助  通訳・介助員の右手の甲に前方に出した盲ろう者の左手を重ね、手のひらを通して、移動しながらコミュニケーションを取れる体勢を取ります。 ---198---199 [図版:触手話を使いながらの移動介助のイラスト] (2)指点字を使いながらの移動介助  盲ろう者が軽く両手を前方に出し、その手の上に通訳・介助員が手を重ねることで、盲ろう者は指点字を受けながら移動します。 [図版:指点字を使いながらの移動介助のイラスト] (3)手書き文字を使いながらの移動介助  通訳・介助員の右腕の内側に盲ろう者が左手を差し入れ、通訳・介助員の右手の人差し指で盲ろう者の左の手のひらに文字を書きながら、移動します。 [図版:手書き文字を使いながらの移動介助のイラスト]  盲ろう者の障害の特性やニーズの多様性などを考えると、盲ろう者の数だけ、移動介助方法もあるといえます。  そのため、通訳・介助員が移動介助にあたる上では、基本的な移動介助技術を踏まえたうえで、盲ろう者のニーズや意向を尊重しながら関わることが求められます。そのためには、その盲ろう者がどのような移動介助方法を望んでいるのか、対話を通じてお互いの合意を積み重ね、安心で、安全な介助ができるような関係を作り上げていくことが望まれます。 ---200---201 *** 第13章 通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務  目と耳の両方に障害のある盲ろう者は、「コミュニケーション」や「情報入手」「移動」の面で、特に困難を抱えています。これらの困難を解消するために、盲ろう者は、通訳・介助員の支援を利用しながら生活を送っています。通訳・介助員は、それぞれの盲ろう者に合せた方法でコミュニケーションを取りながら、目と耳の代わりとなるような支援を提供します。  本章では、通訳・介助員の業務の内容やその必要性、および通訳・介助業務の依頼から派遣までの流れについて説明します。 +++ 1.通訳・介助員の業務  盲ろう者が周囲と円滑にコミュニケーションを取り、安心して安全に外出し、必要かつ十分な情報を得るために、通訳・介助員の存在は欠かすことができません。  通訳・介助員の業務の内容は、大きく分けて3つあります。 (1)コミュニケーション支援  盲ろう者のさまざまなコミュニケーション方法に合わせて、対話や通訳をします。通訳とは、周囲の言葉を盲ろう者のコミュニケーション方法に置き換えて伝える(例:音声→触手話)とともに、必要に応じて、盲ろう者の発信を他の人が分かる方法に置き換えて伝える(例:手話→音声)行為です。 (2)移動支援  盲ろう者が安心して安全に移動できるように、移動介助をします。直接、盲ろう者が通訳・介助員の肘や肩に触れながら介助を受ける方法が一般的ですが、少し見える場合、通訳・介助員と一定の距離を保ちながら歩行の方向を確認するという方法を用いる人もいます。 (3)情報支援  目で見ることのできる視覚的情報(例:人の表情、電車のホームの電光掲示板、郵便物など)や言葉ではない聴覚的情報(例:笑い声、電車の発車ベルなど)を、盲ろう者のコミュニケーション方法に合わせて伝えます。問診票やアンケートの記入など、盲ろう者本人の求めがあれば、代わって書く(代筆する)こともあります。 +++ 2.通訳・介助員が必要とされる場面  盲ろう者が通訳・介助員の支援を必要とすることは、日常生活のさまざまな場面で発生します。人それぞれ利用する場面は異なりますが、おもに以下のような場面で通訳・介助員派遣が利用されています。 (1)日常の暮らしに関する場面  買い物や食事(外食)、家族や友人、近所の人々とのコミュニケーション、役所での各種手続きなど、障害がなければごくあたりまえにできることにも、盲ろう者は困難を抱えます。  たとえば買い物の場面を考えてみましょう。盲ろう者はちょっとした買い物であっても、危険を冒して外出せざるを得ないことになります。店にたどり着いても、どのような商品が置かれているかを把握することも難しく、店員に尋ねるにも、円滑にコミュニケーションを取るのは困難です。 そこで通訳・介助員は、「店までの移動」「商品の消費期限や価格」「商店内の陳列や配置の状況説明」「店員とのやり取りの通訳」といった支援が求められることになります。 ---202---203 (2)生命や健康に関する場面  盲ろう者自身の生命や健康を守るために、病院での診察・入院・手術、また自宅への往診や訪問看護などが必要になることがあります。こうした際に通訳・介助員は、病院への同行や医師とのやり取りの通訳、処方箋の代読や入院にあたっての同意書への代筆などの支援を行います。 (3)社会活動や余暇活動に関する場面  所属している障害者団体の会議、町内会や自治会の集会などの社会活動、盲ろう者の交流会や地域のサークルへの参加、スポーツ、文化活動(講演会・研修会)などの余暇活動など、盲ろう者がさまざまなコミュニティに参加をし、活動する際にも通訳・介助員は欠かせません。  会議であれば、会場までの移動介助や参加者の発言内容の通訳はもちろんのこと、会場の広さやその場にいる人の人数、雰囲気などの情報支援などを行います。 (4)その他の場面   警察や裁判所など、司法関連機関と関わる場面、学校や自立訓練などの教育場面、職場やハローワークなどでの労働場面など、さまざまな場面で通訳・介助員が必要になります(ただし、通勤や通学など長期に渡る定期的な支援が必要になる内容は、地域によって派遣が認められない場合もあります)。 +++ 3.通訳・介助員の依頼から派遣および報告までの流れ  盲ろう者のコミュニケーション方法や、盲ろう者が通訳・介助員を必要とする場面はさまざまです。盲ろう者の多様なニーズに対応できるよう、各地域には、通訳・介助員派遣事業の派遣事務所が設置されています。派遣事務所では、盲ろう者と通訳・介助員の連絡調整を行っています。同時に、盲ろう者個々の状況や通訳・介助員のスキルなどを踏まえ、適切な通訳・介助員を派遣するというコーディネート業務も担っています。  一方、地域によっては、派遣事務所を通さず盲ろう者が通訳・介助員に直接、通訳・介助業務を依頼するという方法を認めている場合もあります。 (1)派遣事務所が仲介する場合 [図版:「派遣事務所が仲介する場合の流れ」を表すイラスト] 1.盲ろう者からの派遣申請  盲ろう者が派遣事務所に通訳・介助員の派遣を申請します。地域によっては通訳・介助員を指名できるところもあります。 2.選定・打診  派遣事務所が盲ろう者と通訳・介助員の状況をそれぞれ検討したうえで、依頼する通訳・介助員を選定し、Eメール、電話、FAXなどの方法で打診します。Eメールで依頼を受ける場合、迷惑メールの拒否設定が原因で受信できないことがないように、事前に設定の確認が必要です。 3.通訳・介助員側からの可否連絡  派遣事務所から依頼を受けたら、通訳・介助員は依頼を受けることができるかどうか連絡をします。もし引き受けられない場合、派遣事務所は他の通訳・介助員に再度、選定・打診をすることになるので、速やかに連絡するようにします。しばらく日にちが経たないと受けられるかどうか分からない場合についても、その旨を連絡することが必要です。 ---204---205 4.決定通知書の確認  依頼を引き受けた場合、派遣事務所から決定通知が送られてきます。決定通知をよく読み、依頼された内容と変更がないかどうか、不足している情報がないかどうかを確認します。 5.通訳・介助業務  通訳・介助技術を駆使し、盲ろう者のコミュニケーション支援、移動支援、情報に関する支援を行います(次項「4.通訳・介助業務の実際」参照)。 6.報告書の提出  通訳・介助業務を実施したことを示す報告書を提出します。地域によって、盲ろう者からサインや押印をもらった業務報告書を提出するところもあれば、連絡票(チケット)を提出するところもあります。業務についてトラブルや悩みがある場合は、報告書の提出と合わせて派遣事務所に報告・相談するようにします。 (2)盲ろう者が通訳・介助員に直接依頼する場合  一部の地域では、派遣事務所が仲介する方法とともに、派遣事務所を通さず、盲ろう者が通訳・介助員に直接、通訳・介助業務を依頼する方法(直接依頼)も用いられています。  こうした直接依頼は、盲ろう者からすると「自分が望む通訳・介助員に打診できる」「派遣事務所との依頼ややりとりの手間が省ける」といったメリットがあります。その反面、派遣事務所が仲介せず、決定通知などの文書もないため、待ち合わせ時間や場所、業務内容などの行き違いが起こる危険性があります。  こうしたことを防ぐために、直接依頼の場合は以下の点などを、しっかりと確認することが重要です。 ・日にち・時間(何時から何時までか) ・待ち合わせ時間・場所 ・おおまかな内容 など +++ 4.通訳・介助業務の実際  ここでは「自宅近くの複合商業施設(ショッピングモール)で買い物や通院をしたあと、電車で移動し、盲ろう者団体の会議に出席する」という通訳・介助業務の事例をもとに、通訳・介助業務における留意点を説明します。 [図版:ある1日の通訳・介助業務<通訳・介助事例> 10 時 自宅にて待ち合わせ (業務開始 ) 10 時〜10 時15 分 移動(徒歩) 10 時20 分〜11 時30 分 買い物 11 時30 分〜12 時30 分 昼食 12 時30 分〜13 時30 分 通院 13 時30 分〜14 時 移動(徒歩・電車) 14 時〜16 時 会議 16 時〜17 時 移動(徒歩・電車) 17 時 自宅にて解散 (業務終了 )] (1)待ち合わせ(業務開始) @待ち合わせ場所・時間  業務の開始となる待ち合わせ場所は、自宅のほか、駅の改札やホーム・イベント会場・入所している施設など、盲ろう者の障害の状態や都合によりさまざまです。自宅で待ち合わせる場合、呼び鈴を押すことによって同居家族から本人に伝えてもらったり、呼び鈴に連動した光や振動の装置で通訳・介助員の来訪に気づくといった形が多く見受けられます。中には「呼び鈴を押さずに時間になったら通訳・介助員が自宅に入る」「時間になると盲ろう者が自宅から出てくる」といった場合もあります。どのような方法で来訪を知らせて落ち合うのが都合がいいか、事前に派遣事務所に確認しておくようにします。  待ち合わせ時間については、交通機関の乱れなども想定したうえで、遅れないように余裕を持って到着するよう心がけます。 ---206---207 A声掛けと業務開始時間の確認  盲ろう者と会ったら、まず「通訳・介助員の○○です」と自分の名前を伝えます。そのうえで「現在、10時ちょうどですね。今日はよろしくお願いします」と業務開始時間を確認し、挨拶をします。 (2)移動 @移動ルート  行き先までの移動ルートについては、盲ろう者の希望をふまえながら対応するのが原則です。一見、不便と思える経路を選んだとしても「交通費が安い」「歩き慣れている」など、その人なりの理由があるかもしれません。その場合「そのルートだと時間がかかります」とか「乗り換えが多いのでやめた方がいいです」などと一方的に否定するのではなく、「そのルートでも行けますが、○○を経由すると10分ぐらい早く到着できるようです」と情報提供をし、盲ろう者に選んでもらえるようなやり取りをするようにします。 A移動中の会話  通訳・介助員との会話は、盲ろう者にとって、新たな情報を得ることのできる絶好の機会です。会話をする中で、盲ろう者は通訳・介助員の人柄や性格を知り、信頼に足る人かどうかを判断できます。また、通訳・介助員にとっては、盲ろう者の興味や関心、価値観を知り、より良い情報提供をするヒントが得られます。公共交通機関で移動している際など、盲ろう者が会話を楽しめるように心がけます。 B公共交通機関の割引  公共交通機関を利用する場合、本人と介助者1名までは障害者割引が適用されることがほとんどです。  電車の場合、「盲ろう者と通訳・介助員の分として、小児切符を2枚購入」「盲ろう者は自治体が発行する無料パスを利用し、通訳・介助員の分として小児切符を1枚購入」「盲ろう者、通訳・介助員ともICカードで入場し、到着駅の有人改札で精算」など、さまざまなケースがあります。     公共交通機関の規定や盲ろう者の意向によって利用の方法が変わりますので、盲ろう者に確認を取りながら対応するようにします。 (3)買い物 @買い物の進め方  買い物においては、すでに購入する商品が決まっている場合と、そうでない場合とがあります。  すでに商品が決まっている場合は、商品のある場所まで一緒に移動したうえで、値段や種類、メーカーなどを伝えます。食料品(特に生鮮食料品や乳製品など)は、消費期限もあわせて伝えると良いでしょう。衣料品については、色や柄、サイズなども伝えます。  商品が決まっていない場合は、館内の配置図などをもとに「1階には食料品、2階には衣料品、3階にはリビング用品があります。どちらに行きますか?」など、盲ろう者が行き先を選べるよう、情報を提供します。 A金銭の管理  支払いの際は、盲ろう者が自分で財布から金銭を取り出して、店員に支払うことが原則です。もし盲ろう者から財布を預かって通訳・介助員が支払い、その後に何らかの原因で帳尻が合わなくなった場合、大きなトラブルに発展する可能性があります。どうしても盲ろう者自身での金銭管理が難しく、支払いを代行せざるを得ないような場合は、業務終了後に速やかに派遣事務所に報告をするとともに、今後の対応を相談するようにします。 (4)通院 @通訳・介助員の立場の理解  医療機関での通訳は、盲ろう者の生命や健康を守るためにも、大変責任のある業務です。医師をはじめとした医療従事者と盲ろう者の間で、適切に意思疎通が図れるよう支援します。  医療従事者の中には、通訳・介助員を家族と勘違いしたり、あるいは家 ---208---209 族と同じような存在として扱い、盲ろう者の症状を通訳・介助員に聞いたり、診断結果を通訳・介助員に向けて話すようなこともあります。それについて、通訳・介助員が医療従事者からの問いかけに直接返答してしまうと、盲ろう者が自分の状態を把握することが困難になり、同時に盲ろう者自身が質問をする機会も奪われてしまいます。  通訳・介助員は、盲ろう者の家族や代理人ではありません。医師の話を通訳することに徹することが必要です。 A書類の代筆  初診時には、診察を受ける前に待合室で問診票に記入を求められることがあります。まず盲ろう者に問診票の提出を求められていることを伝え、誰がどのように記入をするかを確認します。そして通訳・介助員が代筆するよう意思表示された場合は、記入する項目を1つずつ伝え、盲ろう者の返答をしっかり把握してから項目欄に記入します。氏名や住所、症状や既往症など、これまでの通訳・介助業務の中で知っていた内容があったとしても、通訳・介助員が独断で記入しないよう気をつけなければいけません。 (5)食事(外食) @飲食店の決め方  比較的長時間の外出の際には、盲ろう者が食事をとることもあります。箸やフォークを使って、食事を口に運ぶという行為は、多くの盲ろう者は自分でできます。だからといって通訳・介助員が盲ろう者のそばから離れてしまうと、盲ろう者は情報が得られず、店側とのコミュニケーションが難しくなってしまいます。このため、基本的には一緒にお店に入り、一緒に食事をすることになります。  飲食店を決める際は、お店の種類や店名を伝え、盲ろう者の希望を尋ねるようにします。ただし体調やアレルギーなどで特定の食べ物を食べることが難しい場合については、通訳・介助員からその旨を伝えるようにします。 Aメニューの伝え方  飲食店でメニューを伝える際には、盲ろう者が情報を把握しやすいように、整理して伝える必要があります。例えば、20種類ほどの料理があるお店で、「日替わり定食は豚の生姜焼きで800円、焼サバ定食700円、とんかつ定食1,000円、海鮮丼1,200円…」と延々と伝えると、説明し終わったころには盲ろう者も説明を受けた内容を忘れてしまいます。したがって「今日の日替わり定食は、豚の生姜焼きで800円です。他に20種類くらいあり、大きく分けると肉料理の定食と魚料理の定食、丼ものがあります。値段は700円から1,200円です。どのような料理がいいですか?」と対話をしながら、選択肢を示すような工夫も必要になります。 (6)会議 @通訳・介助員の複数配置  進行の速度が速く、集中力が必要となる会議では、通訳・介助員2名の態勢で、15分から20分で交代しながら通訳をすることがあります。ペアの通訳・介助員が通訳をしている間は「ペアの通訳・介助員が聞き逃した言葉を復唱して伝える」「会議中に出てきた数字や固有名詞をメモし、必要なときにペアの通訳・介助員に提示する」など、より良い通訳ができるようフォローします。 [図版:会議での通訳・介助態勢の例(イラスト)。四角いテーブルを2名の盲ろう者(川口さん(全盲ろう、指点字)と三浦さん(全盲ろう、触手話))と伊藤さん(全ろう、手話)、中井さん(健常者)の4名が囲んで会議をしている様子。盲ろう者の側に2名の通訳・介助員が、伊藤さんの向かい側に手話通訳者2名がいる。] ---210---211 A会議資料の扱い  通訳にあたって受け取った会議資料や会議中にとったメモは、原則としてその場にいる主催者に返却するなどし、会議についての情報が外部に漏れないように配慮する必要があります。 (7)解散(業務終了) @業務終了時刻の確認  解散場所に到着したら「今、ご自宅に到着しました。17時5分ですね。お疲れ様でした」などと現在地を説明し、業務終了時刻を確認します。そのうえで、盲ろう者から業務報告書にサインをもらったり、連絡票(チケット)を受け取るようにします。 A解散場所の確認  盲ろう者と解散場所で分かれる際には、盲ろう者が今どこにいるかを理解したかどうか確認し、しばらく見守ってから業務を終了するようにします。確認や見守りをしないと「盲ろう者が住むマンションの部屋の前で別れたが、通訳・介助員が間違って別の階の同型の部屋の前に案内していた」「駅の改札前で盲ろう者と別れたが、盲ろう者が想像していた改札口と違ったため、逆の方面の電車に乗ってしまった」というようなことが発生するおそれがあります。 ---212---213 *** 第14章 先天性盲ろう児・者のコミュニケーションと支援 +++ 1.先天性盲ろう児・者とは  生まれつき、または言語獲得以前の乳幼児期に視覚と聴覚に併せて障害を受けた人を「先天性盲ろう児・者」と呼びます。見えない・見えにくい、聞こえない・聞こえにくいという、両方に制限と困難がある状態は、子どもの成長や発達、学習に大きな影響をもたらします。先天性盲ろう児・者は、概念の形成・言葉の獲得・日常生活における技術の習得・対人関係の構築などに際し、保護者をはじめ、彼らの周囲にいる関係者が意図的に関わることを必要としています。 +++ 2.先天性盲ろう児・者の現状  先天性盲ろうの状態になる原因としていくつか挙げることができます。平成12年の国立特殊教育総合研究所の調査によれば、全国の先天性盲ろう児は、次のような原因で盲ろうになったと報告されています。 不明:157名 周産期の異常に関連:40名 先天性風疹症候群:39名 中枢性障害:31名 事故:15名 低(無)酸素脳症:15名 CHARGE(チャージ)症候群:11名 急性脳症後遺症:6名 コケイン症候群:5名 ダウン症候群:3名 アッシャー症候群:18名  原因不明が最も多いとされており、低出生体重児や未熟児なども挙げられています。未熟児の多くは、未熟児網膜症とそれに伴う網膜はく離を発症します。先天性風疹症候群やCHARGE症候群では、心臓疾患や眼疾患などへの外科的治療のために、乳幼児期に長期の入院加療を必要とします。  先天性盲ろう児・者の85%は、視覚障害と聴覚障害以外にも、運動機能の制限・知的な遅れ・発達障害・内部障害・音声・言語・摂食嚥下障害など、いくつかの障害を併せ有する重複障害児・者だといわれています。 [図版:「先天性盲ろう児・者の視覚と聴覚の障害以外に併せ持つ障害」の円グラフ 重複(知的 +肢体不自由など) 191 知的障害 80 肢体不自由 13 ない 47 国立特殊教育総合研究所視覚聴覚二重障害を有する児童・生徒の実態調査報告書 平成12年3月] ---214---215 +++ 3.先天性盲ろう児・者の教育の歴史  先天性盲ろう児・者に対する教育について、日本とアメリカを中心とする世界の流れです。 1979年  養護学校義務化 1991年  社会福祉法人全国盲ろう者協会 設立 ※協会内に盲ろう教育手法開発委員会が作られ、「盲ろう教育研究紀要」が発行されます。 2001年  文部科学省「21世紀の特殊教育の在り方について」最終報告発表 ※第3章に「盲、聾の重複障害のように特別なコミュニケーション手段が必要な場合や、健康面についての配慮を要する極めて障害が重度な重複障害の場合には、特に障害の状態に配慮しながら指導する必要がある」と明記されました。  1837年  アメリカ ローラ・ブリッジマンの教育開始 1887年  アメリカ ヘレン・ケラーの教育開始 1949年  山梨県立盲唖学校(現・山梨県立盲学校)において、日本で初めての先天性盲ろう児への教育が開始 ※同校での盲ろう児教育は1971年3月まで続けられました。 1960年代 世界的な風疹の大流行、先天性風疹症候群により多数の盲ろう児が出生 ※アメリカ、カナダ、ヨーロッパにおいて盲ろう児の教育が確立していきます。 1973年  日本盲聾者を育てる会 設立 ※盲ろう児教育に携わる研究者・教師・保護者らによって組織されました。 1975年  アメリカ 「全障害児教育法」において「盲ろう」が独自の障害と定義 ※「盲ろうとは、聴覚障害と視覚障害とが併存し、その組み合わせがろう児たち又は盲児たちだけのための特殊教育プログラムでは対処しきれない重度のコミュニケーション問題、他の発達上の問題及び教育上の問題を引き起こすような障害を意味する」と述べられています。 1979年  養護学校義務化 1991年  社会福祉法人全国盲ろう者協会 設立 ※協会内に盲ろう教育手法開発委員会が作られ、「盲ろう教育研究紀要」が発行されます。 2001年  文部科学省「21世紀の特殊教育の在り方について」最終報告発表 ※第3章に「盲、聾の重複障害のように特別なコミュニケーション手段が必要な場合や、健康面についての配慮を要する極めて障害が重度な重複障害の場合には、特に障害の状態に配慮しながら指導する必要がある」と明記されました。 2003年  全国盲ろう教育研究会 設立 ※盲ろう教育に関わる学校教員だけでなく、盲ろう者、その家族、盲ろうの療育・リハビリテーション・医療・通訳介助などに関わる専門家および研究者などを対象にし、盲ろう児者の教育と福祉に関わる適切な支援を研究・展開することを目的として設立されました。研究紀要の発行、会報の発行、ホームページによる情報提供、研究協議会の開催などを行っています。 2003年  盲ろう児と家族の会「ふうわ」 発足 ※全国に点在する盲ろう児とその兄弟姉妹・家族が相互に出会い、情報交換や交流を行うことを目的として組織されました。会報の発行、集いの開催、正会員によるメーリングリストでの情報交換などの活動を行っています。2015年現在、81家族が登録しています。        2014年  障害者の権利に関する条約 批准 「障害者権利条約第二十四条教育」には以下のように、記されています。 3 締約国は、障害者が教育に完全かつ平等に参加し、及び地域社会の構成員として完全かつ平等に参加することを容易にするため、障害者が生活する上での技能及び社会的な発達のための技能を習得することを可能とする。このため、締約国は、次のことを含む適当な措置をとる。 (a)点字、代替的な文字、意思疎通の補助的及び代替的な形態、手段及び様式並びに定位及び移動のための技能の習得並びに障害者相互による支援及び助言を容易にすること。 (b)手話の習得及び聾社会の言語的な同一性の促進を容易にすること。 (c)盲人、聾者又は盲聾者(特に盲人、聾者又は盲聾者である児童)の教育が、その個人にとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段で、かつ、学問的及び社会的な発達を最大にする環境において行われることを確保すること。 ---216---217 +++ 4.子どもの発達・成長におよぼす影響 (1)情報障害がおよぼす影響  先天性盲ろう児・者が得られる情報は、本人が直接触れるか、残存する視覚と聴覚で把握するかといった、限られた範囲の不鮮明な情報に限られています。さらに、一度に取り入れられる情報量が極めて少ないため、情報を得たり、得た情報を処理するのに、非常に多くの時間と集中力が必要になります。複数の情報を同時に得ることが困難なため、情報相互の関連性・因果関係・全体像の把握が非常に難しくなります。手が届かない所にある遠方のもの、触れないような危険物、動きや変化が伴う対象物などには直接触れることができないために、情報としては欠落してしまいます。  先天性盲ろう児・者は、直接触れている他者が自分から離れてしまうと、たとえその他者が近く、たとえば同じ室内にいたとしても、そのことを知ることができず、孤独で退屈な状態に置かれてしまうことになります。そのため、先天性盲ろう児・者の多くは、長く孤独な時間を自己刺激的な行動によってしのがざるを得ない状況にいます。頭を振りつづけたり、身体を左右に揺すったり、うなり声を上げるといった、一見すると奇妙な行動と思われてしまう行動には、このような理由もあります。  周囲の人の会話を「小耳にはさんだり」、街中の「自然と目に入る」ような偶発的な情報や、書物・テレビやインターネットなどから入る膨大な情報などは、他者の仲介なしにはほとんど先天性盲ろう児・者には届きません。これらの仲介は「言語」によって行われますが、先天性盲ろう児・者にとっては、言語の獲得それ自体が困難な課題だと言わざるを得ません。 (2)コミュニケーション障害がおよぼす影響  乳幼児期の母子間の感情の交流や共感、やりとりや三項関係(自分と他者と事象の間の関係)の成立などは、人間関係とコミュニケーションの基盤となる大切なものです。そして、それらの育成には、視線や表情、音声による母子間相互の応答が大きな役割を担っています。  たとえば幼い子どもは、「はい、どうぞ」と言葉を介しながらの、母親や他者との玩具のやりとりを好みます。これは、自分から手渡した玩具が消えてなくならないことを理解したうえで、玩具のやりとりに他者が介在することを楽しんでいるのです。しかし先天性盲ろう児・者の場合、意図的な介入がなければこれらの関係成立を認識することには困難が伴い、さらにこれが対人コミュニケーションの成立を妨げることにもつながってしまいます。つまり、先天性盲ろう児・者の手から離れた玩具が消えてなくなってはいないこと、他者の手の中に存在し続けていること、他者の存在を認めて受け入れることなどを一つ一つ丁寧に説明をし、理解を促すといった「意図的な介入」が必要なのです。他者の行動を真似ることが難しい先天性盲ろう児・者にとっては、「視覚と聴覚から得られる膨大な情報に基づいて、自然に無意識のうちに学ぶ」という経験を得ることが難しいのです。  言語の獲得には、その言語が対応する概念の理解が前提となります。情報障害である先天性盲ろう児・者は、概念形成そのものに難しさがあるために、言語の獲得には意図的な関わりと非常に多くの時間が必要です。  また先天性盲ろう児・者のコミュニケーションは一対一が基本であり、実際のコミュニケーションを図るためにも多くの時間がかかるために、コミュニケーションの「量」が圧倒的に少なくなってしまいます。直接触れている他者との一対一の関係からの広がりにも困難があり、集団の中での活動の楽しさや仲間意識を育むためには、特別な配慮が必要になります。 +++ 5.コミュニケーションの方法  先天性盲ろう児・者のコミュニケーション方法は子どもの数だけある、といわれています。表情、発声、よだれの量や皮膚体温の変化など生理的な変化、身体の動きや姿勢などを注意深く観察することで、先天性盲ろう児・者からの「言葉を聞く」ことができます。そのような初期的なコミュニケーションの段階から、ある共通のルール(意味)を持つ言葉へと進ん ---218---219 でいくというプロセスをたどります。 (1)音や色、匂いや感触の活用  ある活動や場所などと関連する音や色、匂いや感触を利用して、これから始まる活動を予測させたり、今、どこにいるのかを伝えたりします。 たとえば、いつも遊んでいる場所や特定の空間に、他の場所とは異なる感触のカーペットやラグを常に敷き、それを触ることで、「いつも遊んでいる場所だ」と認識させることができます。ブランコ遊びをするときに決まったBGMを流すなど、特定の活動をするときにある決まった曲を使うことで、その曲(音)からブランコ遊びを予測することができるようになります。またマッサージをするときには必ずアロマをたくように、特定の活動をするときに決まった匂いがあることで、その匂いからマッサージを予測することもできるようになります。 例) 給食:特定の音楽やワゴンの音 教室 :自分の教室の入り口には見えやすい色 自分の椅子・自分の机 :見えやすい特定の色(名前の代わりになる) 風呂:入浴剤や石鹸の匂い トイレ:床面がビニールシート (2)オブジェクトキューの活用  ある活動を行うときに使う実物や、その活動を象徴するような具体物やその一部をコミュニケーションの一つの方法とすることを、オブジェクトキューといいます。「実物や具体物、またはその一部」を手がかり(マーク)とするという意味です。実物をそのまま用いる場合と、実物の一部をカードなどに貼りつけて用いている場合とがあります。持ち運びがしやすいようにカードの大きさを徐々に小さくしたり、実物そのものから実物の一部へと移行していくことも可能です。 @実物をそのままマークとする場合  その活動をするときに使っている実物や具体物を示すことで、「これから起こること」などを伝えることができます。 例) 学校に行こう:通学に使っている鞄 給食:おしぼりケース プールに入ろう:水泳帽子 A実物そのものから実物の一部をマークとする場合  実物や具体物そのものではなく、その一部やまたはその活動を象徴・代替できるマークを用います。 例) 家に帰ろう:車の形をした木製の玩具、車の鍵 トランポリン:握りやすいように筒にトランポリンの網が巻かれている ブランコ:ブランコのロープの一部 ---220---221 B実物の一部をカードなどに貼り付けてマークとする場合  カードにすることで持ち運びが容易になります。またカードの裏にマグネットをつけると、壁などに貼り付けることもできます。 例) ブランコ:ブランコの鎖 トランポリン:トランポリンのバネ 家に帰ろう:自家用車の鍵  また、いつも身に着けている「腕時計」で「○○先生」、特定の空間に敷かれたカーペットと同じ材質のカーペットの一部をカードに貼り付けて「○○の部屋」など、活動や名称だけではなく、特定の人や場所などを表すこともできます。  「教室・遊びコーナー」を特定のカーペットで表した場合は、直接その場所に行き、その特定のカーペットに触らなければ「教室・遊びのコーナー」であることを伝えることができません。しかし「実物やその一部をマーク」として使うことで、実際にその場所に行く前に「これから○○の部屋に行くよ」とこれからの活動の予告をしたり、さらには「○○の部屋に行きたい」など、先天性盲ろう児・者がこれからやりたい活動を、実際に活動をする前に伝えることもできます。 (3)身振りサインの活用  ある活動や感情と関連が深い身体の一部に触れたり、活動を連想できるような動きをサインとして表します。個々の子どもたちの運動機能の制限やその活動をする際の動きの違いがあるので、活動をするときの子どもの動きをよく観察し、その動きからサインを導き出します。手話の表現をもとにして、より簡素化した動きで表す場合もあります。身振りサインは個人によって異なります。個々の子どもにあわせて作られた身振りサインから、手話表現へと広がっていく場合もあります。 身振りサインの例 食事 :口元を軽く叩く 牛乳 :人差し指で額をこする 飲み物 :人差し指で口を軽く2,3回叩く。上向きに開いた左手の上に、右手のげんこつを乗せ トイレに行こう : 下腹部を軽く叩く トランポリン : 両手を胸の前で下に向け、上下に動かす。 左手の手の甲を右手人差し指・中指の指先で2,3回たたく ブランコ : 指先を下に向けた両手を前後に動かす。胸前で両手握りこぶしを作り、胸を2,3回たたく おいしい : 手のひらで首を軽くおさえる おかあさん :手のひらで首を軽くおさえる。髪の毛を触る ---222---223 (4)写真・絵カードの活用  ある活動や場所、人の写真や絵、マークなどをカードにすることで、それらの写真やカードに関連する行動などを表します。デジタルカメラを利用すると、新しいカードを比較的容易に作ることができます。事前に商品の写真を撮影してカードを作成し、買い物に行くときにこれから何を買うのかを、より分かりやすく知らせることもできます。 例) 学校に行こう :学校の写真 トイレに行こう :トイレの写真 ○○さんと遊ぼう:○○さんの顔写真 (5)文字・点字・指文字などの活用  文字・点字・指文字を使う際に、初めから単語や文章すべて綴るのではなく、文字・点字・指文字の一文字をマークのように用いる場合もあります。 例) 「う」の一文字:うさぎ 「た」の一文字:たろうくん マークのような活用から文字数が増えて単語になり、徐々に二語文、三語文と表現が豊かになっていきます。手話・音声・文字・点字などのコミュニケーション方法の獲得と同時に、それらの方法を通してどのように伝えるか、何を伝えるかという、伝えるべき内容や理解を深めるための、補足説明や状況説明が重要です。 +++ 6.通訳・介助の際の配慮 (1)情報障害に対する配慮 @環境の変化への対応 次に起こることへの予告  情報がきわめて限られている中では、人・物・活動・場所の移動などは、先天性盲ろう児・者にとってそのすべてが急に現れ、そして急に消えていくものであり、混乱と不安を高めることになります。次に何をするのか、次の活動の見通しが持てることが安心感へとつながり、行動の切り替えも主体的に行うことができるようになります。  例えば、「公園のブランコに行こう」という計画があるとき、突然にそれまで遊んでいた玩具を取り上げられ、何も告げずに突然に手を引っ張られたとしたら、たとえ「公園のブランコ」がその先天性盲ろう児・者にとって好きな活動であっても、先天性盲ろう児・者にとっては「なぜ玩具を取り上げられたのか」「なぜ手を引っ張られて動かされたのか」が分からず、不安となり、拒否を示すことにつながりかねません。当人が用いているコミュニケーションの方法を用いて、「公園のブランコに行こう」と伝えてから、実際に誘うように心がけます。 活動の始まりと終わりの明確化  これから何が始まるのか、いつ終わるのかを認識できることが大切です。活動に必要な道具の準備をする、着替えをする、さらには片づけをする、手を洗うなどの、活動の始まりと終わりの区切りが理解できやすい活動を実際に行うようにします。 A実体験の重要性  偶発的なこと、模倣、因果関係や全体像を把握することの難しさへの配慮が大切です。周囲で起きていることを意図せず偶発的に見聞する中で、私たちは多様な事物、多様な人間、多様な活動、多様な場所、時間などの存在や相互の関係を自然と学び、模倣しながら成長していきます。しかし先天性盲ろう児・者は、すべてに十分な時間をかけて、すべての過程を体験しないと実際を学ぶことが難しいといえます。  たとえば、ホットケーキを作る活動では、卵を割り、牛乳をいれ、粉を混ぜ、生地をフライパンの上に流しいれ、熱を感じ、匂いや焼けていく音、色の変化などを知り、焼き上がりを皿に盛りつける…といった一連の活動を通じて、「ホットケーキを作る」ことを理解していきます。待つこ ---224---225 とだけを求められ、あたかも魔法によって目の前に出てきたかのような他者が調理したホットケーキを食べるだけでは、その過程を知るのは無理があります。先天性盲ろう児・者の「ために」「何かをしてあげる」のではなく、先天性盲ろう児・者と「一緒に」活動を楽しむことが大切です。自らの体験こそが、周囲で起きていることへの理解につながっていくのです。 B情報障害による動機付けの低下への配慮  視覚と聴覚情報の欠如は、先天性盲ろう児・者の好奇心と動機づけを呼び起こす外部動因が少ないことを意味します。先天性盲ろう児・者が関心を示す、彼らにとって「意味のある」活動を中心に一日の生活や活動を組み立てることが、子どもの動機づけを高めることになります。  たとえば散歩を想定します。歩くことそのものを楽しむことはできます。しかし、視覚的な情報を得ることが難しい先天性盲ろう児・者にとっては今、自分がどこを歩いているのかを知ることも、周囲の様子を見て楽しむことが難しいのです。会話を楽しみながら、歌を歌いながら散歩をするということも容易にはできません。そのような状態での散歩を、ただ歩くだけで本当に楽しむことができるでしょうか。散歩のゴールにあるお店でおやつを食べる、買い物をする、今いる場所が分かるようなランドマーク(目印)を確認するなど、その活動が先天性盲ろう児・者にとって「意味のある」ものにするための工夫が必要です。 (2)コミュニケーション障害への配慮 @耳を傾ける  コミュニケーションの方法を獲得する以前の先天性盲ろう児・者の声に耳を傾けるように心がけます。明確な発信は乏しいかもしれませんが、先天性盲ろう児・者の表情や動きを注意深く見つめることで、「彼らの言葉」が聞こえてきます。  確実なコミュニケーションの方法を獲得していないことと、コミュニケーションがとれないことは異なります。先天性盲ろう児・者に寄り添い、彼らの思いを想像してみます。お互いがお互いを認め合うことから、コミュニケーションは始まるのです。 Aフィードバックの重要性  コミュニケーションの基礎となる感情を伝え合うためには、意識的に「あなたの言葉を聞いていますよ」というこまめなフィードバックが重要になります。盲ろう状態ではその他者との共感が欠落してしまいがちなので、十分にその重要性を認識して意図的に保障します。さらに、情報伝達や指示だけにコミュニケーションの機能を限定することなく、会話を楽しむ、お互いに共感しあうという関係を育むよう努めます。 (3)孤独な時間の多さと楽しめる余暇活動の少なさへの配慮  先天性盲ろう児・者は容易に孤独の中に置かれてしまいます。しかも、音楽やテレビなどを視聴するなどの余暇活動を楽しむことが難しいため、退屈さをしのぐための自己刺激的活動に陥ってしまいがちです。先天性盲ろう児・者が他者を探したり、自分の元に呼び寄せる適切な方法を保障することが必要です。他者の存在に気がつかず、孤独感にさいなまれる時間を増やさないようにする配慮と、当人が自分で楽しめる余暇活動を見つけだしていくことは、生涯にわたる大切な支援活動です。  このようにコミュニケーションの「量」がとても少ない状態に置かれている先天性盲ろう児・者とは、できるだけ接する時間を多くとるようにします。直接触れていることで、まずは「他者」の存在を意識することができます。一緒に活動をすること、そしてその活動に当人たちが参加できるような意識をしっかり持ち、環境を整備することが大切です。    先天性盲ろう児・者の豊かな成長、そして社会参加の程度は「関わった人間の手の数に比例する」といえます。コミュニケーション方法の可否のみにとらわれることなく、その先天性盲ろう児・者一人ひとりと向かい合うことが何より重要です。先天性盲ろう児・者と社会との架け橋、仲介役を担っているのが、通訳・介助員なのです。 ---226---227 *** 第15章 高齢盲ろう者の生活と支援  我が国は4人に1人が高齢者という超高齢社会を迎えています。  通訳・介助員派遣事業を利用する盲ろう者においても、徐々に高齢者の割合が増えているのが現状です。その背景には、もともと若年期・壮年期に盲ろうであった人が高齢期に差しかかっているということ、またこれまで視聴覚の障害がなかった人が、高齢期の老化とともに視聴覚の疾患を発症することで盲ろうになることなどがあります。  視聴覚障害に加えてさまざまな老化現象や疾患も併せ持つこれらの高齢の盲ろう者には、若年層や壮年層の盲ろう者への関わり方だけでは支援として不十分な点も出てきます。 +++ 1.高齢者の状況と特徴 (1)高齢者の定義と状況  高齢者とは65歳以上の人のことを指します。また、年齢層に応じて、65歳以上75歳未満を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と呼んでいます。わが国においては、少子高齢化の影響で総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が26.0%、75歳以上の後期高齢者の割合が12.5%という状況になっています。今後も高齢化率は上昇の一途をたどり、2060年には39.9%が高齢者になると推測されています。(平成27年度高齢社会白書) (2)老化と老年症候群  老化には2つの側面があります。一つは加齢にともない身体的・精神的機能が衰えていくことで、これを生理的老化といいます。生理的老化はすべての人に発生します。もう一つは疾病により生理的老化が加速し、病的状態を引き起こすもので、これを病的老化といいます。  老化が進行して身体機能や精神機能が低下することによって、高齢者に特有なさまざまな障害や病態が発生します。これを老年症候群といいます。  老年症候群の病態には、分類ごとに以下のようなものが挙げられます。 @感覚器障害:視覚障害、聴覚障害、味覚障害 A移動能力障害:寝たきり、廃用症候群、転倒、骨折 B排泄機能障害:排尿障害、便秘、尿・便失禁 C栄養摂取障害:低栄養、脱水 D精神心理的障害:認知症、せん妄、抑うつ Eその他:めまい、失神、褥瘡、不眠 +++ 2.高齢期の盲ろう者の現状 (1)人数  14,000人ほど存在すると推計されている盲ろう者の平均年齢は75.8歳であり、65歳以上の高齢者が 77.4%を占めることが報告されています。盲ろう者の4人に3人が高齢者ということになります。 [図版:「盲ろう者の人数と年齢層」のグラフ 平均年齢:75.8歳 老年人口:10,798名(77.4%) 生産年齢人口:2,527名(18.1%) 年少人口:109名(0.8%) (平成24年度「盲ろう者に関する実態調査」)より抜粋] ---228---229 (2)障害の状況  高齢の盲ろう者が、視覚と聴覚の障害に障害を抱えた経緯では、両方の障害とも4歳以後に受障した後天性が74.6%と多く、そのうち両方の障害を65歳以上に受障した高齢期の後天性も13.6%と少なくありません。 [図版:「障害の受障時期の組み合わせ」の図 縦に視覚障害の受障時期の3行(4歳未満、4歳以上65歳未満、65歳以上)、横に聴覚障害の受障時期の3列(4歳未満、4歳以上65歳未満、65歳以上)の表。以下、分類(視覚障害の受障時期・聴覚障害の受障時期):パーセンテージの順に記載。 先天性(4歳未満・4歳未満):3.5% 盲ベース(4歳未満・4歳以上65歳未満):4.5% ろうベース(4歳以上・4歳未満):6.6% 後天性(成人期)(4歳以上・4歳以上、うち後天性(高齢期)は除く):61.0% 後天性(高齢期)(65歳以上・65歳以上):13.6%]  一方で障害の程度は、弱視難聴が46.1%、全盲難聴が25.6%と多く、聴覚の活用が可能な難聴の状態にある盲ろう者が多くを占めています。 [図版:「障害の状態の組み合わせ」 縦2行(全ろう、難聴)、横2列(全盲、弱視)の表 全盲ろう:10.3% 弱視ろう:8.9% 盲難聴:25.6% 弱視難聴:46.1%] (3)コミュニケーションにおける受信の方法  後天的に聴覚障害を抱えた人や聴覚が活用できる人が多いことから、高齢盲ろう者全体としては、音声で受信する場合が多くなっています。  一方で、全盲ろう・弱視ろうなど聴覚の活用が困難な盲ろう者についても、音声を受信方法として使っている状況があります。聴覚の活用が困難でありながら、手書き文字や触手話、指点字などの触覚的コミュニケーション方法を本人も周囲も知らないことが多く、知っていたとしても新たに習得することが困難なため、ほとんど聞こえない状況でも音声による聴覚的なコミュニケーション手段に頼らざるを得ない状況にあることが浮かび上がってきます。 [図版:「障害程度ごとの高齢盲ろう者の受信コミュニケーション方法」の人数とパーセンテージの表 全盲ろう 総数:207 音声:36(17.4% ) 手話・指文字 視読:4 (1.9%) 手話・指文字 触読:37(17.9%) 手書き文字:56(27.1%) 筆談:10(4.8%) 点字・指点字:4(1.9%) 特にない:26(12.6%) その他:17(8.2%) 無回答:17(8.2%) 弱視ろう 総数:180 音声:34(18.9%) 手話・指文字 視読:14 (7.8%) 手話・指文字 触読:3(1.7%) 手書き文字:18(10.0%) 筆談:73(40.6%) 点字・指点字:2(1.1%) 特にない:10(5.6%) その他:10(5.6%) 無回答:16(8.9%) 全盲難聴 総数:517 音声:435(84.1%) 手話・指文字 視読:2(0.4%) 手話・指文字 触読:4(0.8%) 手書き文字:5(1.0%) 筆談:6(1.2%) 点字・指点字:6(1.2%) 特にない:30(5.8%) その他:4(0.8%) 無回答:25(4.8%) 弱視難聴 総数:931 音声:711(76.4%) 手話・指文字 視読:6(0.6%) 手話・指文字 触読:3(0.3%) 手書き文字:3(0.3%) 筆談:82(8.8%) 点字・指点字:1(0.1%) 特にない:68(7.3%) その他:14(1.5%) 無回答:43(4.6%) 合計 総数:1835 音声:1216(66.3%) 手話・指文字 視読:26(1.4%) 手話・指文字 触読:47(2.6%) 手書き文字:82(4.5%) 筆談:171(9.3%) 点字・指点字:13(0.7%) 特にない:134(7.3%) その他:45(2.5%) 無回答:101(5.5%) ※パーセントは各コミュニケーション方法における使用者の割合を示す。] +++ 3.高齢盲ろう者への症状ごとの対応  高齢者に起こりやすいとされている老年症候群の病態にはさまざまなものがあります。ここではそのうち、通訳・介助員として症状をふまえた対応の必要性が高いと考えられる病態を中心に、その症状と対応について説明します。 ---230---231 (1)視覚障害 @症状  45歳ぐらいから、生理的老化により、眼疾患がなくても視力が低下して近くのものが見えにくくなる老眼の症状が進んでいきます。一方で、高齢期に起こりやすい眼疾患を発症することにより、急激に視覚機能が低下して失明に至る場合もあります。  高齢期におけるおもな眼疾患としては、白内障・緑内障・糖尿病性網膜症・加齢黄斑変性症などがあります。 A対応  眼疾患ごとに、視覚障害の現れ方(見え方)は異なります。  視覚的方法(手話、筆談など)でコミュニケーション支援を行う場合、盲ろう者の見え方に配慮して支援を行う必要があります。たとえば白内障でまぶしさを感じる盲ろう者であれば「照明や陽光の位置を考慮して座席を決める」「光を反射するような服を避ける」などの配慮が必要になります。(→第2章「視覚・聴覚障害の理解」を参照) (2)聴覚障害 @症状  高齢者になるにつれて聴覚機能が低下した結果、特に高い音が聴き取りにくくなる状況を老人性難聴と呼びます。老人性難聴は感音性難聴であることが多く、30代から高い音の聴こえの低下が両耳とも徐々に進行し、75歳以後は、特に聞こえが落ちるといわれています。 A対応  老人性難聴は、大きな声で話しかけたり、補聴器を装用するだけでは、十分に会話を理解できない場合もあります。このため「ゆっくり、はっきり、区切って話す」「声を聞き取れる体勢ができるのを待ってから話し始める」など、さまざまな配慮が必要になります。(→第2章「視覚・聴覚障害の理解」を参照) [図版:老人性難聴の聞こえ(模式図) TAKESHITASAN(たけしたさん) ↓音が小さくなる TAKESHITASAN(たけしたさん) ↓K、S、Tなどの音が聞き取れない A E I A AN (あえいああん) ↓騒音があると音がぼやける A E I A AN (あえいああん) ↓反響のあるところでは音が歪む 「あれはいかん」?? 聞こえた音のイメージから類推して判断する] (3)転倒 @症状  加齢に伴って、筋力やバランス機能、反応時間などが低下することにより、高齢者は歩行速度の低下・歩幅の縮小・歩行バランスの保持能力の低下などの歩行障害が表れやすくなります。  歩行障害は、転倒を引き起こしやすくする大きな要因の一つです。それ以外にも、薬物(睡眠薬や降圧剤など)の副作用や物理的環境(段差や障害物、すべりやすい床など)によって、転倒の危険性は増します。  高齢者の転倒は、外傷の危険性はもちろん、その後の本人の生活全般に大きな影響を与える危険性があります。厚生労働省によると、介護が必要となったおもな原因の第4位に骨折・転倒が挙げられています。ちょっとした段差につまづいたことで「転倒→骨粗鬆症もあり骨折→回復力の低下により寝たきり」といった経緯をたどることも少なくありません。 ---232---233 A対応  通訳・介助員は、移動支援の場面において、高齢の盲ろう者が転倒しないような対応をすることが必要です。具体的な対応や配慮としては「移動速度」「転倒危険性の高い箇所の察知」「転倒後の対応」の3点があります。 移動速度  歩行速度の低下や歩幅の縮小とともに、握力の低下や上腕の伸縮性や筋力の低下により、移動中に通訳・介助員の腕から手が離れてしまうこともあります。また手が離れなかったとしても、通訳・介助員の歩行速度についていくために、大きな不安を抱えながら移動させられていることもあります。移動介助中は、周囲の環境だけではなく、盲ろう者本人の歩行の様子もよく観察する必要があります。そして必要に応じて歩行速度が適切かどうかを確認するなどして、通訳・介助員自身の移動速度を調整するようにします。 転倒危険性の高い個所の察知  歩行バランスの保持能力が低下することで、歩行の際に前傾姿勢になって、足を持ちあげる高さも小さくなります。その結果、少しの段差にもつまづく危険性が高まります。階段や部屋の間の段差はもちろん、商店の入口のマットや室内のカーペットなどのちょっとした段差も察知して、「歩行速度を落とす」「情報提供をする」などの対応を取るようにします。階段については、手すりやスロープがあれば情報提供をし、求めがあればそれらに誘導するようにします。 転倒後の対応  転倒させてしまったときは、たとえその直後に目立った外傷がなく、盲ろう者本人が問題視していなかったとしても、必ず派遣事務所に報告するようにします。本人が痛みの感覚を感じるまでに時間がかかったり、数日経ってから症状が現れることもあります。また一般的に転倒の経験者は、再び転倒を起こす可能性が高いともいわれています。派遣事務所がその後の経過を見守ることができるという意味においても、転倒後の報告は重要です。 (4)脱水 @症状  人が生きていくために必要な水分量は、最低でも1日1リットルといわれています。  高齢者は体内の水分量が少なくのどの渇きも感じにくいため、必要な水分量を摂取できず、脱水症状に陥りやすい状況にあります。また盲ろう者は視聴覚に障害があるため、水道や自販機によって自ら水分補給することが容易でない場合もあります。それらの状況が重なると、脱水症状が引き起こされやすくなります。  脱水すると、立ちくらみや頭痛・吐き気・全身の倦怠感などが症状として現れます。 A対応  脱水を予防するために、通訳・介助中の盲ろう者の水分摂取の状況や、天候、室内の状況などをふまえ、適切な水分補給を勧めるようにします。 (5)認知症 @症状  認知症とは、記憶障害やその他の脳の機能の障害によって、日常生活に支障をきたす疾患です。高齢化に伴って認知症の高齢者は増えており、認知症予備軍(軽度の認知症)も含めると、高齢者の4人に1人が認知症といわれています。  認知症の症状は、中核症状と周辺症状に分けられます。 ---234---235 [図版:認知症の症状の例 【中核症状】 記憶障害 ・新しいことを覚えられない ・すぐ忘れてしまう 理解・判断力の障害 ・考えるスピードが遅くなる ・2つ以上のことが重なると理解できなくなる ・新しい機械などを使えない 見当識障害 ・時間や月日、場所、人がわからなくなる 実行機能障害 ・段取りが立てられない ・計画できない その他その場の状況が読めなくなるなどの症状も 【行動・心理の症状】 攻撃的な言動 腹を立て、攻撃的になる 不安・焦燥 落ち着かない、イライラしやすい 介護抵抗 食事や入浴などの介護に対し抵抗を示す うつ状態 気持ちが落ち込んでやる気が出ない 徘徊 外出し、帰り道がわからなくなる 生活動作の失敗 入浴や排泄など、基本的な生活動作に援助が必要 妄想 物盗られ妄想や捨てられ妄想、嫉妬妄想 幻覚 現実にないものを見た(幻視)、聞いた(幻聴)と言う 睡眠障害 昼と夜が逆転する]  中核症状は記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の障害、実行機能障害などです。  一方、周辺症状は中核症状とともに現れる行動障害や精神症状のことをいいます。周辺症状による行動障害としては、過食・異食・自傷・自殺企図・徘徊・叫び声・昼夜逆転・攻撃的行為・不潔行為・収集癖・性的問題などがあります。精神症状としては、不眠・興奮・せん妄・抑うつ・幻覚・妄想・人格変貌などがあります  これらの症状は、抗不安剤や精神安定剤といった薬物療法だけではなく、理学療法や作業療法、レクリエーション療法などの非薬物療法によっても、進行をゆるやかにすることができます。特に周辺症状の出現は、本人の性格や心理とともに、そのときの人間関係や環境など、周囲の対応が影響するといわれています。 A対応  認知症のある人への対応については、「驚かせない」「急がせない」「自尊心を傷つけない」の3つの心構えが大事です。3つの心構えをもとに、認知症のある盲ろう者へ対応の方法を、以下に示します。 驚かせない  予期できないことが突然発生することによりパニック状態になることがあります。コミュニケーションを取る際も、突然話しかけるのではなく、「ゆっくり手や肩に触れる」、「少し離れた場所から徐々に視野にはいるようにする」など、「これからの行動を予告し、盲ろう者が予期できるようにして驚かせないようにする」という配慮が、より重要になります。 急がせない  認知症のある盲ろう者の場合、コミュニケーション方法やその困難さに加え、理解力や判断力が低下するため、さらにゆっくり対応することが必要になります。たとえば、郵便局の窓口で呼び出された際も、窓口に行くことを急かすのではなく、盲ろう者に状況をゆっくり説明し、また一方で、局員に対して、これから窓口に行くことを目配せや声かけにより示すようにすることも必要になります。急がせていることを感じさせないよう、盲ろう者のテンポに合わせ、柔軟性のある態度、温かみのある言葉遣いや優しいスキンシップで安心できるように関わることに努めます。 自尊心を傷つけない  認知症になることで、記憶や知的機能は徐々に侵されていきます。しかし、感情やプライドは認知症が進行しても保たれます。そのため、一方的・指導的な態度で接するのではなく、盲ろう者の話をよく聞き、ありのままを受け入れて理解する姿勢を持つことが大事です。たとえば認知症で妄想の症状のある盲ろう者から「通帳がなくなった。あなたが盗んだのでしょ!」と嫌疑の言葉をかけられたときに「私は盗ってない。あなたが無くしたのでは」と返答するのではなく、「通帳がなくなるなんて、大変ですね。一緒に探しましょう」と、相手の認識や言葉を真っ向から否定せずに対応する必要があります。 ---236---237 *** 第16章 他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援 +++ 1.他の障害を併せ持つ盲ろう者の現状  盲ろう者の中には、視覚障害と聴覚障害以外の障害を併せ持つ人々も少なくありません。全国盲ろう者協会の調査では、回答者総数2744人のうち1045人(38.1%)が、視覚障害と聴覚障害以外の障害も有すると答えています。 [図版:視聴覚以外の障害を併せ持つ盲ろう者の現状(n=2744) 全体:ある1045、ない1475、無回答224 90歳以上:ある109、ない146、無回答27 80歳代:ある247、ない439、無回答93 70歳代:ある261、ない399、無回答64 60歳代:ある177、ない227、無回答22 50歳代:ある79、ない136、無回答11 40歳代:ある62、ない62、無回答2 30歳代:ある34、ない39、無回答3 20歳代:ある35、ない15、無回答1 10歳代:ある22、ない7、無回答1 10歳未満:ある19、ない5、無回答0]  「他の障害を併せ持つ」という背景には、以下のような状況があることが考えられます。 ・加齢に伴い運動機能の低下や生活習慣病の治療のために服薬が必要となったり、感覚の鈍磨が現れたりしたもの ・先天性のもの(極小未熟児、CHARGE症候群、先天性風疹症候群、アッシャー症候群、ダウン症候群など) ・事故や疾病によって短期間で視覚障害・聴覚障害に加え、他の障害を併せ持つ状態となったもの ・進行性の疾病により視覚障害、聴覚障害、他の障害を有するもの  先に示した全国盲ろう者協会の調査では、視覚聴覚障害以外に有する、他の障害の内容についても明らかにされています。 [図版:「視聴覚以外に有する障害」 (n=914) 肢体不自由:429 音声言語・咀(そ) しゃく機能障害:216 内部障害:171 知的障害170 平衡機能障害:112 精神障害:87 (平成24年度「盲ろう者に関する実態調査」)全国盲ろう者協会 平成25 年3月] ---238---239 (1)音声・言語・咀嚼機能障害  音声および言語機能の障害のため、音声を発することができないか、言語機能障害のために音声での意思疎通が困難な状態をさします。また咀嚼機能障害は、咀嚼・嚥下に関する神経や筋疾患のために、食べることに問題を有します。 (2)平衡機能障害  四肢体幹に器質的異常がないにも関わらず、目を閉じた状態で起立・立位保持が難しい状態、または目を開けた状態で直線上を歩行中に、10メートル以内に転倒あるいは著しくよろめいて歩行を続けることが難しいような状態を指します。 (3)内部障害  身体障害者福祉法に定められた身体障害のうち、心臓機能障害、じん臓機能障害、呼吸器機能障害、ぼうこう・直腸機能障害、小腸機能障害、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害の6つの障害の総称です。疲れやすい、ストレスを受けやすいなど、外見からは見えにくい状態であるために、周囲から理解されづらいという面があります。 (4)精神障害  総合失調症、うつ病、躁うつ病、てんかん、薬物やアルコールによる急性中毒またはその依存症、高次機能障害、発達障害、その他の精神疾患などにより、長期にわたって日常生活または社会生活への制約がある状態です。 (5)知的障害  日常生活において物事を判断したり、必要に応じて適切な行動を行う能力である知的な能力の発達が、全般的に遅れた水準にとどまっている状態です。 (6)肢体不自由  身体の動きに関する器官が病気や怪我で損なわれ、運動機能に制限が生じる状態です。 +++ 2.平衡障害や肢体不自由がある場合 (1)移動が困難な場合  身体障害や運動機能の制限には、立位の際のバランスを保つことが難しい・長い距離を歩くことが難しい・階段等の段差の昇降が難しい・座位姿勢の安定を保ちにくい・さらには寝返りをすることが難しいなど、さまざまな状況が考えられます。また体調の変化や気温、季節など周囲の状況によって影響を受けるため、必ずしもいつも同じ状態にあるとは限りません。  何らかの理由で移動が困難、歩行が困難な盲ろう者への通訳・介助を行う際に利用する可能性が高い、車椅子の操作について説明します。 車椅子の操作  車椅子は、大きく分けると手動式と電動式があります。手動式車椅子は、人の力を利用して動かす車椅子のことです。手動式の車椅子には自走用と介助用のものがあります。自走用車椅子は、利用者本人が腕の力などを利用して車椅子を走行させるもので、介助用車椅子は、介助者が後方から押すことで車椅子を動かすものです。  ここでは、介助用車椅子について見ていきます。 @車椅子の部位と名称 椅子として身体を支える部分 ・座(シート) ・背もたれ ・肘あて ・フットプレート(足底を乗せる) ---240---241 ・レッグプレート(ふくらはぎを支え、脚部がフットプレートから後方に落ちることを防ぐ) ・スカートガード(衣服がタイヤに巻き込まれるのを防ぐ) 走行する部分 ・駆動輪(移動するときに駆動力を伝える車輪) ・自在輪(キャスター、前輪) ・ブレーキ(乗り降りの際にタイヤが動かないようにロックする) ※駆動輪はさらにタイヤとハンドリム(手でこぐときに持つところ)から構成されます。介助用車椅子はこの駆動輪が16インチと小さく、ハンドリムはついていません。一般に車輪の直径が大きい方が乗り心地がよく、段差を乗り越えやすいといわれています。 介助するための部分 ・握り(介助者が操作するときに使う) ・ティッピングレバー(段差などで自在輪を上げるときに取っても可、介助者が足で押さえる) [図版:車椅子のイラストと名称] A車椅子介助の留意点 1.止まるときや車椅子から離れるときには、必ずブレーキをかける習慣を身につける必要があります。 2.車椅子ユーザーは地面から近いために、介助者以上にスピードを感じています。常にスピードの確認が必要です。 3.車椅子介助時は車椅子の幅を配慮するだけではなく、フットサポートやアームサポート(肘当て)から出ている手足が障害物や周囲の人とぶつからないよう注意します。狭い場所を通過する場合は「通ります」と声をかけ、周囲の注意を促します。 4.走行中の方向転換は車椅子のバランスを崩すだけではなく、利用者の気分も悪くする場合があります。できる限り、停止した状態か低速時にゆっくりと方向転換するようにします。 B平地での走行  見た目が平らだと思っても、道路には傾斜があります。また路面の状態によって車椅子に乗っている人は多少の振動を感じます。盲ろう者の姿勢が傾いていないかを常に確認し、傾いている場合は安全な場所に停止して姿勢を直します。 C段差での走行 上りの場合 1.盲ろう者に段差を越えることを伝えます。 2.段差に対し、車椅子の正面で垂直に向かい合います。 3.通訳・介助員はグリップを下に押し下げながら、ティッピングレバーに片足をかけ踏み込みます。この時、前輪が中に浮いた状態になりますので、バランスを崩さないように気をつけます。 4.前輪が浮いた状態で前進し、前輪を段差の上にゆっくりと下ろします。 5.後輪を段差につけ、タイヤの回転を利用しながら、グリップを前方に押し上げます。 6.段差にしっかりと後輪が上がったことを確認します。 ---242---243 下りの場合(後ろ向きで行います) 1.盲ろう者に段差を下りることを伝えます。 2.後輪をゆっくりと下ろします。 3.前輪が段差に上がったままの状態で、通訳・介助員はティッピングレバーを踏み込み、前輪を浮かせた状態にします。 4.前輪を浮かせたままの状態で、ゆっくりと後ろに下がります。 5.盲ろう者の足が段差にぶつからないことを確認し、ゆっくりと前輪を下ろします。 D坂道での走行  上り坂の場合には、盲ろう者に上り坂を走行することを伝えます。通訳・介助員は、車椅子が下がらないように、しっかりと押します。このとき、通訳・介助員はしっかりと脇を締め、歩幅を広げてゆっくり進みます。通訳・介助員は、車椅子にもたれかかるような感じにすると押しやすくなります。  ゆるい下り坂の場合は、盲ろう者が進行方向を向いたまま進みます。通訳・介助員は車椅子のグリップをしっかり握り、手前に引くような感じでゆっくりと進みます。急な下り坂の場合は、後ろ向きで下ることを盲ろう者に伝えます。通訳・介助員は足元・後方に十分注意し、足を大きく広げながらゆっくりと下りていきます。 E階段移動の場合  一人では無理ですので、周りに協力を求めます。上りの場合は正面から、下りの場合は後ろ向きで行います。 1.車椅子を停め、ストッパーをしっかりとかけます。後輪が動かないか、しっかりと確認します。 2.盲ろう者に階段であることを伝えます。背もたれに、しっかりと寄りかかってもらいます。 3.通訳・介助員達は、ぞれぞれグリップ・アームレスト・後輪・サポートパイプなどを逆手にしっかり持ち、声かけをしながら持ち上げます。 4.車椅子が水平に近い状態を保ちながら進みます。 F情報の保障  車椅子で移動の時、盲ろう者は通訳・介助員に頼らざるをえません。不安を取り除くためにはしっかりと行動の事前説明をする必要があります。「今どこにいるのか」「これから坂を上る、段差を越える」など、状況が変化する際には、特に事前の了解が大切です。また、車椅子での移動中の盲ろう者の発言には、肩を軽く叩くなどの方法で相づちを打つなどの配慮も必要です。 G快適な移動  道路状況や周囲の状況によっては、多くの障害物に直面することになります。それらの危険を回避するためには、周りに気を配りながら適切に対応する必要があります。また、盲ろう者が苦痛を感じない姿勢を保持し、顔色や息づかいなど、体調を観察しながら移動するようにします。車椅子の利用者は、介助者が思っている以上に振動とスピードを感じているともいわれています。盲ろう者が移動の途中で具合が悪くなった場合は、安全な場所で停止し、体調が落ち着いてから焦らずに動き始めるようにします。 (2)移動の困難性以外の配慮  肢体不自由を重複しているということは、要介護度が増すということのみを意味するわけではありません。手や上半身に損傷や麻痺などの障害があると、手話表現や手指の動きが制限されたり、手のひらや上肢の感覚が鈍くなったり、逆に過敏になることで、周囲との意思の疎通がより困難になったりします。また下肢に障害があると、より移動困難になるため、会話ができる相手とコミュニケーションをとる機会が減少することも考えられます。  肢体不自由を伴う盲ろう者にとって、外出や社会参加、他者とのコミュニケーションの機会を保障することは、より多くの情報を得たり、他者と ---244---245 のつながりによって精神的な充足や安定を得て生活の質を維持するために大変重要です。  さらに、麻痺がある場合には、自律神経がうまく機能しないために汗をかくことができず、体温調整ができないこともあります。また痛みの感覚が鈍いために怪我ややけどをしてもすぐには気がつかず症状を悪化させやすかったり、長時間同じ姿勢でいることから褥瘡(床ずれ)が発生しやすく、それが感染症につながることもあります。こうした移動の困難さだけではない、目に見えにくい点への理解も深めることが大切です。 +++ 3.より分かりやすさが求められる場合   知的障害や発達障害、加齢による理解力の低下、情報処理の困難さなどから、通訳・介助における対人関係の構築や情報保障などに特に配慮が必要な場合があります。 (1)コミュニケーションの配慮  全体への指示や説明そのものが理解できないことが多く、さらには、話し手に注意を向けることや、指示などを理解していなくても、思慮が不十分なまま「はい」「分かった」という返事をしてしまうことがあります。  盲ろう者からの話を聞くときは、途中で話を遮らず最後まで聞くようにします。焦らせずに、じっくりと一つひとつ内容を確認し合いながら聞くようにすることも大切です。 @伝えるべき内容を絞って伝える  伝えるべき内容が複数あるときには、初めにこれからいくつ話すのかを知らせると、聞く見通しが持てます。 A具体的で平易な表現で伝える  名前を呼ぶ、肩を軽く叩くなど注意喚起をしてから話し始めるようにします。抽象的であいまいな表現は避け、はっきりと端的に伝えるようにします。 Bゆっくりと丁寧に、また繰り返し伝える  同様の説明を何度も求められるときもあるでしょう。反復して求められる同様の説明を受け入れる寛容さを持つことが必要です。 C実物や写真、絵カード、記号などの活用  言語による説明はその場で消えてしまいます。弱視の盲ろう者には実物や写真、絵カードなどを用いて、情報の視覚化を試みるとともに、盲ろう者自身がそれらを手にしながら繰り返し確認できることで、より分かりやすさを増すことができます。 D具体的な動作の提示  想像力が求められるようなときには、実際に例を示すことでより分かりやすくなります。 Eスケジュールの明示  先の見通しを持てることは安心感をもたらします。全体を把握してから、その一つひとつを順を追って分かりやすく伝えるようにします。 F理解の確認  伝えたことを聞き直すなどして、理解を確認するのも大切なことです。また言語による質問に言語で答えを求めるだけではなく、行動に示してもらうなど、確認方法の工夫も必要です。 (2)行動面・心理面での配慮  感情のコントロールの難しさや過敏さがある盲ろう者は、慣れない場所や騒々しい場所では、さらに落ち着きのなさや不安傾向が強くなる場合があります。まず気持ちを落ち着けることができる物や場所、活動を探して ---246---247 みましょう。興奮している状態の時には、不安な気持ちを受け止め、落ち着くための方法を伝えるようにします。  不安が強い時は、冷静な判断を失いがちです。してはいけないことを大声で叱責するのではなく、どうすればよいかを具体的に指示するようにします。「〜してはだめ」などの否定的な表現は避け、「〜をします」「〜をしよう」など、とるべき行動が具体的に分かるように表現することが必要です。  慣れた環境で落ち着いていて、他者との活動もスムーズに行える場合でも、初めての場面や予想外のできごと、失敗経験などで頭に描いた通りに事が運ばない状況になると、情緒が不安定になり、適応の困難さが顕著に現れることにもなります。  このような場合には、 ・不安定な状態にある盲ろう者の気持ちや感情をしっかりと受け止めること ・困ったときの対処の仕方を丁寧に教えること ・できることを増やすことにより認められる経験を増やすなど安心感を得させること  などにより、信頼関係を構築していくことが非常に重要です。 +++ 4.身体的ケアが必要な盲ろう者に対する配慮   加齢、疾病や障害による身体的なケアが必要な盲ろう者への通訳・介助業務を行う中で、外出先での飲食や排泄場面を経験することもあるでしょう。そのようなことが予想される場合には、通訳・介助員の私見で判断をすることは避け、事前に盲ろう者自身・家族・保護者・派遣コーディネーターなどとの情報共有により、現状の正確な把握と通訳・介助業務として行うべき内容の共通理解・了解を得ておくことが何よりも必要であり、大切なことです。  また、通訳・介助業務として行うべき内容は、一律に定められるものではなく、盲ろう者の状況、通訳・介助員の知識、経験、派遣事業所の判断などにより、ケース・バイ・ケースで、ある程度の幅を持って定められるものと考えられます。  通訳・介助員としては、何よりも盲ろう者の安全確保に十分配慮しつつ、事前の共通理解・了解をふまえた、現場での柔軟な対応が求められます。 ---248---249 *** 第17章 盲ろう者福祉制度概論 +++ 1.障害の定義と盲ろう者 (1)身体障害者福祉法における障害の定義  わが国において、身体障害者として認められる障害の種類や程度は、身体障害者福祉法によって定められています。その法律によって、視覚障害、聴覚障害、平衡機能障害、音声・言語機能障害、咀嚼機能障害、肢体不自由など、さまざまな障害についてその定義と程度が定められています。  たとえば視覚障害においては、1級から6級までの等級を設け、それぞれの等級に該当する障害の状態を定めています。聴覚障害においても、2級〜4級および6級の等級を設け、それぞれの等級に該当する障害の状態を定めています。 [図版:「視覚障害の等級と状態」を表す表 1級 両眼の視力(万国式試視力表によって測ったものをいい、屈折異常のある者については、矯正視力について測ったものをいう。以下同じ)の和が0.01以下のもの。 2級 (1)両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの。 (2)両眼の視野がそれぞれ10度以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が95%以上のもの。 3級 (1)両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの。 (2) 両眼の視野がそれぞれ10度以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が90%以上のもの。 4級 (1)両眼の視力の和が0.09以上0.12以下のもの。 (2)両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの。 5級 (1)両眼の視力の和が0.13以上0.2以下のもの。 (2)両眼による視野の2分の1以上がかけているもの。 6級 一眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの] [図版:「聴覚障害の等級と状態」を表す表 1級 該当なし 2級 両耳の聴力レベルがそれぞれ100デシベル以上のもの(両耳全ろう) 3級 両耳の聴力レベルが90デシベル以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの) 4級 (1)両耳の聴力レベルが80デシベル以上のもの(耳介に接しなければ話声を理解し得ないもの) (2)両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50パーセント以下のもの 5級 該当なし 6級 (1)両耳の聴力レベルが70デシベル以上のもの( 40センチメートル以上の距離で発生された会話を理解しえないもの) (2) 1側耳の聴力レベルが90デシベル以上、他側耳の聴力レベルが50デシベル以上のもの]  これらの法律で定められた状態に該当すると、「視覚障害のある身体障害者」「聴覚障害のある身体障害者」として認められます。それにより、身体障害者としての福祉サービスとともに、「視覚障害者」「聴覚障害者」として障害の種類に応じた福祉サービスを受ける資格が得られます。 (2)身体障害者福祉法における「盲ろう」の定義  身体障害者福祉法には、視覚と聴覚の障害を併せ持つ「盲ろう」について、その状態や程度や等級は定められていません。つまり法律では、独自の困難さを持つ存在としての「盲ろう者」が位置づけられていないということになります。そのため、障害の種類に応じたサービスは視覚障害者や聴覚障害者を対象にしたものが中心となり、視覚と聴覚両方の障害を併せ持つ盲ろう者のニーズは十分に満たされてない状況にあります。 (3)通訳・介助員派遣事業における「盲ろう者」の定義  法律で「盲ろう」が定義されていないため、通訳・介助員派遣事業を実施する各自治体ごとに「盲ろう者」の条件が定められており、その条件に当てはまる人が「通訳・介助員派遣事業の利用対象となる盲ろう者」と定義されています。たとえば東京都においては、「視覚障害と、聴覚又は言語障害を重複してもつ重度の身体障害者(児)であって、身体障害者手帳を所持するもの」を「盲ろう者」と定義しています。つまり東京都としては「視覚障害と聴覚障害の両方が身体障害者手帳に記載されていれば、障 ---250---251 害が軽くても重くても盲ろう者であり、盲ろう者向けのサービスを利用できる」と定めているということになります。一方、福岡県においては、「視覚と聴覚及び音声または言語機能障害を重複してもつ盲ろう者で、身体障害者手帳の1級及び2級所持者及び実施主体が認めた」人を「盲ろう者」と定義しています。つまり福岡県においては、「視覚障害と聴覚障害の両方が身体障害者手帳に記載されているだけでなく、すべての障害を併せた等級(総合等級)が1級、2級である人が盲ろう者であり、盲ろう者向けのサービスを利用できる」と定めているということです。 +++ 2.障害者総合支援法と障害者向け福祉サービス  身体障害者福祉法に定められた障害の種類や程度に該当する人は身体障害者として認められ、自治体に申請することにより、身体障害者手帳の交付を受けることができます。身体障害者として自治体に認定される、すなわち身体障害者手帳が交付されることにより、障害者向け福祉サービスを受給する資格が得られます。  自治体が行う福祉サービスの具体的な内容を定めているのが障害者総合支援法です。居宅への訪問サービスや施設入所によるサービスはもちろん、訓練や医療、福祉用具の受給など、さまざまなサービスが定められています。 [図版:「障害者総合支援法における福祉サービス」の内容を表す図 【市町村】 自立支援給付 第6条 ★原則として国が1/2負担 介護給付(第28条第1項) ・居宅介護 ・同行援護 ・療養介護 ・短期入所 ・重度障害者等包括支援 ・施設入所支援 ・重度訪問介護 ・行動援護 ・生活介護 訓練等給付(第28条第2項) ・自立訓練(機能訓練・生活訓練) ・就労移行支援 ・就労継続支援(A 型・B 型) ・共同生活援助 相談支援(第5条第16項) ・地域移行支援 ・地域定着支援 ・サービス利用支援 ・継続サービス利用支援 自立支援医療(第5条第22項) ・更生医療 ・育成医療 ・精神通院医療 補装具(第5条第23項) 地域生活支援事業(第77条第1項) ★国が1/2 以内で補助 ・相談支援 ・移動支援 ・福祉ホーム ・意思疎通支援 ・地域活動支援センター ・日常生活用具 など 【都道府県】 ・広域支援・人材育成 など(第78条) →(地域生活支援事業を)支援] ---252---253  障害者総合支援法における福祉サービスは、自立支援給付と地域生活支援事業の2つに分けられます。自立支援給付は、介護給付、訓練等給付、自立支援医療及び補装具費の支給などがあり、国の責任の下、市町村が実施します。一方、地域生活支援事業は、各都道府県や市町村における地域の特性や障害者のニーズを踏まえ、各自治体が柔軟に実施するものとされています。  これらの福祉サービスは、「身体障害者手帳が交付されていれば受給できるサービス」と、「身体障害者手帳の交付に加え、『障害支援区分認定』をうけることで受給できるサービス」との2つに分けられます。 [図版:「福祉サービス利用の流れ」を表す図 身体障害者手帳の交付 →補装具、日常生活用具、通訳・介助員派遣、自立訓練など 身体障害者手帳の交付 →障害者支援区分の認定→居宅介護、生活介護など(介護給付のサービス) ※ただし、一部の難病は身体障害者手帳の交付の必要なし。] +++ 3.身体障害者手帳の交付によって受給資格が得られるサービス  介護給付と訓練等給付を除いた福祉サービスは、身体障害者手帳が交付されることにより、受給資格が得られます。  このうち盲ろう者に広く利用されているのが、自立支援給付の補装具費支給制度と、地域生活支援事業の日常生活用具給付等事業です。図にあるように、盲ろう者もさまざまな補装具・日常生活用具を受給しています。 [図版:「補装具・日常生活用具の品目別支給・給付状況」を表す棒グラフ「 n=2744(複数回答可) 補聴器:1290 白杖:684 眼鏡:386 拡大読書器:293 盲人用時計:254 ファックス:200 屋内信号装置:149 ポータブルレコーダー:121 点字器:104 電磁調理器:93 義眼:86 盲人用体重計:85 盲人用体温計:79 点字タイプライター:58 点字ディスプレイ:53 活字文書読み上げ装置:39 情報受信装置:34 信号機用送信機:8 その他:80] ---254---255 (1)補装具費支給制度  補装具とは、「障害者等の身体機能を補完し、又は代替し、かつ、長期間に渡り継続して使用されるもの」とされています。  視覚障害に関する補装具としては、盲人用安全つえ(白杖)、眼鏡、義眼などがあり、聴覚障害に関するものとしては補聴器があります。  これらの補装具が必要な場合、必要書類を医師の意見書とともに自治体の窓口に提出します。その結果「必要である」との判定が出れば、購入費用の9割が補助され、1割の利用者負担で補装具を入手することができます(所得により自己負担の上限あり)。 @盲人用安全つえ(白杖)  白杖には、継ぎ目があって携帯に便利な「折りたたみ型」と、継ぎ目がなく丈夫な「直杖(ちょくじょう)」があります。材質は軽金属やグラスファイバー、繊維強化プラスチックなどさまざまです。 A眼鏡  補装具として認められる眼鏡には、遮光眼鏡・矯正眼鏡・コンタクトレンズ・弱視眼鏡の4種があります。遮光眼鏡はまぶしさの原因となる光をカットし、見やすくするためのサングラスです。その他の眼鏡は、視力の矯正のために使用されます。 [図版:遮光眼鏡の写真] B義眼  眼球を摘出したり、眼球が小さくなったりした場合に、眼の空洞の部分に挿入する用具です。 C補聴器  失われた聴力を補う用具です。聴覚障害の補装具には、耳穴型・耳かけ型・ポケット型などがあり、出力される音量や操作性などに違いがあります。 [図版:補聴器の写真 耳穴型オーダーメイド補聴器マイエイド 耳かけ型補聴器スプラッシュ EXパワーイヤホン ポケット型補聴器 HD-32 写真提供:リオン株式会社] ---256---257 (2)日常生活用具等給付事業  日常生活用具は、その名称の通り「障害者の日常生活を円滑にするための用具」をいいます。視覚障害に関する日常生活用具としては、拡大読書器・盲人用時計・点字器・点字タイプライター・点字ディスプレイ・電磁調理器などがあります。聴覚障害に関する日常生活用具としては、屋内信号装置・聴覚障害者用通信装置・携帯用信号装置などがあります。  これらの日常生活用具が必要な場合、所定の書類を自治体の窓口に提出し、必要性が認められれば、補装具と同様に購入費用の9割が補助され、1割の利用者負担で入手できます(自治体により所得による自己負担の上限あり)。ただ、日常生活用具等給付事業は各自治体が柔軟に実施する地域生活支援事業であるため、自治体によって認められる品目、認められない品目などばらつきがあります。  ここでは、比較的盲ろう者の利用頻度が高く、視覚障害や聴覚障害があることを前提として開発・販売されている用具について説明します。 @盲人用時計  触読式(時計の針を触る)や音声式(時刻を音声で知らせる)、振動式(時刻を振動で知らせる)など、さまざまな方法で時刻を知らせます。腕時計型や置時計型があります。 [図版:触読式時計の写真] A拡大読書器  視覚の活用が可能な弱視の人が、文字の読み書きをする際に使います。書籍や書類の文字を大きく表示したり、文字や背景の色を変えたりすることができます。机において使う比較的大型のものや、持ち運びしやすい携帯型のものがあります。 [図版:拡大読書器の写真] B点字器、点字タイプライター  点字を書くための筆記具とタイプライターです。点字器は、点字盤に紙を挟んで点筆により1つずつ点を打つことで点字を書く道具です。点字タイプライターは、一度に1マス(最大6点まで)の点字を打つことが可能です。盲ろう者への通訳の際に使われる「ブリスタ」も点字タイプライターの一種です。 [図版:点字タイプライターの写真] ---258---259 C点字ディスプレイ  パソコンの画面に表示される文字を点字で表示する機器です。点字ディスプレイによって、全盲ろうの盲ろう者でもインターネットでの情報入手や電子メールの送受信が可能になります。 [図版:点字ピンディスプレイの写真] D屋内信号装置  来客を知らせるインターフォンの音、火災報知機の音、電話の着信音などを、振動や光に変えて知らせる機器です。 [図版:屋内信号装置の写真] +++ 4.障害支援区分認定をうけることで受給できるサービス (1)障害支援区分  福祉サービスの中には、身体障害者手帳の交付だけでは受給資格を満たすことのできないサービスもあります。自立支援給付における介護給付のサービスの多くは、身体障害者手帳の交付だけでなく、「障害支援区分」の認定を受けることがサービス受給の条件となります。  障害者が抱える障害は多様であり、また心身の状態によっても、必要とされる支援の度合は変わってきます。そうした、障害者一人ひとりにとっての「必要とされる支援の度合」を総合的に示したものとされるのが、この障害支援区分です。介護給付のサービスを利用するためには、市町村の窓口にサービスの支給申請を行ったうえで、障害支援区分の認定審査を受ける必要があります。認定審査は、移動や動作・身の回りの世話や日常生活・意思疎通・行動障害・特別な医療など80項目について、支援が必要かどうかを認定調査員(主に市町村の職員)が面談したうえで評価します。その結果を基に、有識者などで構成される審査会を経て支援区分が決定します。支援区分は、1から6まであり、数字が増えるほど、必要とされる支援の度合いが高くなります。すなわち、区分1や2は「自分自身でできることが多く、部分的に他者のサポートが必要な状態」、区分5や6では「自分自身でできることが少なく、日常生活のほとんどで他者のサポートが必要な状態」にそれぞれあると考えられています。 [図版:「障害支援区分の認定手続きの流れ」を表す図 市町村への申請→認定調査員による訪問調査の結果(認定調査の結果)→一次判定(コンピュータ判定)→認定調査員による特記事項→二次判定(市町村審査会)→市町村による認定(申請者への通知) 市町村への申請→主治医の意見書(医師意見書)→一次判定(コンピュータ判定)→主治医の意見書(医師意見書)→二次判定(市町村審査会)→市町村による認定(申請者への通知)] ---260---261 (2)サービス受給までの流れ  障害支援区分の認定を経て、市町村から指定を受けた指定特定相談支援事業所の職員と面談して決めた「サービス等利用計画案」を市町村に提出します。サービス等利用計画案には、どのようなサービスをどの程度利用するかが盛り込まれます。これを受け、市町村が支給決定をし、最終的に受けることのできるサービスの内容や量が決まります。 [図版:「サービスの流れ」を表す図 受付・申請→障害支援区分の認定→サービス等利用の計画案の作成→支給決定→サービス担当者会議→支給決定後のサービス等利用計画] (3)おもな介護給付のサービス  このように、障害支援区分の認定やサービス等利用計画の作成を経て、必要な介護給付のサービスを利用することができるようになります。ここでは、介護給付のうち比較的盲ろう者の利用者も多いと考えられる3つのサービスについて説明します。 @居宅介護  居宅において、介護(入浴、排泄、食事など)、家事(調理、洗濯、掃除など)、生活に関する相談・助言などを行うサービスです。一般的には、「ホームヘルプサービス」や「ホームヘルパーの派遣」と呼ばれています。原則として、障害程度区分が区分1以上で利用できます。  盲ろう者にとって有益なサービスだと考えられますが、居宅介護サービスの従業者の多くは、手話や点字の技術を身につけていません。このため、それらを応用したコミュニケーション方法を用いる盲ろう者にとっては、十分な対話が難しいという問題があります。 A同行援護  移動・外出の際の視覚的情報の支援(代筆・代読を含む)および移動の支援、介護(排泄・食事その他)などを行うサービスです。一般的には、「ガイドヘルプサービス」や「ガイドヘルパーの派遣」と呼ばれています。介護が必要な場合、区分2以上で利用できます。とはいえ、介護が必要でなければ、そもそも障害支援区分の認定は原則として必要ありません。視力や視野、移動能力などを別途評価し、それにより、同行援護の利用が可能かどうかが決められます。  同行援護では、通訳・介助員派遣事業と同様に、移動の支援や視覚的情報の支援を行います。ただし同行援護では、原則として、コミュニケーション支援は行いません。たとえば、移動先の病院で医師の言葉を触手話や指点字で通訳するということは、同行援護の業務内容に該当しません。また居宅介護の従業者と同様、音声でコミュニケーションを取ることが前提となっているため、盲ろう者のコミュニケーション方法によっては、移動中の会話や状況説明などが困難になります。 B生活介護  日中、施設に通う利用者へのサービスで、介護(入浴・排泄・食事など)、家事(調理・洗濯・掃除など)、生活に関する相談・助言など、日常生活に関する支援を行うとともに、創作的活動・生産活動、リハビリテーションなどの機会を提供します。一般的には、「デイサービス」と呼ばれています。障害程度区分が区分3以上(ただし、50歳以上は区分2以上)で利用できます。  介護給付のサービスの中で最も利用者の多いサービスですが、盲ろう者をおもな対象とした生活介護の事業所は極めて限られています。そのため盲ろう者が利用を希望する場合、知的障害者や知的障害者を対象とした事業所に通うケースが多くなりますが、「職員や他の利用者と十分にコミュニケーションが取れない」「見える、聞こえる利用者を前提としているため、プログラムによっては盲ろう者が十分に参加できない」といった問題が懸念されます。 ---262---263 +++ 5.通訳・介助員派遣事業の状況 (1)通訳・介助員派遣事業の位置づけと利用条件  盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業は、都道府県(政令指定都市・中核市を含む)が実施する地域生活支援事業で、盲ろう者のみを対象とする数少ない福祉サービスです。  地域生活支援事業のために障害支援区分の認定を受ける必要はありません。身体障害者手帳が交付されていることがサービスの受給資格の条件となります。ただし、法律で盲ろう者の定義が定められていないこと、また地域性に応じて柔軟に取り組む地域生活支援事業の枠組みで派遣事業が運用されていることから、その条件は自治体によりさまざまです。 (2)通訳・介助員派遣事業の課題  通訳・介助員派遣事業は、障害者総合支援法の施行に伴い、都道府県で必ず実施されなければならない「必須事業」として位置づけられました。その結果、現在では全国どこにいても、条件を満たせば派遣事業が利用できる状況になっています。  しかしながらその予算が十分に確保されているとはいえません。全国平均にすると、年間の一人あたりの実質的な派遣事業利用可能時間数は200時間程度という状況です。これは「盲ろう者が安心・安全に外出でき、満足にコミュニケーションを取ることのできる時間が1日1時間すら保障されていない」ということを意味しています。  また視覚障害と聴覚・言語障害を重複して有する者は全国に14,000人程度存在すると推計されていますが、通訳・介助員派遣事業の登録者はわずか1千人程度に過ぎません(平成27年末現在)。この中には健康や障害の状況により通訳・介助支援を必要としないケースも含まれる一方、支援が必要であるにも関わらず、盲ろう者本人の元へ通訳・介助員派遣事業などの情報が届かず、結果として登録・利用に至っていないケースも数多くあると考えられます。 +++ 6.盲ろう者関連団体  前項までに説明した福祉サービスのほかに、盲ろう者を支援するさまざまな団体があります。団体によっては、通訳・介助員派遣事業をはじめとした福祉サービスを盲ろう者に提供していますが、それ以外にも、盲ろう者や家族、関係者が集まる場を作ったり、盲ろう者の「声」を社会に届けるよう取り組んだりと、さまざまな形で盲ろう者福祉を向上させるように努めています。 (1)社会福祉法人全国盲ろう者協会  社会福祉法人全国盲ろう者協会は、全国の盲ろう者福祉の向上を目的とする社会福祉法人です。1991年に設立され、全国的にさまざまな盲ろう者支援事業を行っています。 おもな事業内容 ・生活相談 ・全国盲ろう者大会の開催 ・専門誌『コミュニカ』の発行 ・盲ろう者国際協力推進事業 ・各種研修事業の開催  通訳・介助員養成講習会指導者養成研修会  通訳・介助員現任研修会  盲ろう者向けパソコン指導者養成研修会  全国盲ろう者団体ニューリーダー育成研修会 など ---264---265 (2)全国盲ろう者団体連絡協議会  後述の全国各地の盲ろう者地域団体を構成団体とし、2006年に設立されました。 おもな事業内容 ・盲ろう者の意見をまとめ、国や地方自治体および社会に対して、盲ろう者の存在や要求を訴えていく事業 ・盲ろう者当事者間等による情報・意見の交換や相互の相談・援助を促進する事業 ・その他、盲ろう者の社会参加と自己実現に資する事業 (3)盲ろう者地域団体(盲ろう者友の会)  盲ろう者が中心となって運営している団体で、全国のほとんどの都道府県で「友の会」などの名称で設立されています。各地域で以下のような盲ろう者支援を行っていますが、団体によって活動・事業の内容や頻度は異なります。 おもな事業内容 ・通訳・介助員の派遣 ・通訳・介助員の養成・研修 ・相談支援(盲ろう者や家族、関係者から) ・交流会・学習会の開催 ・福祉用具の貸出 ・盲ろう者に対する訓練の実施(コミュニケーション、パソコンなど) (4)全国盲ろう教育研究会  盲ろう教育という共通のテーマに基づいて、盲ろう当事者や家族、教育・療育・リハビリテーション・医療などに携わる関係者が一堂に集い、情報交換のできる場として、2003年に発足しました。 おもな事業内容 ・研究協議会の開催(年1回) ・会報の発行(年1回) ・研究紀要の発行 (5)盲ろうの子とその家族の会 ふうわ  盲ろうの子どもやその親が集まり、悩みの相談や情報交換をする場を作ることを目的に、2003年に発足しました。 おもな事業内容 ・家族間および会員間のメーリングリストによる意見交換 ・年に1度の集い(交流会)の開催 ・会報の発行 ・リーフレット作成と盲ろう児の発掘 ・盲ろう教育に関しての改善要求 ---266---267 *** 第2部 指導者向け手引書編 ---268---269 *** 第2部まえがき  ここでは、標準カリキュラムの科目毎に、「目的」「内容」(指導上あるいは運営上の)「ポイント」「指導例」という項目を立てて、解説を試みました。  「はじめに」でも述べましたが、内容的にはまだまだ十分なものではありません。「手引書の形にまとめるには、いまだ十分に議論が尽くされていないのではないか」「各地域で実施されている養成講習会の実態などを十分に反映できていないのではないか」といった議論がなされました。とはいえ、本書のような観点での講師のための「手引書」が必要とされていることも事実です。  本書は、これらの課題を今後整理・議論していくための「たたき台」でもあり、また「お試し版」でもあります。  例えば、養成講習会の科目の中で、「盲ろうコミュニケーション実習」「盲ろう通訳実習」「移動介助実習」「通訳・介助実習」などは、受講者が盲ろう者と実際に関わる重要な部分ととらえています。これらの実習を進めるうえで、運営側スタッフとして、「盲ろう講師」「補助講師」「通訳・介助員」といったスタッフの役割を記載しました。これらの実習を進める中で、「盲ろう講師」の果たすべき役割は大変重要だと考えています。しかしその一方で、「盲ろう講師」だけでは、実習を運営するに当たって十分把握しきれない部分もあることから、「補助講師」という役割の位置づけが必要だと考えてのことです。  ここで問題提起しているのは、盲ろう者が講師を務める際、講師と連携し補佐する役割のスタッフを配置する必要性、言い換えると、そのような視点での役割が必要ではないかという点です。しかしながら、各地域の実態を考えると、限られたリソースでそこまでのスタッフを配置することは難しいという面もあるかと思われます。多くの地域では、「補助講師」の役割を「盲ろう講師の通訳・介助員」が担っているケースがほとんどだと思われます。そのような場合でも、「補助講師」の役割、「通訳・介助員」の役割といった両方の視点でのとらえ方が必要ではないかということです。  上記以外でも、標準カリキュラムの各科目において、各地域の実情に合わせたさまざまな取り組みがなされているかと思われます。本書が、今後、各地域の実情に即した観点から、また指導法・運営法の観点から、これまで培われてきた知見やノウハウを整理していくための、礎となることを願ってやみません。 ---270---271 *** 第1章 盲ろう者概論 +++ 1.目的  盲ろう者は、見えない・見えにくい、聞こえない・聞こえにくいというように、視覚と聴覚両方の障害を併せ持つ人々のことである。視覚・聴覚両方に制約を受けることで、盲ろう者は、コミュニケーション、情報入手、移動において大変な困難を抱えている。盲ろう者のコミュニケーション方法は、視覚および聴覚障害の程度、または障害の発症時期などによって一人ひとり異なる。また、生活状況もさまざまである。よって、必要となる支援も変わってくる。そうした盲ろう者の多様性について学び、盲ろう者の現状を理解することを目的とする。 +++ 2.内容 (1)盲ろう者の人数  全国的な盲ろう者の人数、養成事業の実施自治体の盲ろう者数、派遣事業利用者数などを説明する。 (2)盲ろう者の分類  視覚および聴覚の障害の状態・程度によって、「全盲ろう」「弱視ろう」「盲難聴」「弱視難聴」の4種に分類されることを説明する。また、障害の発症の順序などによって、「盲ベース」「ろうベース」「先天性」「後天性」などの経緯による分類についての説明をする。 (3)コミュニケーション方法  各種コミュニケーションの方法の概略(コミュニケーションの取り方、どのようなタイプの盲ろう者が使用するのかなど)を説明する。 (4)盲ろう者のニーズと困難  盲ろうという障害の特徴とその障害がもたらす「3つの困難」について説明する。 (5)盲ろう者の地域生活の状況  盲ろう者(派遣事業に登録している盲ろう者)の地域生活の状況について説明する。年齢層、コミュニケーション方法、住居、日中活動、福祉制度などを含めて説明する。 +++ 3.ポイント  盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会における、一番初めの講義に位置づけられることから、盲ろう者の全般的な実態や状況を理解してもらうことが重要である。また、カリキュラム全体における導入部分でもあることから、養成講習会の全体像を説明するとともに、この講習会で最終的な到達目標を示す。  視聴覚教材などを用い、盲ろう者の全般的な状況について理解できるようにする。 ---272---273 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩 10分含む) 準備物:パワーポイント資料(投影・配布) 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介、講義内容・ねらいについての説明(5分) 2.盲ろう障害の概要についての説明(15分) 1)盲ろう者とは 2)全国的な盲ろう者の人数 3)養成事業の実施自治体の盲ろう者数 4)派遣事業利用者数 → 1)2)以下の資料(盲ろう者の人数を示す図)を提示しながら、説明する → 3)全国盲ろう者協会発行「盲ろう者に関する実態調査報告書」などを活用して説明する → 4)全国盲ろう者協会発行(毎年)「盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業・養成研修事業実態調査報告書」などを活用して説明する 3.盲ろう者の分類についての説明(15分) 1)盲ろう者の障害の状態・程度(4分類) 2)盲ろう者の障害の状態・程度(障害の発症時期) → 1)2)以下の資料を提示しながら、説明する ・盲ろう者の障害の状態・程度(4分類) ・コミュニケーションの方法(状態・程度別) ・盲ろう者の障害の状態・程度(障害の発症時期) ・コミュニケーションの方法(経緯別) 4.コミュニケーション方法についての説明(25分) 1)手話 2)指文字 3)指点字 4)ブリスタ 5)手書き文字 6)筆記 7)音声 8)その他 →各種コミュニケーション方法で会話・通訳を受ける様子の動画の活用が有効 → 1)〜8)以下の資料(コミュニケーションの方法)を提示しながら、説明する 5.休憩(10分) 6.盲ろう者のニーズと通訳・介助についての説明(10分) 1)「盲ろう」という障害の特徴とその障害がもたらす困難 2)通訳・介助員が基本的に目指すもの 7.盲ろう者の地域生活の状況についての説明(30分) 年齢層、コミュニケーション方法、生活状況など →盲ろう者の生活状況が分かる動画(テレビ番組で放映されたものや地元の盲ろう者のコミュニケーションの様子が分かるものなど)の活用が有効 8.質疑応答(10分) ---274---275 *** 第2章 盲ろう疑似体験 +++ 1.目的  盲ろう疑似体験は、視覚と聴覚を物理的に遮断することで疑似的な盲ろう状態を体験するプログラムである。体験することそのものが目的ではなく、周囲の支援のあり方によって盲ろう者の困難さや不便さが増減するということを体感、自覚することによって、盲ろう者への基本的な関わり方をより深く共感的に理解することがねらいとなる。 +++ 2.内容 (1)盲ろう状態を体験する  視覚と聴覚の両方に障害がある状態を、盲ろう疑似体験セットを使って体験する。 (2)困難さ、不便さが周囲の関わりによって変わることを学ぶ  困難さや不便さを引き起こすのは視聴覚の機能障害だけでなく、周囲の関わり方によって、その状況は変化することを体験的に学習する。 (3)盲ろう者と接するうえで必要な配慮を学ぶ  疑似体験をふまえ、盲ろう者と接するうえでの基本的配慮(名前を言う、放置しない、ゆっくり話すなど)の重要性を学習する。 +++ 3.ポイント (1)「疑似体験」の目的の明確化  次項に示す指導案の方法以外でもさまざまな疑似体験プログラムを作成することが可能である。ただし、プログラムを作成するうえで、まず、受講者に「伝えたいこと」(目的)を明確にしなければならない。「一方的な講義では伝わりにくいことを、体験を通して理解を促すことができる」ということが疑似体験の意義であり、そもそも伝えたいことが明確でなければ、疑似体験を実施する意味はなくなってしまう。  疑似体験の意義が十分に発揮されるようにするためには、実施者は、「とりあえず、標準カリキュラムに載っているから……」「なんとなく、面白そうなので……」という意識で安易に疑似体験を実施するのではなく、実施者として何を参加者に伝えたいのか、何を参加者に分かってほしいのかを十分に考えた上で、意図的、かつ計画的に疑似体験のプログラムを練り上げ、実施していく必要がある。 (2)疑似体験のねらいの解説  前項で述べたように、「一方的な講義では伝わりにくいことを、体験を通して理解を促す」ということが疑似体験の意義となる。したがって、体験が終わったあとに、「体験を通じて、どのようなことを伝えたいのか、理解してほしいのか」を解説する必要がある。受講者の中には、解説によって初めて、「疑似体験の意図」に気づき、腑に落ちるということも少なくない。 (3)体験後の「振り返り」  疑似体験を通して、どのようなことを感じたのか、率直に言葉にする機会を設けることで、受講者の理解を確認し、理解に応じて助言・指導をすることが可能になる。割り当てられた時間に応じて、ディスカッション、発表、感想の記入などの「振り返り」の機会を設けると良いだろう。 ---276---277 (4)課題達成に追われない  疑似体験は「課題」の達成の速さを競うものではない。「課題」をこなしていく過程において、盲ろう者役、誘導役とも、さまざまな体験をしながら、盲ろう者が置かれている状態に思いを馳せることこそが、疑似体験において、最も重要なことだといえる。そのことを受講者に説明をし、理解をしてもらったうえで、疑似体験を進行していくことが重要である。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩 10分含む) 準備物:疑似体験セット(携帯型音楽プレイヤー、ヘッドホン、耳栓、アイマスク、ティッシュペーパー)、教材(i)〜(iv) 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介(5分) 2.進行についての説明(15分) 二人一組になる 2)疑似体験の目的 3)疑似体験セットの配布と確認 4)進め方の説明 5)ルール 6)基本的な通訳・介助方法 →以下、進行についての説明資料(教材(i))をもとに進める → 1)背の順にならび、前から順に二人一組に(アイスブレイクと受講者間の身長差の調整) → 4)進め方の説明の冒頭で、役割を交替しながら2回実施することを説明し、どちらが先に盲ろう者役を担当するか決めてもらう → 5)一度、疑似体験セットを付けたら外さないことを強調 → 6)手書き文字と移動介助の基本的方法をそれぞれ説明 3.疑似体験セット装着(盲ろう者役のみ)(5分) →講師とスタッフが装着の様子を見守り、必要に応じ装着をサポートする [図版:「疑似体験セットの操作方法」 @接続 A電源 B再生 C首にかける D耳栓 E音量 Fアイマスク Gヘッドフォン] 4.疑似体験1回目(25分) 1)課題:ペア同志で自己紹介 席に座ったままお互いの自己紹介をし(5分程度)、そのあと移動の準備をしてもらう 2)課題:移動先で放置 比較的広く、安全なスペースに移動し、誘導役は盲ろう者役から離れる。1分程度放置したら、元のペアに戻り、そのまま部屋に戻るように指示する 小声で課題を誘導役に伝えるとともに、指示書(教材(ii))を提示しながら、進行する → 1)盲ろう者役が全員、疑似体験セットを装着した後、講師から、「ではこれから始めます」と誘導役に声をかける。誘導役に課題を小声で伝えるとともに、課題を書いた指示書を提示する 5.ディスカッション(5分) →ペア同志で感想を交換し合う 6.休憩(10分) 7.疑似体験セット装着(盲ろう者役のみ)(5分) →盲ろう者と誘導役の役割を交代する →講師とスタッフが装着の様子を見守り、必要に応じ装着をサポートする 8.疑似体験2回目(25分) 1)課題:移動しながら施設内の案内 移動の準備をし、部屋を出て、施設内の3か所程度の場所の前にそれぞれ立ち止まったら、その場所の案内をする(各2分程度) 2)課題:誘導役の交代 比較的広く、安全なスペースに移動し、誘導役は盲ろう者役から離れ、他の誘導役と交代する。盲ろう者役には何も言わずに、そのまま部屋に戻るように指示する 小声で課題を誘導役に伝えるとともに、指示書(教材(iii))を提示しながら、進行する → 1)部屋の中で指示書を提示し、移動の準備をする → 1)案内の内容を示した文章を提示しながら、読み上げる。3回ほど繰り返し読み上げたら、「時間がないので移動します」と伝える 9.ディスカッション(5分) →ペア同志で感想を交換し合う 10.解説講義(20分) 1)感想発表 ・3人程度に感想を聞く 2)疑似体験の内容と狙いの解説 ・1回目と2回目の課題の流れを説明 ・「放置」、「介助者交代」、「施設内の案内」がポイントであること、そのポイントを通して、理解してもらいたい基本的配慮(離れない、名前を言う、ゆっくり話す)を伝える → 1)講師側の伝えたいことに結びつけるため、「放置されたとき」、「誘導役が交代したとき」、「館内の説明を受けていたとき」の感想を尋ねる → 2)解説資料(教材(iv))をもとに進める ---278---279 教材(i)(進行についての説明資料) スライド6枚 (1)盲ろう疑似体験の目的 盲ろう者が日々遭遇している困難や不便さやを体験する。 盲ろう者の置かれている心理を共感的に理解する (2)準備するもの 携帯型音楽プレイヤー ヘッドホン 耳栓 (使用した耳栓はお持ち帰りください) アイマスク ティッシュペーパー (3)盲ろう疑似体験の進行 @二人一組でペアになり、どちらが最初に盲ろう役になるか決めてください。 A盲ろう者役は、疑似体験セットを装着して、盲ろう状態になってください。 B誘導役は、自分のペアの盲ろう者役と一緒に行動してください。 C行動の内容については、進行役から誘導役に指示します。 疑似体験は2回行い、それぞれの役割を1度ずつ体験します (4)盲ろう疑似体験のルール 進行役から、誘導役に行動を指示します。 誘導は、これに従って行動してください。 誘導役は、コミュニケーションをとるときは、手書き文字を使用してください。声を出して、話さないようにしてください。 盲ろう者役は、声や手話を出しても構いません。 盲ろう者役は、盲ろう疑似体験セットを装着したら、 終了の合図があるまで外さないようにしてください。 (5)手書き文字の方法 盲ろう者役の手のひらの上に文字を書きます。 通じやすいように、お互い工夫しながらやってみてください。 (6)移動介助の基本姿勢 [移動介助の基本姿勢のイラスト] 誘導役は安全を第一に盲ろう者役を誘導してください 教材(ii)(疑似体験 1回目の指示書) スライド5枚 (1)自由にお互いの 自己紹介をして下さい たとえば・・・ 「私の名前は〇〇です。あなたの名前は?」 「どちらにお住まいですか?」「私は□□区です」 「好きな食べ物は何ですか?」「私は△△です」 など (2)進行役の後に続いて歩き始めてください (3)盲ろう者役から黙って離れてください (4)盲ろう者役に近づき てのひらに「へやにもどります」と書いてください (5)席に座ったら終わりの合図を してください 教材(iii)(疑似体験2回目の指示書) スライド9枚 (1)「講師が、『これから施設内をご案内します。立ち上がって、移動の準備をしてください』と言っています」と手書き文字で伝えてください (2)進行役の後に続いて歩き始めてください (3)今から言うことを手書き文字でそのまま伝えて ください (4)こちらはボランティア活動室の前です。椅子が2脚あり、その奥にベランダに出る窓があります。窓は危ないので開けないでください。 (5)こちらは1階のロビーです。1階には事務室や書籍の貸出コーナーがあり、くつろげる椅子がたくさん置いてあります。座りますか? (6)こちらはトイレの前です。男女別のトイレがあります。入口横には高齢者が作った飾りが展示されています。触ってみますか? (7)ここで誘導役を交代します (8)盲ろう者役に名前を言わずに、てのひらに「へやにもどります」とだけ書いてください (9)席に座ったら終わりの合図をしてください ---280---281 教材(iv)(解説資料) スライド8枚 (1)1回目 自己紹介→移動→放置(←ポイント@) 2回目 移動→館内案内→放置(←ポイント@)→介助者交代 (2)「できる限り、離れない」 通訳・介助員がいなくなると、盲ろう者は情報を得る手段をなくし、大きな不安を覚えます。 できる限り、盲ろう者が一人になる状況を作らないようにしましょう。 会話を中断して席を立ったり、 会話の相手が変わるとき、 「離れる理由」「離れる時間」などを 説明してから、離れましょう。 (3)盲ろう者Aさんの困った! 買い物中、「店員はどこかいないかな?」と尋ねたら、通訳介助者が「ちょっと待って!」と言って、自分から離れて店員を呼びに行ってしまう。 (4)1回目 自己紹介→移動→放置 2回目 移動→館内案内→放置→介助者交代(←ポイントA) (5)「はじめに名前を伝える」 視覚の活用が難しい盲ろう者は、まず名前を言わないと、誰に話しかけられたかわかりません。 そっと手や肩に触れてから話しかけ、名前を伝えてください。 (6)盲ろう者Bさんの困った! 「こんにちは。お久しぶりですね。お元気そうで」と声をかけられて、話を合わせたんだけど、いったい誰だったんだろう・・・ (7)1回目 自己紹介→移動→放置 2回目 移動→館内案内(←ポイントB)→放置→介助者交代 (8)「情報を伝えるための技術」 通常の話の速度そのままで、盲ろう者に内容を伝えることは極めて困難です。 盲ろう者は内容をつかめず、自ら考え、判断することができなくなってしまいます。 そのため、「伝え方を工夫する」、「相手側に配慮を求める」などの情報を伝えるための技術が必要になります。 →盲ろう者の通訳技術(事後説明・環境調整・優先順位の判断など) 今後の講習で習得!! *** 第3章 視覚・聴覚障害の理解 +++ 1.目的  視覚障害や聴覚障害の状態・程度による見え方、聞こえ方の違いを理解し、それぞれに応じた支援の基本姿勢を理解する。 +++ 2.内容  盲ろう障害の発症原因、視覚障害・聴覚障害の状態・程度、見え方・聞こえ方に応じた配慮を理解する。 +++ 3.ポイント (1)「見えにくさ」「聞こえにくさ」に重点を置く  保有する視覚機能・聴覚機能を活用する状態(弱視ろう、盲難聴、弱視難聴)の多様性の理解に焦点を当てる。 (2)「疾病・機能」にとらわれすぎないようにする  視覚・聴覚の医学的・生理学的な理解に重きを置くのではなく、視聴覚機能の障害の結果として発生する生活上の困難さに焦点を当てる。 ---282---283 (3)人的支援としての関わり方に重点を置く  さまざまな困難や問題とそれらに対する対処方法を理解したうえで、通訳・介助員としてどのように関わるのかを具体的に考える。 (4)疑似体験の手法を取り入れる  見えにくさ、聞こえにくさによってもたらされる困難を体験するとともに、どのようにすればその困難を解消できるか、そのための支援方法を体験的に理解できるようにする。  擬似的な体験にはシミュレーションゴーグルなどを用いて弱視の見え方を受講者自身がどのように感じたかを経験する自覚的な体験方法と、スライドやシミュレーションテープなどを用いて弱視の見え方や難聴の聞こえ方の一例を受講者に示す他覚的な体験方法の双方を準備することが望ましい。自覚的な方法のみの場合、受講者自身の見え方や聞こえ方が基準となってしまい、「思ったよりも見える」「思ったよりも聞こえる」など、盲ろう者が抱えている見えにくさ・聞こえにくさから生じる問題点を見過ごしてしまう可能性が考えられるからである。  さらに擬似的な体験を行う際には、実際の体験を行う時間および体験後の振り返りを行う時間を必ず準備し、決して体験のみで終わらせないように注意する。そのため、擬似的体験を行う際には、余裕のある時間設定が求められる。  見えにくさ、聞こえにくさの擬似的な体験は、この「視覚・聴覚障害の理解」のみにこだわらず、他の講義や実習との関連からカリキュラムを設定する。 (5)視聴覚教材を活用する  見えにくさを示したスライド(第1部第2章「視覚・聴覚障害の理解」参照)や難聴の聞こえを知ることができるシミュレーション音源(インターネット上で入手可能)を教材として活用する。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:パワーポイント、プロジェクター、スクリーン、スピーカー、シミュレーションテープ、シミュレーションゴーグル 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.視覚障害の理解(50分) ・視覚の特徴、目の構造、おもな目の病気、見えにくさとその支援方法 →見えにくさを擬似的に体験できるスライドの活用 →シミュレーションゴーグルを用いた弱視体験 →体験後には振り返りを行い、見えやすくするために必要な支援方法を考えることを大切にする 3.休憩(10分) 4.聴覚障害の理解(50分) ・聴覚の特徴、耳の構造、おもな耳の病気、聞こえにくさとその支援方法 →聞こえにくさを擬似的に体験できるシミュレーションテープを活用した難聴体験 →体験後には振り返りを行い、聞こえやすくするために必要な支援方法を考えることを大切にする 5.質疑応答(5分) ---284---285 *** 第4章 盲ろう者の日常生活とニーズ +++ 1.目的  盲ろう者の日常生活における課題と、その支援方法を理解する。 +++ 2.内容  盲ろう者の成育歴・障害歴、日常生活における困難、必要としている支援などを、盲ろう当事者による講義から知ることができる。 @成育歴・障害歴  出生から現在までの経歴(学校や仕事)、盲ろうになる経緯とともに、社会・心理的な変遷を取り上げる。 A日常生活における困難と支援  コミュニケーション方法、情報入手、移動など、独力では困難なことと人的・物的支援により解消していることについて取り上げる。  具体的な補助具や日常生活での便利グッズなどは、可能であれば実物を示すと、理解を図るうえでより効果的である。 B通訳・介助員に望むこと  通訳・介助員に望む関わり方や配慮などを取り上げる。 +++ 3.ポイント  本講義は盲ろう者本人が講師となって進めていくことが望ましい。また、盲ろう者の講師に対する通訳・介助員は、受講者にとっての見本の役割を果たすため、その選定や役割は非常に重要である。 (1)盲ろう講師 @打ち合わせ  講義に慣れていない盲ろう者の場合、どのような内容をどのような流れで話をすればよいか、十分な打ち合わせが必要である。 A講義の方法  盲ろう講師が一人で長時間の講義が難しい場合には、進行役からの質問に答える形で話を進めていくなどの工夫が必要となる。講義1コマを一人の盲ろう者が担当する方法や、複数の盲ろう者が担当するなど、状況に応じて構成する。 B人選  複数の盲ろう講師が講義を担当する場合には、コミュニケーション方法や年齢、日常生活などを配慮し、より多くの盲ろう者の現状を受講者に知ってもらえるような人選や講義内容を設定する。 C読み取り通訳の事前打ち合わせ  盲ろう講師が手話や指文字などの方法で講義をする場合には、事前に読み取り通訳の際の語句の用い方や講義時間などの伝え方を、盲ろう講師、通訳・介助員、さらにスタッフも含めた事前の打ち合わせ、確認を行う。 (2)盲ろう講師につく通訳・介助員の役割  講師を担う盲ろう者に付く通訳・介助員は、受講者にとっての見本という役割を持つ。 ・盲ろう講師が担当する講義が円滑に進み、目的を達成することができるように適切な情報保障を行う。 ・盲ろう講師の通訳・介助支援の経験が豊富である。 ---286---287 ・基本的には通訳・介助に徹するので、講義中の発言は認められない。 ・講義中、受講者の反応や盲ろう講師に伝えなければならないと判断される 情報を適切な方法で、適切なタイミングを図り、盲ろう講師に情報保障を行う。  さらに本講義には、盲ろう者の個人情報やプライバシーに関わる内容が多く含まれる。個人情報やプライバシー保護の観点や通訳・介助員としての守秘義務などとあわせて補足説明することが望ましい。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:講義の内容に沿ったレジュメなど 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師紹介(5分) 2.講義1(30分) 講師自己紹介 1)成育歴・障害歴 2)日常生活における困難と支援 3)通訳・介助員に望むこと など 3.質疑・応答(20分) →受講生から質問が出ない場合には、スタッフなどが積極的に質問や確認を行い、盲ろう講師の話の内容をより膨らませるように努める →講義で語られた制度や専門用語に関しては、事前の講義内容に含まれていれば再確認ができると望ましい。講習会の講義では未学習の内容であれば、補足説明を加える 4.休憩(10分) 5.講師紹介(5分) 6.講義2(30分) →1コマに複数の盲ろう講師が担当をする場合には、盲ろう者の多様性を知らせることができるような講師人選と講義内容が設定できることが望ましい 7.質疑・応答(20分) *** 第5章 盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点 +++ 1.目的  盲ろう者とコミュニケーションをとる際の留意点について、コミュニケーション方法(音声、筆記、手書き文字、手話、点字・指点字、ローマ字式指文字など)ごとに理解する。 +++ 2.内容  地域の実情に合わせた各種のコミュニケーションの方法と、それぞれのコミュニケーション法を用いる際の留意点を明らかにするための講義を行う。 (1)音声 ・音声の基本的な体勢 ・盲ろう者が理解をしているのか注意しながら会話を行う。 ・盲ろう者によって聞き取りやすいスピードや声の大きさ、高低に差がある。 ・聞こえやすさを考慮して、静かな環境で行う。 ・聞き取りにくい言葉は必要に応じて言い換えや補足を行う。 母音が同じ言葉 例)「たばこ」「たまご」「なまこ」 質問されているのかどうか 例)「元気です?」「元気ですか?」 同じ意味の言葉をより分かりやすく 例)数字「1(いち)」との違いを明確にするためには、数字「7」を「しち」と言うか、「なな」と言うか。 ・マナー、エチケット 例)口腔衛生を保つ。 香水などの香りの強いものは避ける。  ---288---289 (2)筆記 ・筆記の基本的な体勢 例)パソコンを利用する場合、紙とペンを使用する場合 ・盲ろう者が理解をしているのか注意しながら会話を行う。 ・盲ろう者によって分かりやすい文字の大きさや読み取るスピードに違いがある。 例)パソコンディスプレイの背景色や文字の色やフォントや大きさ、スクロールのスピード、紙の色や大きさ、使用するペンの太さや色 ・あいづちや笑った時の伝え方 例)サインの活用(イエス、ノーなど) ・書き間違えた時の修正方法 ・自分の発言は、声を出しながら文字を書くように意識する。 ・マナー、エチケット 例)爪は短く切りそろえる。大きな指輪などははずす。 (3)手書き文字 ・手書き文字の基本的な体勢 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら会話を行う。 ・盲ろう者によって分かりやすい文字の種類や大きさ、文字を書く速さや場所に違いがある。 ・あいづちや笑った時の伝え方  サインの活用(イエス、ノーなど) ・書き間違えた時の修正方法 ・正しい筆順や判別しにくい文字表現の工夫。 例) 「も」 「ス」「ヌ」  「コ」 「0」など ・自分の発言は、声を出しながら手書き文字を書くように意識する。 ・マナー、エチケット 例) 爪は短く切りそろえる。 大きな指輪などははずす。 香水などの香りの強いものは避ける。 (4)手話 弱視手話 ・手話の基礎 ・弱視手話の基本的な体勢 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら会話を行う。 ・盲ろう者によって分かりやすい手話の大きさ、スピード、話者との距離が異なる。 ・見やすさを考慮した環境(話者の服装・照明・立ち位置・背景など)。  例)ロービジョン疑似体験を実施し、実際に確認をする。 ・マナー・エチケット  例) 爪は短く切る。 指輪ははずす 香水などの香りの強いものは避ける など   触手話 ・手話の基礎 ・触手話の基本的な体勢 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら会話を行う。 ・手話を示す範囲や動きを意識する。 例)横は肩幅、縦は胸から首元位の範囲で手指の動きはゆっくり・はっきりと など ・間違えやすい手話の表現の工夫 例) 「今」「今日」 「日本」「国」 形が同じ数字と指文字との違い「7」「し」 など ---290---291 ・盲ろう者の身体や話者の身体に直接接するような表現を避け、身体から少し浮かせて表現するように意識する。 ・マナー・エチケット  例) 爪は短く切る。 指輪ははずす 香水などの香りの強いものは避ける など   (5)点字・指点字 ・点字の基礎 ・点字の基礎から指点字・ブリスタへ ・指点字の基本的な体勢 ・あいづちや笑った時の伝え方 例)サインの活用(イエス、ノーなど) ・打ち間違えたときの修正方法 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら会話を行う。 ・自分の発言は、声を出しながら指点字を打つように意識する。 ・マナー・エチケット 例) 爪は短く切りそろえる。 大きな指輪ははずす 香水などの香りの強いものは避ける など (6)ローマ字式指文字 ・ローマ字式指文字の基礎 ・ローマ字式指文字の基本的な体勢 ・盲ろう者が発信したローマ字式指文字の受信方法を確認する。 例) 手のひらにあてて受信をする 眼前に発信をしてもらい、目で読みとる ・あいづちや笑った時の伝え方 例)サインの活用(イエス、ノーなど) ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら会話を行う。 ・自分の発言は、声を出しながらローマ字式指文字を出すように意識する。 ・マナー・エチケット  例) 爪は短く切りそろえる。 大きな指輪ははずす 香水などの香りの強いものは避ける など   +++ 3.ポイント  コミュニケーション方法は多種多様にわたることから、地域の盲ろう者のニーズやコミュニケーション方法を踏まえたうえで、地域の実情に合わせたコミュニケーション方法の選択や時間配分などを考慮したカリキュラムを編成する。  一つのコミュニケーション方法について、例えば技法と留意点に関する講義1時間、実習2時間といった編成が通例であるが、講義・実習を合わせて1コマで実施するのも有効である。 ---292---293 +++ 4.指導例 (1)音声 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:留意点を記した資料など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.講義(15分) 1)音声の基本的な体勢 2)聞き取りやすいスピードや声の大きさ、高低の個人差 3)盲ろう者が理解をしているのかを注意する →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 5)聞き取りにくい言葉の言い換えや補足説明 6)マナー、エチケット 5.質疑応答(10分) (2)筆記 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:パソコン、紙、筆記用具、留意点を記した資料など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.講義(15分) 1)筆記の基本的な体勢 パソコンを利用する場合、紙とペンを使用する場合 2)盲ろう者が理解をしているのか注意する 3)分かりやすい文字の大きさや読み取る スピードの個人差 →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →パソコンのスクロールの様子や筆記用具など具体的に示す 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 4)あいづちなどの伝え方やサインの活用 5)書き間違えた時の修正方法 6)自分の発言方法 7)マナー、エチケット →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) ---294---295 (3)手書き文字 時間: 60分(休憩10分含む) 準備物:文字の書き方表(書き順など)、留意点を記した資料など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.講義(15分) 1)手書き文字の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのか注意する 3)分かりやすい文字の大きさや位置、速さの個人差 →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する 3.休憩(10分) 4)あいづちなど伝え方やサインの活用(20分) 5)書き間違えた時の修正方法 6)正しい筆順や判別しにくい文字表現の工夫 7)自分の発言方法 8)マナー、エチケット →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 4.質疑応答(10分) (3)手書き文字 時間: 60分(休憩10分含む) 準備物:文字の書き方表(書き順など)、留意点を記した資料など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.講義(15分) 1)手書き文字の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのか注意する 3)分かりやすい文字の大きさや位置、速さの個人差 →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 4)あいづちなど伝え方やサインの活用 5)書き間違えた時の修正方法 6)正しい筆順や判別しにくい文字表現の工夫 7)自分の発言方法 8)マナー、エチケット →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) (4)手話 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:指文字一覧表、手話の単語表など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 →手話の基礎などは導入として行い、その後に弱視手話。触手話とに分けて話を進めた方が、共通性と特異性がより分かりやすくなる 2.手話の基礎(50分) 弱視手話 1)弱視手話の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのか注意する 3)分かりやすい手話の大きさ、スピード、話者との距離の個人差 4)見やすさを考慮した環境 5)マナー・エチケット →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →弱視の疑似体験などを通して見えにくさを理解する 3.休憩(10分) 4.触手話(50分) 1)触手話の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのか注意する 3)手話を示す範囲や手話表現の動きを意識する 4)間違えやすい手話の表現の工夫などの表現方法 5)マナー・エチケット  →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(5分) ---296---297 (5)点字・指点字 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:点字一覧表、指点字一覧表、ブリスタ・パーキンスブレイラーなどの点字タイプライター 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.講義(15分) 1)点字の基礎 2)点字の基礎から指点字・ブリスタへ 3)指点字の基本的な体勢 4)あいづちなどの伝え方やサインの活用 →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →点字タイプを示しながら、実際の様子を理解できるように配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 5)打ち間違えたときの修正方法 6)盲ろう者が理解をしているのか注意する。 7)自分の発言方法 8)マナー・エチケット →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) (6)ローマ字式指文字 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:ローマ字式指文字一覧表など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・狙いなどの説明 2.講義(15分) 1)ローマ字式指文字の基礎 2)ローマ字式指文字の基本的な体勢 3)盲ろう者が発信するローマ字式指文字の受信方法の確認 →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 4)あいづちなどの伝え方やサインの活用 5)盲ろう者が理解をしているのか注意する 6)自分の発言方法 7)マナー・エチケット  →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) ---298---299 *** 第6章 盲ろうコミュニケーション実習 +++ 1.目的  盲ろう者とのコミュニケーション方法(音声、筆記、手書き文字、手話、点字・指点字、ローマ字式指文字など)ごとに、必要な技術を習得する。 +++ 2.内容   地域の実情に合わせた各種コミュニケーション方法により実習を行う。盲ろう者と実際に会話を行うことで、コミュニケーションの成立を実感する。 +++ 3.指導のポイント ・「盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点」で学んだポイントに沿った実践ができているかについて、実習を通して理解させる。 ・コミュニケーション実習の際に、盲ろう講師と補助講師が受講者の会話の方法・姿勢・態度などを評価するためのチェックリストを作成する。 ・盲ろう講師向け:自分が会話をして気づいた点について評価する。 ・補助講師向け :盲ろう講師が気づいていない点についても目を配り、評価する。 ・チェックリストはA4サイズ1枚程度にまとめ、チェックリストに気を取られて、受講者の様子が見られないということにならないように、講師・補助講師は注意する。 チェックリスト例 (1)音声 @盲ろう講師用 ・受講者は盲ろう講師が話をすることができる状態になっていることを確認してから話を始めたか。 ・受講者は自分の名前を伝えたか。 ・受講者は自分がどこにいるのかを伝えたか。 ・受講者は会話を始める前に、聞きやすい声の大きさ、話す速度を確認したか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・受講者とスムーズにコミュニケーションをとることができたか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること・誰と交代するのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから、離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・受講者は自分の名前を、盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師に自分の場所を明らかにすることができたか。 ・会話に入る前に、盲ろう講師の聞きやすい声の大きさ、話す速度などを確認することができたか。 ・盲ろう講師との会話中に、盲ろう講師が分かるような相づちなどを打つことができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながらコミュニケーションを進めることができたか。 ・盲ろう講師から離れる際に、次の受講者が誰であるのかなどを、事前に盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか など。 ---300---301 (2)筆記 @盲ろう講師用 ・受講者は盲ろう講師が話をすることができる状態になっていることを確認してから話を始めたか。 ・受講者は自分の名前を伝えたか。 ・受講者は会話に入る前に、読み取りやすい文字の書き方や大きさ、筆記道具などの確認をしたか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・受講者とスムーズにコミュニケーションをとることができたか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること・誰と交代するのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから、離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・受講者は自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師に自分の場所を明らかにすることができたか。 ・盲ろう講師の読み取りやすい姿勢や文字の書き方や大きさ、筆記道具などを確認することができたか。 ・盲ろう講師との会話中に、盲ろう講師がわかるような相づちなどを打つことができたか。 ・盲ろう講師との会話中に自らも声を出していたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながらコミュニケーションを進めることができたか。盲ろう講師から離れる際に、次の受講者が誰であるのかなどを事前に盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか など。 (3)手書き文字 @盲ろう講師用 ・受講者は盲ろう講師が話をすることができる状態になっていることを確認してから話を始めたか。 ・受講者は自分の名前を伝えたか。 ・受講者は会話に入る前に、読み取りやすい文字の書き方や大きさ、速さなどの確認をしたか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・受講者とスムーズにコミュニケーションをとることができたか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること・誰と交代するのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・受講者は自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師に自分の場所を明らかにすることができたか。 ・盲ろう講師の読み取りやすい姿勢や文字の書き方や大きさ、速さなどを確認することができたか。 ・盲ろう講師との会話中に、盲ろう講師が分かるような相づちなどを打つことができたか。 ・盲ろう講師との会話中に自らも声を出していたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながらコミュニケーションを進めることができたか。盲ろう講師から離れる際に、次の受講者が誰であるのかなどを事前に盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか など。 (4)手話 @盲ろう講師用 ・受講者は盲ろう講師が話をすることができる状態になっていることを確認してから話を始めたか。 ・受講者は自分の名前を伝えたか。 ・受講者は会話に入る前に、読み取りやすい手話の速度・表現の大きさなど ---302---303 の確認をしたか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・受講者とスムーズにコミュニケーションをとることができたか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること・誰と交代するのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・受講者は自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師に自分の場所を明らかにすることができたか。 ・盲ろう講師の読み取りやすい姿勢や位置、手話表現の大きさや速度などを確認することができたか。 ・盲ろう講師との会話中に、盲ろう講師が分かるような相づちなどを打つことができたか。 ・盲ろう講師との会話中に自らも声を出していたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながらコミュニケーションを進めることができたか。盲ろう講師から離れる際に、次の受講者が誰であるのかなどを事前に盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか など。 (5)点字・指点字 @盲ろう講師用 ・受講者は盲ろう講師が話をすることができる状態になっていることを確認してから話を始めたか。 ・受講者は自分の名前を伝えたか。 ・受講者は会話に入る前に、読み取りやすい指点字の打つ指の位置や速度などの確認をしたか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・受講者とスムーズにコミュニケーションをとることができたか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること・誰と交代するのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・受講者は自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師に自分の場所を明らかにすることができたか。 ・盲ろう講師の読み取りやすい姿勢や指点字の打つ指の位置や速度などを確認することができたか。 ・盲ろう講師との会話中に、盲ろう講師が分かるような相づちなどを打つことができたか。 ・盲ろう講師との会話中に自らも声を出していたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながらコミュニケーションを進めることができたか。盲ろう講師から離れる際に、次の受講者が誰であるのかなどを、事前に盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか など。 (6)ローマ字式指文字 @盲ろう講師用 ・受講者は盲ろう講師が話をすることができる状態になっていることを確認してから話を始めたか。 ・受講者は自分の名前を伝えたか。 ・受講者は会話に入る前に、読み取りやすいローマ字式指文字の速度などの確認をしたか。盲ろう講師が発信するローマ字式指文字の受信方法を確認したか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしたときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・受講者とスムーズにコミュニケーションをとることができたか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること・誰と交代するのかを伝え ---304---305 たか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・受講者は自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師に自分の場所を明らかにすることができたか。 ・盲ろう講師の読み取りやすい姿勢やローマ字式指文字の速度などを確認することができたか。盲ろう講師が発信するローマ字式指文字の受信方法を確認することができたか。 ・盲ろう講師との会話中に、盲ろう講師が分かるような相づちなどを打つことができたか。 ・盲ろう講師との会話中に自らも声を出していたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながらコミュニケーションを進めることができたか。盲ろう講師から離れる際に、次の受講者が誰であるのかなどを事前に盲ろう講師に伝えることができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか など。 +++ 4.運営のポイント (1)カリキュラム編成  コミュニケーション方法は多種多様にわたることから、地域のニーズをふまえたうえでカリキュラムを編成する。  一つのコミュニケーション方法について、例えば技法と留意点に関する講義1時間、実習2時間といった編成が通例であるが、講義・実習を合わせて1コマで実施するのも有効である。  時間数の制約などで多種のコミュニケーションを取り上げることによって、通訳・介助員として活動する最低限のコミュニケーション手段すら身につかないと予想される場合などは、すべてを実習によるものとはせずに概論の時間などで紹介するなどの方法をとる。 (2)実習を行う際に必要なスタッフと役割  このコミュニケーション実習は盲ろう者本人が講師となって進めていくことが望ましい。また、盲ろう者の指導を補助する非盲ろう者の講師(補助講師)や盲ろう講師につく通訳・介助員も指導の質を高めるために重要である。それぞれのスタッフについての役割は、以下の通りである。 @講師  実習で受講者の相手となるなど、受講者に直接技術の指導を行う。  実習の実技後に行うグループ討議やふりかえりのディスカッションの進行や助言を行い、実習の目的が達成されるための指導を行う。  盲ろう講師は受講者と直接会話をすることで、受講者に個々の盲ろう者の違いを実感させる。また補助講師やスタッフと相談しながら、実習の具体的な内容を考え、実施する。 A補助講師 補助講師の要件 ・通訳・介助員としての心構えや倫理を熟知し、適切に実践できる技量のある者。 ・補助講師として盲ろう講師と受講者との実習を見守ると同時に、担当していない受講者にも目を配ることができる。 ・実習を担当する盲ろう講師への通訳・介助経験が豊富である。 補助講師の役割 ・盲ろう講師の補佐的な役割を果たす。 ・盲ろう講師が直接指導していない他の受講者への指導・助言を行う。盲ろう講師が気づかなかった点などを補佐し、盲ろう講師との連携を図る。 ・補助講師は基本的には盲ろう講師への通訳・介助は行わず、補助講師として講師がスムーズに実習を進めていけるように補助する。 ・盲ろう講師と同じ指導者的な視点にたち、盲ろう講師が直接指導できない状態での受講者からの質問などへの対応も行うが、補助講師が指導・対応した内容は適宜盲ろう講師に伝え、連携を図る。 ---306---307 B盲ろう講師につく通訳・介助員 盲ろう講師につく通訳・介助員の要件 ・盲ろう講師が担当する実習が円滑に進み、目的を達成することができるように適切な情報保障を行う。 ・盲ろう講師への通訳・介助支援の経験が豊富である。 ・受講者の見本となる通訳・介助員である。 ・盲ろう講師を尊重しつつ、同時に必要な場面でのアドバイスなどができる。 ・講師の視点を持つことができる。   盲ろう講師につく通訳・介助員の役割 ・基本的には通訳・介助に徹するので、実習中の発言は認められない。 ・盲ろう講師と受講者が意思疎通できないとき、すみやかに仲介する。 ・実習中、受講者の言動など、指導しなければならないことがあれば、盲ろう講師に伝え、盲ろう講師から注意・アドバイスができるようにする。 (3)実習の方法 1.受講者をいくつかのグループに分ける。1グループは5名程度、多くても8名程度になるように人数を調整する。それぞれのグループは達成目標の違いや、実習内容の違いなどを考慮して編成する。 2.各グループに盲ろう講師1名、補助講師1名、盲ろう講師の通訳・介助員を最低1名配置する。主催者側スタッフの関係で、補助講師と盲ろう講師の通訳・介助員が同一人物になることもありうる。 3.受講者が盲ろう講師と一対一で対話ができるように順番に実習を行う。 4.盲ろう講師は受講者との対話を通して気づいた点を助言する。 5.補助講師、または盲ろう講師の通訳・介助員は、盲ろう講師が気づきにくい受講者の様子や全体の様子などに目を配り、適宜盲ろう講師に伝える。また、タイムキーパーなどを行い、講師の補佐的な役割を担う。 6.盲ろう講師の確保が難しい場合には、そのコミュニケーション方法を十分に習得・理解している通訳・介助員が講師となり、擬似的に行う。 7.一定時間が過ぎたら講師を交代し、受講者全員がすべての講師と対話ができるように配慮する。 (4)実習のグループ編成の例と各グループの達成目標(例) @音声 各グループの達成目標 グループ1:「マイクを通して」 →  FM補聴器などの補聴システムを利用し、意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。 グループ2:「直接耳元に」 → 盲ろう者の耳元に直接語りかけることで意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。  音声の実習では環境整備がより求められる。他のグループに声が紛れこまないように部屋の大きさとグループ数によっては、複数の部屋を用意するなどの配慮が必要となる。 A筆記・手書き文字 各グループの達成目標 グループ1:「パソコンの利用」 → パソコン入力により、意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。 グループ2:「紙とペンの使用」 → 紙とペンを利用して、意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。  盲ろう講師と直接対話をしていない受講者にはパソコンや紙、ペンを余分に準備し、自由に使えるように配慮する。 各グループの達成目標 グループ1:「盲ろう講師 Aさんと話そう」 グループ2:「盲ろう講師 Bさんと話そう」  スキルの違いではなく、同じ手書き文字というコミュニケーション方法であっても、盲ろう者によっての違いを知ることを実習の目的とする。 B手話(弱視手話・触手話) 各グループの達成目標 グループ1:「手話入門」 → 指文字、数字、自分の名前や住所を伝える。 グループ2:「手話初級」 → あいさつと自己紹介ができる。 グループ3:「手話中級」 → 意思疎通を図ることができる。 グループ4:「手話上級」 → 意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。 ---308---309 C点字・指点字 各グループの達成目標 グループ1:「点字の入門」 → 五十音、濁音、半濁音、拗音、数字 グループ2:「指点字初級」 → あいさつと自己紹介ができる。 グループ3:「指点字中級」 → 意思疎通を図ることができる。 グループ4:「指点字上級」 → 意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。  点字の基礎を学ぶグループや、盲ろう講師と直接対話をしていない受講者にはブリスタを準備し、予め用意した練習問題に取り組んだり、自由に使えるように配慮する。 Dローマ字式指文字 各グループの達成目標 グループ1:「ローマ字式指文字の入門」 → 五十音、濁音、半濁音、拗音、数字 グループ2:「ローマ字式指文字初級」 → あいさつと自己紹介ができる。 グループ3:「ローマ字式指文字中級」 → 意思疎通を図ることができる。 グループ4:「ローマ字式指文字上級」 → 意思疎通を図り、会話を楽しむことができる。 (5)様々な障害や制限を有する受講者への配慮 @聴覚障害や言語障害のある受講者  音声での会話が難しい聴覚障害のある受講者に対しては、他のコミュニケーション方法での実習に置き換えるなどの配慮が必要である。  たとえば、音声の実習グループには属さず、手話や点字・指点字、筆記、手書き文字、ローマ字式指文字などの実習グループに属するような配慮を行う。 A視覚障害のある受講者  墨字による筆談が難しい視覚障害のある受講者に対しては、他のコミュニケーション方法での実習に置き換えるなどの配慮が必要である。  たとえば、筆記、手書き文字の実習グループには属さず、音声や点字・指点字、音声、ローマ字式指文字などの実習グループに属するような配慮を行う。 B運動機能に制限のある受講者  上肢の可動域に制限があったり、細かな動きが難しい受講者に対しては、可能なコミュニケーション方法での実習に置き換えるなどの配慮が必要である。  たとえば、筆記、手書き文字、点字、指点字、手話などの実習グループには属さず、音声などの実習グループに属するような配慮を行う。  各受講者の状況を考慮し、実習で取り上げるコミュニケーション方法やグループ編成を組み立てる。 +++ 5.指導例 時間:240分(休憩20分含む) 準備物:チェックリストなど  指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.ガイダンス・グループ分け(15分) 実習の流れなどを説明する 講師の紹介 →グループ分けにあたっては、事前に受講者のコミュニケーションスキルや考慮すべき点を把握し、それぞれの目標を達成できるように配慮する 2.グループごとのミーティング(15分) 全員での自己紹介、実習の順番を決める 3.コミュニケーション実習(120分) →盲ろう講師、補助講師ともにチェックリストを参考に、各受講者のコミュニケーションの状況を観察・評価する。実習中に適宜指導・助言を行う →グループの構成人数やグループ数によって、受講者一人ずつの実習時間を算出する →グループ内の会話が滞っている場合には、講師または補助講師が話題提供するなど、会話の活発化に配慮する実際に盲ろう講師と会話をしていない受講者が集中力を持続 できるように補助講師は配慮をする →受講者が交代をする際、コメントを伝え、質問を受ける 4.休憩(10分) 5.グループ内での反省会(30分) 6.休憩(10分) →実習を振り返り、受講者からの感想や質問を引き出す。良かった点や留意して欲しい点などを盲ろう講師(補助講師)からコメントする 7.全体の振り返り、盲ろう講師からの講評、全体での質疑応答(40分) →各盲ろう講師より、実習を振り返りながら、通訳・介助員として心がけて欲しい事柄などを受講者全体に共有する ---310---311 *** 第7章 通訳・介助員の心構えと倫理 +++ 1.目的  通訳・介助員は、コミュニケーション支援、移動支援、情報に関する支援を盲ろう者に提供するが、それぞれの支援には「盲ろう者と接するうえでの心構え」や「対人援助職としての倫理観」という土台が不可欠となる。この土台がなければ、盲ろう者への支援は、個々の通訳・介助員の価値観に依存した自己流の支援になってしまう。  そこで、本講義では、通訳・介助員がどのような心構えと職業倫理を持って、盲ろう者の支援、並びに通訳・介助業務に臨むのかを理解することを目的に実施する。 +++ 2.内容 (1)通訳・介助員の心構え  通訳・介助業務にあたるうえでの心の準備(シミュレーション、事前準備、個別的対応、受容的態度、自己決定の尊重)を学ぶ。 (2)通訳・介助員の職業倫理  盲ろう者を支援する専門職として、また、業務に対する対価(報酬)を受け取る立場として、最低限、守らなければいけない規範(職務専念義務、守秘義務、自己研鑽)を学ぶ。 +++ 3.ポイント  心構えや倫理といった抽象的な理念を説明する際、具体例を示さないと、受講者には意図が伝わらなかったり、誤って理解してしまったりする場合がある。通訳・介助の事例や講師自身の体験談などを織り交ぜながら、心構えと倫理の内容を具体的に理解できるように指導する。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:レジュメ 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介(5分) 2.シミュレーション(10分) 1)コミュニケーション(会話) 2)通訳 3)移動介助 →講師の経験も踏まえながら、具体的に話す 3.事前準備(15分) 1)服装 2)装飾品 3)手指 4)荷物 5)持ち物 6)匂い →ひと通り説明した後、現在の服装や装飾品、手指などが、通訳・介助に適しているか、隣の受講者と話し合ってもらう 4.個別的対応(10分) 1)個別的対応とは? 2)事例と対応 「今度初めて会う弱視ろうのAさんは、いつもよく担当するBさんと状況が同じだ。手引きされることは嫌がるだろうから、しなくて大丈夫だな」と思っていたら、「この間の通訳・介助員は暗くなっても手引きをしてくれず、怖い思いをした」という苦情が弱視ろうのAさんから、派遣事務所に寄せられる。 ・通訳・介助員が先入観で判断していないかをいま一度、考えてみる(「Bさんと状況が似 ているけれども、通訳・介助の方法は違うかもしれない」など) ・決定通知書で得られた情報をもとに、支援上、気になる点があれば、派遣事務所に確認 をする →「他にもこのような例があります」という流れで、テキスト以外の事例も示しながら話を進める ---312---313 5.受容的態度(10分) 1)受容的態度とは? 2)事例と対応 買い物を終え、自宅に通訳・介助員とともに戻ってきた盲ろう者。盲ろう者から「こ れ棚にしまっておいてよ」と言われたが、「棚にしまうのはご自分でお願いします」 と返答。「融通が利かない」と盲ろう者が怒り出してしまう。 ・相手の立場や背景に何があるかを想像する(「疲れているのかな?」「体調が悪いのか な?」など) ・相手の立場や背景を受け止めていることを言葉で示す(「ずいぶん歩いたので疲れたのですね」など) ・通訳・介助員としての業務の範囲内でサポートできることを示す(「では、一緒にやりましょう。私から空いている棚の場所を説明しますね」など) →「他にもこのような例があります」という流れで、テキスト以外の事例も示しながら話を進める 6.自己決定の尊重(10分) 1)自己決定の尊重とは? 2)事例と対応 盲ろう者が買い物中、通訳・介助員に「店員はどこかいないかな?」と尋ねたら、「ちょっと待って!」と言って、盲ろう者から離れて店員を呼びに行ってしまった。 ・通訳・介助員が得た情報をもとに先んじて判断・行動するのではなく、まず、盲ろう者に情報を伝える ・そのうえで、盲ろう者の判断を待ち、判断を受けてから対応する →「他にもこのような例があります」という流れで、テキスト以外の事例も示しながら話を進める 7.休憩(10分) 8.職務専念義務(15分) 1)職務専念義務とは? 2)事例 (通訳・介助員の木村が全盲難聴の香取を介助しながら歩いている。そこに、木村の友人の川口が通りかかり、木村に気づく) 川口「あ、木村さん、久しぶりです」 木村「久しぶりー。元気にしてた?」 (川口に向かって手をあげながら話しかける木村。香取は不思議そうな顔をしている) 川口「・・・なんか前会ったときより太ってません?」 木村「いやー、食欲の冬のせいか、最近、食べ過ぎてしまってねえ(笑)」 香取(困った顔をしている。それに気づく木村) 木村「あ、香取さん、実はいま友達とばったりあって、久しぶりって話をしてるんです」(香取の耳元で話す) 香取「あ、そうなんですかー」 木村「で、ちょっと、込み入った話しがあるので、待っててもらっていいですか?」 香取「え、ええ・・・。ごゆっくり・・・」(作り笑顔をしながら) 木村「じゃあ、ここで待っててくださいね」(香取から離れる木村) →講師とスタッフで事例をもとに寸劇をして、どのような点が問題かを考えさせ、数人に発表してもらう。そのうえで、どのような行為が職務専念義務に反するのか、説明する (想定される問題点) ・川口さんと会ったときに、香取さんにその状況を説明せずに、会話を初めている ・会話の内容を全く通訳していない ・事後に状況を説明している ・通訳・介助員の都合で盲ろう者から離れてしまうなど 9.守秘義務(15分) 1)守秘義務とは? 2)事例 松井(盲ろう者)「市原さんは、いろいろな人の通訳・介助でがんばってるみたいだね」 市原(通訳・介助員)「いえいえ、まだまだですよ」 松井「たとえば、どなたの通訳・介助に入ってるの?」 市原(通訳・介助員)「        」 →講師とスタッフで事例をもとに寸劇をしたあとに、受講者にどのように返答すべきかを考えさせ、数人に発表してもらう。そのうえで、どのような対応が望ましいのか、説明する (想定される対応例) ・守秘義務があるのでそれは言えません ・ごめんなさい、事務所から話してはいけないと言われてるんです ・ここのところ依頼のあったのは松井さんだけですねー ・最近、映画ばかり見に行ってて、あまり通訳・介助してませんねー など 10.自己研鑽(10分) 1)自己研鑽とは? 2)業務後の振り返り ・振り返りの重要性 ・振り返りの内容 3)各種研修 ・登録者向けの研修会の紹介 ・交流会の紹介 ・全国盲ろう者協会主催の大会や研修会の紹介 11.質疑応答(10分) ---314---315 *** 第8章 盲ろう通訳技術の基本 +++ 1.目的  盲ろう者が主体的に自己決定ができるようにするため、情報伝達の技術を理解する。 +++ 2.内容  盲ろう者への情報伝達の技術(通訳内容・状況説明、要約・説明・環境調整)について講義をする。 (1)一対一のコミュニケーションにおける配慮 @盲ろう者とのコミュニケーションの大切さ Aフィードバックの大切さ (2)通訳 ・言葉の伝達話者の発言を盲ろう者へ、盲ろう者の発言を相手へ、意味やニュアンスを変えずに忠実に伝える技術。 ・発言以外の周囲の情報を伝える技術。   (3)要約・省略・言い換え  盲ろう者の読み取りのペース、疲労度や理解度を考慮しながら、より分かりやすく伝える技術。 (4)説明  盲ろう者がより正しく、分かりやすく情報を得るために、状況を判断しながら行う技術。 @補足説明  言葉の伝達や状況説明だけでは本来の意味が伝わりにくい場合に用いる技術。 A事前説明  盲ろう者がより分かりやすくなるよう、事前に情報を伝える技術。 B事後説明  その場で伝えられなかった事柄を、後に整理して伝える技術。 (5)環境調整  盲ろう者が通訳を受けやすくなるように、環境を調整する技術。 ・盲ろう者の状況の理解 ・周囲への理解を求める (6)情報の優先順位の判断 (7)通訳技術活用における留意点 +++ 3.ポイント  まだ通訳・介助現場を体験していない受講者に対して、視聴覚教材の活用やロールプレイの活用など、より具体的に実践的に分かりやすく講義をする。 ---316---317 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:パワーポイント資料、視聴覚教材 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師自己紹介(5分) 講義内容・狙いの説明 2.盲ろう通訳技術の基本(10分) 1)一対一のコミュニケーションにおける配慮  通訳技術を論じる前の基本となるコミュニケーションの意味、人間関係の構築を学ぶ →フィードバックについては、相づちや笑いの共有など、具体的な例を示しながら、実際にそのような行動がもたらす心理的な安心感を説明する 3.講義(25分) 2)通訳 →望ましい通訳技術を説明するだけではなく、それらの技術を用いなかったときに生じるであろう盲ろう者が被る困難や不安も併せて説明をする →状況説明ではスライドを用いて、実際にどのような説明をするのかを受講者に体験してもらう →状況説明の一つの例として講師が示すことは大切だが、受講者の説明を批判するのではなく、不足している情報を補うような姿勢が必要である 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 3)要約・省略・言い換え →具体的な例を示しながら、実際にどのように要約を行うかを受講者に体験してもらう 5.講義(20分) 4)説明 具体的な例を示しながら、実際にどのような説明を行うかを受講者に体験してもらう 6.講義(20分) 5)環境整備 6)情報の優先順位の判断 7)通訳技術を活用における留意点 7.質疑応答(10分) 実際の通訳現場を想定しやすいようにロールプレイを行ったり、状況を設定したり、受講者が参加できるような環境を作る *** 第9章 移動介助実習T +++ 1.目的  本講義は、盲ろう者への移動介助を安心・安全に行うことができる技術を習得することを目的とする。  盲ろう者の移動介助方法の多様性をふまえつつ、比較的よく利用される介助方法を、よく遭遇する場面ごとに学習する。 +++ 2.内容 (1)移動介助における盲ろう者の特性  視覚障害者向けのガイドヘルプとは異なる部分があること、盲ろう者それぞれによっても移動介助方法が違うことを学ぶ。 (2)基本姿勢  盲ろう者への移動介助の基本姿勢(肘に捉まる、肩に手を置く)、移動介助の一連の流れを学ぶ。 (3)場面別移動介助方法  着席、狭所、ドア、段差、階段、トイレといった場面での移動介助方法を学ぶ。 ---318---319 +++ 3.ポイント (1)指導・運営の方法  本講義の指導・運営の方法ついては、盲ろう者に実際に移動介助をする「実習」形式と受講者同士でペアになり、盲ろう者役と通訳・介助員役を交代しながら疑似的に移動介助をする「演習」形式の2つがある。  実習形式は、盲ろう者を相手に実際の通訳・介助業務における移動介助と同じような状況を体験することができ、実践力が身につきやすいと考えられる。一方で、実習を担当する盲ろう者数が少なく、受講者数が多いと、「1対多」の指導体制になってしまい、必然的に受講者一人あたりの実習時間が減ってしまうという側面がある。  演習形式は、盲ろう者役と通訳・介助員役の「1対1」の体制になるため、さまざまな場面の移動介助の体験を提供しやすくなる。その一方で、盲ろう者役はあくまで「疑似的な盲ろう者」であり、実際の盲ろう者と状況が異なるため、現実の通訳・介助業務での移動介助の状況とは相違が出てしまうという可能性がある。  実習を担当できる盲ろう者の数や受講者数、予算や講習時間などを総合的に検討したうえで、どちらの形式で実施するかを決める必要があるだろう。  ここでは、「演習形式」についての留意点を、以下で説明する(実習形式での留意点は「移動介助実習II」を参照)。 (2)物理的環境  本講義は、建物内の部屋や設備を利用しながら、実施することができる。  部屋については、「移動介助の見本を示すため講師が動くスペース」、「着席や狭所の演習用の別室」などの確保が必要になる。  また、講習会の室外の設備(廊下・階段・トイレなど)も利用しながら進めていく必要がある。そのため、必要な設備がある会場を選定し、それぞれの設備についての利用許可を会場側に取る必要があるだろう。 (3)講師の役割  講師は、盲ろう者の移動介助の概要についての説明の講義をするとともに、基本姿勢や場面別移動介助方法の見本を見せる。また、受講者が演習をしている際に、その様子を見守り、動作に問題があれば、個別に助言をする。  講義を円滑に、より効果的に進めるためには、講師をサポートする補助講師が必要となる。補助講師は、「受講者の演習している際に、他の施設利用者に衝突しないように見守りをする」、「受講者が奇数になった時、ペアに入る」、「講師が見本を示す際、盲ろう者役になる」、「受講者の移動介助の動作に問題があれば、個別に助言する」といった役割を担う。ただし、講師と補助講師の助言内容が違わないように、前もって指導のポイントをすり合わせておく必要がある。 (4)盲ろう者役の視聴覚の遮断  演習では、盲ろう者役と通訳・介助員役に役割を分け、通訳・介助員役が盲ろう者役を移動介助する。本講義の目的は、あくまで、通訳・介助員役の受講者がさまざまな場面の移動介助の技術を習得することが目的であるため、必ずしも盲ろう者役はアイマスクや耳栓で視覚・聴覚を遮断する必要はない。視覚・聴覚の両方を遮断することにより、盲ろう者役が衝突や転倒を恐れ、足がすくんでしまい、通訳・介助員役が十分な演習ができない可能性もある。  ただ、視覚については遮断しないことにより、盲ろう者役が目で周囲の状況を確認し、通訳・介助員役が移動介助の動作をする前に、「先んじて障害物をよけてしまう」、「段差をスムーズに乗り越えてしまう」といったことが起こり、通訳・介助員役が自身の移動介助動作の問題に気がつかないということが起こり得る。  狭所や着席などはアイマスクを装着し、階段ではアイマスクを外して目を閉じるだけにするなど、演習場所や受講者に応じ、視覚の遮断状況を検討する必要がある。 ---320---321 +++ 4.指導例 時間:120分 準備物:アイマスク、ティッシュ 指導の展開:(→は指導方法・留意点) ※以下は、演習形式により講師(1名)と補助講師(1名)で、受講者(20名)を指導するという前提での指導案となる。 1.講師の自己紹介(5分) 2.移動介助における盲ろう者の特性(5分) 1)視覚障害者と盲ろう者の移動介助方法の違い 2)盲ろう者ごとの移動介助方法の違い →テキストをもとに独自性や多様性について説明 3.移動介助の基本(20分) 1)基本姿勢 ・腕につかまる方法 ・肩に手を置く方法 ・基本姿勢の変形(腕を組む、手をつなぐ) ・やってはいけない動作 2)移動介助の流れ ・移動の予告 ・移動の初期段階での確認 ・危険地帯・障害物 ・停止・方向転換 ・移動時の情報支援 ・雨天時 → 1)講師が通訳・介助員役、スタッフが盲ろう者役となって見本を見せる → 2)「移動の予告(手に触れて合図)」、「方向転換」、「雨天時の傘さし方法」についてそれぞれ見本を見せる 4.進行の説明、ペア作り(5分) →二人一組になる →著しい身長差があれば、受講者の入れ替えをする 5.着席(10分) →講師が見本を見せる →教室内のイスと机を使い、繰り返し着席動作を練習する(5分程度で交代) 6.平地(基本姿勢)での移動(5分) ・肘につかまる方法 ・肩に手を置く方法 →講師が見本を見せる →廊下を各方法で移動する(終わったら交代) 7.狭い場所の通過(15分) ・手を後ろに回す方法 ・手を狭い場所に誘導する方法 →それぞれ講師が見本を見せる →施設内の狭所を使う →狭所を順番に繰り返し通過する(各3回程度)(終わったら交代) →受講者(通訳・介助員役)の狭所の通過姿勢を講師が確認し、問題があれば、個別に指導・助言する 8.ドアの通過(15分) ・通訳・介助員が開閉しドアを抑える方法 ・通訳・介助員が開閉し盲ろう者がドアを抑える方法 →それぞれ講師が見本を見せる →施設内のドアを使う →ドアを順番に繰り返し通過する(各3回程度)(終わったら交代) →受講者(通訳・介助員役)のドアの通過姿勢を講師が確認し、問題があれば、個別に指導・助言する 9.階段の昇降(20分) ・介助しながら昇降する方法 ・手すりを使用して盲ろう者自身が昇降する方法 →講師が見本を見せる →各方法で3往復する(終わったら交代) →受講者(通訳・介助員役)の階段の通過姿勢を講師が階下で、補助講師が階上で確認し、問題があれば、個別に指導・助言する 10.その他(10分) 1)階段以外の段差 2)トイレ →時間や場所の関係で演習が難しい場面について、口頭で注意点を説明する 11.質疑応答(10分) ---322---323 *** 10章 通訳・介助実習T +++ 1.目的  基本的な通訳・介助の技術を習得する。 +++ 2.内容  移動中の情報提供も含む場面別の基本通訳・介助技術を想定した実習を行う。食事、買い物など、生活場面での通訳・介助を想定し、できれば屋外へ出かけた実習とする。設定した課題を行い、指定された時間内に会場に戻ることができるようなコースや実習内容とする。 +++ 3.指導のポイント (1)「盲ろう通訳技術の基本」や「移動介助実習」で学んだポイントに沿った実践ができているかを実習を、通して理解させる。 (2)通訳・介助実習の際に、盲ろう講師と補助講師が、受講生の通訳・介助の方法・姿勢・態度などを評価するためのチェックリストを作成する。 盲ろう講師向け:自分が通訳・介助を受けて気づいた点について評価する。 補助講師向け :盲ろう講師が気づいていない点についても目を配り、評価する。 (3)チェックリストはA4サイズ1枚程度にまとめ、チェックリストに気を取られて、受講生の様子が見られないということにならないように、講師・補助講師は注意する。 チェックリストの例 @盲ろう講師用 コミュニケーション ・受講者は自分が話し始めるときに必ず自分の名前を伝えていたか。 ・受講者は盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相づちを打つなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・自分が選択できるだけの情報提供があったか。 ・周りの状況がつかめずに不安に感じることがあったか。 ・次の受講者と交替する際には、交替をすること、誰と交替をするのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか。 移動介助 ・歩く速度は適していたか。 ・安心して歩くことができたか。 ・狭い場所を通ることが伝わり、安全に移動できたか。 ・階段を安心して上り下りできたか。 ・段差・スロープなどの路面の変化を伝えていたか。 A補助講師用 コミュニケーション ・受講者は自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・他者の発言を通訳する場合、誰が発言しているかを間違わずに伝えることができたか。さらに、直接話法で伝えることができたか。 ・適切な情報提供ができていたか。 ・必要に応じて状況説明ができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を進めることができたか。 移動介助 ・狭い場所を通ることを伝え、安全に移動することができたか。 ・足元や周りに注意を払いながら、安全に移動介助ができていたか。 ・段差・スロープなどの路面の変化を、事前に伝えることができたか。 ---324---325 +++ 4.運営のポイント  この通訳・介助実習は、盲ろう者本人が講師となって進めていくことが望ましい。また、盲ろう者の指導を補助する非盲ろう者の講師(補助講師)や盲ろう講師につく通訳・介助員も、指導の質を高めるために重要である。それぞれのスタッフについての役割は、以下の通りである。 (1)実習を行う際に必要なスタッフと役割 @盲ろう講師 ・実習で受講者の相手となるなど、受講者に直接技術の指導を行う。 ・実習の実技後に行うグループ討議や、ふりかえりのディスカッションの進行や助言を行い、実習の目的が達成するための指導を行う。 ・盲ろう講師は補助講師やスタッフと相談しながら、実習の具体的な内容を考え、実施する。 A補助講師 補助講師の要件 ・通訳・介助員としての心構えや倫理を熟知し、適切に実践できる技量のある者。 ・補助講師として盲ろう講師と受講者との実習を見守ると同時に、担当していない受講者にも目を配ることができる。安全に心がけ、実習を見守ることができる。 ・実習を担当する盲ろう講師への通訳・介助経験が豊富である。 ・盲ろう講師の意図を理解し、指導の補助ができる。 ・通訳技術、移動介助技術を論理的に説明することができる。 ・講師の視点を持つことができる。 補助講師の役割 ・盲ろう講師の補佐的な役割を果たす。 ・盲ろう講師が直接指導していない他の受講者への指導・助言を行う。盲ろう講師が気づかなかった点などを補佐し、盲ろう講師との連携を図る。 ・補助講師は基本的には盲ろう講師への通訳・介助は行わず、補助講師として講師がスムーズに実習を進めていけるように補助する。 ・盲ろう講師と同じ指導者的な視点にたち、盲ろう講師が直接指導できない状態で受講者からの質問などへの対応も行うが、補助講師が指導・対応した内容は適宜盲ろう講師に伝え、連携を図る。 B盲ろう講師につく通訳・介助員 盲ろう講師につく通訳・介助員の要件 ・盲ろう講師が担当する実習が円滑に進み、目的を達成することができるように適切な情報保障を行う。 ・盲ろう講師への通訳・介助支援の経験が豊富である。 ・受講者の見本となる通訳・介助員である。 ・盲ろう講師を尊重し、必要な場面でのアドバイスなどができる。 ・講師の視点を持つことができる。 盲ろう講師につく通訳・介助員の役割 ・基本的には通訳・介助に徹するので、実習中の発言は認められない。 ・盲ろう講師と受講者が意思疎通できないとき、すみやかに仲介する。 ・実習中、受講者の言動など、指導しなければならないことがあれば、盲ろう講師に伝え、盲ろう講師から注意・アドバイスができるようにする。 (2)実習の方法 1.受講者をいくつかのグループに分ける。1グループには指導の充実や安全性を考慮して少人数にとどめる。 2.各グループに盲ろう講師1名、補助講師1名、盲ろう講師の通訳・介助員を最低1名配置する。主催者側スタッフの関係で、補助講師と盲ろう講師の通訳・介助員が同一人物になることもありうる。 3.すべての受講者が盲ろう講師に対して通訳・介助ができるように順番に実習を行う。 4.盲ろう講師は受講者の通訳・介助を通して気づいた点を助言する。 5.補助講師、または盲ろう講師の通訳・介助員は、盲ろう講師が気づきにくい受講者の様子や全体の様子などに目を配り、適宜盲ろう講師に伝える。また、タイムキーパーなどを行い、講師の補佐的な役割を担う。 ---326---327 (3)運営の考慮点  本実習は、第2部・第21章「通訳・介助実習II」と関連することが多いことから、参照されたい。地域によっては、標準カリキュラム84時間の講習が難しいところもあることから、「通訳・介助実習T・II」を一つの科目として実施する場合が予想される。「通訳・介助実習T」と「通訳・介助実習II」では、第三者が介在しない場合と介在する場合で、便宜的に実習の難易度に差をつける形での実施内容となっているが、第三者が介在しない状況とは現実的にはありえない状況であり、第三者が介在する度合いが少ないか、多いかと言う度合いの問題であることを付記する。 (4)実習のグループ編成の例  盲ろう講師の人数と盲ろう講師が用いているコミュニケーション方法、受講者の人数や受講者のコミュニケーションスキルなどを考慮して、グループ数や取り上げるコミュニケーション方法を決める。 グループ講師受講者の例 手話グループ(弱視手話) 講師:手話を主たるコミュニケーションとする弱視ろうの盲ろう講師 受講者の例:手話で十分な意思疎通を取ることができ、日常会話を楽しむことができる。 手話グループ(触手話) 講師:触手話を主たるコミュニケーションとする盲ろう講師 受講者の例:手話で十分な意思疎通を取ることができ、日常会話を楽しむことができる。 指点字グループ 講師:指点字を主たるコミュニケーションとする盲ろう講師 受講者の例:指点字で十分な意思疎通を取ることができ、日常会話を楽しむことができる。 音声グループ 講師:音声による通訳を主に受けている盲難聴あるいは弱視難聴の講師 受講者の例:手話や点字で日常会話が難しいが、音声での日常会話を楽しむことができる。 手書きグループ 講師:手書き文字による通訳を主に受けている盲ろう講師 受講者の例:手話や点字で日常会話が難しいが、手書きでの日常会話を楽しむことができる。 +++ 5.指導例 時間:240分(休憩20分含む) 準備物:チェックリスト、会場周辺の地図など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.ガイダンス・グループ分け(10分) →グループ分けにあたっては、事前に盲ろう講師の主たるコミュニケーション方法、受講者のコミュニケーションスキルに留意する 2.グループごとのミーティング(20分) 全員での自己紹介、移動介助方法やコミュニケーション方法の説明・練習、受講者の交代のタイミングなど →盲ろう講師に適した移動介助方法、通訳方法などを確認する 3.通訳・介助実習(120分) 例)徒歩圏内にあるお店に行き、買い物をする。 例)指定されたお店に行き、指定された商品を購入する →盲ろう講師、補助講師ともにチェックリストを参考にし、各受講者の通訳・介助の状況を観察、評価する →実習中に適宜注意点などについて指導・助言を行う →盲ろう講師は情報提供が不足している場合、周囲に何があるのかなどを問いかけ、受講者から通訳すべき内容を引き出す →受講者が交代する際、コメントを伝え、質問を受け付ける 4.休憩(10分) 5.グループ内での反省会(30分) →実習を振り返り、受講者からの感想や質問を引き出す。良かった点や留意して欲しい点などを盲ろう講師(補助講師)からコメントする 6.休憩(10分) 7.全体の振り返り、盲ろう者講師からの講評、全体での質疑応答(40分) →各盲ろう講師より、実習を振り返りながら、通訳・介助員として心がけて欲しい事柄などを受講者全体に共有する ---328---329 *** 第11章 通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務 +++ 1.目的  通訳・介助員派遣事業の通訳・介助員として活動するためには、どのように依頼に関するやり取りをし、通訳・介助支援を行い、業務報告を行うか、一連の流れや留意点について、理解しておく必要がある。また、通訳・介助員として盲ろう者の支援にあたるうえで、自らが携わる業務の内容や範囲をしっかりと認識しておくことが不可欠となる。  それらの通訳・介助業務にあたるうえでの手続きや、通訳・介助員の役割を学習することが本講義のねらいとなる。 +++ 2.内容 (1)地域における通訳・介助員派遣事業利用盲ろう者の状況 通訳・介助員派遣事業を利用している盲ろう者の状況を理解し、自らがどのような盲ろう者を支援するかを理解する。 (2)通訳・介助員の業務  コミュニケーション支援、移動支援、情報に関する支援といった通訳・介助員の業務内容と役割とともに、業務の範囲外になる事項や両者の境界線について理解する。 (3)通訳・介助員が必要とされる場面  どのような場面で通訳・介助員としての業務が求められるのか、その役割や心がけるべきことを理解する。 (4)通訳・介助の依頼から派遣、報告までの流れ  派遣の依頼を受け、業務を行い、報告するまでの流れと留意点を理解する。 +++ 3.ポイント  本講義は、派遣コーディネーターが講師を担当することが想定される。講師は、通訳・介助員の調整業務に関わる中で、通訳・介助員に見落とされがちな点を把握・整理し、その点を講義に盛り込んでいくことが望ましい。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:講義内容についての資料、報告書様式、報告書記入例 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介、講義内容・ねらいについての説明(5分) 2.利用登録盲ろう者と通訳・介助員について(10分) 1)利用登録盲ろう者の状況 ・盲ろう者のコミュニケーション方法や障害程度、年齢、在住地域など 2)登録通訳・介助員の状況 ・人数や稼働率、派遣の件数や時間数など →図表で示す [図版:「コミュニケーション方法(受信)」 音声:49 触手話:31 弱視手話:21 指点字:8 筆談:8 サイン:5 指文字(口):5 手書き文字:3 ブリスタ:1] 3.通訳・介助員の業務について(15分) 1)通訳・介助員の業務 ・コミュニケーション支援 ・移動支援 ・情報に関する支援 2)通訳・介助員の業務に該当しない内容 ・派遣事業の要綱に定められている禁止事項(政治的活動、宗教的活動、経済的活動など) ・要綱に明確に定められていないが通訳・介助業務に該当しない内容(家事支援、身体介護など) →具体例をあげながら、それぞれの業務の内容、もしくは該当しない内容を説明 →「コミュニケーション支援というのは、例えば…」 ---330---331 4.通訳・介助員が必要とされる場面(30分) 1)地域ごとの派遣内容について ・派遣内容の傾向や特徴 2)場面ごとの支援内容について ・場面ごと(買い物、通院、会議など)の支援内容や留意点 → 1)図表で示す [図版:「通訳・介助員活動の流れの図」 依頼書が届く→可否連絡→事前準備→待ち合わせ→業務開始→通訳・介助活動→業務終了→活動報告 交通機関に遅れが生じても、多少の遅れであれば対応できるよう、余裕のある時間設定にすると良い ※特に複数路線を乗り継いだり、遠方での待ち合わせの場合] → 2)第1部第13章「通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務」の事例を参考に具体的に説明 5.休憩(10分) 6.通訳・介助の依頼から派遣、報告までの流れ(40分) 1)通訳・介助の流れ ・依頼、業務、報告の一連の流れと留意点 2)報告書の記入方法 ・報告書の記入の方法と留意点 3)トラブル発生時の対応 ・ケースごとの対応の方法(待ち合わせ場所に盲ろう者がいない場合、待ち合わせ時間に遅れる場合、盲ろう者にけがをさせた場合など) 4)費用負担 ・交通費や入場料などの費用負担のルール → 2)報告書の様式を渡したうえで、事例をもとに記入してもらう(報告書の様式配布) →業務の詳細(日時・氏名・内容・交通経路など)を提示→答え合わせ(報告書記入例の配布) 7.質疑応答(10分) *** 第12章 先天性盲ろう児・者のコミュニケーションと支援 +++ 1.目的  先天性盲ろう児・者のコミュニケーションの実際を知り、その支援方法について理解する。 +++ 2.内容  先天性盲ろう児・者の現状、盲ろう障害が及ぼす影響、コミュニケーション方法の実際や通訳・介助の際の配慮点などを講義する。 (1)先天性盲ろう児・者とは (2)先天性盲ろう児・者の状況 (3)先天性盲ろう児・者の教育の歴史 (4)盲ろう障害が子どもの発達・成長におよぼす影響 ・情報障害がおよぼす影響 ・コミュニケーション障害がおよぼす影響 (5)コミュニケーションの方法 ・音や色、匂いの活用 ・実物や実物の一部 ---332---333 ・身振りサイン ・写真・絵カード ・手話、音声、文字、点字などの活用 (6)通訳・介助の際の配慮 ・情報障害に対する配慮 ・コミュニケーション障害への配慮 ・孤独な時間の多さと楽しめる余暇活動の少なさへの配慮 +++ 3.ポイント @多様なコミュニケーション方法の提示  具体的なコミュニケーション方法については、実物を提示したり、スライドなどの視聴覚教材を活用する。 A地域性を大切にする  先天性盲ろう児・者と関わりのある保護者、教師、保育士などの協力を得て、その地域に生活する先天性盲ろう児・者の実際につながるような内容となるように配慮する。 Bプライバシーの保護と通訳・介助員としての守秘義務  同時に先天性盲ろう児・者のプライバシー保護に細心の注意を払い、受講者に対しても守秘義務についての心構えを説明する。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:パワーポイント資料 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介。講義内容・ねらいなどの説明(5分) 2.先天性盲ろう児・者とは(15分) →先天性盲ろう児・者の定義 →先天性盲ろう児・者の状況、教育の流れ 3.盲ろう障害が子どもの発達・成長におよぼす影響(20分) →情報障害がおよぼす影響 →コミュニケーション障害がおよぼす影響 4.休憩(10分) 5.コミュニケーションの方法(30分) →先天性盲ろう児・者が個々に応じたコミュニケーションの方法を取っていることを大切にとらえ、より具体的な方法を視聴覚教材や実物を示す →同じ意味を示す言葉であっても、先天性盲ろう児・者によって異なる方法を用いていることなどを具体的・実際的に示す。可能ならば、個々のコミュニケーション方法が採用された経緯などの説明も加え、コミュニケーション方法と生活の密接な関わりを実感できる ようにする 6.通訳・介助の配慮(30分) →その地域に生活する先天性盲ろう児・者の実際に即した内容とする →コミュニケーション方法が未確立な先天性盲ろう児・者に対しての通訳・介助業務の具体的な内容なども説明する 7.質疑・応答(10分) ---334---335 *** 第13章 高齢盲ろう者の生活と支援 +++ 1.目的  本講義は、高齢の盲ろう者が日常生活で置かれている状況を理解し、それに対して通訳・介助員として、どのように支援をしていけば良いのかを学ぶことが目的となる。  盲ろう者のうち、8割近くが高齢者であり、視聴覚以外のさまざまな側面での障害や病態が生じていることが考えられる。それらの盲ろう者に介護的支援(家事援助や身体介護など)ではない、コミュニケーション、移動、情報に関する支援をいかに提供するか、難しさに直面する場面も少なくない。若年層、壮年層の盲ろう者に対する「通訳・介助員は情報を提供し、判断するのは盲ろう者」という対応だけではない、別の側面の支援方法があることを学ぶ。 +++ 2.内容 (1)高齢盲ろう者の現状  全国および地域の高齢盲ろう者の状況(人数、障害程度、コミュニケーション方法など)について学ぶ。 (2)高齢盲ろう者への支援方法  高齢盲ろう者の特性や特徴をふまえた、通訳・介助員としての支援方法を学ぶ。 +++ 3.ポイント  本講義は、あくまで「通訳・介助員として、どのように高齢の盲ろう者と関わるか」という点を中心に説明する。他職種が担当する介護的ケア(排泄や清拭、食事介助など)に説明が偏らないように注意する。  認知症については、市販、公開されている DVDや動画などの映像資料を活用しながら、解説する。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:講義内容についての資料 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介、講義内容・ねらいについての説明(5分) 2.高齢者の状況と特徴(15分) 1)高齢者の定義と状況 2)老化と老年症候群 → 2)老年症候群については、それぞれの症状を簡単に説明 3.高齢盲ろう者の現状(10分) 1)全国的な高齢盲ろう者の状況 2)地域における高齢盲ろう者の状況 → 2)全国盲ろう者協会の調査の結果から、地域の状況を説明。また、派遣事業を利用している高齢盲ろう者の状況も説明 4.高齢盲ろう者への症状ごとの対応@(20分) 1)視覚障害 2)聴覚障害 →「視覚・聴覚障害の理解」の復習も含め、特に高齢期に発生する視聴覚障害について説明する 5.休憩(10分) 6.高齢盲ろう者への症状ごとの対応A(20分) 1)転倒 2)脱水 7.動画視聴(15分) ・「認知症について」 →認知症についての基本的知識や対応を盛り込んだ動画を視聴 8.高齢盲ろう者への症状ごとの対応B(15分) 1)認知症 2)その他 9.質疑応答(10分) ---336---337 *** 第14章 他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援 +++ 1.目的  視覚障害・聴覚障害以外に他の障害を併せ持つ盲ろう者の状況を知り、その支援方法について理解する。 +++ 2.内容  他の障害を併せ持つ盲ろう者の現状、さまざまな障害に対する通訳・介助における留意点を講義する。 (1)他の障害を併せ持つ盲ろう者の現状 (2)他の障害を併せ持つ盲ろう者の通訳・介助における留意点 ・平衡障害や肢体不自由がある場合 ・より分かりやすさが求められる場合 ・ケアが必要な場合  +++ 3.ポイント  地域の状況に沿った内容とする。  車椅子の利用が多い場合には、実際に車椅子を用いての実技を取り入れる。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:パワーポイント、車椅子(介助式)など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介、講義内容・ねらいについての説明(5分) 2.他の障害を併せ持つ盲ろう者とは(15分) →第1部第16章の図表などを利用して、概要をつかむ 3.移動が困難な場合(40分) →車椅子を利用するケースが多い場合には、実際に車椅子を用意して実技を取り入れる →移動の困難さが車椅子の利用で解決されるだけではなく、困難な状態にある人の困難も併せて学ぶ 4.休憩(10分) 5.より分かりやすさが求められる場合(20分) 地域に該当する盲ろう者がいる場合には、具体的な通訳。介助例などを含めながら説明をする 6.ケアが必要な場合(20分) →具体的な通訳介助例などを含めながら説明をする 7.質疑応答 ---338---339 *** 第15章 盲ろう者福祉制度概論 +++ 1.目的  本講義は、盲ろう者が利用する障害者福祉制度や各種事業、地域の社会資源の状況などを理解することが目的となる。  盲ろう者は通訳・介助員派遣事業のほかにも、居宅介護(ホームヘルプサービス)や同行援護(ガイドヘルプサービス)、生活介護(デイサービス)、さらには、補装具や日常生活用具といった補助具入手のためのサービスなどを利用することがある。また、盲ろう者団体や他の障害者団体・機関の活動・事業に参加することもある。それらの場面の通訳場面に立ち会った際、通訳・介助員が基本的な用語や利用の流れ、サービスや活動・事業の内容についての知識があると、より質の高い通訳が可能になると考えられる。また、それらの知識は、盲ろう者に情報提供をする際にも役立てられる。 +++ 2.内容 (1)障害の定義と盲ろう者  身体障害者福祉法における視覚障害、聴覚障害の定義と自治体ごとの盲ろう者の定義(派遣事業利用対象者)を学ぶ。 (2)障害者総合支援法と障害者向け福祉サービス  障害者総合支援法の枠組みと盲ろう者に利用されるサービスの内容を学ぶ。 (3)通訳・介助員派遣事業の実情  障害者総合支援法における通訳・介助員派遣事業の位置づけや全国的な状況を学ぶ。 (4)地域の社会資源の状況  盲ろう者団体をはじめとした、地域で盲ろう者の支援に密接に関わる団体や機関の活動や事業を学ぶ。 +++ 3.ポイント  補助具について説明する際には、口頭での説明と合わせて、「利用場面を動画で見せる」「実物を見せたり、触らせたりすることにより理解を促す」といった方法で指導することが望ましい  社会資源の説明も同様に、動画やパンフレットなどを用いることにより、平板な説明にならないようにする。 +++ 4.指導例 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:講義内容についての資料、盲ろう関連団体のパンフレット 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介、講義内容・ねらいについての説明(5分) 2.障害の定義と盲ろう者 (15分) 1)盲ろう者を取り巻くさまざまな法律 2)身体障害者福祉法における視覚障害と聴覚障害の定義 3)盲ろう者の定義 4)身体障害者手帳の交付と意義 3.障害者総合支援法と障害者向け福祉サービス1 (25分) 1)障害者総合支援法の枠組み 2)身体障害者手帳の交付が支給条件となるサービス 3)盲ろう者が利用する補装具 4)盲ろう者が利用する日常生活用具 → 3)実際に白杖や遮光眼鏡、拡大読書器、盲人用時計などを触ってもらいながら、説明 ---340---341 4.動画視聴(15分) ・「見えにくさ」とともに生きる(2014年、東京都盲ろう者支援センター制作)を視聴 →1:20〜9:40までを抜粋して視聴(「盲ろうになる経緯の説明」から「福祉用具やサービスを利用している様子」が分かるところまで) →動画視聴後、どのような補装具、日常生活用具を使っていたか、改めて解説 5.休憩(10分) 6.障害者総合支援法と障害者向け福祉サービス2(15分) 1)障害支援区分の認定が支給条件となるサービス 2)居宅介護 3)同行援護 4)生活介護 7.通訳・介助員派遣事業の実情(10分) 1)障害者総合支援法における通訳・介助員派遣事業の位置づけ 2)全国的な通訳・介助員派遣事業の状況 3)今後の通訳・介助員派遣事業の展望 8.地域の社会資源の状況(25分) 1)盲ろう者友の会の活動・事業 2)他の盲ろう者に関わる団体や機関の活動・事業 →各団体のパンフレットを配布し、その内容をもとに説明 9.質疑応答(10分) *** 第16章 盲ろう通訳技術の実際 +++ 1.目的  本講義は、通訳・介助を模擬的に体験することによって、盲ろう者への情報伝達の技術(ことばの伝達、状況説明、補足説明、事後説明、環境調整など)を振り返り、検証することが目的になる。盲ろう疑似体験と同じように「疑似体験セット」を用い、盲ろう者役と通訳・介助員役(疑似体験では誘導役)に役割を分けて行うが、ねらいが異なる。  盲ろう疑似体験は、盲ろう者役が体験の主体となる。すなわち、盲ろう者役の体験を通して、盲ろう者の置かれた立場や心理を想像し、共感的な理解を図ることがねらいである。一方、盲ろう通訳技術の実際では、通訳・介助員役が体験の主体となる。体験を通して、これまで学んできた通訳・介助技術が実践できているかどうかを確認するとともに、より良い通訳・介助をするためにはどのような対応が考えられるかを検証することがねらいとなる。言い換えれば、本講義は「通訳・介助疑似体験」ともいえるだろう。 +++ 2.内容 (1)通訳・介助技術を模擬的に実践する  通訳・介助員役が「ことばの通訳」「状況説明」「補足説明」「事後説明」「環境調整」などの盲ろう通訳技術を盲ろう者役(疑似体験セットを装着した受講者)に実践する。 (2)通訳・介助技術を振り返る  ディスカッション、発表、感想の記入などにより、通訳・介助員役が自らの ---342---343 通訳技術を振り返る。 (3)通訳・介助技術をより深く理解する  講師からのフィードバック(解説講義)により、通訳・介助技術の実践におけるポイントを理解する。 +++ 3.ポイント (1)「通訳・介助疑似体験」の目的の明確化  次項に示す指導案の方法以外でもさまざまな通訳・介助疑似体験プログラムを作成することが可能である。ただし、プログラムを作成するうえで、まず、受講者に「伝えたいこと」(目的)を明確にしなければならない。「一方的な講義では伝わりにくいことを、体験を通して理解を促すことができる」ということが疑似体験の意義であり、そもそも伝えたいことが明確でなければ、疑似体験を実施する意味はなくなってしまう。  通訳・介助疑似体験の意義が十分に発揮されるようにするためには、実施者は、「とりあえず、標準カリキュラムに載っているから…」、「なんとなく、面白そうなので…」という意識で安易に疑似体験を実施するのではなく、実施者として何を参加者に伝えたいのか、何を参加者に分かってほしいのかを十分に考えたうえで、意図的、かつ計画的に疑似体験のプログラムを練り上げ、実施していく必要がある。 (2)疑似体験のねらいの解説  前項で述べたように、「一方的な講義では伝わりにくい通訳・介助技術を、体験を通して理解を促す」ということが通訳・介助疑似体験の意義となる。したがって、体験が終わったあとに、「体験を通じて、どのようなことを伝えたいのか、理解してほしいのか」を解説する必要がある。受講者の中には、解説によって初めて「疑似体験の意図」に気づき、腑に落ちるということも少なくない。 (3)体験後の「振り返り」  通訳・介助疑似体験を通して、どのようなことを感じたのか、率直に言葉にする機会を設けることで、受講者の理解を確認し、理解に応じて助言・指導をすることが可能になる。割り当てられた時間に応じて、ディスカッション、発表、感想の記入などの「振り返り」の機会を設けると良いだろう。 (4)課題達成に追われない  通訳・介助疑似体験は「課題」の達成の速さを競うものではない。「課題」をこなしていく過程において、通訳・介助員役は、さまざまな体験をしながら、盲ろう者役に適切な支援ができているかを振り返ることができることが、疑似体験において、最も重要なことだといえる。盲ろう者役が先回りして通訳・介助員役の意図をつかんで、課題をスムーズにこなしてしまっては、意味のある体験にはならない。そのことを受講者に説明をし、理解をしてもらったうえで、疑似体験を進行していくことが重要である。 +++ 4.指導例 時間:120分 準備物:疑似体験セット(携帯型音楽プレイヤー、ヘッドホン、耳栓、アイマスク、ティッシュペーパー)、教材(i)・(ii) 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介(5分) 2.進行についての説明(15分) 二人一組になる 2)盲ろう通訳技術の実際(通訳・介助疑似体験)の目的 3)疑似体験セットの配布と確認 4)進め方の説明 5)ルール 以下、進行についての説明資料(教材(i))をもとに進める → 1)背の順にならび、前から順に二人一組に(アイスブレイクと受講者間の身長差の調整) → 4)進め方の説明の冒頭で、役割を交代しながら2回実施することを説明し、どちらが先に盲ろう者役を担当するか決めてもらう → 5)一度、疑似体験セットを付けたら外さないことを強調 ---344---345 3.盲ろう者役への課題提示(5分) ・あなた(盲ろう者役)は親友に暑中見舞いを送ることにしました。 ・暑中見舞いのポストカードが2階の「集会室」に置いてあります。 ・いろいろな種類のポストカードがあるので、ポストカードを送りたい親友の顔を思い浮かべながら、喜んでくれそうなカードを選んで持って帰ってきてください。 ・持って帰ってきたポストカードにメッセージを書いてください。 ・メッセージは自分で書いても、通訳介助員役に書いてもらっても構いません。 ・書き終わったら、好きなことをして過ごしてください(ただし、疑似体験セットは外さないこと)。 →通訳・介助員役を部屋の外に出したうえで、課題を示した紙やスライドを盲ろう者役のみに提示し説明。盲ろう者役が理解をしたら、課題をしまう 4.疑似体験セット装着(5分) [図版:「疑似体験セットの操作方法」 @接続 A電源 B再生 C首にかける D耳栓 E音量 Fアイマスク Gヘッドフォン] →講師とスタッフが装着の様子を見守り、必要に応じ装着をサポートする →盲ろう者役全員が疑似体験セットを装着したら、通訳・介助員役に入室の指示をし、体験を開始する 5.通訳・介助疑似体験1回目(25分) 1)ポストカードの選択の支援:  セッション1のポストカードの絵柄は「かもめ」「すいか」「ひまわり」「サル」の4種類。ただし、「サル」は年賀用のポストカードで、絵柄のところには「2016.1.1 HAPPY EW YEAR」と書かれている。 2)枚数の変更の情報提供:  集会室に「ポストカードが足りないため、1人1枚まででお願いします」という紙を置く。 3)ポストカードへの記入の支援 → 2)各ペアの状況を見ながら「どんな絵柄を取りましたか?」「何枚取ってきましたか?」などと、講師から通訳・介助員役に話しかける 6.ディスカッション(5分) →ペア同士で感想を交換し合う 7.盲ろう者役への課題提示(5分) ・あなた(盲ろう者役)の親友が夏カゼで寝込んでしまいました。 ・そこであなたは親友のために千羽鶴を折ることを決心しました。 ・折り紙は1階の「玄関ロビー」のベンチに置いてあります。いろいろな種類の折り紙があるので、親友が好きだと思う色の折り紙を選んで、持って帰ってきてください。何枚で も構いません。 ・持って帰ってきた折り紙を使って、鶴を折ってください。 ・折り方がわからないときは、通訳・介助員役に聞いたり、あるいは他の盲ろう者役に教えてもらってください。 ・折り終わったら、自由に過ごしてください(ただし、疑似体験セットは外さないこと)。 →通訳・介助員役を部屋の外に出したうえで、課題を示した紙やスライドを盲ろう者役のみに提示し説明。盲ろう者役が理解をしたら、課題をしまう。 8.疑似体験セット装着(5分) [図版:「疑似体験セットの装着方法」] →講師とスタッフが装着の様子を見守り、必要に応じ装着をサポートする →盲ろう者役全員が疑似体験セットを装着したら、通訳・介助員役に入室の指示をし、体験を開始する。 9.通訳・介助疑似体験2回目(25分) 1)折り紙の選択の支援:折り紙を10色程度を用意。 2)部屋の変更の情報提供:  玄関ロビーに「折り紙は2階の集会室に移動しました」という紙を置いておき、実際には玄関ロビーに折り紙を置かない。 3)折り鶴の作成の支援 → 2)各ペアの状況を見ながら「どんな絵柄を取りましたか?」「何を折っていますか?」などと、講師から通訳・介助員役に話しかける。 10.ディスカッションペア同志で感想を交換し合う(5分) 11.解説講義(20分) 1)通訳・介助疑似体験の内容とポイントの解説 ・1回目と2回目の流れとポイントを説明 ・「選択支援」「情報提供」「第三者との対話」がポイントであること、そのポイントを通して、理解してもらいたい通訳技術(状況説明、ことばの伝達など)を伝える →解説資料(教材(ii))をもとに進める ---346---347 教材: 教材(i)(進行についての説明) スライド4枚 (1)手順 (通訳・介助員役)部屋の外に出て、準備を待つ→(盲ろう者役)示された「課題」を理解する→(盲ろう者役)疑似体験セットを装着する→(通訳・介助員役)指示に従い部屋に入る→(通訳・介助員役)担当する盲ろう者役への「通訳・介助」を開始する→(盲ろう者役)「課題」に基づいて、行動を始める ※2セッション行い、1セッションごとに、盲ろう者役と通訳・介助者役が入れ替わります。 (2)ルール(通訳・介助者役) ・通訳・介助者役は、盲ろう者役には声で話しかけないでください。それ以外の方法であれば、どのようなコミュニケーション方法を使用しても構いません。 ・通訳・介助者役は、事故のないよう安全を第一に盲ろう者役の介助を行ってください。 ・「実際の通訳・介助業務をしている」という意識を持って、実習をしてください。 (3)ルール(盲ろう者役) ・盲ろう者役のコミュニケーション方法は、【発信】音声(手話も可) 【受信】手書き文字 となるようにしてください。 ・課題をこなすことが目的ではありません。情報を得て自分が納得した上で物事が進むことを大事に考えて行動してください。 (4)ルール(共通) ・疑似体験を終了するときは、進行役が終わりの合図をします。 ・終わりの合図をしたら、通訳・介助者役は盲ろう者役の肩を2回叩いてください。 教材 (ii)(解説資料) スライド3枚 (1)複数の種類の年賀状を用意する。複数の色の折り紙を用意する。 ポイント:盲ろう者役がどういった種類のものがあるかを把握し、盲ろう者役が望むものを主体的に選択できるよう、通訳・介助者役が適切に状況説明できるか。 (2)持って行って構わないポストカードの枚数が変わる。折り紙の設置場所が変わる。 ポイント:想定外のハプニング(状況が変わったという事実)を、通訳・介助者が適切に伝え、盲ろう者役にそれを納得してもらえるか。 (3)通訳・介助員役に声をかけ、質問する。 ポイント:通訳・介助者役が投げかけられた質問に対して、自分で答えずに、盲ろう者役に通訳することができるか。 *** 第17章 通訳・介助員のあり方 +++ 1.目的  通訳・介助員として盲ろう者の支援にあたる中で、さまざまな支援上の困難に遭遇する。その困難場面に適切に対応していくためには、状況に対する的確な分析をもとに、通訳・介助員としてどのような技術・知識・価値観を活用するかを吟味する必要がある。  本講義は、事例検討の手法を用いて、事例の展開過程や通訳・介助員の動き、盲ろう者のニーズなどを分析する中で、通訳・介助技術、通訳・介助員の心構えや倫理に基づく視点を学び、対応する力を身につけることを目的とする。 +++ 2.内容 (1)事例を読み込み、理解する  事例を読み、全体の流れと事実関係を把握する。 (2)問題状況を発見し、分析する  これまでに学習した知識や視点、また、自分自身の感情や価値観から事例場面での問題点を検討する。事例に直接書かれていない登場人物の背景やニーズについても検討する。 (3)問題解決の方法を模索し、根拠を示す  問題を解決し、望ましい状況にするために、通訳・介助員の立場からできるアプローチを検討する。また、そのアプローチは通訳・介助員のどのような技術・知識・価値観に基づくのかを検討する。 ---348---349 (4)多様な問題解決の方法を知る  発表を通し、問題に対する視点や考え方がさまざまであることを学ぶ。 +++ 3.ポイント (1)事例の設定  設定する事例については、次項の指導例以外にも、実際に起こった問題などを踏まえて指導者が作成することも可能である。ただし、実際のケースから事例を作成する場合は、当該ケースの当事者(利用者、通訳・介助員など)の特定につながらないよう十分に配慮をする必要がある。また、作成する事例はあくまで通訳・介助員としての技術・知識・価値観を検討できる内容とし、家族や特定の専門職(医師や弁護士など)の介入が主になるような事例は避けるようにする。 (2)班分け  事例の内容を個別に読む、あるいは、指導者が読み上げた後に、グループごとに分かれて、事例の内容について検討する。グループの人数については、ディスカッションの時間にもよるが、多様な意見を交わすことができ、なおかつ、それぞれに発言の時間が持てるような数に設定する(一般的には4〜7名)。 (3)ディスカッションのルール  ディスカッションにおいて、指導者からの示唆がないと、特定の人が主導権を握ってしまうことがある(長時間にわたり自身の考えを主張する、他人の考えを批判する、など)。ディスカッションの前に、次のようなルールを説明しておくと良いだろう。 ・他人の発言をさえぎらない ・話すときはだらだらしゃべらない ・どのような意見であっても間違いと決めつけない ・すべてのメンバーに発言の機会がもてるようにする (4)グループメンバーの役割  ディスカッションとその後の発表を円滑に進ませるために、事例ごとに進行役や発表役、記録役を決めておく。 (5)ファシリテーターの配置  ファシリテーター(促進者)とは、参加者の心の動きや状況を見ながら、実際にプログラムを進行していく人のことである。可能であれば、ディスカッションを円滑にすすめるため、グループごとにファシリテーターの役割を担う補助講師を置くと良いだろう。  ファシリテーターは、ディスカッションが滞ってしまったとき、ルールが守られていないときなどに、進行を促したり、議論を深めるためのヒントを示したり、ルールを守るように促す。ただし、グループに向かって持論を展開したり、過度に議論の方向を操作するような言動は、事例検討の意義を無にすることになる。  参加者の主体性を尊重するとともに、参加者の課題解決能力を信じ、見守り、行き詰ったときにさりげなくヒントを示すような影の役割であることを肝に銘じておく必要がある。 ---350---351 +++ 4.指導例 時間:240分(休憩30分含む) 準備物:事例資料、事例のポイントの解説資料 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.講師の自己紹介(5分) 2.進行についての説明(15分) 1)進め方(スケジュール)について 2)事例検討の目的 ・事例検討で自ら考え、他者の考えを聞くことで、通訳・介助技術、通訳・介助員の心構えや倫理に基づく支援のあり方を深める 3)受講者の課題 ・事例を読み、内容をつかむ ・事例における問題は何かを考える ・事例の背景や登場人物の気持ちを考える ・望ましい状況について考える ・望ましいに導くための支援のあり方を考える ・グループ別に発表し、さまざまな考えを知る 4)事例検討のルール ・他人の発言をさえぎらない ・話すときはだらだらしゃべらない ・どのような意見であっても間違いと決めつけない ・すべてのメンバーに発言の機会がもてるようにする →進行についての説明資料をもとに進める 3.グループ分け(10分) ・グループに分かれたら自己紹介をする ・事例ごとの役割(進行、発表)を決める →5〜6人のグループに分かれる →他のグループの声が被らないように、適切な位置に机とイスを移動するよう促す 4.事例検討1(40分) ・講師が事例を読み上げる スーパーに盲ろう者と一緒に買い物に行きました。盲ろう者の目的の商品を探して長時間歩き回りましたが見つかりません。 それで、盲ろう者に「ここで待ってて」と声をかけて、通訳・介助員が店員に聞きに行きました。そして、目的の商品とは違うけれど、似たような商品が見つかりました。 二人とも疲れていたため、通訳・介助員から「これに決めたらどうか」と盲ろう者に言い、それを買うことになりました。 ・事例をもとに、グループごとに課題を遂行する ・講師は各グループのディスカッションが円滑に進行しているか確認し、状況によっては介入する →事例資料を配布(「事例資料例」参照) 5.休憩(10分) 6.発表(15分) ・グループの発表が終わるごとに、拍手をし、ねぎらいの言葉をかけるとともに、「こちらのグループで話し合われたことは、…ということですね」と要点をまとめ、認識を共有する →1グループ3分程度 7.解説(10分) ・事例のポイントについて解説する (事例のポイント例) ・通訳・介助員から「ここで待ってて」と声をかけたあと、盲ろう者の返答を待たずに店員に聞きに行っているように見受けられる。店員に聞きに行くかどうかについても、盲ろう者の返答(判断)を待つ必要があったのではないか? ・通訳・介助員から「これで決めたらどうか」と決定を促すような声かけをし、盲ろう者がそれに従わざるをえないような状況にしている。通訳・介助員はあくまで情報提供に徹し、盲ろう者の判断を待つ必要があったのではないか? 8.事例検討2(40分) ・講師が事例を読み上げる 昼食のため、盲ろう者とファミリーレストランに入りました。案内された座席に座ると、店員がやってきて、通訳・介助員に広げた熱いおしぼりを渡しました。続いて、盲ろう者にも広げたおしぼりを渡す様子が見られたので、店員の方に盲ろう者の手を導きました。店員はそれを見て、盲ろう者におしぼりを渡したところ、盲ろう者はびっくりした様子で手を手前に引き、テーブルにおしぼりが落ちました。 店員は「あ、すみません」と言った後、奥に引っ込んでしまいました。 盲ろう者は「いきなり熱いおしぼりを渡すなんて、やけどしたらどうするんだ!」と怒り、「注意するので店長を呼んでくれ!」と通訳・介助員に言っています。 ・事例をもとに、グループごとに課題を遂行する ・講師は各グループのディスカッションが円滑に進行しているか確認し、状況によっては介入する。 →事例資料を配布 9.休憩(10分) 10.発表(15分) ・グループの発表が終わるごとに、拍手をし、ねぎらいの言葉をかけるとともに、「こちらのグループで話し合われたことは、…ということですね」と要点をまとめ、認識を共有する →1グループ3分程度 11.解説(10分) ・事例のポイントについて解説する。 (事例のポイント例) ・おしぼりの熱さについて、先にもらった通訳・介助員が分かっていたはずなのに、盲ろう者に伝えていない ・そもそも店員が来ておしぼりを渡そうとしていることについても、説明をせず、手を導くだけになっていると思われる。説明をしていたら、身構えできていたかもしれない ・盲ろう者は「いきなりおしぼりを渡された」と言っているが、通訳・介助員が適切に対応しなかった結果、盲ろう者がそのような認識に至った可能性がある。そのような点をふまえ、事後におしぼりを渡されたときの状況を説明したほうが良いのではないか? ---352---353 12.事例検討3(40分) ・講師が事例を読み上げる 二人体制で通訳・介助に入りました。対象の盲ろう者が暑い部屋の中で上着を着たままでいます。それに気づいたあなたのペアで入っている通訳・介助員が「暑いから脱いで」と言い、勝手に上着を脱がせました。盲ろう者はそれを当たり前のように受け入れていま す。その後、その通訳・介助員は盲ろう者から頼まれていないのに「熱中症になると困るからね」と言い、水を買ってきて「これ100円だからね」と言いました ・事例をもとに、グループごとに課題を遂行する ・講師は各グループのディスカッションが円滑に進行しているか確認 し、状況によっては介入する →事例資料を配布 13.発表(15分) ・グループで話し合った内容について、1グループ3分程度で発表する ・グループの発表が終わるごとに、拍手をし、ねぎらいの言葉をかけるとともに、「こちらのグループで話し合われたことは、…ということですね」と要点をまとめ、認識を共有する →1グループ3分程度 14.解説(10分) ・事例のポイントについて解説する (事例のポイント例) ・上着を脱がせるという行為は通訳・介助員の業務ではない ・「暑いから脱いだ方が良い」「水を飲んだ方が良い」という自分の判断を押しつけ、盲ろう者自身が判断する機会を奪っている ・通訳・介助員の判断で購入した飲料水の料金を、当然のように盲ろう者に請求している 15.まとめ(5分) ・事例全体を通して、講師から伝えたい通訳・介助員のあり方を話す 事例資料例 :「スーパーにて」 スーパーに盲ろう者と一緒に買い物に行きました。 盲ろう者の目的の商品を探して長時間歩き回りましたが見つかりません。 それで、盲ろう者に「ここで待ってて」と声をかけて、通訳・介助員が店員に聞きに行きました。  そして、目的の商品とは違うけれど、似たような商品が見つかりました。二人とも疲れていたため、通訳・介助員から「これに決めたらどうか」と盲ろう者に言い、それを買うことになりました。 (1)どのような点に問題があるでしょうか? (2)背景(事例文だけでは分からない状況)には、どのようなことがあると考えられるでしょうか? (3)盲ろう者や通訳・介助員はそれぞれどのような気持ちにあると考えられるでしょうか ? (4)どのような状況になることが望ましいでしょうか? (5)望ましい状況になるために、通訳・介助員としてできることは何でしょうか? ---354---355 *** 第18章 盲ろう者の通訳技法と留意点 +++ 1.目的  盲ろう者への通訳をする際の留意点などについて、コミュニケーション方法(音声、筆記、手書き文字、手話、点字・指点字、ローマ字式指文字など)ごとに理解する。 +++ 2.内容  地域の実情に合わせた各種コミュニケーション別の通訳方法と留意点を講義する。 (1)音声 ・音声通訳の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者によって聞き取りやすいスピードや声の大きさ、高低に違いがあることを理解し、その盲ろう者の聞きやすさを配慮する。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う。 ・聞こえやすさを考慮して、静かな環境で行う。周囲が騒がしいときには耳元やマイクを両手で覆い隠すようにして、マイクに雑音が入らないように配慮しながら通訳をする。 ・聞き取りにくい言葉は必要に応じて言い換えや補足説明を行う。また、状況説明や補足説明を行う際には、音声通訳の声が周囲の人にも聞こえてしまう場合が多く、その内容が聞こえているので、言葉の選択には注意をする。 ・話者が近くにいて、通訳・介助員の通訳の声と話者の声が重なってしまうような場合には、通訳を通さずに話者に直接話してもらうなどの工夫をする。 ・音声だけではなく、触覚などで伝えられるサインなどを活用できるように、あらかじめ盲ろう者に確認をする。 ・盲ろう者が発言する機会を保障する。 ・マナー、エチケットに心がける。 (2)筆記 ・筆記の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・盲ろう者によって分かりやすい文字の大きさや読み取るスピードに違いがあることを理解し、その盲ろう者が読みとりやすい通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿って直接話法で伝える。 ・略字や記号の用い方などを盲ろう者と了解しあう。 ・相手の反応やあいづちや笑った時など、適宜伝える。 ・筆記は伝達に時間を要するコミュニケーション方法なので、要約を必要とする場面が多くなることが予想される。要約をする際には、伝達する量を落としても質を落とさないように心がける。 ・盲ろう者が発言をする機会を保障する。 ・マナー、エチケットに心がける。  (3)手書き文字 ・手書き文字の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・盲ろう者によって分かりやすい文字の種類や大きさ、文字を書く場所や読み取るスピードに違いがあることを理解し、盲ろう者が読みとりやすい通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う。 ・相手の反応やあいづちや笑った時など、適宜伝える。 ・手書き文字は伝達に時間を要するコミュニケーション方法なので、要約を必要とする場面が多くなることが予想される。要約をする際には、伝達する量を落としても質を落とさないように心がける。 ・書き間違えた時の修正方法を事前に盲ろう者と確認をする。 ・文字の筆順や記号、サインの使い方などを盲ろう者と了解しあう。 ・盲ろう者が発言をする機会を保障する。 ---356---357 ・マナー、エチケットに心がける。 (4)手話 弱視手話 ・弱視手話の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・盲ろう者によって分かりやすい手話の大きさ、スピード、話者との距離が異なることを理解し、盲ろう者が見えやすい位置を定めて通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う。 ・相手の反応やあいづちや笑った時など、適宜伝える。 ・盲ろう者が発言をする機会を保障する。 ・マナー・エチケットに心がける。  触手話 ・触手話の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・手話を示す範囲や動きを意識しながら、手指の動きをゆっくり、はっきりと表すように配慮しながら、盲ろう者に分かりやすい通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う。 ・相手の反応やあいづちや笑った時など、適宜伝える。 ・盲ろう者が発言をする機会を保障する。 ・マナー・エチケットを心がける。  (5)点字・指点字 ・指点字の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・指点字の速度や強さ、打つ指の部位などが盲ろう者によって異なることを理解し、盲ろう者が読みとりやすい指点字で通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う。 ・相手の反応やあいづちや笑った時など、適宜伝える。 ・状況説明や補足説明を行う際の記号の使い方などは盲ろう者と了解する。 ・盲ろう者の発言する機会を保障する。 ・マナー・エチケットを心がける。  (6)ローマ字式指文字 ・ローマ字式指文字の基本的な体勢をとる。 ・盲ろう者の受信方法、盲ろう者から発信されたローマ字式指文字の受信方法を確認し、分かりやすい速さにあわせた通訳を行う。 ・盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う。 ・話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う。 ・相手の反応やあいづちや笑った時など、適宜伝える。 ・盲ろう者の発言する機会を保障する。 ・マナー・エチケットを心がける。  +++ 3.ポイント ・コミュニケーション方法は多種多様にわたることから、地域の盲ろう者のニーズやコミュニケーション方法をふまえたうえで地域の実情に合わせたカリキュラムを編成する。 ・それぞれのコミュニケーションに特有な留意点と、第三者の発言を盲ろう者へ伝える際の技術と留意点を各コミュニケーション別に講義する。 ・一つのコミュニケーション方法について、たとえば技法と留意点に関する講義1時間、実習2時間といった編成が通例であるが、講義・実習を合わせて1コマで実施するのも有効である。 ---358---359 +++ 4.指導例 (1)音声 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:留意点を記した資料など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・ねらいなどの説明 2.講義(15分) 1)音声通訳の基本的な体勢 2)聞き取りやすいスピードや声の大きさ、高低の個人差を理解し、その盲ろう者の聞きやすさを配慮する 3)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 4)話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う 5)聞こえやすさを考慮しながら通訳をする 6)聞き取りにくい言葉の言い換えや補足説明を行う 7)触覚などを利用したサインなどの活用 8)盲ろう者が発言する機会の保障 9)マナー、エチケットに心がける →具体例を示したり、受講生からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) (2)筆記 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:パソコン、紙、筆記用具など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・ねらいなどの説明 2.講義(15分) 1)筆記の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う 3)分かりやすい文字の大きさや読み取るスピードの個人差を理解し、その盲ろう者が読みとりやすい通訳を行う 4)話者を明確にし、話者の発言に沿って直接話法で伝える →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮するパソコンのスクロールの様子や筆記用具など具体的に示す 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 5)字や記号の用い方 6)相手の反応やあいづち、笑った時などの伝え方 7)要約をする際の配慮点 8)盲ろう者が発言をする機会の保障 9)マナー、エチケットに心がける →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) ---360---361 (3)手書き文字 時間: 60分(休憩10分含む) 準備物:文字の書き方表(書き順など) 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・ねらいなどの説明 2.講義(15分) 1)手書き文字の基本的な姿勢 2)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う 3)分かりやすい文字の種類や大きさ、文字を書く場所や読み取るスピードの個人差を理解し、盲ろう者が読みとりやすい通訳を行う 4)話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う 5)相手の反応やあいづちや笑った時などの伝え方 →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 6)要約をする際の配慮点 7)書き間違えた時の修正方法 8)文字の筆順や記号、サインの使い方 9)盲ろう者が発言をする機会を保障する 10)マナー、エチケットに心がける →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 5.質疑応答(10分) (4)手話 時間:120分(休憩10分含む) 準備物:指文字一覧表、手話の単語表など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・ねらいなどの説明 2.弱視手話(50分) 1)弱視手話の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う 3)分かりやすい手話の大きさ、スピード、話者との距離の個人差を理解し、盲ろう者が見えやすい位置を定めて通訳を行う 4)話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う 5)相手の反応やあいづちや笑った時などの伝え方 6)盲ろう者が発言をする機会を保障する 7)マナー・エチケットに心がける →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →弱視の疑似体験などを通して見えにくさを理解する →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 3.休憩(10分) 4.触手話(50分) 1)触手話の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う 3)手話を示す範囲や動き、手指の動きなど表現方法の配慮 4)話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う 5)相手の反応やあいづちや笑った時などの伝え方 6)盲ろう者が発言をする機会を保障する 7)マナー・エチケットに心がける 5.質疑応答(5分) ---362---363 (5)点字・指点字 時間: 60分(休憩10分含む) 準備物: 点字一覧表、指点字一覧表、ブリスタ・パーキンスブレイラーなどの点字タイプライターなど 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・ねらいなどの説明 2.講義(15分) 1)指点字の基本的な体勢 2)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う 3)指点字の速度や強さ、打つ指の部位などの個人差を理解し、盲ろう者が読みとりやすい指点字で通訳を行う 4)話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 5)相手の反応やあいづちや笑った時などの伝え方 6)状況説明や補足説明を行う際の記号の使い方 7)盲ろう者の発言する機会を保障する 8)マナー・エチケットを心がける 5.質疑応答(10分) (6)ローマ字式指文字 時間:60分(休憩10分含む) 準備物:ローマ字式指文字一覧表など 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.はじめに(5分) 講師紹介、講義内容・ねらいなどの説明 2.講義(15分) 1)ローマ字式指文字の基本的な体勢 2)盲ろう者の受信方法、盲ろう者から発信されたローマ字式指文字の受信方法を確認 3)盲ろう者が理解をしているのかを注意しながら通訳を行う →口頭説明だけではなく、実際にデモンストレーションを示したり、具体例を多く用いて、分かりやすさを配慮する →具体例を示したり、受講者からの発言を促すなど、イメージしやすいように配慮する 3.休憩(10分) 4.講義(20分) 4)話者を明確にし、話者の発言に沿った通訳を行う 5)相手の反応やあいづちや笑った時などの伝え方 6)盲ろう者の発言する機会を保障する 7)マナー・エチケットを心がける 5.質疑応答(10分) ---364---365 *** 第19章 盲ろう者通訳実習 +++ 1.目的  盲ろう者への通訳方法(音声、筆記・手書き、手話、点字・指点字、ローマ字式指文字など)ごとに、必要な技術を習得する。 +++ 2.内容  各種コミュニケーション方法ごとの通訳(音声、筆記・手書き、手話、点字・指点字、ローマ字式指文字など)の体験を実習する。 +++ 3.指導のポイント ・各種コミュニケーション方法の講義、および「盲ろう通訳技術の基本」「盲ろう者の通訳技法と留意点」などで学んだポイントに沿った実践ができているかを実習を通して理解させる。 ・通訳実習の際に、盲ろう講師と補助講師が受講者の通訳・介助の方法などを評価するためのチェックリストを作成する。 ・盲ろう講師向け:自分が通訳を受けて気づいた点について評価する。 ・補助講師向け:盲ろう講師が気づいていない点についても目を配り、評価する。 ・チェックリストはA4サイズ1枚程度にまとめ、チェックリストに気を取られて、受講者の様子が見られないということにならないように、講師・補助講師は注意する。 チェックリストの例 (1)音声 @盲ろう講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を担う受講者は、通訳を始める前に、聞きやすい声の大きさ、話す速度など通訳をするうえでの必要な状況を確認したか。 ・通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、他の受講者の名前や座っている位置などを伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、それぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳を担う受講者は、必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・実習中に盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。 ・通訳を担う受講者は、実習が終了し盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を始める前に、盲ろう講師の聞きやすい声の大きさ、話す速度など通訳をするうえでの必要な状況の確認を行ったか。 ・盲ろう講師に通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳中にそれぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳中に必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。必要に応じて盲ろう講師の発言を復唱したりすることができたか。 ---366---367 ・会話の速度に通訳が追いついていない場合など、周囲にその状況を伝え、環境を整備することができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を行うことができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 (2)筆記 @盲ろう講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を担う受講者は通訳を始める前に、読み取りやすい文字の書き方や大きさ、筆記道具など通訳をするうえでの必要な状況を確認したか。 ・通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、他の受講者の名前や座っている位置などを伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、それぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳を担う受講者は、必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・実習中に盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。 ・通訳を担う受講者は、実習が終了し盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を始める前に、盲ろう講師が読み取りやすい姿勢や文字の書き方や大きさ、筆記道具など通訳をするうえでの必要な状況の確認を行ったか。 ・盲ろう講師に通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳中にそれぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳中に必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。必要に応じて盲ろう講師の発言を復唱したりすることができたか。 ・会話の速度に通訳が追いついていない場合など、周囲にその状況を伝え、環境を整備することができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を行うことができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 (3)手書き文字 @盲ろう講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を担う受講者は通訳を始める前に、読み取りやすい文字の書き方や大きさ、速さなど通訳をするうえでの必要な状況を確認したか。 ・通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、他の受講者の名前や座っている位置などを伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、それぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳を担う受講者は、必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・実習中に盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。 ・通訳を担う受講者は、実習が終了し盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ---368---369 ・通訳を始める前に、盲ろう講師が読み取りやすい姿勢や文字の書き方や大きさ、速さなど通訳をするうえでの必要な状況の確認を行ったか。 ・盲ろう講師に通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳中にそれぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳中に必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。必要に応じて盲ろう講師の発言を復唱したりすることができたか。 ・会話の速度に通訳が追いついていない場合など、周囲にその状況を伝え、環境を整備することができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を行うことができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 (4)手話 @盲ろう講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を担う受講者は通訳を始める前に、読み取りやすい手話の速度・表現の大きさなど通訳をするうえでの必要な状況を確認したか。 ・通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、他の受講者の名前や座っている位置などを伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、それぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳を担う受講者は、必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・実習中に盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。 ・通訳を担う受講者は、実習が終了し盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を始める前に、盲ろう講師が読み取りやすい姿勢や位置、手話表現の大きさや速度など通訳をするうえでの必要な状況の確認を行ったか。 ・盲ろう講師に通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳中にそれぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳中に必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。盲ろう講師の発言の際には手話の読み取り通訳を行うことができたか。 ・会話の速度に通訳が追いついていない場合など、周囲にその状況を伝え、環境を整備することができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を行うことができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 (5)点字・指点字 @盲ろう講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を担う受講者は通訳を始める前に、読み取りやすい指点字の打つ指の位置や速度など通訳をするうえでの必要な状況を確認したか。 ・通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、他の受講者の名前や座っている位置などを伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、それぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳を担う受講者は、必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情な ---370---371 ど、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・実習中に盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。 ・通訳を担う受講者は、実習が終了し盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を始める前に、盲ろう講師が読み取りやすい姿勢や指点字を打つ指の位置や速度など通訳をするうえでの必要な状況の確認を行ったか。 ・盲ろう講師に通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳中にそれぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳中に必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。必要に応じて盲ろう講師の発言を復唱したりすることができたか。 ・会話の速度に通訳が追いついていない場合など、周囲にその状況を伝え、環境を整備することができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を行うことができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 (6)ローマ字式指文字 @盲ろう講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を担う受講者は通訳を始める前に、盲ろう講師が読み取りやすいローマ字式指文字の速度や盲ろう講師が発信するローマ字式指文字の受信の方法など通訳をするうえでの必要な状況を確認したか。 ・通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、他の受講者の名前や座っている位置などを伝えたか。 ・通訳を担う受講者は、それぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳を担う受講者は、必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・実習中に盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。 ・通訳を担う受講者は、実習が終了し盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか など。 A補助講師用 ・通訳を担う受講者は、盲ろう講師が通訳を受けることができる状態になっていることを確認してから通訳を始めたか。 ・通訳を始める前に、盲ろう講師が読み取りやすい姿勢やローマ字式指文字の速度や盲ろう講師が発信するローマ字式指文字の受信方法など通訳をするうえでの必要な状況の確認を行ったか。 ・盲ろう講師に通訳を担う受講者は、自分の名前を伝えたか。 ・通訳中にそれぞれの話者を明らかにしてから、その発言内容を伝えることができたか。 ・通訳中に必要に応じて状況説明(受講者の発言以外の様子、表情など、室内の状況など)などを行うことができたか。 ・盲ろう講師が会話に参加することができたか。または、参加する機会を保障することができたか。盲ろう講師の発言の際にはローマ字式指文字の読み取り通訳を行うことができたか。 ・会話の速度に通訳が追いついていない場合など、周囲にその状況を伝え、環境を整備することができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を行うことができたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ---372---373 +++ 4.運営のポイント (1)カリキュラム編成  コミュニケーション方法は多種多様にわたることから、地域のニーズをふまえたうえでカリキュラムを編成する。  一つのコミュニケーション方法について、たとえば技法と留意点に関する講義1時間、実習2時間といった編成が通例であるが、講義・実習を合わせて1コマで実施するのも有効である。  時間数の制約などで多種のコミュニケーションを取り上げることによって、通訳・介助員として活動する最低限のコミュニケーション手段すら身につかないと予想される場合などは、すべてを実習によるものとはせずに概論の時間などで紹介するなどの方法をとる。  一つの部屋でいくつものグループが同時に実習をするために、机の配置や環境整備に配慮する。特に音声通訳を必要とする場合には、他のグループでの実習の音声が盲ろう講師の聞き取りを妨げることがないように、部屋の大きさとグループ数によっては、複数の部屋を準備するなどの配慮が必要となる。 (2)実習を行う際に必要なスタッフと役割  この通訳実習は、盲ろう者本人が講師となって進めていくことが望ましい。また、盲ろう者の指導を補助する非盲ろう者の講師(補助講師)や盲ろう講師につく通訳・介助員も指導の質を高めるために重要である。それぞれのスタッフについての役割は、以下の通りである。 @講師 実習で受講者の相手となるなど、受講者に直接技術の指導を行う。実習の実技後に行うグループ討議やふりかえりのディスカッションの進行や助言を行い、実習の目的が達成されるための指導を行う。盲ろう講師は受講者の通訳を直接受けることで、受講者に個々の盲ろう者に対する通訳の違いを実感させる。盲ろう講師は補助講師やスタッフと相談しながら、実習の具体的な内容を考え、実施する。 A補助講師 補助講師の要件 ・通訳・介助員としての心構えや倫理を熟知し、適切に実践できる技量のある者。 ・補助講師として盲ろう講師と受講者との実習を見守ると同時に、担当していない受講者にも目を配ることができる。 ・実習を担当する盲ろう講師への通訳・介助経験が豊富である。 補助講師の役割 ・盲ろう講師の補佐的な役割を果たす。 ・盲ろう講師が直接指導していない他の受講者への指導・助言を行う。盲ろう講師が気づかなかった点などを補佐し、盲ろう講師との連携を図る。 ・補助講師は基本的には盲ろう講師への通訳・介助は行わず、補助講師として講師がスムーズに実習を進めていけるよう補助する。 ・盲ろう講師と同じ指導者的な視点にたち、盲ろう講師が直接指導できない状態での受講者からの質問などへの対応も行うが、補助講師が指導・対応した内容は適宜盲ろう講師に伝え、連携を図る。 B盲ろう講師につく通訳・介助員 盲ろう講師につく通訳・介助員の要件 ・盲ろう講師が担当する実習が円滑に進み、目的を達成することができるように適切な情報保障を行う。 ・盲ろう講師への通訳・介助支援の経験が豊富である。 ・受講者の見本となる通訳・介助員である。 ・盲ろう講師を尊重しつつ、同時に必要な場面でのアドバイスなどができる。 ・講師の視点を持つことができる。 盲ろう講師につく通訳・介助員の役割 ・基本的には通訳・介助に徹するので、実習中の発言は認められない。 ・盲ろう講師と受講者が意思疎通できないとき、すみやかに仲介する。 ・実習中、受講者の言動など、指導しなければならないことがあれば、盲ろう講師に伝え、盲ろう講師から注意・アドバイスができるようにする。 ---374---375 (3)実習の方法 1.受講者をいくつかのグループに分ける。1グループは5名程度、多くても8名程度になるように人数を調整する。 2.各グループに盲ろう講師1名、補助講師1名、盲ろう講師の通訳・介助員を最低1名配置する。主催者側スタッフの関係で、補助講師と盲ろう講師の通訳・介助員が同一人物になることもありうる。 3.盲ろう講師を含めたグループ内での会話を通訳を担う受講者が盲ろう講師に通訳を行う。すべての受講者が通訳を担うことができるように順番に実習を行う。 3.盲ろう講師は、通訳を通して気づいた点を助言する。 4.補助講師、または盲ろう講師の通訳・介助員は、盲ろう講師が気づきにくい受講者の様子や全体の様子などに目を配り、適宜盲ろう講師に伝える。また、タイムキーパーなどを行い、講師の補佐的な役割を担う。 5.盲ろう講師の確保が難しい場合には、そのコミュニケーション方法を十分に習得・理解している通訳・介助員が講師となり、擬似的に行う。 6.一定時間が過ぎたら講師を交代し、受講者全員がすべての講師とも対話ができるように配慮する。 (4)実習のグループ編成の例  盲ろう講師の人数と受講者の人数、盲ろう講師が用いているコミュニケーション方法、実習時間などを考慮して、グループの数や取り上げるコミュニケーション方法を決める。  すべての受講者がすべての盲ろう講師への通訳を行えるように配慮する。 [図版:「盲ろう講師と実習グループの順番の表」 実習1 盲ろう講師1(触手話):グループ1 盲ろう講師2(触手話):グループ2 盲ろう講師3(弱視手話):グループ3 盲ろう講師4(弱視手話):グループ4 実習2 盲ろう講師1(触手話):グループ4 盲ろう講師2(触手話):グループ1 盲ろう講師3(弱視手話):グループ2 盲ろう講師4(弱視手話):グループ3 実習3 盲ろう講師1(触手話):グループ3 盲ろう講師2(触手話):グループ4 盲ろう講師3(弱視手話):グループ1 盲ろう講師4(弱視手話):グループ2 実習4 盲ろう講師1(触手話):グループ2 盲ろう講師2(触手話):グループ3 盲ろう講師3(弱視手話):グループ4 盲ろう講師4(弱視手話):グループ1] (5)さまざまな障害や制限を有する受講者への配慮 @聴覚障害や言語障害のある受講者  音声での会話が難しい聴覚障害のある受講者に対しては、他のコミュニケーション方法での実習に置き換えるなどの配慮が必要である。情報保障(手話通訳・筆記通訳など)を大切にし、より実際の通訳現場でのありうる形での実習が行えるように配慮する。 A視覚障害のある受講者  墨字による筆談が難しい視覚障害のある受講者に対しては、他のコミュニケーション方法での実習に置き換えるなどの配慮が必要である。情報保障(視覚的な情報に関する音声通訳など)を大切にし、より実際の通訳現場でのありうる形での実習が行えるように配慮する。 B運動機能に制限のある受講者  上肢の可動域に制限があったり、細かな動きが難しい受講者に対しては、可能なコミュニケーション方法での実習に置き換えるなどの配慮が必要である。 ---376---377 +++ 5.指導例 時間:240分(休憩20分を含む) 準備物:チェックリストなど 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.ガイダンス・グループ分け(15分) 実習の流れなどを説明する。 講師の紹介 →事前に盲ろう講師の主たるコミュニケーション方法、受講者の得意とするコミュニケーション方法に留意する 2.グループごとにミーティング(15分) グループ全員の自己紹介、実習の順番などを決める。 3.通訳実習(120分) 盲ろう講師・補助講師ともに「チェックリスト」を参考に、各受講者の通訳の状況を観察・評価する。実習中に適宜注意点などについて指導・助言を行う →グループの構成人数やグループ数によって、受講者一人ずつの実習時間を算出する →グループ内の会話が滞っている場合には、講師または補助講師が話題提供するなど、会話の活発化に配慮する →受講者が交代する際、コメントを伝え、質問を受ける 4.休憩(10分) 5.グループ内での反省(30分) →実習を振り返り、受講者からの乾燥や質問を引き出す。通訳を受けてよかった点や留意して欲しい点などを、盲ろう講師(補助講師)からコメントする 6.休憩(10分) 7.全体の振り返り、盲ろう講師からの講評など、全体での質疑応答(40分) →各盲ろう講師から、実習中の様子をふまえながら、通訳・介助員として心がけて欲しい事柄などを、受講者全体に共有する *** 第20章 移動介助実習II +++ 1.目的  本講義は、公共交通機関や建物内の特殊な設備(エレベーター・エスカレーター)の場面についての移動介助技術を習得することを目的とする。  「移動介助実習T」で学んだ移動介助技術(基本姿勢・狭所・階段など)がベースになるが、盲ろう者への安全・安心がより求められる場面となる。特にエスカレーターと電車の乗降は不適切な介助により、大きな事故につながる可能性がある。繰り返し実習し、身体に覚えこませるように指導する必要がある。 +++ 2.内容 (1)場面別移動介助方法(応用)  エレベーター、エスカレーター、電車、バス、タクシーといった場面での移動介助方法を学ぶ。 (2)基本姿勢(応用)  盲ろう者への移動介助の基本姿勢(肘に捉まる、肩に手を置く)、移動介助の一連の流れを学ぶ。 ---378---379 +++ 3.ポイント (1)指導・運営の方法  本講義の指導・運営の方法については、盲ろう者に実際に移動介助をする「実習」形式と受講者同士でペアになり、盲ろう者役と通訳・介助員役を交代しながら疑似的に移動介助をする「演習」形式の2つがある。  実習形式は、盲ろう者を相手に実際の通訳・介助業務における移動介助と同じような状況を体験することができ、実践力が身につきやすいと考えられる。一方で、実習を担当する盲ろう者数が少なく、受講者数が多いと、「1対多」の指導体制になってしまい、必然的に受講者一人あたりの実習時間が減ってしまうという面がある。  演習形式は、盲ろう者役と通訳・介助員役の「1対1」の体制になるため、さまざまな場面の移動介助の体験を提供しやすくなる。その一方で、盲ろう者役はあくまで「疑似的な盲ろう者」であり、実際の盲ろう者と状況が異なるため、現実の通訳・介助業務での移動介助の状況とは相違が出てしまうという可能性がある。  実習を担当できる盲ろう者の数や受講者数、予算や講習時間などを総合的に検討したうえで、どちらの形式で実施するかを決める必要があるだろう。  ここでは、「実習形式」についての留意点を、以下で説明する(演習形式での留意点は「移動介助実習T」を参照)。 (2)講師の役割  講師を担当する盲ろう者が受講者の移動介助を実際に受けながら指導する「実習形式」は、実際の移動介助に近い状況を経験しながら、問題があればすぐさま指導が受けられるということに意義がある。  したがって、講師はただ、移動介助の受け手になるだけではなく、受講者の介助に問題を感じたら、それについて指導・助言をする必要がある。たとえば、「障害物につまずいたり、ぶつかった」、「状況説明がなく不安」などの問題に遭遇したら、実習を一度止め、その場で受講者に助言し、もう一度、同じ場面で実習をさせるなどの対応が必要になる。  また、その場で指導ができないような状況(混雑している街路や電車内など)があった場合、担当する受講者が交代する場面などで、気になった点を指摘する。 (3)補助講師の役割  講師を担当する盲ろう者は、その障害ゆえに受講者の不適切な行動をつぶさに把握することは困難な状況に置かれている。そのため、盲ろう者の移動介助についての経験や知識がある非盲ろうの補助講師を配置することで、より効果的な指導が可能になる。  補助講師の役割としては、以下のようなことが挙げられる。 ・講師の実習を受けている受講者に不適切な動作があったときに、指導・助言をする。 ・講師の実習を受けていない(他の受講者の実習を観察している)受講者からの質問を受ける。 ・講師の実習を受けていない受講者の態度に問題があれば(他の受講者の実習を観察せずに私語をしているなど)、注意する。 ・講師の指導や助言などの際に、通行人の迷惑にならないように適切な場所に誘導する。 ・計画した時間配分で実習が進んでいるかを確認する。  補助講師が受講者に対して指導・助言をする際には、講師にその内容が伝わるよう通訳の態勢に注意する必要がある。 (4)施設・設備利用にあたっての協力依頼  本講義は、鉄道やバスなどの公共交通機関の利用の際の実習を含んでいる。その際、同じ場所に留まりながら、繰り返し実習をするのであれば、それらの施設・設備の管理者への説明と承諾は必須となる。講習の主旨や目的、日時や人数などを説明し、場合によっては文書で協力依頼を求めるなどの事前準備を整えておく必要がある。 ---380---381 +++ 4.指導例 時間:240分×2回 (2回に分け、1回目は演習形式、2回目は実習形式で実施(1回につき240分)) 指導の展開:(→は指導方法・留意点) ※以下は2回目の実習形式での実施時に、講師(5名)と補助講師(5名)で受講者(20名)を指導するという前提での指導案となる。 1.各講師の自己紹介(10分) 2.進行についての説明(10分) 1)グループ分け(4人1組) 2)実習の内容とスケジュール 3)実習中の注意事項 → 1)グループ分けはコミュニケーション方法などをふまえ、事前に決めておく(講師1名、補助講師1名、受講者4名の計6名で1グループ) 3.グループごとに集合(5分) 4.基本動作の復習・応用(30分) 1)基本姿勢 2)着席 3)狭所 4)階段 →講師が普段使っている方法を指導する →各動作について受講者一人ずつ実習する 5.駅に移動(15分) →受講者が講師を移動介助しながら、駅に向かう 6.エレベーターの乗降(15分) →駅の設備を利用して、実習をする →補助講師が講師を介助し、見本を見せる →講師が普段使っている方法を指導する →各動作について受講者一人ずつ実習する 7.エスカレーターの乗降(25分) →駅の設備を利用して、実習をする →補助講師が講師を介助し、見本を見せる →講師が普段使っている方法を指導する →各動作について受講者一人ずつ実習する 8.電車の乗降(80分) 1)切符の購入 2)改札の通過 3)ホームの移動 4)電車乗降 5)着席 →始発駅を利用して、電車に関連する実習をする(事前に鉄道会社に承諾済) →切符の購入、改札の追加、ホームの移動については、非盲ろう講師が講師を介助し、見本を見せる →講師が普段使っている方法を指導する →各動作について受講者一人ずつ実習する 9.バス停留所に移動(10分) →受講者が講師を移動介助しながら、駅に向かう 10.バスの乗降(30分) →運行していないバスを利用して、実習をする(事前にバス会社に承諾済) →補助講師が講師を介助し、見本を見せる →講師が普段使っている方法を指導する →各動作について受講者一人ずつ実習する 11.講師、補助講師の講評(10分) *** 第21章 通訳・介助実習II +++ 1.目的  本実習は、通訳・介助員養成講習会の締めくくりとして実施するものであり、通訳・介助活動の実践的な要素を取り入れることで、応用的な通訳・介助の技術を習得する。 +++ 2.内容  場面別応用通訳・介助技術(コンビニやスーパーなどでの買い物ではなく、店員とのやり取りを含むような、第三者が介在する買い物、各種申請、面接、会議などの場面)を想 定した実習を行う。  できれば屋外へ出かけ、公共交通機関の利用等も含めた実習とする。  設定した課題を行い、指定された時間内に会場に戻ることができるようなコースや実習内容とする。 +++ 3.指導のポイント (1)指導のポイント @「移動介助実習II」を受け、移動介助を含め、第三者が介在する場面での通訳・介助場面を想定して、これまでに学んだポイントに沿った実践ができているかを実習を通して理解させる。 A通訳・介助実習の際に、盲ろう講師と補助講師が受講者の通訳・介助の方法・姿勢・態度などを評価するためのチェックリストを作成する。 ---382---383 盲ろう講師向け:自分が通訳・介助を受けて気づいた点について評価する。 補助講師向け: 盲ろう講師が気づいていない点についても目を配り、評価する。 BチェックリストはA4サイズ1枚程度にまとめ、チェックリストに気を取られて、受講者の様子が見られないということにならないように、講師・補助講師は注意する。 チェックリストの例 (1)盲ろう講師用 コミュニケーション ・受講者は、受講者または第三者である話者が発言するときに、必ず話者の名前を伝えていたか。 ・受講者は、盲ろう講師であるあなたが話をしているときに、相手の反応・相づちなどの確認を、あなたが分かるように行うことができたか。 ・自分が(行為遂行などにおける)なんらかの選択が可能になる程度の情報提供があったか。 ・周りの状況がつかめずに不安に感じることがあったか。 ・次の受講者と交代する際には、交代をすること、誰と交代をするのかを伝えたか。 ・盲ろう講師から離れるときに、盲ろう講師の了解を得てから離れることができたか。 ・マナーやエチケットに留意していたか。 移動介助 ・歩く速度は適していたか。 ・安心して歩くことができたか。 ・狭い場所を通ることが伝わり、安全に移動できたか。 ・階段を安心して上り下りできたか。 ・段差・スロープなどの路面の変化を伝えていたか。 (2)補助講師用 コミュニケーション ・受講者は、自分の名前を盲ろう講師に伝えることができたか。 ・他者の発言を通訳する場合、誰が発言しているかを間違わずに伝えることができたか。さらに、直接話法で伝えることができたか。 ・適切な情報提供ができていたか。 ・必要に応じて状況説明ができたか。 ・盲ろう講師に話が伝わっているのか、確認しながら通訳を進めることができたか。 移動介助 ・狭い場所を通ることを伝え、安全に移動することができたか ・足元や周りに注意を払いながら安全に移動介助ができていたか。 ・段差・スロープなどの路面の変化を事前に伝えることができたか。 +++ 4.運営のポイント  本実習は盲ろう者本人が講師となって進めていくことが望ましい。また、盲ろう者の指導を補助する非盲ろう者の講師(補助講師)や盲ろう講師につく通訳・介助員も指導の質を高めるために重要である。それぞれのスタッフについての役割は、以下の通りである。 (1)実習を行う際に必要なスタッフと役割 盲ろう講師 ・実習で受講者の相手となるなど、受講者に直接技術の指導を行う。 ・実習の実技後に行うグループ討議や振り返りのディスカッションの進行や助言を行い、実習の目的が達成するための指導を行う。 ・盲ろう講師は、補助講師やスタッフと相談しながら、実習の具体的な内容を考え、実施する。 ---384---385 補助講師 補助講師の要件 ・通訳・介助員としての心構えや倫理を熟知し、適切に実践できる技量のある者。 ・補助講師として盲ろう講師と受講者との実習を見守ると同時に、担当していない受講者にも目を配ることができる。安全に心がけ、実習を見守ることができる。 ・実習を担当する盲ろう講師への通訳・介助経験が豊富である。 ・盲ろう講師の意図を理解し、指導の補助ができる。 ・通訳技術、移動介助技術を論理的に説明することができる。 ・講師の視点を持つことができる。 補助講師の役割 ・盲ろう講師の補佐的な役割を果たす。 ・盲ろう講師が直接指導していない他の受講者への指導・助言を行う。盲ろう講師が気づかなかった点などを補佐し、盲ろう講師との連携を図る。 ・補助講師は基本的には盲ろう講師への通訳・介助は行わず、補助講師として講師がスムーズに実習を進めていけるよう補助する。 ・盲ろう講師と同じ指導者的な視点にたち、盲ろう講師が直接指導できない状態で受講者からの質問などへの対応も行うが、補助講師が指導・対応した内容は適宜盲ろう講師に伝え、連携を図る。 盲ろう講師につく通訳・介助員 盲ろう講師につく通訳・介助員の要件 ・盲ろう講師が担当する実習が円滑に進み、目的を達成することができるように適切な情報保障を行う。 ・盲ろう講師への通訳・介助支援の経験が豊富である。 ・受講者の見本となる通訳・介助員である。 ・盲ろう講師を尊重し、必要な場面でのアドバイスなどができる。 ・講師の視点を持つことができる。   盲ろう講師につく通訳・介助員の役割 ・基本的には通訳・介助に徹するので、実習中の発言は認められない。 ・盲ろう講師と受講者が意思疎通できないとき、すみやかに仲介する。 ・実習中、受講者の言動など、指導しなければならないことがあれば、盲ろう講師に伝え、盲ろう講師から注意・アドバイスができるようにする。 (2)実習の方法  受講者をいくつかのグループに分ける。1グループには指導の充実や安全性を考慮して少人数にとどめる。  各グループに盲ろう講師1名、補助講師1名、盲ろう講師の通訳・介助員を最低1名配置する。主催者側スタッフの関係で、補助講師と盲ろう講師の通訳・介助員が同一人物になることもありうる。  すべての受講者が盲ろう講師に対して通訳・介助ができるように、順番に実習を行う。  盲ろう講師は、受講者の通訳・介助を通して気づいた点を助言する。  補助講師、または盲ろう講師の通訳・介助員は、盲ろう講師が気づきにくい受講者の様子や全体の様子などに目を配り、適宜盲ろう講師に伝える。また、タイムキーパーなどを行い、講師の補佐的な役割を担う。 (3)運営の考慮点  本実習は、第2部・第10章「通訳・介助実習T」と共通する部分が多いことから、参照されたい。本実習は、実習時間および全員での振り返りの時間を十分に確保するねらいから、全体で360分(6時間)を想定していることをふまえ、これらの内容に重点をおくように工夫されたい。  「通訳・介助実習II」は「移動介助実習II」と相互に密接に関係することから、両科目を組み入れ、連続して(両者の間に別の科目が入ることなく)行うことが望ましい。  派遣事業登録盲ろう者との交流を図るプログラム(友の会主催の定例会や交流会等)を活用し、それらに受講者が参加、通訳・介助を行うことで、この実習の代替とすることも可能である。  地域によっては、標準カリキュラム84時間の講習が難しいところもあることから、「通訳・介助実習T・II」を一つの科目として実施する場合が予想される。「通訳・介助実習T」と「通訳・介助実習II」では、第三者が介在しない場合と介在する場合で、便宜的に実習の難易度に差をつける形での実施内容となっているが、完全に第三者が介在しないというのは、現実的にはありえな ---386---387 い状況であり、第三者が介在する度合いが少ないか、多いかという度合いの問題であることを念のため付記する。 (4)実習のグループ編成の例  盲ろう講師の人数と盲ろう講師が用いているコミュニケーション方法、受講者の人数や受講者のコミュニケーションスキルなどを考慮して、グループ数や取り上げるコミュニケーション方法を決める。 グループ講師受講者の例 手話グループ(弱視手話) 講師:手話を主たるコミュニケーションとする弱視ろうの盲ろう講師 受講者の例:手話で十分な意思疎通を取ることができ、日常会話を楽しむことができる。 手話グループ(触手話) 講師:触手話を主たるコミュニケーションとする盲ろう講師 受講者の例:手話で十分な意思疎通を取ることができ、日常会話を楽しむことができる。 指点字グループ 講師:指点字を主たるコミュニケーションとする盲ろう講師 受講者の例:指点字で十分な意思疎通を取ることができ、日常会話を楽しむことができる。 音声グループ 講師:音声による通訳を主に受けている盲難聴あるいは弱視難聴の講師 受講者の例:手話や点字で日常会話が難しいが、音声での日常会話を楽しむことができる。 手書きグループ 講師:手書き文字による通訳を主に受けている盲ろう講師 受講者の例:手話や点字で日常会話が難しいが、手書きでの日常会話を楽しむことができる。 +++ 5.指導例 時間:360分(休憩20分含む) 準備物:チェックリスト 指導の展開:(→は指導方法・留意点) 1.ガイダンス・グループ分け(15分) →グループ分けにあたっては事前に盲ろう講師の主たるコミュニケーション方法、受講者のコミュニケーションスキルに留意する 2.グループごとのミーティング(15分) 全員での自己紹介、移動介助方法やコミュニケーション方法の説明・練習、受講者の交代のタイミングなど →盲ろう講師に適した移動介助方法、通訳方法などを確認する 3.通訳・介助実習(240分) 例)バスや電車などの公共交通機関を利用して、お店に行き、買い物をする。商品の説明を店員から聞くなど 例)地元で開催される友の会の交流会等で、送迎を含め、通訳・介助にあたる →盲ろう講師、補助講師ともにチェックリストを参考にし、各受講者の通訳・介助の状況を観察、評価する →実習中に適宜注意点などについて指導・助言を行う →盲ろう講師は情報提供が不足している場合、周囲に何があるのかなどを問いかけ、受講者から通訳すべき内容を引き出す →受講者が交代する際、コメントを伝え、質問を受け付ける →適宜休憩をはさむ 4.休憩(10分) 5.グループ内での反省会(30分) →実習を振り返り、受講者からの感想や質問を引き出す。良かった点や留意してほしい点などを、盲ろう講師、あるいは補助講師からコメントする 6.休憩(10分) 7.全体の振り返り、盲ろう講師からの講評、全体での質疑応答(40分) 各盲ろう講師より、実習を振り返りながら、通訳・介助員として心がけてほしい事柄などを、受講者全体に共有する ---388 *** 障企自発0325第1号 平成25年3月25日 各 都道府県 指定都市 中核市 民生主管部(局)長殿 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部 企画課自立支援振興室長(公印省略)  盲ろう者向け通訳・介助員の養成カリキュラム等について  平成25年4月1日から施行される障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)において、地域生活支援事業の都道府県必須事業(大都市等の特例により、指定都市及び中核市も含む。)となる「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修事業」については、これまで地域生活支援事業の都道府県任意事業として実施されてきた。このため、各都道府県において実施する「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修事業」の研修時間、研修内容等の養成カリキュラムについては、統一されたものがないという状況であった。  平成25年4月1日から「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修事業」が地域生活支援事業の都道府県必須事業になることから、盲ろう者向け通訳・介助員の養成研修会で使用する「盲ろう者向け通訳・介助員養成カリキュラム」(別紙1)及び「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修会開催における留意事項等について」(別紙2)を定めたので、「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修事業」を実施する際は、本通知の内容を基本に実施されたい。また、関係団体等への周知について、特段の配慮をお願いしたい。  別紙1 盲ろう者向け通訳・介助員養成カリキュラム  【必修科目(42時間)】  養成目標:盲ろう者の生活及び支援のあり方についての理解と認識を深めるとともに、盲ろう者との日常的なコミュニケーションや盲ろう者への通訳及び移動介助を行うに際し、最低限必要な知識及び技術を習得する。  到達目標:盲ろう者と1対1での外出(買い物・食事などに伴う外出)などの日常生活上の場面において、必要な通訳・介助を行うことができる。  【選択科目(42時間)】  養成目標:必修科目の研修修了に加えて、盲ろう者向け通訳・介助員の役割・責務などについて理解と知識を深めるとともに、多様なニーズや場面に応じた通訳及び移動介助を行うに際し、必要な知識及び技術を習得する。  到達目標:電車、バスなどの公共交通機関の利用を伴う外出や複数の者が参加する講演会、会議などの場面において、必要な通訳・介助を行うことができる。  【必修科目(42時間)】  以下、科目の形態、教科名、時間数、目的、内容、特記事項(方法・講師など)の順です。  講義、盲ろう者概論、2時間、 目的:盲ろう者の障害の状態や程度、コミュニケーション方法の種類、生活状況等を知り、盲ろう者の現状を理解する。 内容:盲ろう者の人数(全国・各地域)盲ろうの状態・程度盲ろうになるまでの経緯コミュニケーション方法盲ろう者の地域生活の状況(住居・日中活動・福祉制度) 特記:視聴覚教材などを用い、盲ろう者の全般的な状況について理解できるようにする。  講義 実習、盲ろう疑似体験、2時間 目的:視覚と聴覚の両方を遮断して行動する体験を通して、その状態・心理面の共感的理解を図るとともに、盲ろう者の支援ニーズや接する際のマナーを理解する。 内容:基本的配慮(名前を言う、放置しない、話にあいづちを打つなど)を学ぶための疑似体験 特記:盲ろう疑似体験セット(※)を用いて盲ろう状態を体験するとともに、受講者が基本的配慮を理解できるように討議や助言などの時間を設ける。(※別紙2「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修会開催における留意事項」の「3 研修会で必要な機材について」参照。)  講義、視覚・聴覚障害の理解、2時間 目的:視覚障害や聴覚障害の状態・程度による見え方、聞こえ方の違いを理解し、それぞれに応じた支援の基本姿勢を理解する。 内容:盲ろう障害の発症原因視覚障害・聴覚障害の状態・程度見え方・聞こえ方に応じた配慮 特記:視覚障害疑似体験セット(シミュレーションゴーグル・レンズセット(※))、視聴覚教材などを用い、障害の状態と支援の効果を理解できるようにする。(※別紙2「盲ろう者向け通訳・介助員養成研修会開催における留意事項」の「3 研修会で必要な機材について」参照。)  講義、盲ろう者の日常生活とニーズ、2時間 目的:盲ろう者の日常生活における課題と、その支援方法を理解する。 内容:盲ろう者の生育歴・障害歴日常生活における困難必要としている支援 特記:盲ろう者による講演を中心に組み立てる。  講義、盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点(注1)、8時間 目的:盲ろう者とコミュニケーションを取る際の留意点について、コミュニケーション方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)ごとに理解する。 内容:各種コミュニケーションの方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)と留意点 特記:地域の盲ろう者のニーズやコミュニケーション方法を踏まえ、地域の実情に合わせたコミュニケーション方法の選択や時間配分を行う。  実習、盲ろうコミュニケーション実習(注1)、14時間 目的:盲ろう者とのコミュニケーションを方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)ごとに、最低限必要な技術を習得する。 内容:各種コミュニケーションの方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)の体験実習 特記:講義「盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点」の特記事項を踏まえ、盲ろう者とのコミュニケーション体験を中心に組み立てる。  講義、通訳・介助員の心構えと倫理、2時間 目的:盲ろう者向け通訳・介助員としての盲ろう者への関わり方を理解する。 内容:心構えと倫理(自己決定の尊重、秘密保持など)対人コミュニケーションの基礎技法(受容・傾聴・共感など)  講義、盲ろう通訳技術の基本、2時間 目的:盲ろう者が主体的に自己決定できるようにするため、情報伝達の技術を理解する。 内容:盲ろう者への情報伝達の技術(通訳内容、状況説明、補足説明、事後説明、環境調整)  実習、移動介助実習T(注2)、2時間 目的:基本的な移動介助を安心・安全に行うことができる技術を習得する。 内容:基本姿勢場面別基本移動介助技術(狭所・段差) 特記:盲ろう者に対する移動介助の実習を行う。人数的に困難な場合、ロールプレイにより実習を行う。  実習、通訳・介助実習T(注2)、4時間 目的:基本的な通訳・介助の技術を習得する。 内容:移動中の情報提供の方法も含む場面別基本通訳・介助技術を想定した実習(第三者が介在しない買い物・食事など) 特記:盲ろう者に対する通訳・介助の実習を行う。人数的に困難な場合、ロールプレイにより実習を行う。  講義、通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務、2時間 目的:盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業の運用の仕組みやルールについて理解する。 内容:派遣依頼の流れ、報告の方法、トラブル発生時の対応 特記:実施主体の自治体職員、あるいは派遣事業コーディネーターなどの講演を中心に組み立てる。  【選択科目(42時間)】 以下、科目の形態、教科名、時間数、目的、内容、特記事項(方法・講師など)の順です。  講義、盲ろう児の教育と支援、2時間 目的:盲ろう児の教育における課題とその支援方法について理解する。 内容:盲ろう児の現状。盲ろう児の教育方法。盲ろう児に対する通訳・介助方法。 特記:特別支援学校教員、盲ろう児の親、支援に関わっている盲ろう者向け通訳・介助員などの講演を中心に組み立てる。  講義、高齢盲ろう者の生活と支援、2時間 目的:高齢の盲ろう者の生活における課題と、その支援方法について理解する。 内容:高齢盲ろう者の現状。高齢盲ろう者に対する通訳・介助支援の方法。 特記:介護福祉士、地域包括支援センター職員、支援に関わっている盲ろう者向け通訳・介助員などの講演を中心に組み立てる。  講義、他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援、2時間 目的:視覚と聴覚以外の障害(運動機能障害、精神障害など)を併せ持つ盲ろう者の生活における課題と、その支援方法について理解する。 内容:重複盲ろう者の現状。重複盲ろう者に対する通訳・介助支援の方法。理学療法士、精神保健福祉士などの感覚障害以外に関わる専門職の講演を中心に組み立てる。  講義、盲ろう者福祉制度概論、2時間 目的:盲ろう者が利用する障害者福祉制度や各種事業、地域の社会資源の状況等を理解する。 内容:障害者総合支援法の仕組み。通訳・介助員派遣事業の実情。盲ろう者団体も含めた地域の社会資源の状況。 特記:実施主体の自治体職員、あるいは受託団体役職員、派遣事業コーディネーターなどの講演を中心に組み立てる。  講義 実習、盲ろう通訳技術の実際、2時間 目的:盲ろう者が主体的に自己決定できるようにするための情報伝達の技術を体験的に理解する。 内容:盲ろう者への情報伝達の技術(通訳内容、状況説明、補足説明、事後説明、環境調整)の実習。 特記:ロールプレイなどの体験的手法を用いて実施する。  講義 演習、通訳・介助員のあり方、4時間 目的:盲ろう者向け通訳・介助員として必要な支援技術を習得するとともに、社会福祉従事者としての盲ろう者向け通訳・介助員の役割を理解する。 内容:盲ろう者の心理や通訳場面に応じた盲ろう者向け通訳・介助員の責務 特記:事例検討の手法を用いて実施する。  講義 盲ろう者の通訳技法と留意点(注1)、6時間 盲ろう者へ通訳をする際の留意点について、コミュニケーション方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)ごとに理解する。 内容:各種コミュニケーション別の通訳方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)と留意点地域の実情に合わせて、コミュニケーション方法の選択や時間配分を行う。  実習 盲ろう通訳実習(注1)、8時間 目的:盲ろう者への通訳を方法(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)ごとに、必要な技術を習得する。 内容:各種コミュニケーション方法ごとの通訳(触手話・弱視手話、指点字・ブリスタ、手書き文字、筆記、音声など)の体験実習。 特記:盲ろう者への通訳体験を中心に組み立てる。地域の実情に合わせて、コミュニケーション方法の選択や時間配分を行う。  実習、移動介助実習 II(注2)、8時間 目的:応用的な移動介助技術を習得する。 内容:場面別応用移動介助技術(エスカレーター、電車、バスなどの公共交通機関の利用)を想定した実習。 特記:盲ろう者に対する移動介助の実習を行う。人数的に困難な場合、ロールプレイにより実習を行う。  実習、通訳・介助実習 II(注2)、6時間 目的:応用的な通訳・介助技術を習得する。 内容:場面別応用通訳・介助技術(第三者が介在する買い物、申請、面接、会議などの場面)を想定した実習。 特記:盲ろう者に対する通訳・介助の実習を行う。人数的に困難な場合、ロールプレイにより実習を行う。  別紙2 盲ろう者向け通訳・介助員養成研修会開催における留意事項等について  盲ろう者向け通訳・介助員の養成は、「盲ろう者向け通訳・介助員養成カリキュラム(以下「養成カリキュラム」という。)」に基づき、必修科目42時間、選択科目42時間、合計84時間程度の研修が必要であり、最低でも必修科目42時間を実施する必要がある。   しかし、盲ろう者のコミュニケーション方法は、多種多様であり、これらすべてのコミュニケーション方法を盲ろう者向け通訳・介助員養成研修会(以下「養成研修会」という。)のみで習得するのは、現実的に困難である。また、盲ろう者への通訳・介助は、個々の盲ろう者の障害の程度、障害の受障時期、成育歴等によって、支援ニーズが異なってくる。  このため、養成カリキュラムは、盲ろう者向け通訳・介助員を養成するに当たって、1年間で実施しうる時間数、また、必要と考えられる科目、内容を示したものであり、これを基に地域の実情に合った指導内容を編成されたい。  なお、養成研修会開催の際は、下記に留意して、指導内容の編成、受講者の募集、既存の講習会等の活用等を検討されたい。  記  1 指導内容を編成する際の留意事項  盲ろう者向け通訳・介助員養成研修においては、必修科目の42時間と、選択科目の42時間、総計84時間実施することを推奨する。  必須科目は、盲ろう者とコミュニケーションが取れる、必要最低限の通訳技能を身につける、移動介助ができる(概ね、各地域で実施されている盲ろう者友の会等の交流会での通訳・介助ができる)ようになることを目標として、42時間の研修を実施をする。  具体的には、必修科目42時間を修了した者については、最低限、持ち合わせているコミュニケーション方法(手話、要約筆記、点字等。これら特別な講習が必要な技術を持ち合わせていない者は、手書き文字や音声)を使用し、盲ろう者と日常的なコミュニケーションや通訳ができるようになることを目標に指導内容を編成されたい。  選択科目は、必修科目42時間に加え、選択科目の中から、地域の実情に応じた科目を組み入れることとなるが、全ての科目を選択しての実施が推奨される。  なお、養成カリキュラムの教科名に(注1)及び(注2)を付したものについては、次の点に留意されたい。  【(注1)を付した教科について】  必修科目の「盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点」及び「盲ろうコミュニケーション実習」、選択科目の「盲ろう者の通訳技法と留意点」及び「盲ろう通訳実習」については、以下の点に留意するとともに、地域の実情に合わせて、コミュニケーション方法の選択、時間配分等の調整を行うものとする。  @ コミュニケーション方法は多種多様に渡ることから、地域のニーズを踏まえた上でカリキュラムを編成する。(例:派遣依頼件数の多いコミュニケーション方法に重点的に時間を配分するなど。)  A 一つのコミュニケーション方法(例:触手話・指点字等など)について、例えば講義1時間、実習2時間といった編成が通例であるが、講義・実習の両方を合わせて1コマで実施することも有効である。  B 多岐に渡るコミュニケーション方法について、コミュニケーション実習を行いながら理解することが望ましいが、時間数の制約等で多種のコミュニケーションを取り上げることによって、通訳・介助員として活動する最低限のコミュニケーション手段すら身につかない場合などは、すべてを実習によるものとせず、概論の時間などで紹介するなどの方法を取る。  C コミュニケーション方法の選択・時間配分等の調整によって、時間を短縮できる場合は、地域の実情に応じて選択科目の中から、より多くの選択科目の研修実施について検討されたい。  【(注2)を付した教科について】  @ 必修、選択科目に共通する「移動介助実習」及び「通訳・介助実習」は、通訳・介助の実践を踏まえたものであり、相互に密接に関連することから、それぞれの時間配分については、地域の実情に応じて検討されたいが、両科目を組み入れることを推奨する。  A 派遣事業登録盲ろう者との交流を図るプログラムの実施を積極的に行うこと(指導内容の一部として、盲ろう者友の会主催の定例の交流会への出席を盛り込むなど、実際に盲ろう者と触れ合う機会を取り入れること)も検討されたい。  B 講師については、養成カリキュラムの特記事項にない限り、盲ろう者や通訳・介助員、受託団体職員などが、内容や地域の実情などを踏まえて担当する。講師の選定にあたっては、国立障害者リハビリテーションセンター学院主催「盲ろう者向け通訳・介助員指導者養成研修会」(旧「盲ろう者通訳ガイドヘルパー指導者研修会」)、社会福祉法人全国盲ろう者協会主催「盲ろう者向け通訳・介助員養成のためのモデル研修会」(厚生労働省委託事業)の研修修了者の活用も検討されたい。  2 受講者募集及び既存の講習会等の活用について  受講者募集に当たっては、その地域での通訳・介助員の充足度によるが、一般的にはその数は不足していることを考慮すると、特段の条件(例:手話通訳、要約筆記、点訳等の経験、ガイドヘルパー有資格者など)を設けずに、広く募集することを推奨する。  この場合、既存の手話講習会、要約筆記講習会、点訳講習会、ガイドヘルパー養成研修会等を並行して(またはその後に)活用することも望ましい。  一方で、手話の習得には相当の時間を要すること、手話通訳ができるようになるには更に時間を要する(手話奉仕員及び手話通訳者の養成カリキュラム等について(平成10年7月24日障企第63号障害保健福祉部企画課長通知)では、手話奉仕員の養成に80時間、手話通訳者の養成に90時間となっている)ことから、これらの養成研修会の修了者を対象に募集することは、手話の技能はもちろん、手話をコミュニケーション手段とする盲ろう者理解の面でも有効であると考える。また、要約筆記奉仕員、要約筆記者の各養成研修会の修了者、点訳経験者などにも、対象者の理解においては同様のことがいえる。  そのような場合は、受講者の有する知識・経験等に応じて、手話コース、点字コースに分けるなどの方策も有効であると考える。また、年ごとに内容を変えて(例:手話コースと点字コースを隔年で設けるなど)実施すること等も検討されたい。  3 研修会で必要な機材について  用具・器具:視覚障害疑似体験セット(シミュレーションゴーグル・レンズセット) 、疑似体験セット(アイマスク、ティッシュペーパー、携帯型音楽プレイヤー、ヘッドホン、耳栓)  目的:  視覚障害疑似体験セット(シミュレーションゴーグル・レンズセット)・・・屈折異常、白濁、視野狭窄などを人工的に再現する視覚障害体験用シミュレーションレンズを、専用のゴーグルに取り付けて装着する。  アイマスク・・・見えない状態にするために装着する。  ティッシュペーパー・・・衛生を保つため、アイマスクの下に挟む 。  携帯型音楽プレイヤー(MP3プレイヤー)・・・聞こえない状態にするため、ホワイトノイズ音を発生させる。  ヘッドホン・・・聞こえない状態にするため、ヘッドホンを通してノイズ音を聞く 。  耳栓・・・聞こえない状態にするため、また、聴覚をノイズ音から保護するために装着する。  4 養成研修会における受講者向けテキストについて  現時点で入手可能な養成研修会における受講者向けのテキストとしては、以下が挙げられるので参考にされたい。  『盲ろう者への通訳・介助−「光」と「音」を伝えるための方法と技術』 全国盲ろう者協会編著[平成20年(2008) 読書工房]  『盲ろう者の移動介助−盲ろう者にとっての安心・安全な移動介助方法とは』 前田晃秀著[平成20年(2008) 東京盲ろう者友の会]  『知ってください 盲ろうについて』 東京盲ろう者友の会編[平成22年(2010)]  『指点字ガイドブック〜盲ろう者とこころをつなぐ』 東京盲ろう者友の会編著[平成24年(2012) 読書工房] ---393 *** 標準カリキュラムと本書目次の対応表  以下、標準カリキュラム科目名、本書目次(第1部受講者向けテキスト、第2部指導者向けテキスト)の順です。 必修科目 盲ろう者概論(講義、2時間) 第1部:1章盲ろう者概論 第2部:1章盲ろう者概論 盲ろう疑似体験(講義・実習、2時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:2章盲ろう疑似体験 視覚・聴覚障害の理解(講義、2時間) 第1部:2章 視覚・聴覚障害の理解 第2部:3章 視覚・聴覚障害の理解 盲ろう者の日常生活とニーズ(講義、2時間) 第1部:3章盲ろう者の日常生活とニーズ 第2部:4章盲ろう者の日常生活とニーズ 盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点(講義、8時間) 第1部:4章音声通訳の方法と技術、5章筆記通訳の方法と技術、6章手話通訳の方法と技術、7章手書き文字通訳の方法と技術 、8章指点字と点字通訳の方法と技術、9章ローマ字式指文字通訳の方法と技術 第2部:5章盲ろう者のコミュニケーション技法と留意点 盲ろうコミュニケーション実習(実習、14時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:6章盲ろうコミュニケーション実習 通訳・介助員の心構えと倫理(講義、2時間) 第1部:10章 通訳・介助員の心構えと倫理 第2部:7章 通訳・介助員の心構えと倫理 盲ろう通訳技術の基本(講義、2時間) 第1部:11章盲ろう通訳技術の基本 第2部:8章盲ろう通訳技術の基本 移動介助実習T(実習、2時間) 第1部:12章盲ろう者の移動介助の基本 第2部:9章移動介助実習 T 通訳・介助実習T(実習、4時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:10章 通訳・介助実習T 通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務(講義、2時間) 第1部:13章 通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務 第2部:11章 通訳・介助員派遣事業と通訳・介助員の業務 選択科目 盲ろう児の教育と支援(講義、2時間) 第1部:14章先天性盲ろう児・者のコミュニケーションと支援 第2部:12章先天性盲ろう児・者のコミュニケーションと支援 高齢盲ろう者の生活と支援(講義、2時間) 第1部:15章高齢盲ろう者の生活と支援 第2部:13章高齢盲ろう者の生活と支援 他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援(講義、2時間) 第1部:16章他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援 第2部:14章他の障害を併せ持つ盲ろう者の生活と支援 盲ろう者福祉制度概論(講義、2時間) 第1部:17章盲ろう者福祉制度概論 第2部:15章盲ろう者福祉制度概論 盲ろう通訳技術の実際(講義・実習、2時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:16章盲ろう通訳技術の実際 通訳・介助員のあり方(講義・演習、4時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:17章 通訳・介助員のあり方 盲ろう者の通訳技法と留意点(講義、6時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:18章盲ろう者の通訳技法と留意点 盲ろう通訳実習(実習、8時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:19章盲ろう通訳実習 移動介助実習II(実習、8時間) 第1部:12章盲ろう者の移動介助の基本 第2部:20章移動介助実習 II 通訳・介助実習 II(実習、6時間) 第1部:(該当部分なし) 第2部:21章 通訳・介助実習 II ---394 *** 参考文献 ・ 野村敬子(編著) 『はじめて学ぶガイドヘルプ─当事者とともに伝える支援の方法─』みらい、2006年 ・ ガイドヘルパー技術研究会(監修) 『ガイドヘルパー研修テキスト 視覚障害編』中央法規出版、2007年 ・ 芝田裕一 『視覚障害児・者の理解と支援』北大路書房、2007年 ・ 村上琢磨・関田巖 『目の不自由な方を誘導するガイドヘルプの基本─初心者からベテランまで─(第2版)』文光堂、2009年 ・ 福島令子 『さとしわかるか』朝日新聞出版、2009 ・ 大内尉義(編) 『標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野 老年学(第3版)』医学書院、2010年 ・ 福島智 『生きるって人とつながることだ!』素朴社、2010年 ・ 福島智 『盲ろう者として生きて─指点字によるコミュニケーションの復活と再生』明石書店、2011年 ・「要約筆記者養成テキスト」作成委員会(編) 『厚生労働省カリキュラム準拠要約筆記者養成テキスト 上・下』特定非営利活動法人全国要約筆記問題研究会、2013年 ・ 国際視覚障害者援護協会(編) 『イラストでわかる視覚障害者へのサポート』読書工房、2009年 ・ 同行援護従業者養成研修テキスト編集委員会(編) 『同行援護従業者養成研修テキスト』中央法規出版、2011年 ・ 介護支援専門員テキスト編集委員会(編) 『七訂 介護支援専門員基本テキスト』長寿社会開発センター、2015年 ・ 全国キャラバン・メイト連絡協議会(編) 『認知症サポーター養成講座標準教材 認知症を学び地域で支えよう』地域ケア政策ネットワーク、2015年 ・『視覚聴覚二重障害を有する児童・生徒の実態調査報告書』国立特殊教育総合研究所、2000年 ・『手話通訳T─ホップステップジャンプ ─』、全国手話研修センター、2014年 ・『手話通訳T─ホップステップジャンプ─ 指導書』、全国手話研修センター、2014年 ・『手話通訳II─ホップステップジャンプ ─』、全国手話研修センター、2014年 ・『手話通訳II─ホップステップジャンプ─ 指導書』、全国手話研修センター、2014年 ・『手話通訳者養成のための講義テキスト』、全国手話研修センター、 2014年 ・ 社会福祉教育方法・教材開発研究会(編) 『新 社会福祉援助技術演習』、中央法規出版、2001年 ・ 全国社会福祉協議会(編) 『障害福祉サービスの利用について』、厚生労働省、2015年(パンフレット) ・ 内閣府(編) 『平成27年度 高齢社会白書』、内閣府、2015年 ・『21世紀の特殊教育の在り方について(最終報告)』文部科学省、2001年 (e Convention on the Rights of Persons with Disabilities)2006年12月国連総会にて採択、2008年5月発効 ・「障害者の権利に関する条約」 ・ 前田晃秀 『盲ろう者の移動介助』東京盲ろう者友の会、2007年 ・ 東京盲ろう者友の会(編著) 『指点字ガイドブック─盲ろう者と心をつなぐ』読書工房、2012年 ・ 東京盲ろう者友の会(編) 『聴覚障害者の方へ 見えにくくなったと感じたら』(パンフレット)、2013年 ・ 東京盲ろう者友の会(編) 『視覚障害者の方へ 聞こえにくくなったと感じたら』(パンフレット)、2013年 ・ 全国盲ろう者協会(編著) 『盲ろう者への通訳・介助─「光」と「音」を伝えるための方法と技術』読 書工房、2008年 ・ 全国盲ろう者協会(編) 『厚生労働省 平成24年度障害者総合福祉推進事業 盲ろう者に関する実態調査報告書』、2013年 ・ 全国盲ろう者協会(編) 『平成26年度「盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業盲ろう者向け通訳・介助員養成研修事業」実態調査報告書』、2015 ・ 東京盲ろう者友の会(編) 「知ってください 盲ろうについて」(DVD)、東京盲ろう者友の会、2010年 http://www.tokyo ─db.or.jp/?page_id=825 ・ 東京盲ろう者友の会(編) 「見えにくさ」とともに生きる(DVD)、東京盲ろう者友の会、2014年 http://www.tokyo ─db.or.jp/?p=3130 ・光育.com http://www.hikariiku.com/mariot ─club/eye/vol ─4/2.htm .・補聴器センターアイ http://hochouki ─ai.com/?page_id=9 *** 盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会指導者のための手引書 2016年3月31日発行 編著者 …社会福祉法人 全国盲ろう者協会 発行者 …〜日本のヘレン・ケラーを支援する会(R)〜 社会福祉法人 全国盲ろう者協会 〒162-0042 東京都新宿区早稲田町 67番地 早稲田クローバービル3階 電話:03-5287-1140 FAX:03-5287-1141 http://www.jdba.or.jp/ info@jdba.or.jp 印刷・製本 …有限会社読書工房 レイアウト編集・本文図版 …有限会社アート工房 表紙イラスト・本文イラスト …森 華代 表紙デザイン・本文デザイン …株式会社マツダオフィス (c)全国盲ろう者協会 2016 Printed in Japan ※この冊子は平成27年度日本郵便の年賀寄附金の助成を受けて製作しました。